All in my sight

 まるでサンタクロースのような人だったな、と思いつつレオナルドがスティーブンを見上げると、両手で顔を覆った状態で完璧に硬直していた。

「えっと……スティーブンさん?」
「見るな、今は見ないでくれ。今の僕は衝撃に耐えられない顔をしてるんだ」

 いったいどんな衝撃に耐えられない顔をしているのか。
 意味の分からないことを言い出したスティーブンに小首を傾げるレオナルドだが、グレートコートから石像のライオンが覗き込んできたので、ずっと立ちっぱなしは彼らの興味を逆に引いてしまうのかもしれないと気づいた。
 おそらく普段動き回ることの出来ない彼らだから、今夜は動いている方が普通に感じるのだろう。そんな中でじっとしている人間が不思議なのかもしれない。
 だから、とレオナルドはスティーブンのマントを軽く引っ張った。

「ねえねえ、スティーブンさん。せっかく僕らしかいないんですから、博物館を楽しんじゃいましょうよ」

 どうせこの後は朝になるまで出られないのだし、じっとしているなんてもったいない。
 与えられた機会を楽しもうと提案すれば、顔からのろのろと手が下りていった。

「それはそうだけど……」

 なぜかちらりとこちらを見て、顔を逸らすスティーブン。
 複雑な表情で溜息を吐いた後、手を差し伸べながらこう言った。

「今はまだ、このくらいがいいかなぁ」
「何がです?」

 手を取りながら尋ねると、スティーブンは力なく笑って「内緒」とだけ。
 よく分からないけれど、目を細めたスティーブンに引き寄せられて階段を上がっていく。
 2階はミイラがいるから起き上がっているところが見られるかもな、と教えてくれて。またスティーブンの様々な蘊蓄が聞けるのが楽しみだ。

「スティーブンさん」

 呼ぶと彼は、いつもと変わらない。けれどどんな名前を付けたらいいのか分からない不思議な表情をする。楽しいような寂しいような、たくさんの気持ちがこもった顔。
 けれど、あえてレオナルドは満面の笑みでこう言った。

「ふたりだけで博物館を周るって、ちょっとドキドキしますね。なんて!」

 声が大きかったのか、目を丸くしたスティーブン。けれどすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべてくれて。

「そうだな。レオが歴史についてどれだけ知識を持っているか、試させてもらおうか」
「え、それは勘弁!」

 生徒側で十分です、と騒げば、スティーブンの笑い声が木霊する。
 すっかりいつもの調子に戻った彼に安堵し、手を繋いだまま2階にたどり着いた。
 ここから先もたくさんの展示品たちが待ち構えていることだろう。

「撮影出来たらいいのに」
「絶対に撮るなって、念を押されてるからなぁ」

 見るものを圧倒する展示品たち、それらがさらに自由気ままに動いているところを記念に残しておけたらどれだけいいかと思うのだが、残念ながらサムハイン祭の大英博物館は極秘扱い。自分の眼に焼き付けておくしかないのだ。

「でも、家に帰ったらスティーブンさんは撮影させてくださいね!」

 カッコいい仮装姿を記念に残しておきたい。そんな単純な気持ちを笑顔に載せて伝えたら、スティーブンは不意に繋いでいた手を離し、軽やかなステップで弧を描くようにレオナルドと向き合った。
 そして、恭しく繋いでいた手をそっと下からすくい上げるようにして自分の手に載せる。

「仰せのままに、俺の王子」

 人の姿の時は滅多に見ることのないスティーブンのつむじと、手の甲に感じる柔らかな感触。
 それが彼の唇だと気づいた時には、なぜか手を持ったままその場に跪き、不敵な笑みがレオナルドを見上げていた。

「俺の心は、常に貴方と共に」
「は、はひぃ!?」

 予想外の出来事に素っ頓狂な声を上げたレオナルドの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
 スティーブンのカッコよさとまるでプロポーズのような言葉にパニックになる心臓は早鐘を打ち、足が震えだした。
 手を取ったまま、上目遣いで極上の笑みを浮かべる男に、どうかランタンの明かりが顔に当たっていませんようにと祈るしかなかった。
 そして、なんだなんだと展示品たちが覗きに来ていたのでなんとかその場をごまかせたのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。


 騒めく心が落ち着かないまま、それでも延々と博物館を楽しんだ夜明け前、とある展示品の前でスティーブンが叫んだ。

「ジョン・ディーか!」

 エリザベス1世に仕えた錬金術師にして占星術師、魔術師、そして数学者。
 倫敦生まれの彼のたっぷりと髭を蓄えた肖像画を見たレオナルドは、その厳めしい顔よりあの茶目っ気たっぷりな笑顔の方が素敵だな、と素直に思う。
 ただ、ずっと繋がれたままの手の熱さに、この人はとんでもないことをしてくれたと思うのもまた、正直なところだった。


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