〜魚人島
サニー号の甲板では、フランキーがすでに腰に手を当てて仁王立ちしていた。帆の固定から船首の点検まで準備は万端、今すぐに出航と言われても対応できそうな構えだ。
「ん? アーウ! そこにいるい〜い女は……! 我が一味のォ、スーパー考古学者ァ〜〜! ロビンじゃねェかよォ〜〜!!」
当然、彼の中の熱量は最高潮に達しており、アマヤとロビンが直前まで交わしていた会話の温度とはかけ離れた音量だった。思わず二人で顔を見合わせてしまう。
「人が増えるたびにテンションが上がってくんだ。僕の時はこれの百分の一くらいだったよ」
「変わらないわね、フランキー」
「変わったろ!! バカヤロー!! おれの体に詰まった男のロマンを刮目せよ!! それと悪かったなアマヤァ!! もう一発再会やり直すか!?」
「いいよ〜、僕らもう2週間ほどここで共闘した仲じゃない」
ロビンの視線がわずかに動いた。共闘という言葉に反応したらしい。アマヤはそれを横目に捉え、苦笑まじりに解説することにした。
「サニーは人気者だったんだよ。ならず者にもね」
「そりゃァアマヤときたらごろつきを千切っては投げ、千切っては投げ……だが!! おれも負けちゃいねェ! 見ろこの空前絶後のモデルチェンジ!! もはやおれは……人智を超えた!」
「……そうね、もう人として接することはできなさそう」
そのとき、フランキーの脇に置かれた電伝虫がけたたましく鳴り始めた。
「アウ! こちらサニー号! 丁度花がふた束届いたとこだ!」
『……グ、こ、こちらサンジ』
「わーい! 僕かわるね!」
アマヤは声のトーンで全てを理解した。結果、ロビンを迎えにいく騎士はアマヤで、迷子に紐をかけにいくのはサンジだったということだ。表向きは平静を取り繕っているが、たった一言の応答に悔しさが滲んでいるのが証拠である。
計画通りに事が進んだことが嬉しくて、アマヤは思わず煽り文句を届けてしまう。事前に占っていたわけでも、この2年後についての事前知識があったわけでもなく、ただ、アマヤの星は彼の願いを聞き届けたらしい。
「僕が未来をお見通しって忘れてた?」
『テメーの思惑通りだよ! 初っ端から大仕事になるが、一番の問題児とは合流済みだ』
受話器の向こう、遠いところから『一番の問題児とはなんだ!』と尖った声が聞こえるところも芸術点が高い。
『自分で一番一番言ってんだろうが! だァってろ! ママはお電話中なんだよ!! ……マ、おれの用事も済んだところだ。もし道中船長を見つけたら回収してく。集合はサニー号でいいな?』
「うん! 他の人にもサニー集合で伝えてあるよ。本当に大仕事だと思うけど、……頑張って!」
『首洗って待ってやがれ』
勢いのまま、ぷつり、と通信が切れた。
程なくして、甲板に声が飛び込んできた。三者三様の、しかし等しく賑やかな声だ。
「何それ、じゃあカブトムシとずっと暮らしてたってこと!?」 「カブトムシじゃねェよ、ヘラクレスンだ! お前な、そもそもヘラクレスってのは昆虫界の中でも──」 「いいわよそんなこと! それより私の注文、ちゃんと仕上げてくれたんでしょうね」
「ナミ! ヘラクレスはすごいんだぞ! ルフィだって言ってただろ! いいなァ〜ウソップは」
「あ〜、あのおバカが虫追いかけて遅刻しそうになったこと思い出したわ」
「……あ、あ、おれ、後でルフィに怒られないかなァ」
三人が乗り込んだだけで、甲板の空気がまるごと変わった。なにしろ一気に人数は倍だ。船がにわかに活気づく。
ウソップとチョッパーは早速フランキーのそばへ引き寄せられ、改造された体のあちこちを触っては顔を輝かせていた。それを尻目に、アマヤはナミとロビンが再会を喜んでいるところへ足を向けた。
「ロビ〜ン!!」
「ナミ! 元気そうね!」
ナミの両腕には荷物が山と提がっていた。アマヤはその半分を引き受け、荷解きを手伝いながら二人の後に続く。甲板の端に腰を落ち着け、道中の出来事を簡単に交換しあえば、あっという間に2年前の空気感を取り戻す事ができた。
「それより、さっきひどいのに会ったのよ。チョッパーもまんまと騙されちゃって」
話題はいまこの島を騒がせている偽物の件へと移った。どうやらナミやチョッパーは直接その被害に遭ったらしい。彼女の憤慨する声に、なんだなんだと男性陣も近寄ってくる。しかし、普段女性陣に迎合することに余念がないはずのアマヤは、口元をもごつかせる。
「あー……うん」 「何よ、反応悪いわね」
あの貼り紙が出たのは、ナミが到着するより少し前のことだった。
「僕も一回会いに行ったから……」
麦わらの一味再集結、の文字を見て、行かずにはいられなかった。ところが実際に赴いてみれば、我らが船長とは似ても似つかぬ醜男がふんぞり返っているではないか。思い出すだに気分が悪い。
「あんなふうに募集出すなんて思わなかったけど、万が一、と思って面接に行ってね。……うーん、あんまりいい思い出はないかも」 「そりゃそうよ。うちの船長じゃないもの」 「下劣な発言、聞くに耐えない、って感じ」
万全を期して変装スタイルで行ったことは功を奏した。そのモーガニアど真ん中の荒くれとは、一言二言言葉を交わし、そして己の力量ではとても務まらないと丁重に辞退を申し出た。アマヤが卑屈だったからか、他に候補が多かったからか、向こうも引き留めることなく、あっさりと解放してくれたのは幸いだった。
ただ、その不快な記憶の中に一つだけ、どうしても同じく被害に遭った仲間と共有したいことがあった。アマヤは口に手を当て、くす、と笑う。
「けどね……、声がね。船長役の人、声、異様にサンジくんに似てなかった……?」
その言葉にナミ、ウソップ、チョッパーが一瞬考え込み、そして盛大に噴き出す。
「信じらんない! 思い出してみたらそっくりじゃない!!」
「に、に、似てたっ……!」 「だはは!! ヒー! ヒー……、アマヤな、お前! 言っていいことと悪ィことが──グフ!」 「笑い事じゃないよお。今朝サンジくんも到着したからよかったけど、僕、それまでずっと不安だったんだからっ。もしかしたらあの中にサンジくんが潜んでるんじゃ、って!」 「やめ! やめろお前! これ以上はっ……!!」
ウソップが芝生の上を転げ回っている。ナミも不快な記憶が笑いに昇華したらしく、こらえる素振りもなくさっぱりと笑いながら、笑いすぎで滲んだ涙を人差し指で拭った。
「あー……、もう、これで一週間は笑えるわ」 「やっぱあいつ、奇跡の星の元に生まれてるだろ……!」
チョッパーはというと、笑いが落ち着いた頃合いに首をかしげる。偽物に出くわしてしまった分、本物の行方が気になり始めたらしい。
「じゃ、サンジはゾロを迎えにいってるのか?」
「うん、さっき連絡あったよ。もしルフィくんにも会ったらまとめて連れてくるって」
ここまで静観していたフランキーがサングラスをぐいと持ち上げ、不審げに目をすがめた。
「食料調達にあの二人のお守りたァ、ちょっと荷が勝つんじゃねェか?」
「そうなんだよねえ。しかも、思ったより街も騒がしくなってたし。あのね、どっちがロビンさんを探しに行くかで喧嘩しちゃって、その場の勢いでそう決めちゃって……」
「あら、私のために争ってたの?」
「そりゃあ骨肉の争いだよ」
「そういや骨もいねェな」
ウソップがキョロ、とサニー号を見渡した。出航にはあと四人、足りない。
「君達! ……少々島の状況が忙しなくなってきた」
次に船を訪れたのはレイリーとシャッキーだった。二人がもたらした情報に、それまで思い思いに動いていた船員一同は一気に色めき立った。再集結の足音はもうすぐそこではないか。
フランキーの肩に収まっていたチョッパーが、ぴょん、と甲板へ降りる。
「おれ、探してこようかな」
「今から?」
「空からだったら早いだろ?」
折よく、上空ではチョッパーの友人が旋回を始めていた。なかなか空気の読める鳥である。
***
「なんとお懐かしい〜皆様ァ〜〜♪ YEAH!」
「おめェ、よくスターの座を降りて来たな。あっぱれだ」
船にはチョッパーと入れ違いでブルックが登場していた。ライブ会場の空気をそのまま持ってきたかのような浮かれ具合であるが、久々の再会なのだから仕方がない。
「……ではナミさん、2年ぶりに……」
「お、何か歌うのか?」
「パンツ……見せて貰ってもよろしいでしょゲブ!!」
「2年前も見せた事ないわよ!!」
距離感の掴み方がセクハラなのは勘弁してほしいところである。
「大スターが痙攣してるぞ」
「どいつもこいつも成長してないんだから……」
間も無くして、ようやくチョッパーに連れられ、ルフィ、ゾロ、サンジが上空から派手に登場することとなった。サニー号もいよいよ魂を吹き込まれたかのように生き生きと太陽を照り返す。
「へへっ、……またみんな揃った!!」
その光景を見つめながら、ウソップがぽつりと呟いた。目元は熱に潤み、けれどその表情はまぎれもない喜びに満ちている。アマヤはすぐ隣でその横顔を見上げていた。自分の胸の中にも同じ熱が灯るのを感じる。再びここに混ぜてもらえることを夢見てきた2年間だったのだ。
だが、感動の余韻も束の間に、派手に血を吹いて甲板に沈むコックが、アマヤの期待に膨らむ胸を萎ませる。親切なウソップは甲斐甲斐しくその面倒を見てやっているが、アマヤはやや冷ややかな様子である。
「チョッパー、この流血止めてくれ!!」 「……いいんじゃないかな、死なないでしょ」 「……ビ……ビビ……美女が一匹……美女が二匹……」
この先には彼が待ち望んだ魚人島があるのだ。道なかばで命尽きるような軟弱な男ではあるまい。それよりも出航の準備を整えなくてはいけない。
「出航か!? ナミ!!」 「ええどうぞ? 船長」
再出発に向けて高まるムードにアマヤは心臓がうるさくなるのを感じる。ここから先は未知である。不安だけれど、ここにはくらくらするほどの自由があった。不安は自由のめまいであるとはよく言ったものだ。
「ほんじゃ、野郎共!! ずっと話したかったことが山程あるんだけど!! とにかくだ!! 2年間もおれのわがままにつき合ってくれてありがとう!!」
ルフィの声が、潮風を裂いて船上に響き渡った。全身で言葉を放つようなその様子に、誰もが振り返り、笑みを浮かべる。
「今に始まったわがままかよ……」 「まったくだ!! お前はずっとそうなんだよ!!」
思わず重なる合いの手に、船の空気がいっそう温まった。こき下ろすような言い草でありながら、それでも顔には隠しきれない嬉しさがにじんでいる。
「出航だァ〜〜〜!!」
ルフィの号令が響くと同時に、サニー号の船体がぐんと傾き、そのまま勢いよく海中へと沈んでいく。水の壁がひときわ高く盛り上がり、陽光を飲み込んだ。押し寄せる水の圧にシャボンがたわみ、空気の震えが胸に届く。 海の中へ漕ぎ出し、やはりこの船は誰よりも自由なのだった。
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