〜魚人島

 その日の夕方ごろ、シャッキーは用事があると言い残して出かけた。急遽カウンターを任されたアマヤだったが、看板はクローズである。ここ数日はもうじき再集結するであろう麦わら一同の基地としての役割が大きく、店主が不在の間は一般客お断りの姿勢だった。
 程なくして扉が開き、その人物を認めたアマヤはその花のかんばせを綻ばせた。

「あっ!」
「よう、アマヤ。やっぱ先に着いてたか!」
「そうそうこれこれ、こういう再会を期待してたんだよ〜!」

 フランキー、ナミに続いてウソップがきてくれたので、自分の予想が割と当たっていることに安心する。こういうしっかり者がいてこそ成り立つのが組織である。
 とはいえ、しっかりしていない方に分類されるのは船長と剣士くらいのもので、この二名については、集まるというより発見されるという表現の方が適切かもしれない。本来は。

「? 他のやつらも来てんのか? 流石に一番乗りとは思わなかったが……」
「いいからいいから、座ってウソップくん!」
「お前が配膳してるとこ見ると懐かしいよ」
「ふふ、……では、聞いてください。一番乗りはゾロくん」
「あいつ迷子治ったのか!?」

 返ってきたのは期待通りの一言だった。アマヤは口元を押さえて、肩ごと笑いに揺れた。一見精悍さを増したように見える狙撃手も、このツッコミを入れる時の鋭さときたらなんら変わらずである。

「今日はシャッキーさん外出中だから、飲み物しか出せないんだ〜」

 笑いの収まったアマヤはウソップにメニューを差し出した。フードの欄は全て、几帳面にテープで塞がれている。

「あー、お前の料理音痴は治ってないわけな」
「ゾロくんの迷子の方も治ってないから安心して。……用意してあるのをお皿に盛るくらいなら事件の起きようがないからって言ったんだけど」
「や、茶を沸かすだけで爆発させてるやつの言うことじゃねェよ」
「……一昨日ナミさんにお茶淹れるとこ見てたの?」
「変わってねェのかよ!! 2年前から爆発させてたよ!!」

 冷蔵庫にはグラスに注ぐだけにされた飲み物が並んでいた。事情を一通り聞いたシャッキーが辿り着いた最善策が、完成品を出すだけにしておく、料理には手を触れさせない、の二つだったのは、ある意味当然の帰結である。
 アマヤは不満げに頬へと手をあてた。それこそ数日前に湯を沸かすのにも失敗した以上、あまり反論できないのが悔しいところである。

「不思議とサーブ後にソースかけたりチーズ削ったり、デザートワゴンから皿に盛ったりとかは平気なんだけどね〜。僕も世界が何を調理とみなしているのか分かんないよ」

 ウソップは差し出されたグラスをひと息にあおり、小さくため息をついた。この器用な男にも苦手なことがあると言うのは、時折ウソップの心を慰めたものだ。

「難儀なもんだ。被害が限定的なだけでゾロと変わんねェレベル」
「ひどい屈辱。僕は自覚あるもん」
「そこがお前のいいところだよな〜」
「いい話でまとめてもダメだからねっ」

 アマヤは全体的に逞しくなったように見えるウソップを上から下まで眺める。2年前、彼がどこに飛ばされ、どんな状態になっていたかまではアマヤの知識の中にあった。あの丸々とした体で現れなくてよかった、という安堵はこっそり隠しておくことにする。

「ね、ウソップくんの2年間聞かせてよ。着いたとことはいえ、まだ寝るには早いでしょ?」
「あ〜、でもサニーの様子も見に行きてェしな」
「そっか」

 メリーの魂を継いだサニーのことをウソップが大切にしているのは言うまでもない。グラスをひと息にあおったのも、椅子にそわそわと落ち着かなかったのも、全部そのせいだろう。

「サニー号ではフランキーくんが頑張ってる。レイリーさんのコーティングも済んで、最終メンテ中かな。昨日ナミさんと帆の調子も確かめたけど、問題なさそうだったよ」
「なんだよ〜、結構揃ってきてんじゃねェか」

 大事な仲間の無事を知らせると、ウソップは今度こそ体の力を抜いて風船の空気が抜けるようなため息をつく。

「フランキーが着いてんならありがてェ! サニーが元気じゃねェと始まんねェからな!」
「うん、きっとメンテナンスを見越して早めに到着してくれたんだと思う。一目散にサニーだったらしいから」

 語りながら、アマヤははたと気がついた。

「あでも、サニー号に行くなら戦闘準備も必要かも。噂が噂を呼んで、ごろつきホイホイになってるの。僕もシャッキーさんにここ任されなかったらシップガードしてたくらい。星を読む時間すらないったら」
「そりゃ〜……」

 このことを伝えると、あるいはウソップは一人でサニーの様子を見に行くのはやめてしまうかもしれないとすら過った。けれど、この狙撃手はけろりとした顔で荷物を担ぎ直す。そこに怯えの色はなかった。

「そうだろうな。2年も経つってのに、新世界のニュースに絡めて時々新聞に名前があがるんだ。さぞ主のいない船はねらいやすかっただろうし」
「……、あれ、でも行くの?」
「ったり前だろ! 長いこと寂しい思いさせたんだ。おれだって顔見るまで一息もつけねェよ!」
「そっか、そだよね」

 先にはナミだって頼もしいところを見せてくれた。当然、この海の戦士だって前途洋々たる様子であらねば嘘だろう。アマヤはそれがいっとう嬉しいのだった。

***

「アマヤーーッ!!」

 Xデー前日の朝だった。いつも通りサニー号の甲板で見張りを続けていたアマヤのもとに、突然頭上から何かが降ってきた。しかも彼の名前を呼ばわりながら。

「──、び、っくりした。……え? 今空から来た?」

 嬉しそうに顔を擦り付けてくる小さな毛玉はこの船の船医以外にあり得ない。ただ、空から降ってくるのは想定外である。見上げれば、大きな鳥が数羽、旋回しながら遠ざかっていくところだった。

「あいつらに送ってもらったんだ!」
「すごい。ヒーローみたいな登場だね」
「……へへ、それよりアマヤ、お前」

 チョッパーがアマヤの首元に顔を埋め、くんくんと鼻を動かし始めた。アマヤはその感触をくすぐったがって肩をすくめ、身を捩った。

「なんか……ん? なんだろ、……ああ、全然匂いがしねェんだ! なんでだ?」

 言われて、アマヤははたと思い当たった。いつの間にか当たり前になってしまっていて、意識の外に追い出していた自分の習慣のことである。確かにこの2年間で身に染み込ませたものなので、チョッパーには馴染みがないだろう。

「そうかも。すっかり日常になってたから意識してなかったなあ」
「じゃ、わざとか?」
「うん。特別な消臭剤使ってる。あ、ごめんね、薬草園の一部をお借りしています」

 チョッパーはもう一度鼻を動かし、首を捻った。綺麗好きの域をとうに超えた無臭ぶりに、どうにも納得がいかないらしい。その様子がおかしくて、アマヤの口元から小さな笑いが漏れた。

「叔父さんのとこで存在感を消す訓練受けてきたんだ。最近はすごいね、五感全てに感知されず、気配も押し殺すノウハウが築き上げられてて」
「そういう流行り廃りの問題じゃねェような……、それにしてもなんでそんなことするんだ?」

 アマヤはぴんと人差し指を立てる。

「暗殺を遂行するためっ」
「怖ェよ!!」

 努めて明るく宣言するアマヤに対して、切れ味の良いチョッパーの批判が飛ぶ。
 この二年、アマヤが磨いてきたのは敵の感知の外に収まり続ける能力だ。無臭、無音、無気配、それに敵対者の油断を誘う。それがアマヤの戦い方の土台である。半分獣であるが故に感覚の鋭いチョッパーですら、彼が無音で背後から寄ってきたら、感知することは難しいだろう。まだ怖がりの心も備えている船医は、それを頼もしく思えばいいのか、怖がればいいのか迷ってしまうところなのだった。

 アマヤは顔を顰めるチョッパーをそのままの勢いで再び抱き直した。

「チョッパーくん、元気だった? ずっと会いたかったよ」
「お、お、……」

 チョッパーの中で何かが戦っていた。照れ隠しをするか、素直に応じるか。しかし、このアマヤという繊細な男の前ではやはり、素直の方が勝つのだった。何しろ、本意ではない突き放しを、そのまま受け止めて落ち込むような相手である。

「おれもに決まってるだろッ!!」

 二人はしばらく、ぐりぐりと体を擦り合わせた。

「他のみんなは……?」

 ひとしきり落ち着いたところで、チョッパーはサニー号をぐるりと見渡した。

「今で半分ちょっとかなあ。来た順でいくと、ゾロくん──」
「えっ!?」
「もう一回言うね、ゾロくん──」
「ええっ!?」

 ゾロの方向音痴はチョッパーも熟知している。その彼が一番乗りとは、思考が追いつかない。言い直されても驚きは新鮮なままで、アマヤはまた笑いをこぼした。

「一人来るたびにこの話題で盛り上がるんだ、……あはは、よく笑った」
「それで? 次は誰だ? もう驚かねェぞ!」
「これ以上に驚く出来事なんて起きようがないよ〜、で、次がフランキーくん、ナミさん、ウソップくん、それからチョッパーくん。今はみんな街で暇つぶしたり支度したりしてるよ」

 チョッパーは蹄を折ったり伸ばしたりしながら人数を確かめた。自分でちょうど半分を超えたところらしい。しかし指先が止まったのは、数え終わったからではなかった。2年前、自分たちの預かり知らぬところで大変な思いをしたはずの船長の名前が、まだ出てきていない。

「ルフィは?」
「まだかな。でもレイリーさんが元気にしてるって言ってた」
「……そっか、よかった!」
「心配だったよね。僕も、早く会いたい」

 大体の情報共有が終わると、チョッパーは甲板の外へと目を向けた。

「じゃ、おれも一応本屋と薬種問屋のぞいてこようかな。アマヤは留守番してんのか?」
「そ。フランキーくんがいない時は僕がサニーの騎士だから」
「騎士! かっこいいな!!」
「ふふ、でしょ」

 レディだけを贔屓して守るぐるぐるとは違うのだ、と自負を込めて、アマヤは胸を張った。
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