狂気の宴
宮代一樹は、あの時をこう振り返る。
宮代一樹(敬称略。以後宮代)『事の発端はガラテアさんが秘蔵していたものを世莉が持ってきたことによるんだ。それに加えてあの日は偶然立ち寄ったコロニーで隼薙と再会してね、野郎だけで酒を酌み交わそうってそりゃ大盛り上がりだったわけよ。ストッパーの八重樫さんが体調不良で不在だったのとクーガーさんが宿直だったから瀬上さん一人であの場を収めるにはちと役不足だったのかも。まぁあの時点で全員がしたたかに酔ってたから不可避な事件だったんだろうけどね…』
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夜更け。隼薙との再会お祝い会と称して酒盛りを始めて既に数時間が経っていた。個人差はあれど適度の六割増し以上にアルコールがまわり始め、少しぐったりしている凌を筆頭に瀬上、一樹、隼薙は当初より落ち着いた雰囲気で会話していた。隼薙は熟考すると口を開く。
「…日本丸に合流するのはやっぱりやめとくよ。穂野香との遺言があるし」
「そうだよね。まぁ気にしないでよ」
「そうそう、一応聞いてみただけだし」
「やめとけやめとけ。俺はこれ以上子守が増えるのは御免だ」
「んだと!」
「まぁまぁ二人とも」
憎まれ口は瀬上なりの心遣いか本物の皮肉か。立ち上がる隼薙を宥める一樹。そんな中世莉の転移によって登場した新たな刺客が焼酎だった。一樹はわざとらしく驚いてみせた。
「ほらほら!なんか来たよ」
「お〜気が利くなぁ」
「なんの酒だろ」
「ひっク…」
酒瓶を取り囲むように集まる一樹、隼薙、瀬上、凌の四人。四方より浴びせられる視線に酒瓶は感情が宿ったの如く黒光りした気がした。その違和感に目を凝らした瀬上が素っ頓狂な声をあげる。
「げぇ!?」
つられて他の三人も悲鳴に近い声をあげた。
違和感の正体は一目瞭然。酒瓶の中にはダイオリウスと呼ばれる蜂に酷似した「G」が、人の中指ほどの大きさの個体がビッシリと敷き詰められていたのだから。
「なんだこりゃ…」
「こりゃゲテモノだ〜」
生きたまま酒瓶に沈められ水中に漂う姿はスノードームにしては趣味が悪い。恐る恐る酒瓶を覗き込む一同がその複眼に合わせ鏡のように乱反射している。牙を剥いたままもがいている表情は生への執着が感じ取れるかのようだった。気の毒な最期ではあるがはて、どんな「G」だったか。瀬上は思慮を巡らせる。
「またスゴいもんガラテアも秘蔵してたなぁ」
「中々持ち出さなかったあたり本人も飲みづらかったのか?」
「世莉もこんなもの転移してこないでよ…」
酒そのもののビジュアルで連想されたのはスズメバチの焼酎漬け。スズメバチといえば致死性の高い毒を連想する。だが飲んで胃から吸収する分には疲労回復などの健康酒としての意味合いが強い。彼らを「生きたまま」甲類焼酎で漬けないとその効用がないとされ、度数が高めの焼酎内には大量の毒が噴射されて熟成するという。
「…おぉう…吐きそうだな」
そうだ毒だ。ダイオリウスも毒液を持っていた。正しくは幼虫が成虫に変態する過程で分泌されるのであって攻撃手段で自由に使えるわけではないものだが。しかしこうやってパッケージ化された上でガラテアが保管していたのであれば飲めなくはないはず。はずである。
「ヘイ!アーク、この酒調べて!」
「アークはいないって…」
「うひゃひゃひゃ!」
一樹が一番に酔っているようだ。アークはパレッタに連れて行かれて不在だというのに何度かアークに話しかけては幻聴と会話が成立している。
「じゃあ…オッケームツキ、コイツを調べて!」
「i●SとAndr●idか!なついなぁ!」
「なついという言葉が懐かしいだろ」
「さぁさぁ折角だしこれも飲もうぜ」
「は?」
「オレもオレも!」
事実、このダイオリウス酒は焼酎だった。隼薙と一樹は互いのグラスに焼酎を注ぎ合う。
「行くぞ隼薙!バディぃー、ゴぉぉー!」
「風の覇者、隼薙。行くぜぇ!」
ロックのダイオリウス酒。一樹と隼薙は肩を組んで飲み干した。瀬上はその様子を頬をつきながら眺めているが特に止める様子はない。皆いい歳だし中毒の心配はないだろうがいくらなんでも羽目を外しすぎだろうと呆れている始末だ。
「…ほどほどにしとけよ2000歳ども」
「味はどう?」
「…うん?なんとも言えないかな」
「気になるなら飲んでみな!」
「じゃあ俺もちょっとだけ」
凌も焼酎を自分のグラスに注ぐ。その様子に満足げな一樹と隼薙は残る瀬上へマウントを取り始めた。
「あれれ〜?もうギブ?飲めない?」
「しょうがないよなぁ。天下の瀬上浩介も虫もやだしなぁ」
「酒なんかにビビってるぅ〜」
「雷神といえどこんなの飲めないよなぁ?」
「あー美味しかったなぁ。ありがとうガラテアさん!」
「くっ…堪えろ…俺はコイツらより大人なんだ…」
瀬上の周りを踊りながら周回し始める二人。腹が立つ光景だがそれよりも凌の醒めた視線が刺さった。自分がこの場のストッパーであるという自負を盾に飲酒を避けている本心を見抜かれているような気がした。
「な…なんだよ」
「……」
凌はグラスに注がれている分の焼酎を一気に飲み干す。口をつけるまでに若干の躊躇いがあったのと少し手が震えていたが先に飲めばこっちのものだ。一連の動作は瀬上を見つめたまま執り行われた。
「フッ…」
最後に瀬上へガンを飛ばしたまま鼻で笑って煽る。今の瀬上の沸点へ到達するにはこれだけで十分だった。
「うぉぉお!こんなん飲み干してやらぁ!!」
「それでこそオトコだぜ瀬上浩介!」
「いよ!こんなの爾落人じゃない!爾楽人だ!」
「楽ってなんだよオイ!」
瀬上はその勢いのまま酒瓶を傾け、液体はダムの緊急放流の如くグラスへ流れ込む。勢いのつきすぎた放流はすぐさまグラスから溢れかえり、そのままダイオリウスの死骸も注がれてしまった。景気づけが裏目に出てしまいこれには表情が引き攣る。
「うーん、うん?」
焼酎そのものは濁った濃い褐色をしていた。それに加えてアルコールの臭いがキツく、少し生臭さを感じる。テイスティングをすればするほど躊躇いが出てしまう一品で、まだ口をつけてすらいないが既に二度と飲みたくはない。しかし煽ってきた三人の手前後には引けず前進あるのみ。
「う…うぉぉ!」
酒の力を借りずに覚悟を決める早さは皆より一番だと自分に言い聞かせグラスの半分を飲んだ。味は白麹の芋焼酎ベースになっていてイメージよりは飲みやすい。が、後味は独特の塩気を感じる。妙に拍子抜けだったがこれは嵐の前の静けさ。異変はすぐに表れた。
「おぉ!なんか健康になった気がする!ねぇ?」
「そうだな!俺もそんな気がする!なんか血行良くなってる?」
「そうだね。そんな気がするね」
「それは結構だがなんだか暑くねぇか?」
瀬上に言われ、皆は半袖から露わにさせる腕をさすり始めた。そして変化は急激に訪れる。暑さは熱さに変化した。身体の芯からという表現は生ぬるく、骨の髄から皮膚に至るまでの全てから発熱しているようだ。
「俺は暑くないし!」
「こんな時に張り合うな!」
「水!水!」
気がつけば皆が苦しみでのたうち回っていた。このままでは自然と火葬されてしまうのではないか、そんな不安が過ぎる。実際には一過性のもので害はなく、健康酒としての効能が表れているだけだ。ダイオリウス酒の事前調査を怠った一同はこの時点で負け戦なのは決まっていた。
「脱げ脱げ!」
一同は上半身の服をインナー残らず全て脱ぎ捨てた。実用的な肉体美の隼薙、接近戦で邪魔にならない最大公約数の筋肉量を維持する凌、腹回りの贅肉が目立ち始めた瀬上に細身で色白な一樹。歪なボディビル大会を様相を呈する状況。しかしキレの良い野次は飛ばない。
「誰か助けを…」
「がぁぁ!」
しかしそれだけではまだ足りない。他のメンバーに助けを呼ぶ余裕も許されない熱さの前に、残された逃げ道に従って皆はベルトのバックルを覚束ない手つきで外し始めた…
-ーなるほど。詳しくは割愛しますがその先の展開は言わずもがな、という事ですね。
宮代『君、声が震えてるよ』
ーー失礼しました。調べたところダイオリウス酒の効能は滋養強壮や美肌効果とせ
宮代『あー!!それ以上は言わなくていいから!!』
ーーこりゃまた失礼。…まぁダイオリウス酒を飲み干せばあんな事にもなりますよね
宮代『…飲んだのは全部じゃないけどね』
ーーと言いますと?
宮代『転移で送られてきた時には酒瓶の五割くらいしか入ってなかったよ』
ーー男性陣に差し入れがあった時点で既に誰かに消費されていたという事ですか?
宮代『そうかもね。あの時は女性陣も別部屋で女子会という名の酒盛りをしてたみたいだし』
ーーということは?
宮代『まぁまさかね?男性陣も菜奈美さん達に恐れ多くて聞けないし、あれから女性陣もダイオリウスという単語がタブーになってる感があるの。これが全てを物語ってるんじゃないかな…』
ーーきょ、今日はありがとうございました。ゲストは日本丸旅団通信士、電脳の爾楽人の宮代一樹さんでした。
宮代「爾楽じゃな…いや、日本丸はみんな爾楽人だね…否定しないよ…』
了 AWACS
ーーあとがき
御三方に怒られたら封印の可能性あるので読めたあなたはラッキーです。