Invisible Stage
全裸の時も思ったけれど、やはり顔がいい。
左側に走る傷跡が少しもったいない気がしたが、それすらアクセサリーに感じるくらいに長身の男前に花束はよく似合う。
「よかったら、おひとつどうです?」
この後デートに行くと言われても納得してしまういでたちなのだからそう尋ねると、ニヒルな笑みを浮かべたスティーブンは肩を竦めて。
「残念ながら、この後は野暮用があってね。クラウスが花束を作っていると聞いたんだが、あの巨体でこの繊細さはイメージ出来ないよな」
「あはは……まぁ、それは確かに」
可憐で愛らしい花束は、女性にすこぶる評判がいい。
それをまさか巨漢と呼ぶにふさわしい紳士が作っているとは、誰も想像できないだろう。同意して苦笑し、紙袋を手渡す。
中を確認することなく紐を肩に掛けたスティーブンに、申し訳ない気持ちと安堵の気持ちが綯い交ぜになる。
迷惑を被ったのはこちらなのに、楽しそうに花を眺める姿を見ていると、不思議とあの日のような警戒心は浮かんでこなかった。
「今日はあまり売れなかった?」
「そうっすね。天気があまりよくないし、人通りも少なかったからそのせいだと思います。たまにあるんですよ、こういう日が」
ふぅん、と素っ気ない返事をスティーブンはするが、花から目を離そうとしない。
用があると言っていたけれど、もしかしたら購入するかもしれない。そう思ってレオナルドは少しだけ閉店の支度をする時間を遅らせることに決めた。
「花、好きなんすか?」
「贈り物としては、はずれが少なくていいね。好みの色と花言葉さえ気をつければ、だいたいの女性は喜ぶ」
「うわー、伊達男発言」
「仕事柄、必要なんだよ」
いったいどんな仕事をしているのか、好奇心が顔を出す。
好奇心は猫をも殺すということわざはあるが、これくらいはまだ大丈夫だろう。
しかし、残念ながらこの会話は続かなかった。
「ちょっといい?」
不意に聞こえたぶっきらぼうな少女の声に振り返れば、今日は制服姿の赤毛の少女が立っていた。
スティーブンとソニックと出会うきっかけになった依頼者メリア・ハウンドの妹だ。
レオナルドのことを姉に伝えて依頼をしてきたのが彼女だが、あの日と違って化粧っけがないので、ごく普通の年相応の少女に見える。
けれど勝気そうなつり目はまっすぐにレオナルドを見つめていた。
「こんにちは。えと、ハウンドさんの妹さんですよね。あれ以来、お姉さんの家はどうです?」
「お陰で平和。もしかして、その猿が犯人?」
目敏い彼女に指をさされ、ブラックボードの上で眠そうにしていたソニックが慌てて姿を消す。
はっきりそうだと言うと、ソニックがここにいることで誤解を受けてしまいそうな気がして曖昧に笑って返した。
幽霊関係ではよくそっちが仕込んだ詐欺だろうと因縁をつけられるのだ。
「そっちの人はお客さん?」
次にスティーブンへ目を向けたのは、邪魔なら帰ると暗に言っているように聞こえて。
友人ではないし知りあいというには少々歪な関係なような気がする。だからどう答えようか迷っていると、スティーブンが穏やかな笑みを浮かべてさりげなく流し目で彼女を見た。
「はじめまして、お嬢さん。僕は店主の友人です」
「ふぅん、なんか胡散臭いね」
大人の女性なら心にキューピッドが矢を放ったと思うかもしれないけれど、女子高生らしい彼女はまったく気にする素振りがない。それどころかあっさりとそんなことを言うものだから、レオナルドはつい噴き出してしまった。
「笑うことないじゃない」
「すみません、的確だったもんで」
「いくら何でも傷つくぞ?」
わざとらしいくらいに肩を落としたスティーブンに、レオナルドと彼女が2人揃って笑いだして。
しきりに笑ってそれをスティーブンが溜息を吐きながらも収まるまで待ってくれた。
そして落ち着いたところで、彼女は肩に下げていたリュックから可愛く巾着のラッピングをした包みをレオナルドに差し出す。
「これ、お姉ちゃんからお礼。クッキーだっていってた。手作りじゃないから、味は大丈夫だと思うよ」
悪戯なウインクをして笑う彼女から、包みを受け取る。
すると彼女は軽やかにスカートを翻して踵を返すと、「じゃあね!」と駆け出した。
礼を言う暇さえ与えてくれなかった彼女に苦笑し、けれど嬉しくてくすぐったい。
徹夜をして走り回った甲斐があったと、今更ながら実感できた。
「良かったな、少年」
「へへ……。スティーブンさん、この後ちょっと時間あります? よかったらいただいたクッキーでお茶しません?」
「いいの?」
「はい! だってソニックを捕まえる時に、協力してもらいましたから」
目いっぱい笑ってプレゼントまでもらって。すっかり浮かれたレオナルドはまだあったはずの警戒心をなくしてスティーブンを誘う。
するとスティーブンは顎に手を当ててしばし考えた後、思いがけないことを口にする。
「それなら、中で待っているよ。ちょうど君に話さなくてはいけないことがあるんだ」
「え、な、なんですか? まさかジャケットに変なしわがついてたとか?」
スティーブンが話したいことなんて皆目見当がつかない。
浮かれた気分が一気に引き下がって動揺が前に出てきた。
「違うよ。閉店作業が終わるまで待ってるから、焦らなくていいよ」
レオナルドを無視して、スティーブンは勝手知ったる場所とでも言わんばかりに店の奥へと入っていく。
止める間もなくバックヤードの扉を開き、身体を滑り込ませてスティーブンの姿が消える。
その一部始終を呆然と見送ってしまったレオナルドの肩に、ソニックが飛び乗った。
閉店時間を遅らせたことと、スティーブンの一方的な申し出に動揺したせいで小さなミスをいくつもやらかしたことで、気がついたらどっぷりと日が暮れてしまった。
花をすべてフラワーキーパーに入れ、売上は金庫へ。シャッターを下ろして内側から鍵を掛けたら、ようやく一息つける。
そう思ってたのに。
「話ってなんだろうなぁ」
アフタヌーンティーではなくディナーの時間になってしまったが、頭の中はそれどころじゃない。
正解を聞くことを躊躇いそうな不安に小さく溜息を吐きながら、レオナルドは中身はクッキーだという包みを大切に持って、相変わらずカンカン、と甲高い音を響かせる階段を上って2階へ。
すでに明かりがついたささやかな自室では、スーツ姿の男が――いなかった。
「は? え? なんでなんでなんで!?」
なぜベッドの隣、床の上に大型の黒い犬がいる。
赤い瞳の美しい艶の毛皮。
レオナルドの記憶が正しければ――。
「スティーブンさん?」
声に答えて頷いた犬に、開いた口が塞がらない。
確かに彼は呪いが解けたと自分で言った。それなのに、どうしてまた犬の姿でレオナルドの前にいるのか。
「驚いただろう?」
「うわ、しゃべった!」
わずかに上下した犬の口から出たスティーブンの言葉に驚くが、彼の眉間のしわが寄ったのを見て、犬でもそういう顔をするんだとそちらの方が驚きを上回ってしまった。
なんにせよ、これは予想外の展開だ。
スティーブンが話したいと言っていたことを理解したレオナルドは、クッキーは後回しにすべくテーブルに置き、スティーブンの傍に腰を下ろす。
そういえば服はどうしたんだろうと思ったら、きちんと壁のハンガーに掛けてあった。下着のことは、考えない。
「へぇ、僕の言葉が分かるんだ」
関心するような呆れるような、スティーブンの意図を汲み取ることは出来ないが、引っかかりを覚えた。隣に座ったソニックにスティーブンの話が分かるかと尋ねれば、人語を理解する相棒は首を横に振って。
「そう、僕が話していることは君にしか聞こえない。つまり呪いは君を巻き込み、形を変えて継続しているのさ」
「はぁ!? 巻き込まれたってどういうことです!? ていうかなんで!?」
「犬の鼻先にキスなんざしたからだよ」
それは完璧な事故だと思うのだけれど。
「えーっと、それって僕も呪いにかかったってことですか?」
「いや、厳密には違うんだが……想像出来ないかもしれないが、僕らは紐づけされちまってるそうだ」
さっぱり分からず、糸目を水平にして小首を傾げる。
しかしそれを見越していたのだろうスティーブンは動じることなく、レオナルドと別れてからのことを語ってくれた。
「爆睡している君を放置して職場に戻り、人に戻れない間に溜まっていた仕事を片づけたまでは良かったさ。それが日が暮れた途端にまた犬に変化しちまって、服を脱ぐのに一苦労」
「愚痴はいいんで」
「君ねぇ。しかし翌朝にはまた人に戻れたから、知り合いの魔女に診てもらったんだよ。そうしたら、呪いは形を変えただけで解けていない。完全に解くために必要なのは、呪いを変化させた人物――つまり君だっていうんだ。君が何らかの方法をとることでしか、僕の呪いは解けないってね」
「何らかの方法って?」
「さっぱり分からん。分かったら君に試してもらうつもりだ。まぁ今日はそれだけ知ってもらえたらと思ってね」
「……んな面倒くさい呪い、なんでかけられたんです?」
「知るか。とにかくそういうわけだから、ひとまず朝になるまでここに厄介になる。ジャケットの内ポケットに金が入ってるから、飯を買ってきてくれよ」
硬い床は嫌いなのか、すくっと立ち上がったスティーブンはベッドに載って寝そべってしまう。
見事な黒い毛皮が載っただけでパイプベッドが豪華に見えてしまうことはさておき、言いたいことを言ったなかなか横暴な犬にさてどうしたものかとレオナルドは立ち上がる。
そしてとりあえず言われたとおりジャケットへ振り返れば、ソニックがすでに内ポケットを漁っていた。
「ソニッ……! な、なんだよそのマネークリップに挟まれた札! え、なにこれフレンチのフルコースでも買って来いっての!?」
「そんな訳あるか。奢るから、君の分を含め適当に買ってきてくれよ。言っておくが僕は人が食えるものならなんでも食えるからな」
寝そべりはしても寝てはいなかったらしいスティーブンの呑気な声に、それもそうかと気を取り直す。
マネークリップから1枚だけ札を抜き取り、もらっちゃダメ? と言いたげに瞳をキラキラさせるソニックには首を横に振って。
ちゃんと内ポケットに残った札を戻すと、レオナルドはベッドの近くにあるスチール製の棚に設置したフックにかけられているゴーグルを取って首にかけた。
後はスマホと鍵、それに札を入れた財布をポケットにねじ込む。
「それじゃあ、買い出しに行ってきます」
「いってらっしゃい」
こちらを振り向くことなく、スティーブンは手の代わりに尻尾を振って。
なんだかおかしなことになってきたと思いつつ、レオナルドはソニックと共に鉄製の階段を降りて行った。
左側に走る傷跡が少しもったいない気がしたが、それすらアクセサリーに感じるくらいに長身の男前に花束はよく似合う。
「よかったら、おひとつどうです?」
この後デートに行くと言われても納得してしまういでたちなのだからそう尋ねると、ニヒルな笑みを浮かべたスティーブンは肩を竦めて。
「残念ながら、この後は野暮用があってね。クラウスが花束を作っていると聞いたんだが、あの巨体でこの繊細さはイメージ出来ないよな」
「あはは……まぁ、それは確かに」
可憐で愛らしい花束は、女性にすこぶる評判がいい。
それをまさか巨漢と呼ぶにふさわしい紳士が作っているとは、誰も想像できないだろう。同意して苦笑し、紙袋を手渡す。
中を確認することなく紐を肩に掛けたスティーブンに、申し訳ない気持ちと安堵の気持ちが綯い交ぜになる。
迷惑を被ったのはこちらなのに、楽しそうに花を眺める姿を見ていると、不思議とあの日のような警戒心は浮かんでこなかった。
「今日はあまり売れなかった?」
「そうっすね。天気があまりよくないし、人通りも少なかったからそのせいだと思います。たまにあるんですよ、こういう日が」
ふぅん、と素っ気ない返事をスティーブンはするが、花から目を離そうとしない。
用があると言っていたけれど、もしかしたら購入するかもしれない。そう思ってレオナルドは少しだけ閉店の支度をする時間を遅らせることに決めた。
「花、好きなんすか?」
「贈り物としては、はずれが少なくていいね。好みの色と花言葉さえ気をつければ、だいたいの女性は喜ぶ」
「うわー、伊達男発言」
「仕事柄、必要なんだよ」
いったいどんな仕事をしているのか、好奇心が顔を出す。
好奇心は猫をも殺すということわざはあるが、これくらいはまだ大丈夫だろう。
しかし、残念ながらこの会話は続かなかった。
「ちょっといい?」
不意に聞こえたぶっきらぼうな少女の声に振り返れば、今日は制服姿の赤毛の少女が立っていた。
スティーブンとソニックと出会うきっかけになった依頼者メリア・ハウンドの妹だ。
レオナルドのことを姉に伝えて依頼をしてきたのが彼女だが、あの日と違って化粧っけがないので、ごく普通の年相応の少女に見える。
けれど勝気そうなつり目はまっすぐにレオナルドを見つめていた。
「こんにちは。えと、ハウンドさんの妹さんですよね。あれ以来、お姉さんの家はどうです?」
「お陰で平和。もしかして、その猿が犯人?」
目敏い彼女に指をさされ、ブラックボードの上で眠そうにしていたソニックが慌てて姿を消す。
はっきりそうだと言うと、ソニックがここにいることで誤解を受けてしまいそうな気がして曖昧に笑って返した。
幽霊関係ではよくそっちが仕込んだ詐欺だろうと因縁をつけられるのだ。
「そっちの人はお客さん?」
次にスティーブンへ目を向けたのは、邪魔なら帰ると暗に言っているように聞こえて。
友人ではないし知りあいというには少々歪な関係なような気がする。だからどう答えようか迷っていると、スティーブンが穏やかな笑みを浮かべてさりげなく流し目で彼女を見た。
「はじめまして、お嬢さん。僕は店主の友人です」
「ふぅん、なんか胡散臭いね」
大人の女性なら心にキューピッドが矢を放ったと思うかもしれないけれど、女子高生らしい彼女はまったく気にする素振りがない。それどころかあっさりとそんなことを言うものだから、レオナルドはつい噴き出してしまった。
「笑うことないじゃない」
「すみません、的確だったもんで」
「いくら何でも傷つくぞ?」
わざとらしいくらいに肩を落としたスティーブンに、レオナルドと彼女が2人揃って笑いだして。
しきりに笑ってそれをスティーブンが溜息を吐きながらも収まるまで待ってくれた。
そして落ち着いたところで、彼女は肩に下げていたリュックから可愛く巾着のラッピングをした包みをレオナルドに差し出す。
「これ、お姉ちゃんからお礼。クッキーだっていってた。手作りじゃないから、味は大丈夫だと思うよ」
悪戯なウインクをして笑う彼女から、包みを受け取る。
すると彼女は軽やかにスカートを翻して踵を返すと、「じゃあね!」と駆け出した。
礼を言う暇さえ与えてくれなかった彼女に苦笑し、けれど嬉しくてくすぐったい。
徹夜をして走り回った甲斐があったと、今更ながら実感できた。
「良かったな、少年」
「へへ……。スティーブンさん、この後ちょっと時間あります? よかったらいただいたクッキーでお茶しません?」
「いいの?」
「はい! だってソニックを捕まえる時に、協力してもらいましたから」
目いっぱい笑ってプレゼントまでもらって。すっかり浮かれたレオナルドはまだあったはずの警戒心をなくしてスティーブンを誘う。
するとスティーブンは顎に手を当ててしばし考えた後、思いがけないことを口にする。
「それなら、中で待っているよ。ちょうど君に話さなくてはいけないことがあるんだ」
「え、な、なんですか? まさかジャケットに変なしわがついてたとか?」
スティーブンが話したいことなんて皆目見当がつかない。
浮かれた気分が一気に引き下がって動揺が前に出てきた。
「違うよ。閉店作業が終わるまで待ってるから、焦らなくていいよ」
レオナルドを無視して、スティーブンは勝手知ったる場所とでも言わんばかりに店の奥へと入っていく。
止める間もなくバックヤードの扉を開き、身体を滑り込ませてスティーブンの姿が消える。
その一部始終を呆然と見送ってしまったレオナルドの肩に、ソニックが飛び乗った。
閉店時間を遅らせたことと、スティーブンの一方的な申し出に動揺したせいで小さなミスをいくつもやらかしたことで、気がついたらどっぷりと日が暮れてしまった。
花をすべてフラワーキーパーに入れ、売上は金庫へ。シャッターを下ろして内側から鍵を掛けたら、ようやく一息つける。
そう思ってたのに。
「話ってなんだろうなぁ」
アフタヌーンティーではなくディナーの時間になってしまったが、頭の中はそれどころじゃない。
正解を聞くことを躊躇いそうな不安に小さく溜息を吐きながら、レオナルドは中身はクッキーだという包みを大切に持って、相変わらずカンカン、と甲高い音を響かせる階段を上って2階へ。
すでに明かりがついたささやかな自室では、スーツ姿の男が――いなかった。
「は? え? なんでなんでなんで!?」
なぜベッドの隣、床の上に大型の黒い犬がいる。
赤い瞳の美しい艶の毛皮。
レオナルドの記憶が正しければ――。
「スティーブンさん?」
声に答えて頷いた犬に、開いた口が塞がらない。
確かに彼は呪いが解けたと自分で言った。それなのに、どうしてまた犬の姿でレオナルドの前にいるのか。
「驚いただろう?」
「うわ、しゃべった!」
わずかに上下した犬の口から出たスティーブンの言葉に驚くが、彼の眉間のしわが寄ったのを見て、犬でもそういう顔をするんだとそちらの方が驚きを上回ってしまった。
なんにせよ、これは予想外の展開だ。
スティーブンが話したいと言っていたことを理解したレオナルドは、クッキーは後回しにすべくテーブルに置き、スティーブンの傍に腰を下ろす。
そういえば服はどうしたんだろうと思ったら、きちんと壁のハンガーに掛けてあった。下着のことは、考えない。
「へぇ、僕の言葉が分かるんだ」
関心するような呆れるような、スティーブンの意図を汲み取ることは出来ないが、引っかかりを覚えた。隣に座ったソニックにスティーブンの話が分かるかと尋ねれば、人語を理解する相棒は首を横に振って。
「そう、僕が話していることは君にしか聞こえない。つまり呪いは君を巻き込み、形を変えて継続しているのさ」
「はぁ!? 巻き込まれたってどういうことです!? ていうかなんで!?」
「犬の鼻先にキスなんざしたからだよ」
それは完璧な事故だと思うのだけれど。
「えーっと、それって僕も呪いにかかったってことですか?」
「いや、厳密には違うんだが……想像出来ないかもしれないが、僕らは紐づけされちまってるそうだ」
さっぱり分からず、糸目を水平にして小首を傾げる。
しかしそれを見越していたのだろうスティーブンは動じることなく、レオナルドと別れてからのことを語ってくれた。
「爆睡している君を放置して職場に戻り、人に戻れない間に溜まっていた仕事を片づけたまでは良かったさ。それが日が暮れた途端にまた犬に変化しちまって、服を脱ぐのに一苦労」
「愚痴はいいんで」
「君ねぇ。しかし翌朝にはまた人に戻れたから、知り合いの魔女に診てもらったんだよ。そうしたら、呪いは形を変えただけで解けていない。完全に解くために必要なのは、呪いを変化させた人物――つまり君だっていうんだ。君が何らかの方法をとることでしか、僕の呪いは解けないってね」
「何らかの方法って?」
「さっぱり分からん。分かったら君に試してもらうつもりだ。まぁ今日はそれだけ知ってもらえたらと思ってね」
「……んな面倒くさい呪い、なんでかけられたんです?」
「知るか。とにかくそういうわけだから、ひとまず朝になるまでここに厄介になる。ジャケットの内ポケットに金が入ってるから、飯を買ってきてくれよ」
硬い床は嫌いなのか、すくっと立ち上がったスティーブンはベッドに載って寝そべってしまう。
見事な黒い毛皮が載っただけでパイプベッドが豪華に見えてしまうことはさておき、言いたいことを言ったなかなか横暴な犬にさてどうしたものかとレオナルドは立ち上がる。
そしてとりあえず言われたとおりジャケットへ振り返れば、ソニックがすでに内ポケットを漁っていた。
「ソニッ……! な、なんだよそのマネークリップに挟まれた札! え、なにこれフレンチのフルコースでも買って来いっての!?」
「そんな訳あるか。奢るから、君の分を含め適当に買ってきてくれよ。言っておくが僕は人が食えるものならなんでも食えるからな」
寝そべりはしても寝てはいなかったらしいスティーブンの呑気な声に、それもそうかと気を取り直す。
マネークリップから1枚だけ札を抜き取り、もらっちゃダメ? と言いたげに瞳をキラキラさせるソニックには首を横に振って。
ちゃんと内ポケットに残った札を戻すと、レオナルドはベッドの近くにあるスチール製の棚に設置したフックにかけられているゴーグルを取って首にかけた。
後はスマホと鍵、それに札を入れた財布をポケットにねじ込む。
「それじゃあ、買い出しに行ってきます」
「いってらっしゃい」
こちらを振り向くことなく、スティーブンは手の代わりに尻尾を振って。
なんだかおかしなことになってきたと思いつつ、レオナルドはソニックと共に鉄製の階段を降りて行った。