宇宙戦争勃発?!


今宵はクリスマスイヴ。「連合」新極東コロニーの中央にある司令センター前の広場ではクリスマスパーティー(要約)が開催されている。実は半日前にX星人の襲撃を受けていたのだが人々は何事もなかったかのように宴を楽しんでいた。


「……」


その野外パーティー会場内のテーブルから少し外れたところで瀬上は一人夕涼みをしながら黄昏ていた。そこに歩いて現れたのは凌。


「仮にもあんた副長でしょう。こんなところで黄昏て、菜奈美さん一人に日本丸代表背負わせてよかったんですか」
「このパーティーはそんな格式ばったもんじゃないってローシェが言ってたろ?」
「そんな事言ったって肩書きのある人はそうはいかないでしょう」
「ま、あいつに任せとけ」


凌は納得がいかなかったが、しかし瀬上の異変の方が興味を上回った。珍しくしんみりしているように見えたのだ。


「なんかあった?」
「…終わった。終わっちまった。月ノ民もレリックも、倒すべき敵はもういない。真の平和が訪れたんだ」


グラスに残っていたワインを一気に飲み干した。燃え尽き症候群とかいう安っぽい感情ではなく、本当にやるべき事を終えた達成感とそれに伴った犠牲者への感傷が中和しあった何とも言えない気分みたいだ。既に物語のエンドロールに入っていそうな瀬上を凌は憐れむように言い放つ。


「…皆のお祝いムードに水を指す事は言いたくないけど、俺は平和だと思わない」
「なに?」
「巨悪が倒された事による次の悪は必ず出てくる。それが地球人類の中だけだったら日本丸のみでなんとかなるかもしれない。でも宇宙との交流が拓けてしまった今、次は宇宙からの悪が地球を狙ってくるかもしれない。その時日本丸が太刀打ちできるか、戦力強化が急務なはずなんです」
「戦力は間に合ってるだろ。四聖に三島達、四神だっている。あのママチャリ仮面が言うには地球は宇宙最強らしいじゃないか」


瀬上はおどけてみせながら誤魔化したが凌は止まらない。


「まさかあの胡散臭い連中を信じてるんですか。地球の実力なんて実際に試してもいないのに」
「…俺達は軍隊じゃないだろ。あくまで世直し。水戸黄門的な流れの人助けの範疇でやれる事やってくだけで十分なんだって」
「確かに軍隊じゃない。でも強力な力がある以上非力な一般人を守る義務がある。俺達が地球の防人にならなければ今後どんなーー」


凌の言葉に熱が帯びてきた。瀬上は今ここで話す内容でもないだろうにとお祝いムードも興醒めしていく。それが周りにまで伝播するのを防ぐのが副長たる自分の目下の務めだと奮い立たせた。


「お前…酒飲みすぎだ。水取ってきてやるから待ってろ」


そう言ったその時だった。時計は0時をまわり、パーティー会場に粉雪が降り始めた。コロニーの気象コントロールで日付が変わる瞬間から粉雪を降らす粋な計らいのようだ。その甲斐はあったようで皆がそれぞれ歓声をあげているあたり大成功。時間差で始まったオーケストラの生演奏が皆のお祝いムードを底上げしたのか男女、身分、爾落人も宇宙人など関係なく唄い、踊り始めた。瞬く間に人が人と人を繋ぐ輪が出来上がる。


「俺は本気です」


先程からの熱気冷めやらぬまま持論をヒートアップさせる凌。瀬上はもう何でもいいから凌から距離を取るために人の輪に向かい始めた。


「東條、shall we dance?」


自分が踊りに誘えば凌は断るに決まっている。そのまま逃げて菜奈美かガラテアあたりを探しに行こうと周囲を見回すと視界の端にある人物を捉えた。


「話はまだ終わってない!」
「げ…」


瀬上が悪態ついたのは凌の予想外の食い下がりにだけではない。あれは確かママチャリ仮面の前カゴに収まっていた全宇宙連合の大使だ。大使は見ていた。大きな目を限界まで見開き、テーブルから二人を見ていた。元々の体格がヒューマノイド型宇宙人と踊れないせいか、お子様用の脚の長い椅子に座ったまま踊る人間達を首を振りながら眺めている。そんな中仲の悪そうな地球人二人を見つけてしまったのだろう。オフィシャルには地球内のイザコザは終結しているはずなのだが、ここで個人のイザコザを垣間見させて地球人の弱みを見せるわけにいかない。瀬上は有無を言わさず凌の両手を握って引っ張る。


「わかったわかった。とりあえず踊ろう。な?今はその時間だから。な?」
「え、普通に嫌だけど。ちょ!俺ダンスとかあまりやったこと…」


瀬上は人の輪の中に入って姿を眩まそうとしたが大使はしっかりと目で追い続けていた。何も知らない凌も雑踏の中で無闇に抵抗はしなかったがすぐに限界を迎えた。


「離せ…」
「…おい東條」


瀬上は顎で大使の存在を知らせると凌は状況を理解した。踊りを中座してはならないと。このタイムテーブルを終えるまで、地球人類は争いのない団結した民族だと大使に示さねばならない。今後の地球の立ち位置はこの自分達に託されているという考えに二人とも相違はないようだ。瀬上は大使に悟られぬよう、自分の顔面が死角に入ったところで凌の耳元で囁いた。


「お前は何もしなくていい。俺に任せろ…」
「……」


突然のプレッシャーに凌は手が震えた。心情を悟った瀬上はそんな凌の両手を力強く握りしめる。覚悟を決めた凌は全て身を任せ、瀬上のリードに従った。しかし息の合わなさから来るぎこちなさはステップにて顕著に表れる。大使はそれを見逃さない。瀬上は熟練の戦闘勘からそれを悟った。


「緊張しすぎだ。少し力を抜け」
「でも…」
「でもじゃねぇ。いいから俺に全て任せろって…」
「……」
「そうだ…それでいい…」


しかし、大使は二人の不協和音を察したのか今にも絶叫しそうなほど口を開けっ広げた。視界に入った瀬上は焦った。練習もない付け焼き刃の踊りなど見せるに堪えうるはずがない。これがせめて事前のイザコザさえ見られてなければ御愛嬌として見過ごすはずなのに。自分の運の悪さを呪うしかない。そもそもが詰みの状態なのだが、打開策として凌へお前もなんか言えと再び囁く。


「メリー…クリスマぁス! 凌!!」
「ハ…はっぴー…くりすまァす! 浩介!
!」


二人が顔を引き攣らせながら掠り出した祝辞に、大使は口を閉じると満足げに笑ってみせたのだった。演奏が終わったのはそれと同時だ。やりきった瀬上が横目で盗み見ると大使の興味は既にクリスマスケーキへと移ろっていた。二人への緊張感など忘れ去り、今にもケーキそのものへ飛び込みそうだ。


「……」
「……」


確かに今年はターニングポイントだった。日本丸勢にとっても地球史にとっても。そんなめでたい年の最もめでたい瞬間から十数分を、瀬上はよりにもよって凌と迎えるという黒歴史を作り出した。しかし凌にとってもそれは同じ。お互い何事にも塗り替えられない思い出となってしまったのだ。


「…行くか」
「はぁ…」


二人の献身で地球の立場は人知れず守られた。二人は握り合っていた両手をゆっくりと離した……





了 AWACS


ーーあとがき
作品としての「G」クロ、節目の締めくくりの裏側がこんなんですいません…
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