タ・ガ・メ!

タ・ガ・メ!


 東京都墨田区錦糸町駅。北に錦糸公園、南に猿江恩賜公園と都市のオアシスを持ち(あー昔はブルーシートばっかりだったなぁ~)、大型デパートや映画館を駅前に有し、その周りを囲む様に横丁が戦後の復興期から展開されている。(あー交差点にいるのプロの女だ。目を合わせるとキャッチの兄ちゃんが着いてきて面倒なんだよなぁー)
 このように戦後日本の成長と共に変化を続ける街、それが錦糸町……。
 そして、今宵は見たいアニメの劇場版の時間までの間に一杯引っ掛ける為に、数年ぶりにこの街の横丁に入ったのは、この俺、関口亮。しがないサラリーマンだ。今は新設予定の沼津支部へ異動を控えた束の間の休暇中だ(福島でやらかしたからなぁ、よく閉鎖にならなかったなぁ、開発部。屋根がポーンッ!だもんなぁ)。

「おかしいな。横丁が終わった」

 夜の横丁に溶け込む一人の男、つまり俺は横丁をクールに3往復し、確信を持つ。

(店、無くね?)

 学生時代に都内へ帰った時、何度か来た店。立ち飲みに無理矢理椅子を入れたような狭く、それでいて女将さんが提供する肴は金平や煮っ転がしなど妙に落ち着く味のものを提供する為、非常に穏やかな気持ちで飲める飲み屋があったのだ。確か当時は似た様な店が何軒か並んでおり、女将さん曰く戦後直後から店を始めたと言っていた。
 引退か亡くなられたと考えるのが妥当だろう。
 記憶を頼りに横丁の店の数を数え、その店のあった場所を見つける。残念ながらシャッターが閉まっており、店は入っていない空き家になっていた。
 もう一度、あの味の肴で蛇口から捻ってだす昔ながらの横丁居酒屋の熱燗を飲みたかったが、致し方がない。

「ん? ……んん?」

 隣の店舗は真新しい店構えでごく最近オープンしたのは間違いなかった。綺麗なカウンタータイプの飲み屋だが、メニューが明らかに見慣れない、否日本の飲食店ではまず見ない名前がメニューに書かれていた。
(何事も経験だ!)
 俺は店に入った。店主が気さくに向かい入れた。

「表の看板、食べれるんですか?」
「えぇ。ウチは鳥獣虫割烹。扱ってますよ」
「じゃあ、お勧めは何でしょう?」
「とりあえず、色々食べれる盛り合わせがお勧めですよ。お値段はこれになりますが……メニュー表です」
「……じゃあ、ソレを。あと、アノ限定メニュー、まだありますか!? あとお酒は……コレって飲めるんですか?」
「あぁあるよ。揚げるのに時間を頂きます。あと、コレはマムシと同じようなものですよ。ただ、弱い人はお腹を壊すので気をつけて下さい」
(なるほど、毒は胃で分解されるのか……)
「試しに飲んでみます」
「わかりました」

 酒の入った瓶を店主が取り、中からお玉で酒を掬ってコップに注ぐ。さながらかき氷のシロップだが、茶色の透明な液体の中にあるのは砂糖でなければマムシでもない。黄色と黒の模様と獰猛な牙、そして細長い羽を持ち、それら一つ一つがハッキリと遠くでも観察ができる大きさ。
 間違いなくオオスズメバチだ。

「ありがとうございます」
「少量ずつ、味がしたら一気に胃に流すように」
「はい」

 確かにクランクランする。酒なのか毒なのかよくわからない。精力剤となるかもしれないが、肝臓が悲鳴を上げそうな酒だ。

「店主、隣にお婆さんが女将さんをする古い飲み屋がありませんでしたか?」
「あー、昨年亡くなられたよ」

 やはりか。惜しい事をした。…ご冥福をお祈りします。
 さて、盛り合わせが出された。
 お品書きも添えられており、それぞれの食べ方が書かれていた。
 まずは一番旨そうで、一番抵抗感のあるココナッツワームの姿焼きから。

 そう。ここは鳥獣虫割烹の店。ジビエや昆虫を提供する小料理屋だ。
 そして注文したのは、昆虫の盛り合わせだ。

 ココナッツワームは香ばしくカリカリとしており、口一杯にココナッツの甘い香りが広がる。やはりこれは大当たりだ。
 他にも芋虫系のハチノコやカイコも食べる。(カイコは何か土臭いなぁ。ハチノコはうん。美味いの知ってた)
 成虫もある。日本でも食用とされているイナゴと……タガメ。(タガメ、日本じゃ絶滅危惧種だよなぁ)
 お品書きにタイ産と書かれていた。(なるほど、タイではタガメも食用なのか……)
 イナゴは苦いが酒の肴としては良い。ただし、脚が硬くて歯に挟まる。佃煮は佃煮だから柔らかくなっていたことを改めて理解する。
 そしてタガメだ。タガメは他とは違う。丸焼きではなかった。説明を読みながら、背中を剥がす。カニの甲羅を取るイメージに似ている。タガメだが。
 そして、胸部の筋肉をスプーンで掻き出して食べるらしい。そこだけがこの料理のタガメの食べる部位らしい。何と贅沢な!
 口に入れると更に贅沢な香りが口全体、そして鼻に抜ける。フルーティな香りが広がったのだ。

「タガメ、凄い美味しいですね」
「フェロモンらしいですよ」
「へぇー」

 普段仕事では常識を逸脱した「G」を元にしたアイテムや兵器を開発する為に日夜研究をしているが、まさか普通の昆虫でこんなに驚かされるとは思わなかった。
 海外へ行く調査部の連中は秘境の地で昆虫食の経験もあるだろうが、国内が基本の俺にとっては初めての経験であった。
 タガメは美味い! これからはこの絶滅危惧種を食用にできるまで数が増えるように環境問題には気をつけて行こう。

「できたよ」

 俺がエコ意識に目覚めていると、店の入口で入店を決意した本命が出された。
 間違いない。これを自力で入手して食べるには焼津市へふるさと納税するくらいしか手段のないと言っても過言ではない海底の掃除屋。ダンゴムシの親戚であり、最大種は水族館の深海生物展示での人気者。

「グソクムシ」

 グソクムシの素揚げである。
 聞いた話では海老っぽいらしいが、如何なものか。某大学海洋学部OBとして、これは是非食したかったのだ。
 火傷に気をつけて少しずつ齧る。しっかりと揚がっており、表面は海老の素揚げと同じだ。味も概ね海老だ。特に海老の尻尾の先端部分に近い味だ。特質して美味いものではないが、念願のグソクムシを食することができた感動が一番大きかった。
 しかし、脚が硬い。咀嚼する度にバリボリ音を立て、時折歯茎に刺さる。
 物珍しさとグソクムシを食べたいという浪漫の食材というのが正直な感想だった。
 そもそもタガメという至高の昆虫を食べた後では比較にならないのだ。
(まだ腹が満たないから、肉を食いたいな)

「ワニの唐揚げ、下さい」

 ちなみにワニはカエルよりコラーゲン感のブヨブヨが強い感じで、鶏肉よりもプルプルした肉質だった。


 そして、少し変わった食事を終えた俺は、ほろ酔い気分で映画をみるのであった。

(……ん? 歯に小骨が? ……いや、脚だ!)

 終始、歯に挟まったイナゴとグソクムシの脚を取っていたが、映画館が暗がりなのが幸いであった。


 是非一度ご賞味あれ。



終 宇多瀬
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