「G」の軌跡




建物の前に健は俯いて座り込んでいた。
その傍らには健の上着で丁寧に包まれた睦海が横たわっていた。

「健……。」

みどりが健を見つけて、歩いてくる。

「………みどりか。」
「ゴジラが怪獣を倒したって。」
「そうか。」
「ゴジラ、こっちに向ってるみたい。お父さんは、多分あのDO-Mに向ってるって言ってる。」
「………親父さんは?」
「さっき病院に向ったわ。まぁ頑丈だけは取りえみたいな人だから多分大丈夫よ。お母さんにも連絡して、今病院に向ってるみたいだから。」
「そうか。よかったな。」
「………間に合った?」

みどりは健の横を見ると、一言聞いた。健は俯いたまま静かに頷く。

「あぁ。………睦海って言うんだ、こいつ。」
「そう。」
「てっきり外国人だと思ったら、日本人だってさ。笑えるだろ?」
「………。」
「未来の俺が送ったんだってさ。コイツ、未来の俺を慕ってて、俺もコイツを守ってたんだってさ。………何で。何で、過去に送ったんだよ!俺のバカやろう!」

そう言う健の声は震えている。
みどりは、黙って健を抱きしめる。

「みどり……俺、どうすりゃいいんだ?」
「健はどうしたいの?」
「わからない。何かを恨む訳でもない。ただ、何もできないのが悔しい。」
「本当にそう思うの?」
「え?」

みどりは、睦海の顔を見て言う。

「彼女、笑ってるわ。きっと、他の人が看取ったんじゃこんな素敵な笑顔にはならなかった。健だったから笑顔で逝けたんだと思う。」
「そう……なのか。」
「そう。健にしかできない事はある。」
「だけど……睦海は還って来ない。俺が過去に送ったばかりに………。俺が代わりに死ねばよかった。」
「!」

パシン!

みどりが健の頬叩いた音が響く。

「それだけは言ってはいけない!それは一番睦海ちゃんを傷つける言葉だよ!」
「………。」
「彼女は、あんたの為に戦ったんだよ!彼女が守ってくれたあんたの命なんだよ!その命をあんたは要らないって言ってるのと同じなんだよ!生きなさい!それが、それが彼女の気持ちに応える事だよ!」
「気持ち………?」
「さっき健が言ったのは、彼女への気持ちじゃない。健の弱さだよ。」
「弱さ………。」
「そうよ。彼女の命がけの気持ちを真っ向から受けられない弱さだよ。何が拳と拳よ!喧嘩番長が聞いて呆れるわよ!それとも、その拳は弱さを隠すためのものだったの?」
「違う………。」
「じゃあ、なに?」

みどりが聞く。
そして、健は立ち上がった。じっと拳を見つめて、言った。

「俺の拳は、信じる奴と分かり合う為……そして、守りたい奴を守る為だ。」
「きっと、そういう気持ちの事を、強さっていうんだよ。」
「………ありがとう。睦海が言ったんだ。俺はいつの時代であっても俺だって。」


そこへ翼が走ってきた。

「兄貴、もうすぐゴジラが来るっす!早く逃げましょう!」
「健、今度はこないだと違うわ。ゴジラは目的があって向ってくる。」
「そうっす。兄貴、ゴジラにやられてしまうっす!ゴジラの敵になっちゃうっす!」

翼が言うが、健は真っ直ぐゴジラがいる方向を見つめている。
そして、健はゆっくりとクラウチングスタートの体勢を取る。
みどりが健の肩を押さえる。

「まさか……あんた、本気でゴジラを止めに行く気?」
「あぁ。俺に出来る精一杯の事を俺はするだけだ。」
「ダメよ。勇気と無謀は違うわ。」
「翼、ゴジラの敵になるって言ったな?」
「そうっす!ゴジラはあの細菌兵器を倒そうとしてるっす!」
「でも、アレは私達がゴジラと世界を守る為にも大切な切り札なのよ。失うわけにはいかない。」
「わかってる。睦海が守ったものなんだ。だから、守る!」
「だからって、それで死んだら………。」
「死なねぇ!俺は、アイツの為に絶対に死なない!………だから、ゴジラを止めに行くんだ。守る為に、生きる為に。」

みどりの手が自然と健から離れる。

「姐さん?」
「いいの。………健、私はあんたを信じる。だから、必ず生きて戻ってきなさい!」
「あぁ。………翼、みどりと睦海を頼んだ。」

そう言うと、健は疾風の如く速さで駆けて行った。



 
 


ゴジラは相模湾を突き進む。

そして、まもなく上陸しようとしていた。

先程は共闘していた自衛隊もゴジラ上陸を阻止しようと砲口をゴジラに向ける。



「………ゴジラ。」

将治もガルーダⅡでゴジラを追尾しながら、様子を伺う。

全ては攻撃開始の合図を待つのみとなっていた。

その時、陸上部隊から通信が入った。

『こちらA班!少年が作戦地域に侵入!ゴジラに向ってる!』
「………まさか!」

通信を聞いた将治は慌てて、街を見る。
拡大すると、道路を健が走っていた。
隊員が健を取り押さえようとするが健はそれを突破し、どんどん突き進む。
だが、それも長くは続かず、装甲車が道をふさぎ、健を挟みうちにする。

「バカ。………いや、僕も愚かだな。」

そう将治は呟くと、ガルーダⅡを健のいる所へと向わせる。



「何をしているんだ!」
「放せ!ゴジラは俺が止める!」
「何を訳のわからない事を!」

隊員は健を捕まえたが、健は暴れる。

そこへ、ガルーダⅡが飛んできた。

「こ、これはガルーダⅡ……何故?」
「な、何だ!………ガルーダⅡ?じゃあ……。」
「桐城!」

将治が声をかける。そして、ウィンチを降ろす。

「それに掴まれ!」
「おう!」
「あっ!こら!」

驚いて手を放した隊員から素早く離れると、健はロープに掴まった。ウィンチが素早く巻き取られ、ガルーダⅡの中に健を入れる。

「麻生……。」
「ゴジラを止めるんだろう?」
「行ってくれるのか?」
「僕は桐城が信じているゴジラを試すだけだ。僕が正しかったのか、それともキミが正しいのか、これで証明される。」

将治はそう言うと、ゴジラに向う。




 


ゴガァァァァァァオン…!

ゴジラは咆哮し、海岸線に並ぶ戦車を見渡す。

「待てぇぇぇええ!」

健の叫び声と共に、ガルーダⅡがゴジラの目の前に着水する。
そして、ガルーダⅡの上に健が出る。

「ゴジラ、俺を覚えてるか?」

健は拳をゴジラに向って突き上げると、弥彦村の時と同じくゴジラを見上げて睨む。

「わかってる!今度は、弥彦村の時とは違うんだろ?」

ゴジラは黙って健を見る。だが、その目は前とは違い、戦う敵を見る目であった。

「だけどな!………俺も前とは違うんだ!命がけで俺達を守った奴がいる!だから、今度は俺がそいつがもっと笑って過ごす事が出来る未来を!本当のあいつの笑顔ができる未来を俺は守りたいんだ!だから、俺も一歩も引かねぇ!」

そして、健は両手を広げる。
ゴジラと健がお互い睨みあう。


ゴガァァァァァァオン…!


ゴジラが咆哮し、健を威嚇する。
だが、健は微動だにしない。

「ゴジラ!俺を信じろ!俺は絶対にあの細菌兵器をお前に使わせない!誰かを悲しませるような真似をさせない!だから、今は帰れ!」

健は一切ゴジラから視線をそらさずに言った。

「俺はお前を信じた!だから、お前も俺を信じろ!」

ゴガァァァァァァオン……

ゴジラが再び咆哮する。しかし、それは健に対する返事であった。

健はゆっくり頷く。

ゴジラも同じようにゆっくり頷く。

そして、ゴジラは大洋の方へ身を翻す。健も同じく、陸に向って身を翻す。

そして、健は渾身の拳を突き上げた。

同時にゴジラも空に向って放射熱線を吐く。


今度はゴジラも、健も、お互いを振り向かない。
それが、信頼の証だ。

ゴジラはゆっくりと健の背から遠ざかっていく。



 


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某所。

『αもβも失った。第三段階は思わぬ邪魔が入ったか。』

暗闇で機械的な声は言う。

『計画が狂ってしまったが、致し方がない。最終段階に移行する。………頼むぞ、γ。』

暗闇で声が響いた。




 

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「ゴジラが、陸から遠ざかっていきます。」
「………ゴジラ、今時珍しいくらいに熱い男になったな。」

報告が司令室に響く。
始終を見ていた新城は呟いた。
先程到着した未希も隣で言った。

「立派になったわね、ベビー。」
「本当に、もう未希の役目は終わったのかもしれないな。」
「ちょっと寂しいわ。」

そう言って、未希が笑う。


しかし、突然の警報が司令室を一変させる。

「緊急連絡です!」
「どうした!」
「指令!世界各地で同時に怪獣の出現を確認!」
「なんだって!」
「………遂に、あちらさんも本気で駒を出してきたな。」

孝昭が言った言葉は決して誇張でなかった。
次々にモニターへ映し出された世界地図に怪獣出現を報告するマークが表示されていく。
それを見ながら、新城は未希に言った。

「………起こってしまったな。」
「えぇ。でも、これは人間同士じゃない………。」

そして、未希は一呼吸置くと言った。


「私達と怪獣達の世界戦争!」








中編・完
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