それぞれの「G」で


***チケット***



1998年秋。

「おい、ミジンコ!山根先輩、今月から国立生物科学研究所に外研するらしいぜ。」

 大学食堂でラーメンをすすっていた三神小五郎は、あだ名を呼ばれて顔を上げた。そこに立っていたのは、学友の八神宗次であった。

「ふぇ?………相変わらず眠そうな目をしているぞ?」
「俺の目はどうでもいい。お前こそ、相変わらずチマチマしてんなぁ。」
「別にいいだろう。……で、山根先輩だけど、そうなのか?」
「あぁ。一昨年オブバーザーとしてGフォースにいた時の実績とかがかわれたとかもあるんだろうが、これで名実共に国内トップクラスのゴジラ研究者の仲間入りだ。」
「その内、大戸島にゴジラ専門の研究機関をつくりゃいいのに……。」
「なぜに?」
「生科研じゃ倍率が鬼高いじゃん!」
「先輩の後を本気で追う気だな、お前。」

 八神は呆れて言うと、立ったままの姿勢が嫌になったのか、相変わらずラーメンを食べる三神の前に腰掛けた。

「鬼…で思い出した。お前、医学部のスーパーウーマンの話聞いた事あるか?」
「医学部なんて無縁だから知らない。……美人なのか?」
「お前は美人かどうかが判断基準か?」
「すごい奴なら生徒会長を務めながらも副主席であった八神を含めて色々知っているし、医学部に行く女子ってだけでガリ勉な気がする。勉強癖がうつりたくないから、関わりたくない。」
「おいおい。主席が勉強嫌いでどうする。俺がすごいかはまた別の機会にするが、何れにせよお前が言うなら!」
「僕は、勉強するのは好きじゃない。ゴジラやデストロイアとか特殊な生物の謎を研究するのが好きなだけだ。大体、美人かの答えがないぞ。そもそも、なんでそれが鬼なんだ?」
「相変わらずのミジンコっぷりだな。細けぇよ!確か、現在院一年で、先月まで海外で実地研修していたらしいが、3年前のミスコンでグランプリだったらしいから、美人には間違いないだろうな。」
「入学する前の年じゃ知るわけがないじゃないか。」
「まぁな。その美人の名前が、鬼瓦っていうんだ。」
「鬼瓦ぁ?……ひょっとして下の名前は優?」
「なんだ知ってんのか?」
「知っているというか、高校の先輩に当たる人だよ。前に話したろ?伝説の生物部元部長。」
「確か、お前の前にバイオハザードを起しかけたっていう人だよな?」

 八神が言うと、三神はラーメンを噛みながら頷く。そして、飲み込むと三神は言った。

「僕がこの大学に進学しようと思ったきっかけの人だ。美人だとは知らなかった。」
「なぁ、会ってみないか?実は俺も美人に会ってみたかったんだ。これで口実は出来た。」
「まぁ確かにそうだけど………。」
「膳は急げだ。行こうぜ。」
「ちょっと!……まだラーメンが。」

 三神は慌ててラーメンを掻っ込んだ。麺はすっかりのびていた。



 


「あら?あなたは確か……ミジンコ君、だったかしら?」

 医学部棟の隅で缶コーヒーを飲んでいた鬼瓦優は、三神が話しかける前に、声をかけてきた。
 当然、動揺する三神。

「な、なんで僕の事を?」
「そりゃ、我が部で私の伝説を継いだ後輩が同じ大学にいると聞けば、興味を持つじゃない。それから、そっちのあなたは生徒会長の八神君。…二人ともこの大学の有名人よ?」

 優は二人を見て言った。確かに美人である。優の仕草は一つ一つが絵になる。

「それは夏までの話です。今はもう引退しました。」
「そっかぁ。……で、有名人お二人揃って、私に用事?」
「鬼瓦さんをナンパしに伺いました。」

 八神はニヤリと笑って言った。

「とりあえず、八神君。ナンパなら、その笑い方はアウトだよ?」
「でしょうね。我々はただの美人鑑賞に来ただけです。」
「目の保養って奴?寂しくはないの、それ?」

 優が聞くと、二人はそれぞれ目をそらす。

「でも、まぁ日本に戻ってからナンパなんて初めてだし。……今晩空いてる?久しぶりのオフなのよ。勿論、先輩が奢ってあげる!」

 その一言で、二人は優を拍手で讃えた。




 


 数ヶ月が経ち、世間はすっかりクリスマスムードとなっていた。

「すっかり年末ねぇ。……もう年賀状書いた?」
「まだですよ。……あ、お餅買ってない。」
「おい。餅ってのは年が明けてから買うものじゃないか?」

 三人は、食堂でクリスマスを完全に無視して、年末ムード全開の話をグダグダと繰り広げていた。

「あーもうこんな時間!次、司法解剖の補佐なのよねぇ。」
「それなのに、昼飯にハンバーグを食べたの?」
「だって、日替わり定食なんだもん。逃せない!」

 呆れて三神が言うと、優は必死に訴える。それに三神と八神は同時にため息を吐く。
 この数ヶ月で、周囲に超人グループと囁かれている事も知らず、用のない時間は3人で過ごすようになっていた。
 そして、優は一見美人であるが、中身は伝説そのものである事も2人は既によく理解していた。

「それじゃ!授業終わったら、ポケベル鳴らしといて!」
「ピッチ買えば?」
「不況!故に仕方ない。」

 八神の意見に、優はビシッと言い放つと、食べ終えたハンバーグ定食の食器を片付ける。
 そして、二人に手を振ると、優は医学部棟へ走り去った。

「……で、お前はどうするんだ?クリスマス。」

 八神は、優が見えなくなるのを確認すると、声をひそませて三神に聞いた。

「どうするって?」
「デート、誘わないのか?鬼瓦さんを。」
「誘うって……それは……。」

 三神がどもるのを確認すると、八神はニヤリと笑って言う。

「ここにチケットがある。今シーズン最高の映画と名高い映画だ。デートにはもってこいだと思う。」

 八神が懐から取り出したのは、映画のペアチケットであった。

「なんで八神が?」
「当然、俺も鬼瓦さんを誘おうと思っている。さぁ、どうする?」
「そりゃ、俺も誘うにきまっているだろう!」
「だが、肝心の鬼瓦さんは一人だ。彼女の性格を考えれば、二人同時に誘えば、デートではなく三人で見に行くという選択を選ぶであろう。」
「だな。……つまり、誘うのは、どちらか一方。」
「となると……。」
「勝負、だな!」




 


「……で、これはベタじゃないか?」
「こういうのはベタな方がいいんだよ。全くの初心者じゃないだろ?」
「まぁそうだけど。」

 三神は片手に握られたラケットを見つめ、白いため息を吐いた。
 木枯らしが吹く人気のない冬のテニスコートで、男達の熱い戦いが始まろうとしていた。

「ルールは単純だ。勝った方が、鬼瓦さんをデートに誘う。いいな?」
「おう!」

 三神は、北風の寒さにこらえると、息を整えて入魂のサーブを放った。

「やるな!」

 そう言いながら、八神はサーブを打ち返す。
 しかし、三神も走ってリターンを拾う。
 そして、激しいラリーを繰り広げる。

「……はぁ。……どうだ!」
「息が……切れてっぞ!」
「お前もなっ!……うっし!」

 先取したのは、八神であった。
 三神はボールを受け取り、サーブを構えると言う。

「やっと体が温まったところだ。ここからが本番だっ!」
「ちっ!」

 見事サーブが成功し、三神はガッツポーズをした。


 しかし、ここからが本番であった。激しい攻防を繰り広げ、お互い一歩も引かない戦いを繰り広げた。

「あー……、マッチポイントか。」
「はぁ………ゲームマッチ。……これで決めてやる。………どうだ……三神。……お前の想いはそんな程度か?」
「まだ……勝負は終わっちゃいない!」

 三神は、震える膝を奮い、ボールを投げ、サーブをした。
 八神がボールを捉えようとした瞬間、予想とは違う角度にボールは弾んだ。

「なっ!……回転使えたのか?」
「はぁ……はぁ……偶然だよ。今初めて成功した。」
「なんて奴だ………。」
「それが……勝負だろ?」
「……なぁ。……お前、鬼瓦さんの事、本気か?」
「何、今更言ってんだよ。……当然だろ?」
「良かった。」
「お前……本気だし切ってないだろ?」
「ん?」
「スマッシュ、すごいんだろ?……一年の体育で、硬式に誘われたの知ってたんだぞ?」
「……なんだ。……知ってたのか。……まぁ、スマッシュだけだけどな。運動不足か、体力は本当になくなっちまった。」
「八神、本気の一球。……それで返してくれよ。……僕はそれを返して……勝つ!」
「折角、封印してたんだ。……お前、利口に生きるようにしろよ。」
「明日からは……なっ!」

 三神は、渾身の一球を放った。今度は回転もかかる事なく、真っ直ぐの軌道を描いて弾んだボールは八神のラケットに吸い寄せられる。
 そして、空気を裂く音と共に、八神の高速スマッシュが炸裂した。

「なっ!」
「うりゃ!」

 着弾点を正確に見抜いた三神は、高速で弾んだボールを拾い、八神のコート内に打ち返した。
 ボールは、数回バウンドした後、ゆっくりとテニスコートの端に転がっていった。

「……なんて奴だ。図ったな?」
「勝負は勝負。こういう時くらいは、主席の実力を発揮しなくちゃね。」
「完敗だ。……三神、このチケット、お前に託すからな。」

 八神はチケットを取り出し、三神に手渡した。
 三神は、確りと頷くと、チケットを受け取った。




 


2004年。

 八神は鞄を一つ片手に、国立生物科学研究所を出た。守衛に片手をあげて挨拶をすると、研究所を振り返って見上げる。
 そして、懐からサングラスを取り出すと、守衛の時と同様にその片手をあげてかつての仕事場に別れを済ませ、サングラスをかけた。

「八神!」

 八神が去ろうと歩き出した時、彼が進もうとした道の反対に三神が立っており、彼を呼び止めた。
 八神は振り返り、三神を見る。

「三神か。お前はここにいろよ。俺は俺の道を進む。」
「考え直す気はもうないんだな。」
「あぁ。どの道、学会が認めない以上、デストロイアを開発する事は日本じゃもう不可能だ。どんな結果になろうと、俺はこの選択をして後悔はない。」
「そうか……。八神!」
「なんだ?」
「僕らの夢のチケット、キミに託すぞ!」
「わかった。どんな結果でも、必ずお前に知らせる。………その時は、お前とこの夢、叶えるぞ!」
「おう!……今の、らしくないな。」
「うるせぇ!………鬼瓦さんと幸せになれよ!」
「任せとけ!」

 そして、二人は静かにゆっくりと頷くと、それぞれの場所へと歩き始めた。
 決して、お互いに振り向かない。それが信頼の、友情の証だから。


【fin】
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