「G」の軌跡
それは遠い昔の過去であり、遠い先の未来の事だ。
「負傷箇所は全身に及んでいる。恐らく助かりません。」
遠くで声が聞こえる。その声に誰かが言い返す。
「あの子は俺のせいでこんな事になったんだ!」
記憶が蘇る。"私"は街をあの悪魔に壊されて、仇を討とうとした。それを止めた、名前も知らない青年。
『待て、あいつは俺が殺る。』
彼はそう言って、一人悪魔に立ち向かって行った。
でも、あの悪魔は容赦なく街を、人々をめちゃくちゃにした。彼はそれでもライフルを片手に戦った。
そして………。
『おじちゃん!危ない!』
『来るなぁ!』
『きゃあああああ!』
"私"はあいつにやられそうになった彼を無我夢中で助けようと、無謀にもあいつに立ち向かっていた。
その結果が今の状況だ。
麻酔の為か体の感覚はない。現在自分がどんな状態なのか、わからないし、知りたくもなかった。
「だったら、俺の体を使え!今の医学なら可能だろ!あの子の腕の、足の、顔の、内臓の、全部くれてやる!移植してくれ!」
「しかし!……できません。確かに、今の我々とこの施設の技術を使えば可能です。しかし、出来ません。今、我々はあなたを失うわけにはいかない。」
「じゃあ、あの子を見殺しにしろってんのか!あの子に俺の身代わりとして死ねってのか!」
「そういう意味では………。」
「目の前で人が死ぬ姿を見るのはもう嫌なんだ。………人だけじゃない。アイツだって、ゴジラだってそうだ。」
「………奥様の事は残念です。我々としても惜しい方を失いました。しかし、その事と重ねてはいけません。」
「何でもする!だから、あの子を救ってくれ!」
そうか、あの人は奥さんを亡くしたんだ。
それで、あんなに必死に"私"を助けようとしてるのか。
"私"が彼を助けようとしたのと同じだ。"私"も両親をアイツに奪われた。だから、もう"私"守ろうとして死んでいく姿は見たくなかった。
「………一つだけ方法があります。」
「あるのか!」
「えぇ。しかし、それはとても危険な方法です。……現在、ここCIEL社が開発している次世代アンドロイドN-6の素体に彼女の奇跡的に無事だった脳を移植するのです。」
「サイボーグ手術って事か?」
「つまりはそう言う事になります。もはや、それ以外に現代の医療や科学技術では方法はありません。……他のこのような技術に長けた医療施設へ搬送できる時間と手段があれば、或いは他の方法もあるかもしれませんが。」
「それが無理なのは知ってる。……頼む!あの子を助けてくれ!」
そして、"私"は手術を受けた。体は変わったけれど、心は変わらない。"私"は"私"のままだ。
その後、"私"はおじちゃんに引き取られ、一緒にあいつと戦った。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
そして、今。
「"私"はここにいる。お前達を倒す為に!」
シエルはαを思いっきり殴る。
何とか踏ん張るαだが、その顔が歪んでいる。どうやら骨格になっている金属を曲げたらしい。
「ギザマ……我ヲ…ここまで……圧倒スルとハ。」
「声が随分聞き取りにくくなっているわよ?」
「削除するー!」
「ちっ!」
βが後ろから切りかかってくる。αがシエルの体を押さえている。
何とか片手はおさえられたが、片手の刃物はそのままシエルの左腕を捕らえた。
完全に切断ではなかったが、βの刃は左腕の深いところまで入っていた。
「よくも!ガラクタが!」
シエルが力を一気に込めると、腕に刃が刺さったままβの刃が折れた。
「………これでお互い様ね。」
そういうと、シエルは右手で刃を抜くと、βに投げつける。βの腹部に刃が刺さる。
左手を確認する。神経コードまでが切断されたらしく全く動かない。
「最低ね。若い娘を傷物にするなんて!」
αをシエルは回し蹴りでβの方へ蹴り飛ばす。
二体のアンドロイドは重なって倒れる。
すかさずシエルは飛び上がり、飛び蹴りを食らわせる。
「ガガガ!………ギザマ……!」
「それほどの攻撃をすれば……お前もただでは……!」
「あんた達とは覚悟が違うのよ!」
αの胸部を完全にシエルの右足は貫いていた。そして、βにも相当なダメージを与えている。
そして、シエルの右足も、人工皮膚をズタズタに突き破って、金属の骨格が四方八方に突き出していた。人間でいう複雑骨折に等しい。
「間接まで破損したか……。でも、これで!」
「グギッ……!」
無事な左足で思いっきりαの頭を蹴り飛ばす。鈍い金属音がして、頭部がただの金属の変形した球体としか表現できない状態となったαは、完全に停止した。
「α。………こうなれば!」
「どうする気?」
「お前諸共……。」
「まさか!」
「削除………。」
βの目が光る。
そして………。
「どうして?」
「何が?」
「決まってるでしょ!国際捜査官の事よ!」
走りながらみどりは聞く。拓也は立ち止まって後方を見る。追ってはきていない。
拓也は並木に寄りかかると言った。
「幼稚園の時に描いた父親の姿。娘を嘘つきにさせたくなかった。だから、なった。時間はかかったけどな。」
「………馬鹿。本当に馬鹿よ!」
「かもな。……雅子は元気か?」
「自分で確認しなさいよ!」
「……どうもな。どういう顔をして会えばいいのかわからなかった。」
「そんなの、いつもみたいに泣きつけばいいじゃない。泥棒やってたけど、捕まえる方になっちゃった、どうしよう?って。」
「きっとあいつの事だからまた怒るな。」
拓也は笑った。だが、少しその笑顔が引きつっている。
「お父さん!」
「ん?」
「もしかして、どっか怪我してるの?」
「あぁ、ちょっとな。トラックでタックルした時に胸を打ってな。どうやら肋骨を何本か折ったみたいだ。」
「それなのに、ショットガン撃ったり、ここまで無理して走ってたの!」
「娘を悪者から守んなくて、何が国際捜査官だ。それに、博士と約束したんだ。」
「博士?」
「あぁ。俺と同じだ。博士も、過ちを正したかったんだ。だが、あいつらに殺されちまった。だから、俺が代わりに計画を阻止する。」
拓也がそう言った時、先程いた建物から爆発音が響いた。
「シエル!」
みどりがとっさに叫んだ時、目の前で一台のワゴン車が停車した。
「みどり!」
「姐さん!」
「無事でよかった!」
「健!それに翼君達も!」
健達が車から出てきた。
「どうして?」
「決まってるだろ!みどり達を助けに来たんだ!」
「かっこいい彼氏がいるじゃないか……。」
「お父さん、冗談言ってるような状態じゃないでしょ!」
「あれ、あの時のおっさん!……え?お父さん!」
健は拓也が弥彦村中心地で見た男である事に気がつき、二度驚く。
「みどり、シエルは?」
「それが……。」
健に言われて、みどりはどう説明すればいいのかわからず、建物を見る。
「あそこにまだいるのか!」
「……って、ちょっと健!あんた、何する気?」
みどりがそう言った時、すでに健はクラウチングスタートの体勢を取っていた。
「シエルを助ける。」
そう言い残すと、健は猛スピードで建物まで走り去ってしまった。
「ぐっ……!」
「大丈夫!」
「早く、病院に連れて行かなければ!」
一馬が慌てて、救急車を呼ぼうと電話を出すと、拓也はその手を掴んだ。
「それよりも……三枝未希さんに、至急電話を!一刻も早く伝えなければならない事がある。」
「それは本当ですか!」
移動中に電話を受けた未希は大声を上げてしまった。
横に座っていた和美と美歌の視線が何事かと未希を見る。
『あぁ、本当だ。エマーソン博士は、4年半前にタイムマシンの試作品を中東の某国で完成させ、太古の昔からオリハルコンという一連の怪獣を生み出した金属を持ち帰った。その時、未完成だったタイムマシンが爆発事故を起こし、偶然ながらここにいる三神優さん達が関わった大規模被害を生んだ。』
「桐城健護さんを知っていますか?」
『現在の居所等に関して俺は捜査対象としなかったから分からないが、彼はエマーソン博士が現代に戻った瞬間に立ち会った。そこで、事態を知ったようだ。』
「何故、オリハルコンが今回のような事態に?」
『しばらくして、オリハルコンを研究していく上で、博士はその太古の科学力を理解する為に、人工知能を生み出した。元々、タイムマシンのOSも開発していたらしく、その発展系だったらしい。だが、その人工知能が博士を裏切った。』
「そんな………。」
『ちょっとしたSF映画みたいな話だ。俗に言うところの自我だな。それに目覚めて博士を裏切った人工知能は、どこぞの施設をハッキングして生み出したアンドロイドを手足として使い、博士からオリハルコンを奪った。そして、事を案じた博士は俺に捜査の依頼をした。』
「4年前に起きた原発事故は?」
『そこに関してははっきりとは言えないが………。博士が人工知能を完成させた時期は原発事故の少し前という事を考えると、もしかしたら始めから人工知能は暴走しつつあったのかもしれない。』
「コンピューターがコンピューターのセキュリティーを突破するのは容易いということでしょうか?」
『さあな。………兎に角、弥彦村にマジロスが現れ、遂にゴジラが復活した。博士曰く、人工知能が言った言葉が生み出した事への業、そして人類への贖罪だという。どうやら相手は自らを生み出す事になった科学力を含めて人類社会の全てを恨んでいるらしい。』
「そして、自分を生み出すほどの科学技術を発展させるきっかけとなっている怪獣ゴジラも。」
『その対象であり、人工知能という形のない姿である自身に代わり、人類へ復讐をする存在としてゴジラを選んだ。それが、NEXT"G"計画とやらだ。』
「しかし何故、博士はGフォースにその事を伝えずにオリハルコンだけを送ったのです?」
『一つは、少しでも安全にオリハルコンの存在とその正体をGフォースへ伝えたかったのだろうな。ゴジラが現れ、怪獣化も成功し、計画の第一段階といえるものが成功した。博士の存在はもう必要なく、邪魔だったんだろう。あのアンドロイドの言い方で言う削除をされると察した博士は、自らの命が奪われてもこの事実を伝えようと麻生氏の下へオリハルコンを送ったんだろう。
……もう一つは、Gフォースならば、なんらかの手段でオリハルコンの力を操れるかも知れないという希望があったんだろうな。』
「希望………ですか。」
『実際には、Gフォースでもそこまでは出来なかった。だが、シエルという未来のアンドロイド少女が現れた事なんかを考えれば、あながち見当違いな希望じゃなかったのかもしれないな。』
「それで………今その少女や、健君は?」
『わからない。今は無事を祈るしかない。』
「そうですね。………そのDO-Mという細菌兵器は、Gフォースが預かります。それまで、保護しておいて下さい。」
『わかった。………それよりも、伝える事は伝えた。ゴジラを、守ってくれ。そして、今現れているソビラを倒してくれ。………それが出来るのはGフォースだ!』
そして、電話は切れた。
電話越しであったが、拓也が負傷していた事はわかっていた。それでも伝えようとしたその大切な情報、それにより怪獣達やオリハルコンなどの謎が解けたのだ。
隣では和美と美歌が電話の内容が気になる様で、未希をじっと眺める。
未希は一呼吸し、頭の中を整理させると、二人に事情を説明するよりも先に電話を発信させる。
「功二さん、謎が解けたわ………。」
彼女達にも説明してあげたいが、まずはこの話を新城に伝える事を最優先に未希は選んだ。
車中にあるモニターに移る映像は、ゴジラがまもなく南伊豆の伊浜にいるソビラの元へ辿り着こうとしている事を示していた。
一方、健は建物の前に到着していた。
「なんだこりゃ……。」
健は、眼前に広がる建物を見て呟いた。
ロビーに当たるであろう部分は完全に爆発でめちゃくちゃになっており、かろうじて中の構造が柱と壁で分かるという状態だ。
「シエルー!」
健はシエルを呼びながら、我武者羅に瓦礫をかき分ける。煤や煙の臭いが充満し、土煙が舞い咳き込む。
「………!……ここか!」
瓦礫の下から僅かに声が聞こえたのを逃さず、健は声が聞こえた瓦礫をどかす。
「シエル!」
「タ…ける………。」
健が瓦礫をどかすと、そこにはボロボロになったシエルの姿があった。
顔は幸いにも人間の皮膚を残し、原型を留めているが、首から下は皮膚が焼け爛れ、所々から骨格の金属が露わになっている。四肢にいたっては爆風や戦闘で金属の骨格部分の一部を残して引きちぎれていた。
例えシエルがサイボーグであっても、それは生きているのが奇跡的といえる状況であった。
「大丈夫か!」
「なんとか……。それよりも、この姿に驚かないの?」
伏せ目がちにシエルは言った。自らの姿を健に見られ、対する反応を恐れる。
だが、健はシエルを瓦礫から引き上げると、シエルの不安を一蹴する様な笑顔で言う。
「何言ってんだ!お前が何だろうと、お前はお前だろ?」
「………そうだね。……やっぱりおじちゃんは……いつの時代であってもおじちゃんだね。」
そう言ってシエルは微笑む。
「おじちゃん?」
「……そうだよ。……私は未来から来たの。………未来のタケル……健おじちゃんに送ってもらったのよ。」
「お前、記憶が戻ったのか?」
「うん。」
健が聞くと、シエルは頷く。健に自然と笑みが込みあがる。
「そうか…!よかったな!」
「………驚いた?……私が未来から来たアンドロイドだって。」
「あぁ。でも、アンドロイドなんてかっこいいじゃねぇか!」
「ありがとう……。健おじちゃんにそう言ってもらえて……うれしい。」
「俺はまだおじちゃんじゃねぇよ。」
「……それでも、私にとってのタケルは健おじちゃん。……今だけでいいの、健おじちゃんって言わせて……。」
「わかったよ。……未来の俺、かっこいいか?」
「うん。……破壊を尽くす怪獣にたった一人で立ち向かって、いつも私達を守ってくれたのよ。……それに、私の初恋の人だもん。……間違いないわ。」
「そうか!そりゃ楽しみだな、シエル!」
「うん。………後、私の名前、シエルじゃないの。……睦海、それが本当の名前。」
「睦海、顔に似合わない名前だな。」
健は笑って言う。その腕の中にいるシエルは再び微笑んで言う。だが、その微笑みは今にも壊れてしまいそうに繊細で、とても弱々しいものとなっていた。
「……そりゃそうよ。……私は日本人だもん。……この顔は本当の私の顔じゃないもん。………本当の……私の顔は………これよりも……もっと可愛いんだから。」
そう言うとシエル―睦海は、満面の笑みで健に笑った。
「………シエル?……おい!……返事しろ!睦海!死ぬな!
……もっと、未来の俺の事とか教えろよ!もっと、未来の事を教えろよ!もっと、睦海の事を教えろよ!もっと、もっと…………。」
健は睦海を抱きしめて声をかけ続ける。
健の目から涙が溢れる。溢れてくる涙は止まらず、流れ続ける。
その涙の雫は彼女の頬に落ち、笑顔を伝う。
彼の彼女にかける声はやがて、声にならなくなってくる。そして、泣き声は次第に大きくなって、辺りに轟く。みどり達にまで届くほどに。
そして、それが事の全てを物語った。