‐Gifting‐忘れ形見
2022年・4月。
ババルウ事件解決後、バランこと隼薙の計らいでアンバーとアークはマイン・スピリーズ姉妹と共に、淡路島を観光する事となった。
事件の翌日は主にスピリーズ姉妹のリクエストを消化する旅路となり、一行は「ONOCORO」を楽しみ直したり、「ニジゲンノモリ」や「HELLO KITTY SMILE」に行ったり、うずしおクルーズに参加して渦潮を見たり、「ホテルニューアワジ」に宿泊して温泉に浸かったりした。
ただ、各観光地を満喫し過ぎた事でアンバーの希望であった諭鶴羽山の正式な観光は翌日の午前中にずれ込む事となり、「ババルウ事件」の時と違って表参道から諭鶴羽山を登る為、マインの車で黒岩方面から山道を登っていた、その最中・・・
「マイン様、すみませんがここで止めて頂いて宜しいでしょうか?」
『は、はい。構いませんが・・・』
『どうしたの?アンバー?』
『まだ「ゆず味噌」山には着いてないよ~?』
『「諭鶴羽山」ね、ラズリー。』
『・・・成程、そう言う事か。アンバー殿。』
「・・・皆様。あれが『沼島』、わたくしとアーク様と隼薙が身を隠し、この日本の始まりとなった地です。」
『ぬしま?』
『「くにうみ神話」、ですね。確か、イザナギとイザナミと言う神があの島に降り立って、日本の地を造って行ったと言う・・・』
『あたしはあまり知らないけど、途中で寄ったサービスセンターの看板にそんな事が書いてあったわね。』
『じゃあ、この淡路島ってすごいとこじゃん!わたし、いつかここにアトリエ作ろっかな~?』
『アトリエが作れるくらい有名になれたら、の話ね?』
『ふんっ、お姉ちゃんの手伝いさえしてなかったら、わたしだってとっくになれてるよっ!お姉ちゃんこそ、わたしがほんとにアトリエ建てたら、半年に一回は来てよねっ!』
『あら、半年でいいの~?3ヶ月に一回は来てあげるわよ~?』
『センスは間違いなくありますから、遠くない日にその約束は叶いますよ。ラズリーさん。』
「そうですね。わたくしも・・・出来れば、お伺いしたいと思います。」
『・・・もし、アンバー殿が元の体に戻った等で行けない要因が発生した時は、私が隼薙を強引に引っ張ってでもアトリエに連れて行く。そうすれば、穂野香様も確実にご一緒して下さるだろう・・・それで、そなたも行った事になるだろうか?アンバー殿。』
『・・・はい。その心遣いに、心から感謝致します。アーク様。』
『じゃあ、わたしは絶対ここにアトリエを建てるから、完成したらアンバーもわたしのアトリエに来て!「約束」、だよっ!』
『・・・心得ました、ラズリー様。わたくしは、約束致します。必ずや、貴女のアトリエに伺う事を・・・』
「あれが、沼島・・・アンバーとアークとお兄ちゃんが、マインさんとラピスとラズリーを助ける為にいた、日本の始まりの地・・・」
2024年・3月。
「四神大戦」を経て、元の体に戻った初之兄妹は再び隼薙の相棒となったアークと共に、2年振りに淡路島を訪れていた。
2年前に共にいた「彼女」は、地球(ガイア)へと還って行ったが故にここにはいないが・・・この地球の何処かから自分達を見てくれていると信じ、彼らはこの地を訪れたのだった。
「あぁ、そうだぜ。でも俺は基本山か海の中に隠れてたから、あんまりいた感じはしねぇけどな。」
『私はアンバー殿と共にいた都合、あの島の風光明媚を体感する事が出来ましたが・・・機械の私にも、この地から漂う不可思議な感覚は日本発祥の地と言われれば、納得してしまう説得力がありました。』
「私がもっと頑張ってたら、アンバー越しに沼島を体感出来たんだけどなぁ・・・」
『土生(はぶ)まで行けば、沼島行きの連絡船が出ていますが、それに乗りましょうか?』
「ありがとう、アーク。でも、それはこの淡路島巡りの最後にしたいかな。だから・・・」
「さぁて!あん時待ちぼうけだった分の落とし前は、まだまだ足りねぇ!もっともっと穂野香と一緒に、淡路島を楽しみまくるぜ!」
『私を忘れるな、隼薙。』
「そうだね、お兄ちゃん!アークも一緒に、私も淡路島をい~っぱい!楽しむわよ!」
それから初之兄妹・アークは岩屋の「道の駅あわじ」に移動し、明石海峡大橋を背に淡路島観光を楽しんでいた。
ちなみに、彼らのこれまでのルートは隼薙がつい最近知った、「疾風」の「G」を移動手段として最大限に生かせられるウィングスーツを着た滑空移動による、乗り物では無く風に乗っての高速移動を主にしており、大鳴門橋方面から「風使い」として四国を放浪し始めた頃のように渦潮を間近で見たり、淡路島牧場で搾り立て牛乳を試飲したり、イザナギとイザナミを祀る「おのころ島神社」を参拝したりと、初回運転としては好調であった。
が、諭鶴羽山地を上空から眺めようとした際、隼薙が僅かに気流の操作を誤った事で山肌に衝突しそうになり、慌てて穂野香が衝突を回避しようと炎を放った事で起こった上昇気流によって急激な方向転換を強いられ、そのまま「淡路島モンキーセンター」付近まで流れ着く羽目に。
アークから背中に乗る穂野香の身の安全について隼薙は叱咤され続けられながら、付近の海岸線から一先ず沼島を臨み・・・その後は「鮎屋の滝」見学を経由して、「ウェルネスパーク五色・五色温泉『ゆ~ゆ~ファイブ』」の温泉で一休みし、「パルシェ香りの館・香りの湯」に寄りつつ、「あわじ花さじき」の鮮やかな花畑を眼下にして、ここ岩屋まで辿り着いたのだが・・・
『・・・おっと、そこのブラザーズ?私達を、お忘れではありませんか?』
『そうそう!わたし達も忘れてもらったらこまるよっ!』
『そうよね~?社長のあたしに内緒で、こんな楽しい事してるなんて・・・隼薙君も穂野香ちゃんも薄情よねぇ?』
「お、お前ら!?」
『そなた達か・・・』
「マインさん!ラピス!ラズリー!」
不意を突くように彼らの背後から現れたのは、あれから「RuRi」の従業員として働いている兄妹の雇い主となったラピス、兄妹が従業員になった事で画家として着実に実績を積み重ねているラズリー、数ヶ月に一回は機会を作って彼らと会っているマインであった。
『何であたし達がここに、って思ったでしょ?』
『はやてとほのかの考えてる事くらい、全部まるっと「おみくじ」だよ!』
『「お見通し」ね、ラズリー。今年は凶だったんだから、気を付けないと?』
『種明かしをしますと、ラズリーさんが前回の展示会で最優秀賞を取った事で、個展を開ける事になりまして。それで、近々淡路島にアトリエを建てる事となり、その下見に来ていたんです。』
「あの最優秀賞で!?おめでと~!ラズリー!」
『ふっふ~んっ♪』
『おめでとう、ラズリー殿。隼薙、だから言ったのだ。あの時の展示会は行くべきであったと。だがお前は行かないの一点張りで、機嫌を損ねた穂野香様だけが・・・』
「わあってるっての、アーク!じゃあ、次は行ってやるか・・・」
「もう、絶対だよ!お兄ちゃん!ラズリーの絵って、直に見たら本当に凄いんだから!」
『まぁ、むりにとは言わないけど?別にはやて1人来なくたって、ほのかみたいにわたしの「げーじゅつせい」を分かってくれる人が来てくれるからねっ!』
「『キューティー画家』ってやつか?」
『ちが~うっ!それを言うなら「宮廷画家」!それにわたし、そんなのなる気なんてないよっ!』
『珍しく間違えずに言えたわね、ラズリー?あたし、突っ込み待ちだったのにな~?』
『「ババルウ事件」の事を思い出すから、でしょうかね。それはさておき、ここ岩屋を候補にしたのは私のアイデアです。ここからは水平線の先に神戸や大阪が見えますし、ラズリーさんのウルトラアイなら曇りで無い限りは余裕で見えるでしょう。ナイスなアーティストには、ナイスなビューが無ければ。』
『そ、そうそう!それそれ!マインさんの言う通りだよ~♪でも・・・これであの日キミと話した「約束」、守ったよ!アンバー!』
『じゃあ、あたしも約束守って3ヵ月に一回はここに来てあげよっかな♪だから・・・貴女も約束守って絶対来てよね、アンバー。』
『この景色を見れば、我らがホーム・地球と貴女が一つになっている事が分かります。なので・・・貴女の約束のご来訪を、私達はいつまでも待っていますよ?アンバーさん。』
『この地球(ほし)が在る限り、そなたもまたそこに在るのだろう・・・よって、私達は信じている。そなたが必ずや約束を守り、この地に立つラズリー殿のアトリエに来る事をな・・・アンバー殿。』
「ここに出来るラズリーのアトリエは、私達と貴女との変わらない『約束の場所』、って事にもなるのね!じゃあ・・・いつか、その証を立てる為にも!貴女が来てくれないと困るわ!私がおばさんになっても、おばあちゃんになっても!あの日の約束、叶えてね!アンバー!」
「・・・だ、そうだぜ?俺は爾落人だ、何年でも何百年でも・・・何千年でも何万年でも俺は待っててやっから、神様なら穂野香とこいつらとの約束くらい、守れよな!アンバー!」
空に向かって、あの日「彼女」と交わした「約束」を叫ぶ隼薙達。
すると、その時・・・柔らかい風が一つ、彼らに吹きすさぶ。
それは春の訪れと・・・「彼女」の訪れを告げる、「彼女」からの返答であった。
ーー・・・はい、心得ました。
完 婆羅陀魏