Invisible Stage


 こうしてレオナルドが受けた依頼は終わった。
 あの後、ハウンド姉妹は祖母の家に泊まるからとその場で別れた。フレデリックが出てきた家がまさに祖母の家だったので、送るつもりでいたレオナルドはそこでお役御免。
 のんびりと店に帰ろうとすると、スティーブンもその場で別れて。狼姿で夜の街をふらつくのはどうかと思うが、朝になる前に帰ることを祈るのみだ。
 翌朝にはまた店を開けて、花を売って。
 そうしていつの間にか単調な日々は、気が付けば1週間が過ぎようとしていた。
 あの後に劇場がどうなったのか心配になってネットニュースや新聞を読み漁ったのだが、謎の氷出現は一時話題になったものの、気まぐれな隣人の仕業として処理されたらしい。
 呑気なものだが、どうしてそれで納得出来たのかつい色々勘ぐってしまいそうになる。
 もっとも、世間は恋多き女優ジェイリーン・ブロムフィールドが、生涯のパートナーとして舞台女優カデリア・アンバーを選んだという話題でもちきりだ。
 なんだか妙に忙しかった日々が遠ざかり、穏やかな時間を過ごす自分が少しだけ落ち着かない。
 こんなに1日が長かっただろうかと、スツールに腰掛けぼんやりと眺める道路に問いかけても、返ってくるのは花に悪戯しようと手を伸ばした相棒の視線だけだった。

「こら、ソニック。……スティーブンさん」

 ダークグレーのスーツに身に纏い黄色いネクタイが特徴的な男は、相変わらずなにを考えているのか分からない食えない笑みを浮かべていて。こちらと目が合うと軽く手を上げてフレンドリーな挨拶をしてきたが、いかんせん今までが今までだ。
 また何かあるのではないかと身構えてしまうのは仕方がない。
 それに手に花束を持ってるなんて、花屋に喧嘩を売りに来たとしか思えなかった。

「やぁ、少年。頑張ってるか?」
「なんの用です? デートならうちに用はないでしょ」
「つれないなぁ。今日は報酬を渡しに来ただけだよ」

 ほら、と渡されたのは、見慣れない細い花びらの白い花だけで作られた花束。重なり合わない花びらがくるりと内側に丸まり、周囲にさらに長く細いおしべが外に向かって美しく反り返っている。
 そしてその中に、見慣れない長方形の紙が入っているのが見えた。
 取り出せば、それは小切手。書かれている金額は、レオナルドが普段幽霊関係でもらっている報酬の――10倍。

「ちょ、こんなにもらえませんよ!?」

 慌てて顔を上げ、スティーブンに花束ごと小切手を返そうと思ったに、その姿はもうどこにもない。
 短い時間でどこに消えたのか。
 辺りを見回しても、かすかに残っているのは彼の捉えどころのないオーラだけだった。

 そして後日、レオナルドは知る。
 花束の花の名を。そしてその花言葉を。

 白いリコリス。
 花言葉は――また会える日を楽しみに。


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