「Grow」on ~シエルと睦海~




 時々"私"は同じ夢を見る。
 どんな夢か、それは醒めてしまうとはっきりと覚えてはいない。
 けれども、"私"にはわかる。それが"私"の経験していないはずの出来事で、"私"でない誰かの見ていた物語の一片なんだと。
 それだけはわかる。
 そして、その夢がいつ頃から見ていたものだったのか、もう今ではわからない。幼い頃から見ていた気がするのだけれど、その夢の意味を理解するのはずっと後のことだった。



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『153ブロックを通過。警戒レベル上昇。避難マニュアルに移行します』

 夜の暗闇と静寂に包まれているはずの山奥にあるコンテナ群。周囲一面を二、三段に積まれてマスゲームのように整列されて敷き詰められたその中に、一点だけが眩いスポットによってくっきりと浮かび上がっている。その上空からはヘリコプターの羽音がバラバラと鳴り響く。
 ヘリコプターの後部座席に座る男のヘルメットに澄んで聞き取りやすい女性オペレーターの声が聞こえてきた。
 そして、避難警報が周囲から響き出し、夜の静寂は終わりを迎えた。
 その警報を合図の様に、隣に座る男が無線で話しかけてきた。

「君もつくづく巡り合わせの悪いものだね」
「へへ。だからと言って、ただの観察員をこんな物騒なヘリに乗せるお前も大概だよ」
「む……。無理矢理乗り込んできたのは君だろう? 君の身に何かあったら、奥さんに何と詫びればいいんだ」

 隣の男が気分を害した様子で、苦言を呈する。
 しかし、男は意に介さずに地上を見下ろして言う。
 無数の節が連なった巨大な生物が移動する姿が、スポットライトに照らされている。

「あのオオムカデ野郎が人里にまで到達するってのだけは避けなきゃならねぇだろ!」
「それと君が居合わせたことは関係ないんだが」

 男の言葉に彼の脳裏に幾つかの描写が次々に浮かぶ。
 幸せな笑顔を浮かべてお腹をさする女性の姿。苦しむ顔。ひんやりした夜間救急病院の景色。医師からの宣告に涙を流す女性。自分を責める女性を必死に何か言葉をかけ続ける。会話のなくなった家庭。仕事の資料とモニターを見比べる女性の後ろ姿。自分の前にも沢山の資料を並べる。一枚の施設の資料と写真。写真と同じ施設の景色。煙に巻かれた薄暗い施設内。発砲音。逃げる影。鉄の扉が開き、夜空と巨大なムカデ。足元に転がる人の腕。スポットライトとヘリコプター。

「仕事だよ。あそこでG細胞の新しい力が見つかったんだとよ。何とかかんとかG1とか言って、再生医療への応用の可能性があるらしい。不妊治療にもな」
「……だから、畑違いの研究所に来ていたのか」
「あいつには言うなよ。それで、何があったんだ?」
「オリハルコンを盗んだんだ。国際条約を無視して兵器利用を目論んだSSS9の仕業だ。君が目撃したあの怪獣を生み出したのもそのスパイの一人だ。……これで僕らがこの状況になって君と一緒にあいつを追いかけることになったか、君なら理解できるだろ?」

 男の言葉で、彼の脳裏には警察手帳、刑事たちの叫び合う姿の記憶ともどかしかった過去の感情が呼び起こされる。
 そして、彼の視線は地上に戻される。スポットライトの先に、塀があり、雑木林、そして畑と民家が見えてきた。

『1020ブロックを通過。部隊到着まで、後300秒。隊長、可能な限り食い止めて下さい!』

 女性オペレーターの声が無線を通して聞こえ、それを合図に男はコックピットに指示を出す。
 刹那、ヘリコプターの足元からも激しい銃撃の音が響く。しかし、スポットライトに浮かぶオオムカデはくねくねと動き、攻撃がなかなか当たらず、周囲のコンテナが銃撃で火花を散らしながら、崩れる。
 そして、前方の塀が土煙を上げて崩れる。スポットライトがすぐにそれを追う。崩れたコンテナが整然と並べられていた面に一筋の線を描き、先端の塀、そして雑木林で土煙を上げている。早い。

「まずい! この速さじゃ、時間稼ぎも難しいぞ!」
「わかっている! 誘導して進路を変える。回り込め! 畑に出たところで迎え撃つ!」

 雑木林の先にある畑にヘリは回り込み、高度を下げる。目の前に土煙を上げ、木々をなぎ倒しながらオオムカデが迫る。
 そして、彼は視線を雑木林の反対側、民家に向けた。玄関に人影が見える。彼は目を凝らす。
 高齢者を背負い玄関を出る男と子ども抱える女だ。逃げ遅れたのだ。直感的に彼は自分のすべきことを理解した。

「絶体に何とかしろよ!」

 彼はそう言うなり、ヘリコプターの天井に取り付けられたリールから伸びるワイヤー、その先端にあるカラビナをベルトに繋げて、隣でライフルを構える男に言った。

「え? ……お、おい!」

 男が振り向く時には、既に彼の体は地上に向けて降下していた。
 地上に降り立つと、彼は体を回転させて、畑の土にまみれる。口に入った土を吐き出し、ベルトに繋がったカラビナを外す。
 そして、彼の視線はまっすぐ民家を捉えた。人影は玄関の脇にあるガレージに停められた軽自動車に向かい、ドアを開けて高齢者を後部座席に乗せていた。間に合うか。
 しかし、彼の直感が彼らの元に行くように警笛を鳴らす。
 がむしゃらに彼は走った。畑の土が彼の足を重くさせる。時間が長く感じる。
 背中で閃光と爆風を受けて彼は再び畑に倒れる。
 そして、頭上をヘリコプターとオオムカデが切り盛りになりながら跳んでいく。眼前の民家にヘリコプターとオオムカデがぶつかり、家族の乗った軽自動車もそれに巻き込まれた。

「うわぁぁぁぁあっ!」

 彼は思わず叫び声を上げていた。
 そして、夢は唐突に終わる。
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