7年後の24時

Day5 3:00 pm

「君も言うようになったよなぁ」

 待ち合わせたカフェは、出来て間もないオープンカフェ。
 白い霧に映える青いパラソルの下、白いテーブルと椅子が並べられた様子は旧紐育ならどこにでもあった光景にしか見えない。違うのはその椅子に人類と異界人が自然と寛いでいることだろうか。
 以前からレオナルドが通りすがりにみつけて気になっていたカフェは、ネットで評判がよくスイーツが美味しいそうだ。
 その話をスティーブンは覚えていたらしい。記憶力がいい彼だから驚きはしないが、覚えていてくれたことは素直に嬉しい。
 急いで部屋着から着替えてきたレオナルドは、新聞を片手にゆったりと足を組んで寛いでいるスティーブンをみつけてくすりと笑う。
 その姿はウォール街を歩くビジネスマンさながら。まさか秘密結社ライブラ副官だなんて誰が思うだろうか。いや、このヘルサレムズ・ロットで知られていないと思うのは楽天的すぎる考えに違いない。
「お待たせしました」
「今来たところだよ」
 定型文のような返しも、スティーブンが言うととてもスマートで好意的に受け取れる。
 新聞を折りたたんだスティーブンと向かいの席に腰掛ければ、速やかに担当のウエイターがやってきて。メニューを受け取り、チーズケーキとコーヒーを頼んだ。
「ここに来たいって話してたこと、覚えててくれたんですね」
「君を喜ばせるためなら、惜しみなく力を注ぐ男だってこと、忘れた?」
「ちょっと重いかな」
 道路に目を向けつつそう言えば、目の端には口を噤んだ男が映る。
 レオナルドはもう、甘ったるい口説き文句に戸惑う年ではない。それどころかこうしてさらりといなすことが出来るようになってしまったのは、スティーブンのせいなのだけれど。
「何年たっても、口説き方が変わりませんよねー」
「王道を舐めるなよ」
「スティーブンさんに言われても」
「どういう意味だよ」
 スティーブンが食いついてきたところで、コーヒーとチーズケーキが運ばれてきた。
 会話を一旦やめ、ウエイターが下がるのを待つ。
 忙しそうに去る背中を見送り、フォークを手に取ったところでレオナルドが再び口を開いた。
「それで、仕事をさぼりたくて僕を呼んだわけじゃないんでしょう?」
「なんだ、気づいていたのか」
 さして驚く様子はなく、それどころか当然だと言わんばかりのわざとらしさを感じる台詞に、ふっと笑ってチーズケーキを口に入れる。
「1ブロック先にパブがある。人類の客に人気でね、昼間から盛況だ。……イレネオ・マルキの妻が毎日のように来ている」
 予想外の名に、レオナルドはフォークを皿に置いた。
「奥さんの方が? そうか、旦那と一緒にヘルサレムズ・ロットに来ていたんでしたね」
「幼い娘を置き去りにして、昼間から酒。おかしいよな」
「そうするしかない事情があるってことですか」
 父親が娘を抱っこしていたし、夫婦そろって危険を冒してまでヘルサレムズ・ロットにやってきたのはそれだけ子煩悩なのかと思ったこともあったが、これで一気にきな臭くなってきた。
 まだ確証はないので断定することは出来ないが、スティーブンも同じ気持ちだからレオナルドを呼んだのだ。
 ここで娘の情報が得ることが出来れば、実際に彼女がクローンなのか、本当にクローンだった場合、どのようにして誕生したのかなど、知りたかったことが分かる。
「僕は監視です?」
 まずは彼女の動向を掴むのか。
 ハニートラップはスティーブンの得意分野だ。恋人が他の女に色目を使うのは当然気持ちのいいものではないが、スティーブンも年齢を考えてかその回数は以前に比べれば随分と減ったものだ。
 それに仕事だと割り切って了解して、機嫌を悪くするのはスティーブン。これはこれで面倒臭い。
「いや、君には彼女との接触をお願いしようと思って」
「は?」
 何度もいうが、異性を誘うハニートラップはスティーブンの得意分野だ。
 同性や異界人相手ならレオナルドも幾度となく行っているし、成功率はスティーブンより高い。なにせ引っかけた情報源や犯人とそのまま友達になっているし、交友関係の範囲は今ではライブラでトップ。だが、これが異性となると話は別だということをスティーブンは知っているはずだ。
 もっとも、情報を引き出すより先に相手が本気になって対応に困ったところで、スティーブンが横からかっさらうことが多いのだけれど。
「向いてませんって」
「いや、今回は君が適任なんだ。頼むよ」
 茶目っ気たっぷりにウィンクをするスティーブンに反抗するように、再びフォークを手にしたレオナルドは、ひと口サイズに切ったチーズケーキをスティーブンの口に突っ込んだ。


Day5 3:20 pm

 パブ『March Hare』。不思議の国のアリスに登場する3月ウサギの名を冠したブリティッシュパブ。昼間でも照明を落とし、木製のテーブルや椅子が並べられ奥の壁に大型モニターが設置されていることから、スポーツ観戦も行っているのかもしれない。今でこそ画面は沈黙しているが、試合がある時は勝敗の行方を一喜一憂しながら皆が観ていることだろう。
 仕事途中のビジネスマンから杖をついた老人たちまで、酒が飲める年齢なら老若男女問わず集ってグラスを片手に語り合っている声は、外の喧騒とは違う心地よさがあった。
 カウンターでビールを頼む。レオナルドも飲酒が可能になってから何度か飲んだが、ビールは好みじゃない。ワインやブランデーなどいい酒ばかり勧めてくる恋人がいるから、安酒では納得できなくなったのではないかと皮肉めいて言われたこともあるが、単に味覚の好みだ。
「うわっ」
 グラスを手に空いた席へと歩いていく途中、レオナルドはすれ違った女性にぶつけられてグラスを落としそうになった。慌ててグラスを支えるが、数滴は床へと落ちていく。
「ごめんなさい! 大丈夫?」
「いえ、僕の方こそ前を見ていなかったんですから」
 嘘だ。さりげなく身体を寄せて女性に当てさせ、接触を図ったのだから。我ながらベタなやり方だな、と内心苦笑しつつ、レオナルドはターゲットであるソフィア・マルキにやんわりと微笑んで見せた。
 年齢は31歳、娘より赤みがかった長い茶色い髪をゆったりと巻き、緑の瞳は少し垂れ目。爽やかな空色のワンピースを着こなしており、イタリアンマフィアの妻というよりは高級ホテルのフロントや同じく高級デパートの接客業をしている方が似合いそうなくらい、物腰が柔らかく穏やかな印象の美女だ。さらに言えばとても1児の母には見えない。
 姿は事前に渡された情報で知っていたが、実際に見る姿はまた印象が違う。それを体感しつつ慌ててポーチからハンカチを取り出す彼女を、やんわりとレオナルドは制した。
「僕は濡れていませんよ。それより、あなたの服は? せっかく奇麗な青空を汚しては申し訳ない」
 青空、という言葉に彼女はきょとんとしたが、すぐに自分のワンピースのことだと気づいたのだろう。スカートの裾を摘まんで広げて確認する姿は本当に青空が似合いそうな人だと思った。
「なんともないみたい。よかった、弟からのプレゼントなの」
「お姉さんに似合うものがよく分かってる、素敵な弟さんですね」
「ちょっと小生意気だけど。貴方に似てる、見た目がね」
 頭に入れた明るく社交的という資料を元にして始めた会話は、レオナルドの予想以上に盛り上がる。
 屈託なく笑うソフィアは本当に素敵な女性で、なぜイタリアンマフィアと結婚したのか本当に分からない。とはいえ彼女が夫の職業ついて触れることはなかったし、そもそも夫のことを話そうとしなかった。
 ふたりでグラスを手にして話したことは、主に故郷や家族のこと。
 レオナルドが弟に似ているのは、背丈と糸目。小さい頃、姉より小さな弟はいつか見下ろしてやると宣言していたが、結局それは果たされなかったらしい。背の高い姉は嫌だと反抗期の頃は寂しかったが、自慢の弟だと彼女は笑った。
 負けじと妹の自慢をしてさらに話は盛り上がり、気が付けば2時間ほど話をしていた。
 これだけ話してまだ連絡が出来ないでいるのだから、そろそろスティーブンから催促が来てもおかしくはない。
 本来彼はレオナルドが知らない女性と話しているだけで機嫌を悪くする男だ。その機嫌の悪さが嫉妬から来るものだと分かっているけれど、仕事にそれを持ち込まないでほしいといつもひやひやしている。
 幸い、今のところスティーブンからは何もない。もしかしたら近くでライブラ構成員に張り込みをさせているかもしれないが、それはもう探すことすらしないでおいた。
 さてこれからどうするべきか。そう考えつつグラスを口につけたところで、ソフィアが不意に笑顔を消す。
「……そろそろ帰らないと」
 気が付けば夕暮れ時だ。こうして昼間から飲んでいたとはいえ、家庭がある彼女だ。
 ひとまず接点は出来たのだし、今日はこれくらいで良しとしようと思ったのだが、先程とは打って変わって暗い表情のソフィアは気にかかった。
「あなたと出会えて楽しかったです。会ったばっかりでこんなことを言うのは失礼ですけど、良かったら連絡先を交換しません?」
「ナンパだったんだ」
「ち、違いますよ! あー、でも、ソフィアさんが美人だってことは思いました」
 慌ててナンパは否定しつつ、素直にそう話せば、ソフィアは暗かった表情を和らげてクスクスと笑う。やはり彼女は笑っている方が素敵だと思っていると、スマホを取り出してレオナルドに差し出してきた。
「いいよ、連絡先、交換しよ。でも旦那がいるから、連絡は私から。いい?」
 酔った勢いも手伝ってか、ソフィアは楽しそうにレオナルドとアドレスを交換する。
 最後にまた飲みたいね、と笑って去っていった彼女からの連絡は、なかった。


Day11 4:00 pm

 ヘルサレムズ・ロットの騒乱でたまに命を落としかけつつ、それでも時間は過ぎていく。
 スティーブンとふたり、久しぶりに重なった休みを満喫することが出来るだけの悪運を持っていることをナニカに感謝するが、ひとつだけ問題がある。
 休日の時間は、あっという間に過ぎ去ってしまうのだ。
「それは俺と過ごす時間を楽しいと感じていてくれてるってことだろう? いいことじゃないか」
「良くないですし、納得できません。ていうかスティーブンさんと一緒じゃなくても、休日の時間の流れは異常です」
「一言多い」
 そう言いつつ、レオナルドが押すカートに次から次へと食料を放り込んでいくスティーブン。
 休日の仕上げにふたりで楽しむディナーは、自分たちで作ると決めている。そのための買い出しにやってきたのは、普段行きつけのスーパーではなく、人類向けばかりの隔離居住区の貴族にあるスーパー。
 人類しか入ることが出来ないこの場所は、スティーブンもレオナルドもさして好きではない。ヘルサレムズ・ロットに慣れすぎたからこその隔離空間に対する違和感が原因なのだろう。
 けれど今日はどうしてもここに来なくてはいけなかったのだ。
「まさか肉を買うためだけに、42番街に来るなんて」
「今日はいい肉が安いって聞いちまったんだから、仕方ないだろ」
「それは仕方ない」
 料理を嗜むスティーブンにはこだわりが、レオナルドには好みがある。互いに妥協することも利点を探すことも、長く付き合う秘訣だ。もっともこのふたり、意外と食い意地がはっているというだけなのだけれど。
 目的の肉は米国産ではなく日本産の和牛。ステーキ用のそれを合計2ポンド。高価な肉に、出してはいけない眼球が飛び出るかと思ったが、スティーブン曰く普段の半額なのだと聞いてさらに慄いた。
「ワギュウコワイ」
 容赦なくカートに入れられた見事な霜降りの肉をまじまじと見つめ、レオナルドは呟く。
 それを見てスティーブンが楽しそうに笑いながら、今度は乳製品だと歩を進めた。
「なんで片言になってるんだよ。これまでだって年に一度くらいは食べてるじゃない」
「それはそうですけど、何回見ても恐ろしい値段というか。日本人ってこんな高い肉ばっか食えていいですよねぇ」
「ブランド牛だからそれは難しいかな」
「でも日本料理って何食っても滅茶苦茶美味いんだから、安くてもいい肉なんでしょ?」
「君の美味い日本料理は、ラーメンか寿司だろ」
 遥か彼方、大海の向こうにある小さな島国に想いをはせ、レオナルドがネットでしか見たことがない日本の情報を話せば、実際に日本に行ったことのあるスティーブンが正解を教えてくれる。
 とはいえ仕事でしか行ったことのないスティーブンだから、サブカルチャーに関する知識だけは何年経っても勝てないでいた。
「若くなくなっても若者知識に詳しいなんてズルい」
「そこは興味を持つ分野が違うってことで。……あれ?」
 スティーブンが拗ねながら1ガロンあるソイミルクのボトルを選ぶ最中、レオナルドは遠くにいる見覚えのある人物の横顔に気づいた。
 急いでスティーブンに声をかけ、彼にカートを任せてその人物に駆け寄る。
「ソフィアさん、こんにちは」
 紺色のタイトスカートに白いブラウス姿の彼女は、乳製品売り場を悩ましそうに見つめていた。声をかければ驚いて振り返ったが、レオナルドの顔を見てその表情を和らげる。
「レオじゃない。貴方もここへ買い物へ?」
「ええ、兄と一緒に」
 後ろからソフィアに警戒されないようにわざとゆっくりとした足取りで近づいてくるスティーブンを指させば、彼女は何を驚いたのか口元に手を当てて瞳を瞬かせている。
 似ていない異母兄弟という設定で話はしてあったが、やはり伊達男の名は年をとっても健在なようだ。
 それからスティーブンが近づいてくるまでに、ソフィアは連絡をしなかったことを謝った。何度もしようとしたのだが、パブに入り浸っていたことが夫にバレてしまい、しばらく出歩けなかったという。
 今日はたまには買い物に行きたいと駄々をこねて、ここにやってきたそうだ。
「ディナーを作るための材料が必要って言ったら、ここならいいって。面倒な人だと思うよね」
「外から来たばかりなら、奥さんが1人で街を歩くことを心配しますよ。それに、ここは安心だと思います」
「どうだか。でも、変なところで用心深い人には違いない」
「うちの兄もそうっすよ」
 そう言った直後にタイミングよくスティーブンが隣に並ぶ。
「レオ、人の噂をする前に、目の前の美人の紹介をしてくれよ」
「はいはい。ソフィアさん、改めまして、兄のスティーブンです。兄さん、こちらはソフィア・マルキさん。前に話した、パブで知り合った人」
「はじめまして、スティーブン・A・ウォッチです。あなたと運命的な出会いを果たした弟に嫉妬していました」
 女性なら確実に一瞬はときめかせる極上の笑みを浮かべて手を差し出しスティーブンに、愛想のよい柔らかな笑みを湛えたソフィアが握手で応える。
 さりげなく名前を変えても違和感のないスティーブンの自己紹介を素直に受け止めたソフィアも、自分の名を改めて名乗った。
 スーパーの棚の前で話をしていては邪魔になってしまうため、ここからは3人で買い物をする。というよりも、スティーブンたちが偶然欲しいものが同じだと装ってソフィアについていくのだ。
「妹さんだけはヘルサレムズ・ロットの外にいるって聞いたけど、お兄さんと一緒に買い物なんて本当に仲がいいんだ」
「年が離れてるせいっすよ」
「僕らは長いこと離れて暮らしていましたからね。その反動か、可愛くて仕方がないんです」

 ほとんど赤の他人だというのにソフィアは嫌な顔をするどころか、興味津々で偽兄弟の話に声を傾けている。故郷にいるという弟の姿を思い出しているのだろうか。
「気持ちは分かる。私の弟も年が離れてるから、もう可愛くって。レオの糸目を見てると、会いたくなっちゃう」
 遠くを見て話すソフィアは、本当に弟のことを愛している。あまりに夢中になって、買うはずだったチョコレートを忘れていることに気づき、カートをレオナルドたちに押し付け慌てて棚へ向かうくらいに。
「とてもマフィアの嫁には見えんな」
「でしょう? 結婚した事情は調べてないんです?」
「今回は必要がなさそうだったからね。情が湧いちゃった?」
 任されたカートを押して邪魔にならないよう端によったところで、スティーブンはレオナルドの耳にそっと囁く。とても兄弟に見えない仕草に軽く睨めば、スティーブンは軽く両手を挙げて降参の意を示した。
「情ってわけじゃないですけど、なんか引っかかるんですよ。本当に、娘のクローンを作るような人なのかなって」
「それはどっちの意味? 娘を愛してない? それとも」
「愛してるから、思い出を大切に出来る人、かな」
 スティーブンは言葉の意味を知りたく続きを促そうと沈黙を守ったが、レオナルドが口を開くより先にソフィアが戻ってくる。子供が好みそうな派手なパッケージのチョコレートを手にして。
「お子さんが?」
 不意に聞こえたスティーブンの声。
 子供の話をレオナルドとソフィアはしていない。彼女は話そうとしなかった。
 だから驚いてレオナルドが勢いよくスティーブンに振り返れば、ソフィアは自分に子供がいるとレオナルドが思っていなかったと勘違いして、くすりと笑う。
「これでも1児の母だよ。娘なんだけど……偏食が激しい子で」
 俯き、手の中のチョコレートをじっと見つめる彼女は今にも泣きだしそうだ。
 クローンの娘に何を思っているのかその胸中をはかり知ることは出来ないが、亡くした娘が蘇ったことを喜んでいるようにはとても思えない。
 しかしソフィアには悪いが、これは好機だ。
「あの、ソフィアさん。もし困りごとがあるなら、兄に相談してみませんか?」
 スティーブンから預けていたカートを受け取り、チョコレートを入れたソフィアがきょとんとする。
 そこへすかさずスティーブンが話を引き継いだ。
「僕はヘルサレムズ・ロット内で、様々な業種の人々を斡旋する会社を運営しています。あなたを助ける人を紹介することも出来ますよ」
「へぇ、レオのお兄さん、やり手なんだ」
「お陰様で、美味い肉が食えます。あ、もちろん僕も働いてますからね!」
「分かってる。頼るところが出来て嬉しいよ、ありがとう」
 とは言っても、スティーブンに話をしないところから、まだそこまでの信用は得ていないのだろう。ならばここまでにしよう、とレオナルドとスティーブンは視線を交わして頷きあい、並んでレジまで歩き会計を済ませる。
 ソフィアとは迎えがいるというのでスーパーマーケットの前で別れ、その後ろ姿が見えなくなったところでレオナルドが口を開いた。
「長丁場になりそうっすか」
「幸い君は信用を得ているし、ある程度はかかってもいいさ」
「今回は結構悠長に構えてるんですね」
 肉があるので早く帰りたいところだが、ワインを買いたいスティーブンのためにもう少しだけ人類だらけの異質な通りを歩いていく。手にした袋は重いが、昔に比べれば随分と持つ量が公平なのは嬉しい。なにせ付き合いだした頃のスティーブンときたら、恋人に荷物は持たせないと言わんばかりになんだかんだと理由を言っては荷物をひとりで持ってしまうのだ。
 その時の歯痒さがなくなったのは、彼が自分を信頼してくれるようになったからだと、レオナルドは思っている。
「急ぐ案件ではないから。レオの手腕に期待してる」
「ご期待に添えるように頑張ります。なにせそのために、42番街のスーパーまで買い物に来たんですからね」
「そうだな。お陰で僕が接触出来た」
 ライブラはずっとマルキ夫妻を監視している。
 お陰で行動を事前に予測することが出来、こうして偶然を装ってレオナルドたちがやってきたというわけだ。目的は彼女との信頼関係を深めることと、こちらに協力者であるスティーブンがいることを知らせるため。
 この後は再び監視と共に動向を探ることになるだろう。そしてレオナルドは、彼女からの連絡を待つこととなる。
「まぁ、今夜はステーキで栄養をつけて、俺に食われてくれよ」
 不意に抱き寄せてこめかみにキスをしてきたスティーブンに、「明日は朝から仕事なんで、遠慮します」とあっさり答えたレオナルドだった。
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