Invisible Stage
ただでさえ目立つ大きさで、英国では絶滅している狼を連れていると気づかれたら、通報を免れないかもしれない。それになにより、首輪をつけていないしマイクロチップも埋め込んでいないだろう犬がうろつくのはそれだけで大変だ。
「君の店に行く前に行ってみたが、あの御仁はいなかったんだ。幽霊ってのは夜間の方がよく見えるというし、それなら僕も合わせるべきだと思ってね」
「昼間でも見えますから、いなかったのかもですね」
「あぁ、なるほどね」
他の場所ではどうなのか分からないが、倫敦の幽霊と呼ばれる隣人は昼間だろうと自分の居場所にいることが多い。古くから異なる世界との接点が多く混沌としてた都市だから居心地がいいのかもしれないという話を聞いたことがあるが、本当のところは分からない。
ただ、この国はやはり不可思議なことが多すぎる。
昨夜と同じ道をたどり、細い脇道を通って住宅街が広がる通りに出る。すると昨夜会った古めかしい格好の男は変わらない場所を歩いていた。
「こんばんは、今日はお天気がいいですね」
この季節らしく空気がカラッと乾いて涼しい月夜。
男はレオナルドの声に、歩みを止めて振り返った。
「ご挨拶が遅れました。僕はレオナルド。こっちはスティーブンさん。あなたの奥さんを探すお手伝いをさせてください」
『本当かね!』
予想外に勢いよく食いついてきた男に、レオナルドは思わず腕を身体の前に出して身構える。
昨夜はよく言えば威厳に満ち、悪く言えば偉そうだと思ったいただけに、目の前ですがるように瞳を潤ませる男は同一人物なのかと疑ってしまうほどだ。
『ぜひ頼む。私も散々妻を探したのだが、あれはどこへ行ってしまったのか……。か弱くおとなしいから、どこかで泣いているかもしれん』
額に手を当てて深く溜息を吐いたところを見ると、よほど奥さんを愛しているのだろう。
死してなお片割れを求める姿に心を打たれてしまったレオナルドは、スティーブンのよく分からない依頼に関わらず彼のために出来ることをしようと決めた。
たとえそんな自分を見ている狼の顔が、にやついているように見えようとも。
それから男はフレデリック・ラウラーソンと名乗った。
自分が死んでいることには気づいていない様子なので、なるべくそのことに触れないように話を進めていくと、彼は毎夜毎夜この道を行ったり来たりして奥さんを探しているらしい。
『互いに仕事がない日は、道をよく妻と歩いたものだ』
「奥さんもお仕事をしていたんですか?」
『うむ。妻は結婚する前は舞台女優をしていてな、私は足しげく彼女を見に通ったものだよ。そうか、劇場か! 劇場で彼女は待っているのだな!』
何かを思い出したのはいいが、結婚後は女優をやめたような口ぶりだったのを言った本人が忘れているのはいただけない。
しかし、とレオナルドは思い直した。
「フレデリックさんがこの道に思い入れがあるように、もしかしたら奥さんも劇場に思い入れがあってそこにいる可能性は否定出来ませんよね」
「なるほど。思い出に執着している、ということか。つまり奥方は結婚前の生活が良かったと」
「しーっ! それは言っちゃダメ!」
他人事のように呟いた狼の口に指を当てて叱ると、スティーブンは何も言わずにその場に腰を下ろした。
「僕の言葉は彼に聞こえないから大丈夫だよ」
「そういえばそうでした。ところでフレデリックさん、奥さんが女優を勤めていらっしゃった劇場の名前はお分かりになりますか?」
フレデリックの表情が固まった。これはこれで嫌な予感がすると身構えていると、案の定視線を思いきり逸らされる。
そして予想通りの答えが帰ってきた。
『……分からん。劇場だったのは確かなのだが……』
倫敦に大小さまざまな規模の劇場がいったいいくつあると思っている。
言いかけた言葉をぐっと飲み込み、どうしたものかとスティーブンに目配せすると、彼はおもむろに立ち上がった。
「なんとか。絞り込みたいな。少年、場所から探りを入れていこう」
「うっす。フレデリックさん、どちらにある劇場でした? ここからだと近いのは……ノッティング・ヒル?」
『そうだ、ノッティング・ヒルだ!』
そこそこ近くて劇場があり、フレデリックのような外見の紳士が行きそうなところ。ということで適当に言ってみたのだが、まさか正解とは。なんにせよ、近場で助かった。
しかしそこからどうやってさらに探りをいれて行くべきか。
「少年、奥方の名前と結婚した年を覚えているか聞いてくれ」
スティーブンの指示に小さく頷いてフレデリックに尋ねると、名前はエリー、結婚したのは1905年だと教えてくれた。けれどそれ以上の詳しいことは思い出せないらしい。他に分かったのは、彼女が作るジャムタルトは絶品だったということくらいだ。
時間的に全ての劇場が閉まっていると考え、今日の調査はここまで。
フレデリックには劇場のことを調べてくると伝えると、彼は素直に応じてくれて。
また明日来ると言って別れたレオナルドとスティーブンは、一旦家に戻っていった。
またベッドを半分以上占拠されるという寝苦しい夜を越え、翌朝にはまたスティーブンの姿はなく。
神出鬼没というわけではないが、何も言わずに消えられるとどうにも彼の正体は本当に呪いをかけられた普通の人間なのかと疑いたくもなる。
考えてみれば、スティーブン・A・スターフェイズという人物を、レオナルドはよく知らない。
狼になる呪いをかけられたこと、その呪いを中途半端にレオナルドが解いてしまったこと、後は傲慢で理不尽なところがあるくせに客商売では愛想がいいので絶対に腹黒いこと、そして料理が上手いこと、オーナーであるクラウスの知人であること。それくらいだ。
昨日と打って変わって店の前を素通りしていく人々を眺めながら、指折り数えたレオナルドは考えるのをやめた。
なんとなく見上げた空はどんよりと曇っていて、これから雨が降ってもおかしくないだろう。
気まぐれな雨に商品が濡れてはいけないと、バケツを店の中へとひとつひとつ移動していく。
水のせいで重いバケツに、そのうち腰か膝を痛めるんじゃないかと心配していると、昨日見たものと同じ革靴が見えた。
「やぁ、少年。仕事は何時に終われそう?」
「見てのとおり、今日は閑古鳥が鳴いてるんですよ」
売上は普段と同じくらいだが、なにせ昨日の今日だ。
どうしたって閉店時間までに売り切れることはないだろう花々に、スティーブンは顎に軽く手を添えてなにやら考えている。
そういえば、今日は服装が違う。
スーツと縁のないレオナルドでも高そうだと思う明るいネイビーのスリーピースに同じ生地のベスト。シャツは白でネクタイは無地の淡いミントグリーン。
初夏の倫敦なら爽やかな紳士として雑誌のグラビアに載りそうな感じなのだけれど、スティーブンの内面をほんの少しでも知っている身としては胡散臭く見えて仕方がない。
「……詐欺師くさい」
無意識に声に出てしまった本音を耳ざとく聞いたのか、スティーブンはタイミングよくこちらに顔を向けて。
「残念ながら今日はこんな格好だから手伝えなくてね。だが今後の予定のために早めに切り上げてほしいんだが、出来るかい?」
「僕の一存では決められないですよ。クラウスさんに聞いてみないと」
いくら知人でも営業中の店には口を出せないだろうと踏んだのだが、スティーブンは違った。
レオナルドに何か言う前にスマホを取り出し、電話をかける。その相手が誰かなんて、考えなくても分かるが――。
「やぁ、クラウス。実は頼みがあるんだ」
嫌な予感しかしないが、客が来たので仕事に戻る。スターチスとトルコギキョウを買ってもらい、新聞で巻いて手渡した頃には、スティーブンの電話は終わっていた。
「少年、許可が下りた。しばらく僕が店番をしているから、フレデリック氏を連れてきてくれないか」
「え、その格好で大丈夫です?」
「なに、少しの間だけさ。クラウスも来るから何とかなるよ」
「クラウスさんまで呼んだんですか!?」
なんだか大げさなことになってきた気がする。
そこまでして赤の他人な幽霊に手を貸すのか。本当にスティーブンという男が分からず、レオナルドは困惑するしかない。
しばし懊悩して、雇われ店主という立場とスティーブンの依頼を秤にかけていたのだが、よりにもよってお人好しなオーナーがあっさり傾けるとは思わなかった。
やむなくエプロンを外してバックヤードに放り込み、すぐに戻るとスティーブンに伝えて駆け出す。
はたして本当に大丈夫なのだろうか。
向かいの歩道に渡った瞬間に振り返ると、すでに女性客が胡散臭い男に引き寄せられていた。
「ガチで結婚詐欺師じゃねぇの?」
関わるのはこれきりにしよう。
どうしたってそうとしか見えない愛想のいい笑顔を浮かべた男の姿にそう決意した瞬間、目が合った。
まったく笑っていない鋭い視線が、早く行けと促す。
やはり関わらない方がいい。
本能的にそう感じたレオナルドは、背を向けて駆け出した。
フレデリックは昼間でも夜間と同じように歩いていたのですぐにみつけることが出来て。場所に縛られていたら移動が難しいが、妻を探すということが原動力になっているらしい彼はなんなくレオナルドについてきてくれた。
スティーブンが心配だったので寄り道せずに店に戻ろうとしたレオナルドだが――道路の向かいから店を見た時、その光景に目眩がしたのは許してほしい。
「……ヤベェ」
小さな小さな花屋の軒先で、エプロンをした長身の男が2人並んで立っている。
ひとりは顔に傷がある伊達男、ひとりは赤毛で筋肉隆々な厳つい顔の男。とてもではないが、花屋の雰囲気ではない。
スティーブンの電話の後にしては来るのが早すぎるオーナーが、常連の老婦人となにやら話をしている。その姿は今にも襲い掛かろうとしている熊を想像させる気がしないでもないが、不思議と和やかな雰囲気なので違和感がすごい。
ちなみに、英国では熊も絶滅している。
『どうしたのかね、レオナルド君』
「いや……人間、受け入れがたい光景を目の当たりにすると、脳が行動を拒絶するんだなって思いまして」
しかしこのままではいられない。仕方なく横断歩道を渡り、レオナルドは狼と熊が待つ店へと足を進めた。
「君の店に行く前に行ってみたが、あの御仁はいなかったんだ。幽霊ってのは夜間の方がよく見えるというし、それなら僕も合わせるべきだと思ってね」
「昼間でも見えますから、いなかったのかもですね」
「あぁ、なるほどね」
他の場所ではどうなのか分からないが、倫敦の幽霊と呼ばれる隣人は昼間だろうと自分の居場所にいることが多い。古くから異なる世界との接点が多く混沌としてた都市だから居心地がいいのかもしれないという話を聞いたことがあるが、本当のところは分からない。
ただ、この国はやはり不可思議なことが多すぎる。
昨夜と同じ道をたどり、細い脇道を通って住宅街が広がる通りに出る。すると昨夜会った古めかしい格好の男は変わらない場所を歩いていた。
「こんばんは、今日はお天気がいいですね」
この季節らしく空気がカラッと乾いて涼しい月夜。
男はレオナルドの声に、歩みを止めて振り返った。
「ご挨拶が遅れました。僕はレオナルド。こっちはスティーブンさん。あなたの奥さんを探すお手伝いをさせてください」
『本当かね!』
予想外に勢いよく食いついてきた男に、レオナルドは思わず腕を身体の前に出して身構える。
昨夜はよく言えば威厳に満ち、悪く言えば偉そうだと思ったいただけに、目の前ですがるように瞳を潤ませる男は同一人物なのかと疑ってしまうほどだ。
『ぜひ頼む。私も散々妻を探したのだが、あれはどこへ行ってしまったのか……。か弱くおとなしいから、どこかで泣いているかもしれん』
額に手を当てて深く溜息を吐いたところを見ると、よほど奥さんを愛しているのだろう。
死してなお片割れを求める姿に心を打たれてしまったレオナルドは、スティーブンのよく分からない依頼に関わらず彼のために出来ることをしようと決めた。
たとえそんな自分を見ている狼の顔が、にやついているように見えようとも。
それから男はフレデリック・ラウラーソンと名乗った。
自分が死んでいることには気づいていない様子なので、なるべくそのことに触れないように話を進めていくと、彼は毎夜毎夜この道を行ったり来たりして奥さんを探しているらしい。
『互いに仕事がない日は、道をよく妻と歩いたものだ』
「奥さんもお仕事をしていたんですか?」
『うむ。妻は結婚する前は舞台女優をしていてな、私は足しげく彼女を見に通ったものだよ。そうか、劇場か! 劇場で彼女は待っているのだな!』
何かを思い出したのはいいが、結婚後は女優をやめたような口ぶりだったのを言った本人が忘れているのはいただけない。
しかし、とレオナルドは思い直した。
「フレデリックさんがこの道に思い入れがあるように、もしかしたら奥さんも劇場に思い入れがあってそこにいる可能性は否定出来ませんよね」
「なるほど。思い出に執着している、ということか。つまり奥方は結婚前の生活が良かったと」
「しーっ! それは言っちゃダメ!」
他人事のように呟いた狼の口に指を当てて叱ると、スティーブンは何も言わずにその場に腰を下ろした。
「僕の言葉は彼に聞こえないから大丈夫だよ」
「そういえばそうでした。ところでフレデリックさん、奥さんが女優を勤めていらっしゃった劇場の名前はお分かりになりますか?」
フレデリックの表情が固まった。これはこれで嫌な予感がすると身構えていると、案の定視線を思いきり逸らされる。
そして予想通りの答えが帰ってきた。
『……分からん。劇場だったのは確かなのだが……』
倫敦に大小さまざまな規模の劇場がいったいいくつあると思っている。
言いかけた言葉をぐっと飲み込み、どうしたものかとスティーブンに目配せすると、彼はおもむろに立ち上がった。
「なんとか。絞り込みたいな。少年、場所から探りを入れていこう」
「うっす。フレデリックさん、どちらにある劇場でした? ここからだと近いのは……ノッティング・ヒル?」
『そうだ、ノッティング・ヒルだ!』
そこそこ近くて劇場があり、フレデリックのような外見の紳士が行きそうなところ。ということで適当に言ってみたのだが、まさか正解とは。なんにせよ、近場で助かった。
しかしそこからどうやってさらに探りをいれて行くべきか。
「少年、奥方の名前と結婚した年を覚えているか聞いてくれ」
スティーブンの指示に小さく頷いてフレデリックに尋ねると、名前はエリー、結婚したのは1905年だと教えてくれた。けれどそれ以上の詳しいことは思い出せないらしい。他に分かったのは、彼女が作るジャムタルトは絶品だったということくらいだ。
時間的に全ての劇場が閉まっていると考え、今日の調査はここまで。
フレデリックには劇場のことを調べてくると伝えると、彼は素直に応じてくれて。
また明日来ると言って別れたレオナルドとスティーブンは、一旦家に戻っていった。
またベッドを半分以上占拠されるという寝苦しい夜を越え、翌朝にはまたスティーブンの姿はなく。
神出鬼没というわけではないが、何も言わずに消えられるとどうにも彼の正体は本当に呪いをかけられた普通の人間なのかと疑いたくもなる。
考えてみれば、スティーブン・A・スターフェイズという人物を、レオナルドはよく知らない。
狼になる呪いをかけられたこと、その呪いを中途半端にレオナルドが解いてしまったこと、後は傲慢で理不尽なところがあるくせに客商売では愛想がいいので絶対に腹黒いこと、そして料理が上手いこと、オーナーであるクラウスの知人であること。それくらいだ。
昨日と打って変わって店の前を素通りしていく人々を眺めながら、指折り数えたレオナルドは考えるのをやめた。
なんとなく見上げた空はどんよりと曇っていて、これから雨が降ってもおかしくないだろう。
気まぐれな雨に商品が濡れてはいけないと、バケツを店の中へとひとつひとつ移動していく。
水のせいで重いバケツに、そのうち腰か膝を痛めるんじゃないかと心配していると、昨日見たものと同じ革靴が見えた。
「やぁ、少年。仕事は何時に終われそう?」
「見てのとおり、今日は閑古鳥が鳴いてるんですよ」
売上は普段と同じくらいだが、なにせ昨日の今日だ。
どうしたって閉店時間までに売り切れることはないだろう花々に、スティーブンは顎に軽く手を添えてなにやら考えている。
そういえば、今日は服装が違う。
スーツと縁のないレオナルドでも高そうだと思う明るいネイビーのスリーピースに同じ生地のベスト。シャツは白でネクタイは無地の淡いミントグリーン。
初夏の倫敦なら爽やかな紳士として雑誌のグラビアに載りそうな感じなのだけれど、スティーブンの内面をほんの少しでも知っている身としては胡散臭く見えて仕方がない。
「……詐欺師くさい」
無意識に声に出てしまった本音を耳ざとく聞いたのか、スティーブンはタイミングよくこちらに顔を向けて。
「残念ながら今日はこんな格好だから手伝えなくてね。だが今後の予定のために早めに切り上げてほしいんだが、出来るかい?」
「僕の一存では決められないですよ。クラウスさんに聞いてみないと」
いくら知人でも営業中の店には口を出せないだろうと踏んだのだが、スティーブンは違った。
レオナルドに何か言う前にスマホを取り出し、電話をかける。その相手が誰かなんて、考えなくても分かるが――。
「やぁ、クラウス。実は頼みがあるんだ」
嫌な予感しかしないが、客が来たので仕事に戻る。スターチスとトルコギキョウを買ってもらい、新聞で巻いて手渡した頃には、スティーブンの電話は終わっていた。
「少年、許可が下りた。しばらく僕が店番をしているから、フレデリック氏を連れてきてくれないか」
「え、その格好で大丈夫です?」
「なに、少しの間だけさ。クラウスも来るから何とかなるよ」
「クラウスさんまで呼んだんですか!?」
なんだか大げさなことになってきた気がする。
そこまでして赤の他人な幽霊に手を貸すのか。本当にスティーブンという男が分からず、レオナルドは困惑するしかない。
しばし懊悩して、雇われ店主という立場とスティーブンの依頼を秤にかけていたのだが、よりにもよってお人好しなオーナーがあっさり傾けるとは思わなかった。
やむなくエプロンを外してバックヤードに放り込み、すぐに戻るとスティーブンに伝えて駆け出す。
はたして本当に大丈夫なのだろうか。
向かいの歩道に渡った瞬間に振り返ると、すでに女性客が胡散臭い男に引き寄せられていた。
「ガチで結婚詐欺師じゃねぇの?」
関わるのはこれきりにしよう。
どうしたってそうとしか見えない愛想のいい笑顔を浮かべた男の姿にそう決意した瞬間、目が合った。
まったく笑っていない鋭い視線が、早く行けと促す。
やはり関わらない方がいい。
本能的にそう感じたレオナルドは、背を向けて駆け出した。
フレデリックは昼間でも夜間と同じように歩いていたのですぐにみつけることが出来て。場所に縛られていたら移動が難しいが、妻を探すということが原動力になっているらしい彼はなんなくレオナルドについてきてくれた。
スティーブンが心配だったので寄り道せずに店に戻ろうとしたレオナルドだが――道路の向かいから店を見た時、その光景に目眩がしたのは許してほしい。
「……ヤベェ」
小さな小さな花屋の軒先で、エプロンをした長身の男が2人並んで立っている。
ひとりは顔に傷がある伊達男、ひとりは赤毛で筋肉隆々な厳つい顔の男。とてもではないが、花屋の雰囲気ではない。
スティーブンの電話の後にしては来るのが早すぎるオーナーが、常連の老婦人となにやら話をしている。その姿は今にも襲い掛かろうとしている熊を想像させる気がしないでもないが、不思議と和やかな雰囲気なので違和感がすごい。
ちなみに、英国では熊も絶滅している。
『どうしたのかね、レオナルド君』
「いや……人間、受け入れがたい光景を目の当たりにすると、脳が行動を拒絶するんだなって思いまして」
しかしこのままではいられない。仕方なく横断歩道を渡り、レオナルドは狼と熊が待つ店へと足を進めた。