それぞれの「G」で


++++折り紙++++

 

 蝉時雨の中、朽ち果てた家屋が立ち並ぶ道を男と少女は歩いていた。

「ここが、おじちゃんの育った町……。」
「町じゃないさ、弥彦村っていう村だ。」

 白人風の少女、シエルに桐城健は答えた。
 シエルは辺りを見回す。廃墟に囲まれた見慣れた道の景色だ。世界中、どこも同じ様なものだ。

「廃墟は廃墟よ。……やっぱりアイツにやられた風景よ。」

 シエルはこの死んだ街の景色が嫌いだった。彼女の両親も、健の大切な人も、この景色の中で死んでいった。いや、自分自身も。

「………睦海、こっちだ。」

 健は、シエルを本名で呼んだ。
 シエルは彼女と同型のアンドロイドと区別をする為につけた、いわばコードネームだ。しかし、シエル自身も睦海という本名よりも外見のイメージに合うシエルという名を使っている。世界中の国家が壊滅している中、戸籍名などは意味をなさず、"シエル・睦海・シス"と必要に迫られた時は名乗っている。

「北川氏の説が正しければ、アイツは正真正銘の悪魔だ。海外からの情報が確かなら、真壁という女性が新たな技術を作り出したらしい。……明日麻生がスーパーXで迎えるにくる。またしばらく世界中を旅する事になるから、ここだけは睦海を連れて来たかったんだ。」

 健は辺りを見回して言った。
 既に健が悪魔を初めて見た当時の最新兵器は破壊され尽くし、現存する兵器では旧自衛隊に保管されていた初代スーパーXが旧日本領地での最強兵器となっている。
全世界においても、現在シエルに適合できる兵器開発を進めているが、開発は難航しているらしい。

「麻生さん、大丈夫なのかな?」
「わからない。迎えにくるんだから、生きているだろうが……。片腕片足を失って、片目は失明……以前みたいに前線指揮は無理だろうな。」

 健は伏せ目がちに言ったが、一方で命があっただけでも幸いであるという思いもあった。

「集落、終わったね。」

 廃墟が立ち並んだ朽ちたアスファルトの道はやがて終わり、山道が現れた。
 草木に侵食されつつあるアスファルトの地面や緑葉が伝う街灯が所々に見られ、かつては人が往来していた道路である事がわかる。

「いいんだ。行こう。」

 健は聞いてきた睦海を促すと、山道に入った。
 風が木々をゆらし、二人の肌を撫ぜる。木漏れ日が彼らの行く先を一様でない変化をしながら照らす。悠久の時を過ごした山や木々は、外界での争いを微塵にも思わず、かつてと同様にこれから先もそこにありつづけるだろう。そして、少しずつ人々が作ったものを寛容していく。

「こんなにあたたかい森は初めて……。」
「この森は鎮守の森だったからな。人が栄えようと滅びようと同じように在り続けているんだ。だから、人の手を入れられていた他の森とは雰囲気が違うんだ。」
「私、この森が好きだ。」
「あぁ、俺達も好きだ。」

 健は遠くを見つめるような目で言うと、空を見上げた。木漏れ日が温かい。
 睦海は健が時折自分とは別の誰かに語るような素振りをする事を知っている。自分が一人蚊帳の外に追われた様で、睦海はあまりそんな健が好きではなかった。

「健おじちゃん!……そろそろ森、抜けるよ。」

 睦海はそう言うと、健の手を引いて走った。草木が香った。

「ここは………。」
「目的地だ。……これが俺の育った弥彦村だ。」

 道は突然ひらけ、途端に草木の香りは潮の香りに代わり、目の前には日本海と山々が広がり、眼下には弥彦村があった。

「……この村もアイツに襲われてたんだ。」

 睦海は破壊された村の中心地を見て呟いた。

「いいや。あれは違う。あれは、俺の旧友が俺の大切な人達を守る為に戦った証だ。」
「じゃあ。もしかして、あそこいたのは本物の………。」
「あぁ。……睦海に見せてやりたかったんだ。あの悪魔が一番最初に命を奪った俺の親友が確かにいた証であり、俺が戦う理由だ。だから、この景色が俺は一番大切で好きなんだ。」
「これが健の大切な、一番好きな景色………。」

 睦海はその景色を忘れまいと、ゆっくりと見渡す。
 一方、健はそれを一望できる場所に積まれた石の前に座った。長らく手入れをされていなかった為に荒れているが、それは墓だった。

「すまないな。何年も墓参りに来れなくて…。多分、またしばらく来る事はできなそうだ。悪いが、こいつで勘弁してくれ。」

 そう言うと、健は懐から一輪の造花を取り出し、墓の傍らに添えた。

「そのお墓、もしかして………。」
「俺の一番大切で、大好きな、そして守りきる事の出来なかった人が眠るところだ。せめて、俺が世界中で一番好きなこの場所に眠ってもらいたくてね。……代わりに、中々墓参りに来れないけどな。」

 そう言って、健は苦笑する。
 そして、睦海はこの時初めて、健が時折遠くに見つめている人物がここに眠る人である事に気がついた。

「お墓、荒れ放題だね。」
「何年も手入れしてなかったからな。」
「……掃除しよ!」

 睦海はそう言うと、墓の周りの雑草を抜き始めた。健は微笑むとそれに習い、雑草を抜く。
 日が傾き、蜩が鳴き始める頃、一目でそれがお墓とわかる程に綺麗に掃除し終わった。健はその傍らに、一輪の造花を再び添え、手を合わせた。睦海もそれを見て、同じように手を合わせる。

「ありがとう。」
「何言ってるのよ。おじちゃんの大切な人なら、私にとっても大切な人なんだから。当然の事よ!」

 睦海の頭を優しく撫でると、健はもう一度、ありがとう、と今度は小さく呟いた。



 
 


 日が落ちて夜になると、二人は古びた山寺を見つけ、そこに泊まる事にした。
 質素な夕食を済ませ、二人はランプの灯りを眺めていた。

「何をしてるの?」

 健がごそごそとなにやら始めた事に気がついた睦海は聞いた。健は、手を休めずに答える。

「鶴を折ってるんだ。」
「紙で?」
「……そうか。よし、睦海!折り紙を教えるから、お前も紙を持て!」

 健は気がついた。睦海が物心ついた時には、既に世界は、ゴジラは、あの悪魔に滅されていた。彼女は日本で長く暮らしていながら、折り紙を知らずに育ったのだ。

「いいか、この正方形の紙を対角線で折るんだ……。」

 健は正方形にした紙を睦海にも渡し、彼女の前でゆっくり折り、彼女はそれを一生懸命に追う。
 やがて、いびつながらも、指の温もりが残る二羽の鶴が出来た。

「スゴい。ただの紙でこんな事ができるんだ……。ねぇ、おじちゃん!この鶴、睦海が折ってるんだよね!」
「あぁ。」
「私、こんなに素敵な事ができたんだ……。何かを作り出す事が出来たんだね。」

 睦海は自分で折った鶴を握り、肩を震わせる。後ろからでも、睦海が泣いている事がわかった。
 彼女は、今年14歳になる。しかし、思春期の少女である前にアンドロイドなのだ。悪魔と戦い、それでも非情にも目の前で奪われる命を見つづけていた。
 健は、静かにもう一枚紙を用意し、ゆっくりと折り始めた。

「……睦海、その折り鶴を1000羽折ると願いが叶うって昔から言われてるんだ。……だけど、俺はその鶴よりもこの鶴のが遠くにいる人には届く気がする。」

 そう言うと、健は睦海の前に一羽の折り鶴を差し出した。しかし、その鶴はさっきのものとは違っていた。

「羽ばたく!」
「羽ばたく鶴だ。見掛けはそっちに比べて劣るけど、俺はこの鶴のが好きだ。睦海はどう?」
「おじちゃん、これも教えて!」

 健は静かに頷いた。


 翌朝、二人が去った弥彦村の丘にあるお墓には、今にも羽ばたこうと羽を広げた二羽の折り鶴が一輪の造花と共に供えられていた。



「みどり、何やってんだ?」
「ん?…健か。折り鶴よ。」
「折り鶴?みどり、それ折り方間違ってるぞ。」
「いーの、これで。……ほら。」
「スゲッ!羽ばたいた!」
「羽ばたく鶴よ。……千羽鶴もいいけど、どこにいるかわからないバカ親父には鶴の方から願いを運んでもらわなきゃならないでしょ。」
「みどり、俺にも教えてくれ!俺も親父にその鶴を折る!」


【終】
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