G vs 「G」 ~G消滅作戦~
ネタがネタだけに閲覧は食後を推奨します…
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奴はどこにでもいる。屋内外問わず、太古の時代より存在していた。その生命力、環境適応力はある種の「G」と言っていい。奴は人が寝静まった後、夜な夜な行動を開始する。たまにうっかり人間とニアミスしては阿鼻叫喚へと突き落とし、凄絶な戦いを繰り広げる。奴と人間の関係は数十世紀跨いだ未来でも健在であった。ここ日本丸旅団においても。
「いぃやぁぁぁ!」
自らの視界の端に蠢く黒い影。俊敏な動きで壁を這う奴の存在が、偶然夜更かししていた菜奈美と自室でエンカウントした。寝ぼけ目の彼女は一気に覚醒すると一目散に逃げのコマンドを選ぶ。奴の追跡を恐れる一心で廊下へ飛び出し、乱暴に扉を閉めた。乱れる呼吸と精神を調える途中で当直の八重樫が駆けつけた。
「どうした」
「あ…いや…」
菜奈美は口籠もる。悲鳴を聞いたにしてはやけに八重樫の到着が遅い。理由を察しているのかその醒めた目が、事態の緊急性のなさを見透かされているようで恥ずかしくなった。菜奈美は表情を引き攣らせながら何でもないと断ると八重樫を見送り、瀬上の自室前に縋る。
「え?あれが出た?ったく、時空の片割れが情けないぜ。いっちょ俺が片付けてやるよ」
瀬上は呆れよりも菜奈美の可愛いさにこれは珍しいものが見れたと、彼女の想定より快諾に近かった。この世の双璧を為す大物爾落人がこんな事で自分に頼ってくるのが可笑しくてしょうがないのだ。
「電磁バカ…」
「そのあだ名、改めさせてやるぜ」
菜奈美の部屋へ足を踏み入れた瀬上は失念していた。自分より劣る種、体格から能力から何まで自分より劣っているという驕りが瀬上をそうさせた。瀬上にはできなくて奴がにはできる能力がある。翅。奴は瀬上に視認を許しながらも俊敏な動きから背中の翅を展開、すると瀬上の顔面へと飛翔した!そう、奴は飛べる!!飛べる!!!
「のわぁぁぁ!」
瀬上は年甲斐もなく素っ頓狂な悲鳴をあげると部屋を飛び出した。こうすれば人間が恐れ慄くと奴は知っている。奴は狡猾。狡猾でなければ人間様相手に今日まで生き残ってはいない。瀬上の排除に成功した奴は再び元の根城へと戻っていく。
「……」
「……」
啖呵を切ったわりには情けない最期であった。涙目の菜奈美に小突かれる瀬上の前に現れたのはナイトキャップを被ったパジャマ姿のパレッタと、寝巻き用のダサいジャージを着ている世莉。二人は対照的に薄い水色ベースの水玉模様と赤紫に縦の三重ラインの入った柄だ。菜奈美は二人に状況を説明するが。
「せ…世莉お願い…転移であれを追い出して…お願い…」
「嫌だ。寝る」
世莉は忽然と姿を消し、パレッタも存在感を消したままフェードアウトしようと無言で自室の扉を閉じかける。が、菜奈美はその手を掴んで阻止した。
「待って!この際誰でもいいから!」
「…誰でも良いなら明日リョー君にでも叩き出してもらえば~」
「ちょっと!あれがいる部屋で一晩寝ろって言うの?!」
「今日くらいコーちゃんの部屋で寝ればいいじゃない?今更誰かが咎める問題でもないだろうしぃ。おやすみなさーい」
「ちょっと!」
「まぁ、確かに咎めないんじゃないか。来るか俺の部屋?」
「ちょっと…」
「何の騒ぎですか?」
残された二人の前に、今度は薄着姿の凌が自室の扉を半開きで現れる。非常にタイムリーだったが二人は状況を説明した。
「じゃあ俺がやりますよ」
「そうは言うがお前…奴は手強いぞ」
「手強い?瀬上さんは奴の事をよく知らないようだ。その生態を知っていれば何て事はない。奴は湿気があって狭くて暖かい場所に寄ってくる修正上そこで待ち伏せればいいし、あの部屋の中だと特定は容易い」
「今さらっと私を汚部屋認定した?」
「奴とてたかだか虫。ビビっていては電磁の爾落人の名が廃るでしょうよ。こんなのいつでもスリッパで叩き潰せる」
「お前…!」
「ダメぇ!スリッパなんかで叩き潰したら中身が出ちゃうでしょ!却下却下!」
「え」
菜奈美に背中を押される形で自室に押し込まれた凌。瀬上を負かすチャンスを逃したうめき声が扉の向こうから響き渡り、その怨念込められた旋律に瀬上は人知れず冷や汗をかく。ここまでくると凌が理由だけではない。菜奈美のつけた注文に難易度が跳ね上がったからだ。
「しかしどうするよ。潰さずに追い出すったってそんな事言ったら戦力は限られないか?」
実際問題襲撃メンバーは限られる。電磁や光撃で消滅させる、空間転移で追い出す手段が使えないとなると残る希望は二人。変化で灰も残らないくらい消し炭にするか凍結させる、思念で触れずして外へ投げ出すか。他のメンバーは戦力外だ。ホログラムで現れたムツキを除いては。
「…というわけで、義体でつまんで捨てて?」
「嫌に決まってるじゃない!それに追い出すだけじゃ帰巣本能で帰ってくるだろうし無駄無駄」
「いやぁぁあ!」
「余計なこと言うな!」
ムツキは悪びれもせず姿を消した。彼女を引き止める菜奈美の手は実体のない虚空を掠めただけで空しく空を切る。二人は天井に下げられたホログラム投影機を見上げるが、魂が抜けたかのように電源が落ちていた。残る希望は一人。
「やっぱりここはハイダの思念を頼りましょう。ガラテアの変化じゃ私物も巻き込まれそうだし」
「そうだな」
「…まだやっていたのか」
再び八重樫が現れる。二人は恥を覚悟で状況を説明した。
「待っていろ。割り箸を使ってつまみ出す」
八重樫は意外にも協力的だった。大人な対応と言うべきか。現に他のメンバーが起きてきている以上このまま騒ぎを大きくするわけにもいかないという判断だろう。理由が理由だけに。
「…呆れてたな」
「…呆れてたわね」
「なんか俺まで恥ずかしい。せめて時間を止めて援護しろよ」
「嫌よ。能力で触れたくもないわ…」
「こいつ…」
数分後用意して戻ってきた八重樫は菜奈美の自室に突入、さらに数分で奴をつまみ上げて出てきた。割り箸で胸を挟んで離さない絶妙な角度と力加減は奴の原型を留めたままだ。拍手で迎える二人の前に、八重樫は振り向きもせずに歩いて甲板へと向かう。
「いいからもう寝ろ。これは俺が始末しておく」
「ありがとう」
「ありがとよ」
奴と爾落人の戦いはこうして終わったのだ。二人にとって、事務的に去っていく八重樫の背中がとても大きく見えた。今日の事は悪い夢だったんだと言い聞かせた菜奈美は、じゃあ寝るかと踵を返した瀬上の袖を掴んで引き止めた。
「ん?」
「…一緒に寝て」
「なんだって?」
「…だってまだ恐いんだもん」
「もんって…お前いくつだよ」
「……」
「…はぁ」
そう言う瀬上は満更でもなさそうに菜奈美の自室へと消えていった。翌日、当直の引き継ぎと朝食を終えた八重樫を追いかける瀬上。今朝の朝食で出された自分の抹茶羊羹(包装済み)をアンダースローで投げて寄越し、八重樫は片手でキャッチした。
「おう、昨日はありがとな。それやるよ」
「昨日か。正直情けないと思った」
「…そう言うな。あのままいくと奴の生態系そのものを殲滅すると言いかねないからな…」
「それはゾグの無駄遣いが過ぎるだろう。これで良かったんだ」
「おう…そうだな」
「用がないなら俺は寝る」
「まぁ待てよ。あとお前、奴を捕捉できるんだろ?だから割り箸で捕まえるのも早かった」
「そうだ」
「じゃあ卵とか巣とかも分かるのな」
「あぁ。だがさすがにそこまではしてられないだろう」
「だよな」
「……」
「……」
少しの無言。
「…この船の中に他にも潜伏してるのがいたりするの?」
「…知らない方がいい事もある」
八重樫は有無を言わさず会話を切り上げた。その姿を前にこれ以上追及する事ができなかった瀬上は自分の持ち場についていく。そして今日も新しい一日が始まり、今宵はパレッタの悲鳴が日本丸中にこだまするのだった。
了 AWACS
ーーあとがき
テラフォーマーズを読んで可能性を感じました。