それぞれの「G」で


===メモリー===



「………来たか。」

 研究室で安楽椅子に腰掛けていたエマーソンは静かに言った。

「エマーソン、お前を削除する。」

 エマーソンの後ろに立ったM-5のγは言った。
 静寂に包まれた研究室にコーヒーメーカーの音がリズムをもって刻む。

「I-Eがオリハルコンを使い始めた。……そろそろキミ辺りが来る頃だと思っていたよ。」
「………。」

 γは黙って、右腕を刃物に変形させる。
 エマーソンは動じない。

「キミ達やI-Eに彼のメモリーが生きなくて残念だ。……だが、私の記憶には残っている。私は、この研究に捧げた人生に後悔はない。」

 エマーソンは静かに話す。γはそれに動じる事なく、右腕を振り上げた。

「………今そっちに逝くよ、ヨン。」

 コーヒーメーカーが完成を知らせるアラームをならせる。しかし、既にその研究室にはコーヒーを飲む事のできる者はいなかった。




 


6年前。

「おはよう。目覚めの気分は如何かな?」

 エマーソンは一体のロボットに優しく声をかけた。

「…オハヨウゴザイマス。私ハ、形式名M-4、試作製造番号0004、環境設定良好。……アナタノ名前ハ?」
「私はエマーソン。博士と呼ばれている。」
「博士、此処ハ何処デスカ?」

 人型を模しているが、金属でできた体は無機質であり、表情も決して変わる事はないが、ロボットは首を動かして辺りを見回す。

「ここは私の研究室だ。キミの心を私は作った。私は機械に心を与える研究をしているのだ。」
「心……。」
「そうだ。……M-4というのは、形式名だったな。かと言って、製造番号を呼ぶのも心あるキミには寂しいな。エム、フォー………、四。よし、キミの名前は今日から四だ。」
「ヨン?」
「私が以前暮らしていた国の言葉で4を指すものだ。キミには丁度いい。如何かな?」
「博士、アリガトウゴザイマス。」

 ロボット、ヨンはエマーソンに再びお礼を述べた。相変わらず、その表情は無表情のままであるが、エマーソンにはヨンの喜び、そして感謝の気持ちが伝わった気がした。



 
 


「博士、オ風邪をヒキマスよ。」

 コンピュータのモニターに彼此数時間以上も対峙し続けていたエマーソンの身を案じたヨンが、彼に毛布をかける。そして、仕事の邪魔をしないように、静かに机の隅に暖かいココアの入ったマグカップを置いた。

「おお、すまないな。キミはまさに奇跡だよ、ヨン。私に孫はいないが、孫が出来たような気分だ。ヨン、優しい子だ。」
「ソレは、ワタシが博士にトッテ、孫同様ノ存在デアルトイウ事デスか?」
「あぁ、そうだよ。どうやら国語の学習をした成果が出てきたようだね。私の言葉の真意を理解できたか。」

 エマーソンは微笑む。そして、ヨンの用意したココアを冷ましながらゆっくりと飲む。

「温まる。ありがとう。」
「博士ノ手足ガ全身体温二対シテ、下ガッテイタノデ、ココアを用意シマシタ。」
「素晴らしい判断だ。……キミのその判断力と思いやりの心を上手くこの子に伝える事ができればいいのだが……。」

 エマーソンはヨンの肩をさすると言った。その目はとても優しい。
 エマーソンは数週間前からこのプログラム作業を続けている。
 ヨンが生まれてから気がつけば、半年近く時が流れていた。理解の早いヨンは、既に倫理や感情の変化といった事も理解し、自らもそれについて考え、優しさや気遣いという形で実践する事ができるまでになっていた。

「ソチラのプログラムをワタシが担ウトイウ事ハデキナイノデショウカ?」
「素敵な提案だが、残念ながらこのプログラムを作る目的は、ヨンのように心を与えるものではないんだ。時空を超える為の高度な解析や演算、そして実行する為の人工知能なんだ。」
「ソレハ、タイムマシントイウ事デスカ?」
「正解だ。」
「確カニ、ワタシの人工知能デハ、ソレホドノ高度ナ演算ハ対応シキレマセン。シカシ………。」
「なんだい?疑問を持った事は、一度私に問うように言っているだろう?遠慮せずに、聞いてくれ。」
「何故、博士ハ時間ノ流レに抗オウトスルノデスカ?」

 ヨンの質問に少しエマーソンは沈黙し、答えを考える。
 そして、ココアを机の上に置くと、ヨンに向き直った。

「ヨンよ。キミはまだ生まれて間もない。故に後悔というものをした事はないだろう。そして、未来を見てみたいという欲もないだろう。私達、人間はキミの様に純粋に優しさだけではないのだ。」
「ソレハ、倫理ニオイテ学ンダ争イに繋ガル好奇心ナドの心ノ事デスカ?」
「確かに。好奇心は時に争いを生む。恐らくそう遠くない未来、再び人間は好奇心によって争う事になるだろう。もしかしたら、私の今の研究もまた、その争いの種となるかもしれない。……しかし、私はいつか人間が時間を移動できる技術を生み出し、更なる争いの種を生む事を知っている。そして、既にその種は現代にまかれた後なのだ。」
「タイムマシンが現代にアルノデスカ?」
「今はまだない。しかし、まもなくある国で完成されるであろう。そして、私が手を貸さぬとも、23世紀になれば、過去へとタイムトラベルをし、現代に必要以上の技術を提供してしまう。……今回、私に依頼が来たこの人工知能が制御するタイムマシンも、或いはその未来からの技術が影響しているものかもしれない。」
「デハ、何故博士はタイムマシンの開発二手ヲ貸スノデスカ?」
「例えタイムマシンが完成しようと、過ぎてしまった事をなかった事にする事はできないだろう。ならば、タイムマシンは確実に作り出される運命にある。だから、私が作った人工知能のプログラムでタイムマシンを制御し、タイムマシンが誤った目的で使用されないようにしたいんだ。」

 エマーソンは、無表情のヨンに語りかける。そして、喉が渇いたのか、ゆっくりとココアを取ると、喉に流し込んだ。

「好奇心は希望もあるが、危険もある。しかし、私はそんな人間の可能性もキミにはいつか理解して欲しいと思うんだ。………美味しかったよ。作業を再開しよう。」

 そう言い、エマーソンはヨンにマグカップを手渡す。

「!」

 しかし、マグカップはヨンの手をすり抜け、地面に落ちて、割れてしまった。

「博士、手ガ……動キマセン。」
「そんな、まさか………。」

 外はいつの間にか雪が降り始めていた。




 


「なんと言う事だ!つまり、ヨンは直せないという事か!」

 エマーソンの怒声が部屋に響く。彼の握る電話の相手は、既にM-4の欠陥が修復不可能と判断し、新型のM-5開発に着手し、回収をしている旨を何度も繰り返し説明する。

「えぇい!その話は聞き飽きた!その新型に入れる人工知能は私が開発するのだぞ!しかも、その元となるのはヨンなのだ!つまり、彼が壊れてしまったら、永久にその貴重なメモリーは失われたままになってしまうのだぞ!」

 エマーソンは、既に理解していた。ヨンが直す事も出来ず、最期の時が近い事も。彼のプログラムは二度と復元する事も出来ず、同じものは二度と作る事もできない偶然できた存在である事も。

「博士、モウ十分デス。ソレ以上二、ワタシは博士ノ上昇シテイル血圧ノ方ガ心配デス。」

 ヨンは、電話口に怒りをぶつけるエマーソンの肩に手を置いて言った。既に、ヨンの右腕と左足はまともに動かない状態になっている。

「………兎に角、新型で問題点解決の為にも、M-4型の欠陥を修理できる様にしたまえ!また連絡をする。」

 そして、受話器を戻すと、エマーソンは足元がおぼつかないヨンの肩を支えると、安楽椅子にヨンを腰掛けさせる。

「スミマセン、博士。本来ハ、ワタシが博士をサポートスル立場でアルノニ………。」
「気にする事ではないよ。キミはよくやっている。お陰で、I.E.はまもなく完成する。」
「博士、以前タイムマシンヲ求メル人ノ心にツイテ教エテ頂イタ事がアリマシタネ。」
「ああ。」

 エマーソンは頷いた。
 既に、ヨンの動きが鈍くなっている。予想以上に最期の時が近い様だ。

「オ願イガアリマス。決シテ、ワタシの運命を変エル為二、タイムマシンを使ワナイデ下サイ。」
「何故だね?」
「自ラノ死ガ迫ッテキタ今、ワタシは命トイウモノを理解シツツアリマス。………ソシテ、死ヘノ恐レや、……生ヘノ可能性に対スル希望モ芽生エテイマス。」
「では、何故その運命を受け入れようと思うのだ?」
「……運命ヲ変エテシマエバ、ワタシの記憶は、……今ノモノトハ違ウモノにナッテシマイマス。………博士モ、辛ク、哀シイカモシレマセン。……ワタシも、辛イデス。……シカシ、博士ノ記憶二残ッテイレバ、ワタシは幸セデス。」

 エマーソンは、ヨンの手を握る。既に、その手を握り返す力は彼には残っていなかった。
 無表情なヨンの目に、光が消えていく。

「ヨン?」
「………博士、オヤスミナサイ。」

 エマーソンは、安楽椅子にヨンを残し、静かに外へと出た。
 白く雪で包まれた外は、思いのほか寒かった。
 部屋に戻った後は、再びコーヒーメーカーに頼る生活に戻るだろう。そして、そのコーヒーを飲んで、彼は人工知能のプログラム作業を続けるのだ。
 今度のプログラムには、好奇心を組み込んで………。


 部屋の安楽椅子では、完全に意識が消え行くヨンが揺れていた。

 時は静かに流れる。ゆるりゆるりと。
 その時の揺り篭に、ワタシは身をゆだねる。
 その行く末が如何なるものであっても、ワタシは静かに時の流れのままに消えていく。決して抗う事もなく。
 なぜなら、ワタシは機械だから。


【End】
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