「G」vsディアボロス
「あぁ! 俺のアバター! ありがとうございます!」
ダンジョンから出てきたハクベラは、担いでいたアバターを床に転がす。持ち主の棒人間が駆け寄ると、アバターは本来の仕様通りに転送・ログアウトエフェクトと共に姿を消した。
棒人間がアバターの確認をしにログアウトするのを尻目に、ハクベラもWFOからログアウトする。
視界が切り替わり、WFOのゲート前に出る。
ハクベラの服装もゲーム内の装備からデフォルト設定にしている服装に戻る。
そして、ハクベラは周囲を見回す。日曜日の昼のJOプラザ内は沢山のアバターが往来している。
しかし、ハクベラはその往来する人々をかきわけ、アーケードとなっているショッピングモールエリアに向かい、関東在住者からは舞浜と呼ばれている近世ヨーロッパ風の街並みとなっている建物と建物の間に入ると、ウィンドウを複数開き、プログラムを書き込む。すぐにプログラムファイルが完成し、掌大の立方体のグラフィックとなって、ハクベラの前に出現する。
それをハクベラは掴み、ギュッと握るとファイルは解凍され、ワイヤーを射出するピストルに形が変わった。それを構え、建物の屋根に向かって発射する。
屋根の上に着地したハクベラは、広大なJOプラザ内を見回しながら、眼前にはウィンドウを表示し、リアルタイムのJOプラザ内の情報を収集する。JOプラザの公式インフォメーション、SNS、掲示板の投稿、無作為にリアルタイムの情報をかき集める。
@XXXX
決済エラーで限定のリップ買えなかったー↓↓
#JOプラザ #オペロン
752 名無し
ふざけんな! 決済エラーってありえんし怒
753 名無し
>752 何かリトルスチュアートも並んでた。
SNSと掲示板を見たハクベラは、すぐにJOプラザのマップで、オペロンとリトルスチュアートの場所を確認する。コスメストアエリアで同じ並びに存在しており、コスメストアエリアは道順としては離れているが、地図上ではWFOのあるアミューズメントサービスエリアの裏側の様な位置にある。
ハクベラは屋根の上を走り、通路を無視してアミューズメントサービスエリアを突っ切り、裏側にあるピンクやグリーン、イエローといったファンシーな色合いの建物が並ぶエリアに駆けつける。
店舗の位置を表示させると、丁度ハクベラの立つ建物とその隣の建物がそのコスメショップであった。見下ろすと女性アバターが溢れており、何か苛立って叫んでいる女性もいる。
「どこだ?」
屋根の上から見下ろして探すが、女性アバターの数も多く異常が見えない。
「ちっ!」
ハクベラは舌打ちをし、屋根からコスメストリートとされる通りに飛び降りた。
「きゃあ!」
「何っ?」
「ざけんなコラ!」
突然、頭上から飛び降りてきた男性アバターに周囲の女性から悲鳴と共にハクベラへの敵意が生じる。しかし、ハクベラはそれを一切意に介さず、周囲の店舗内を覗く。
「五百万円となりまーす」
「「……え?」」
件の2件は決済エラーが発生しているが、他の店舗でも価格表示が変わっているというトラブルが発生していた。その隣の店舗も商品が入れ替わっている。
ハクベラは更に先の店舗を確認する為に店舗前に並んでいる女性アバター達の列を横切る。
「ごめんなさい! 通ります!」
「何っ?」
「あんらぁ〜ちょっと押さないでくださらない!」
「クソガァっ!」
口々に文句を言われ、揉みくちゃにされながらもハクベラは店舗を順に覗き込んで、痕跡を追う。
「あれ? 反応しない」
「あ、消えちゃった」
同じようなファンシーな店構えは変わらず続いているが、店頭に並んでいる品物が化粧品から雑貨やアクセサリーなどに変わっており、コスメストアエリアは抜けたらしい。
そして、イケメンアイドルグループのブロマイドを販売しているアイドル専門店の前にいる女性アバター達が店頭で困惑している。
「すみません。……ちょっと失礼」
「あ、はい」
「どうぞ〜」
怪訝な顔をしつつもハクベラを譲る。
会釈をしつつ、ハクベラは店頭に立つ。写真と価格が表示されているが、触れても何も反応しない。
「ん?」
写真が次々と消えていき、価格の表示が[¥☆5*]や[$$$]などデタラメな文字列になっていく。
不気味に思った女性アバター達が離れ、人垣を作る。
ハクベラも後退り、店頭の一面の写真と価格が次々に変わる光景を見つめつつ、視界の片隅にウィンドウを表示させ、WFOの保存データを抽出する。以前にジョークのつもりで作成したプログラムファイルを検索し、抽出したデータフォルダに落とし込み、プログラムを起動させる。
『解凍……100%』
『グラフィック取り込み……完了』
『質量設定、完了。物理演算、書き込み完了。再計算、完了。有効範囲、再設定……完了』
『展開開始……完了』
『フィールド発生……承認』
ウィンドウが閉じ、透明な緑色の球がハクベラの掌の上に出現した。この球を起動させることで、周囲をWFOとして仮想化し、情報処理をさせることができる。他のゲーム空間やJOプラザ内でWFOの模擬戦をしたら面白いかもしれないと試しに作ったプログラムで、それ故にハクベラはバトルフィールドと名付けた。しかし、その影響力、ハックする能力が高すぎた結果、オブジェクト化された物を切れば、オブジェクトの描画やエフェクトとして切れるのではなく、内部データまでもが、切断されたデータとして上書き処理され、その状態で固定されてしまう遊びでは済まない危険なプログラムだとわかり、ずっと封印していた。
その為、ハクベラはその球を起動させるか、思わず躊躇する。これで何もなかった場合、ハクベラはサイバー攻撃をしたと言われても逃れることはできない。
一方、アイドルショップの店頭の写真達は全ての表示が文字化けし、遂に一切の表示が消滅した。
ハクベラは咄嗟に、手に握る緑色の球から視線を上げる。
次の瞬間、店舗の建物がバラバラに砕け、内部から鋭利な四角錐状のものが突き出てきた。
「っ!」
「「「「「きゃぁぁぁぁあああっ!」」」」」
人垣が悲鳴と共に一斉に崩れ、散り散りとなる。
それは5メートル以上あった。シルエットはクモであり、四対の脚を持つ。しかし、実際のクモとは異なり、頭胸部と胴部ではなく、昆虫のような頭部、胸部、胴部の三節に別れている。また、頭部に目や口といった部位は確認できず、正八面体になっていた。画像で見たものと同じ容姿のそのクモは、半世紀近く前のコンピュータグラフィックスで作成されたポリゴンであった。
その姿を見上げるハクベラは、今度こそ躊躇せずに球を起動させる。同時に、球は透過した緑色の編み目状の光となって球体状に拡大し、周囲一帯を包み込んだ。
「……これで同じ土俵でやり合える」
キュルキュルキュルキュルルルゥゥゥ……
ハクベラの言葉に反応するかのようにクモは鳴き声を上げる。一方、ハクベラも手元にメーザーライフルを出現させて構える。
そして、狙いを定め、引き金を引く。
刹那、ヴィィィィィン……ビィィィィィ! という音と共に光線が先端から発射される。実弾兵器のような反動こそ無いが、照準が難しい。
建物の壁を破壊しながら、クモの足に命中し、接触点で閃光が迸る。
しかし、すぐに光線は消えてしまい、引き金をひいても反応しない。手元を確認すると、チャージ中と表示されており、1秒に1〜2%のペースでチャージされている。
「……こんなにチャージって長かったのかっ!」
WFOではチャージ時間短縮のパークを取得して久しい。また命中率も装備アイテムの補正を利用していた為、命中率向上のパーク取得者よりは実力で補っていたとはいえ、未補正では所詮素人だ。
それでも最低限の操作はできた。ハクベラは周囲を見回す。既に近くにアバターは残っていない。先程までの人混みが嘘のように無人となった通りに残されていたJOプラザ内を移動する際に利用できるミニカー型の乗り物が目に留まった。
「ベースがあれば何とかなるか?」
キュルキュルッ!
クモの鋭い脚がハクベラに向かって突き刺すのを回避するが、体が前のめりとなって転倒する。
擬似痛覚は共有していないので、衝撃のみが白嶺に伝わる。しかし、痛みがなくても思わず「痛てて」という声が漏れる。体を地面に突っ伏させたまま、ハクベラはプログラムを開き、WFOのデータを目の前にあるミニカーに対して実行する。
『上書き、実行』
ミニカーのテクスチャーがポリゴン化し、形状が変化する。そして、ポリゴンから再びテクスチャーがデフォルト設定のメタルグレーに塗装された複合装甲に変化した。
全高5メートル強、幅6メートル弱。後部の多目的発射台には6連装地対地ミサイルと大型ビームキャノンを搭載し、頭部代わり20ミリチェーンガンの砲台が搭載され、腕と呼ばれている一対のマニピュレーターを左右に伸ばし、脚部は二足歩行四点支持駆動を採用した現代日本におけるロボット兵器の代名詞となっている三八式可変装甲戦闘車こと、ガンヘッドがそこに現れた。
「よしっ! コレに乗って……っ!」
ガンヘッドへ乗ろうと立ち上がったハクベラであったが、突如横からの衝撃に襲われた。視界も宙を舞い、コスメストアの中に飛び込んでいた。
「へ?」
一瞬、何が起きたか理解できなくなったハクベラであったが、ガンヘッドを無視してハクベラに向かって迫るクモを見て、やっと自身がクモによって吹き飛ばされたことを理解した。
キュルキュルキュルキュルルルゥゥゥッ!
クモはハクベラをコスメストアの建物ごと破壊しようと鋭利な脚を鎌や槍の如く振り下ろし、攻撃してくる。
ハクベラはギリギリのところで攻撃を回避するも、建物はボロボロとなっている。
「こいつを喰らえっ!」
ハクベラは危機的な状況下であっても、パニックには陥らずに、閃光弾を出して投げつける。
閃光が迸る。
キュルッ!
「ちっ! 目も耳も無きゃ効かないか!」
一瞬、攻撃と予測して警戒する素振りこそ有ったが、閃光そのものの効果はなく、ハクベラが建物から飛び出す隙が作れたものの、状況は変わらない。
「うわっ!」
足を躓き、転倒する。見ると平坦な筈の道がひび割れや陥没を生じている。
「フィールドの影響か?」
キュルキュルキュルキュルルルゥゥゥ……キュルッ!
迫り来るクモが倒れたハクベラを襲おうとするが、その瞬間、クモは背後から伸びたマニピュレーターに横へと薙ぎ払われ、建物に叩きつけられた。
「っ!」
ガンヘッドだった。
ガンヘッドがクモを掴み、建物に押し付けると、チェーンガンを向け、至近距離で放つ。
「うわっ!」
爆風と共に、衝撃が伝わる。
一方、ガンヘッドはマニピュレーターで器用にクモの脚を掴み、左から右へと腕の振りと脚部の駆動モーターを動かし、クモを右へと投げ飛ばす。それはハクベラのいる方角とは反対側の通りになる。
クモが地面に着地するよりも早く、ガンヘッドは右側の後部発射台から六連装地対地ミサイルを発射。落下と同時にミサイルがクモを襲う。
更に、追い討ちに左側の後部発射台からビームキャノンが発射され、クモの頭部を粉砕し、そのまま胴部まで串刺しにビームが貫通した。
クモはバラバラと強化ガラスが砕けるかの様に細かい粒となって粉砕し、その粒も更に細かく砕け散り、四散した。
「……やったのか?」
ハクベラは立ち上がり、消滅したクモのいた場所を確認し、目の前に立つ巨大なロボットを見上げて、声を上げた。
「ありがとう! お陰で助かった!」
無人で動いた筈はなく、誰かが乗り込んで操縦したのは明白だ。そして、WFOの様なパークによる補正、補助もない殆ど実物と同じ操縦技術を求められるガンヘッドを操った相手にハクベラ、いや白嶺は純粋に興味を持っていた。
ハクベラの声に応じて、ガンヘッドの操縦席が開き、アバターが出てきた。その姿にハクベラは思わず声を漏らした。
「嗚呼……」
銀色の長い髪を振り払い、凛々しく、そして美しく機体の上に立ち、ハクベラへ視線を落としたその女性アバターは、ハクベラがよく知る存在であり、納得と感嘆以外に浮かぶものはなかった。
服装はWFOの戦闘服と異なり、女性らしい爽やかな淡い青色のワンピースを身に纏っていたが、その容姿は正しくCielであった。
一方、ハクベラを見るCielは眉を寄せ、次第にその目が大きく見開かれていく。互いに驚いているのは同じだが、その反応は全く異なる。
そして、次にCielが放った一言に、ハクベラも再び驚いた。
「もしかして……尾形さん?」