〜魚人島

 一人目の再会から数えれば四日が経っていた。その日の仕事を終えたアマヤがいつものようにシャッキーのバーへ顔を出すと、衝撃的な情報が齎される。曰く、念願の二人目の到着だと。しかもその男が取るものもとりあえずサニー号に向かったと聞き、アマヤは跳ね上がってそのあとを追うのだった。
 サニー号の前にはあの、寡黙で恐ろしくて、何を考えているのかわからない人間兵器がいるではないか。レイリーやシャッキーはあの男が味方だと諭してくれたが、アマヤはまだそれを受け入れ切ることはできずにいた。

「サニーっ、フランキーくーんっ!」

 サニー号のほとりは、拍子抜けするほど閑かだった。荒くれ者の影も、心配の種であったあの大男の気配も、どこにもない。波が穏やかに船底を叩くだけである。
 代わりに軋んだ音を立てて船室の扉が開き、見覚えのある、しかし見覚えのないほど大きな影が現れた。敵方ではないと判断し、アマヤは勢いそのままに甲板へと降り立った。

「お? その声は」
「フランキーくんっ、居たんだね!」

 元々半分はサイボーグだった男である。しかし、今やその金属の割合は大きく増え、そして体積すらも大幅増量したように見えた。アマヤはそのくまにも劣らぬ巨体を見上げ、二、三度口を戦慄かせる。どう感想を述べたものか悩んでしまったのだ。
 それに、元々この船大工とは行動を共にし始めたばかりからバラバラになってしまったようなもので、つまりアマヤは今更ながらの人見知りを再発させようとしていたのだった。

「アウ! アマヤァ! 背ェ伸びたか? ……んで、どうした、そんなに慌てて」

 フランキーの陽気な声に、アマヤははにかんだように首をすくめた。指摘された身長は変わっていないものの、見た目は姉たちに整えられてまた一段垢抜けたはずである。けれども、そ“の美醜に目もくれないこのおおらかなな男の反応がくすぐったかった。それに自分の変化など、この目の前の変化に比べれば、まるで誤差のようなものだ。

「君が心配でっ──、心配……な、なんか大きくなった?」
「まァな!! 気付いたか!? この人智を超えたスーパーモデル! ここで全部見せちまうには勿体ねェ!!」
「うんっ、かっこいい!」

 朗々とした声とともに、見慣れた仕草が返ってくる。形は変わっていても、彼の性質そのものが変わったわけではないことに安堵し、顔を出しかけていた人見知りは引っ込んでいった。それとともに、アマヤの瞳が、きらきらと純粋な好奇心で揺れた。こういうものに心くすぐられるのはアマヤの中に確かに少年があるからである。こんな状況でなければその機能性について語りたい衝動すらある。
 とはいえ、そのことばかりに気を取られているわけにはいかない。

「──じゃなくて、サニー号だよ〜!」
「あァ、さっと見回ったが傷一つねェ。……が、ここから出発まではそうもいかねェかもな。アマヤが来るまでに既に二組の狼藉者! 今週のスーパーなおれ様にかかれば一網打尽だったがよ」

 その言葉に、フランキーはどこか誇らしげな笑みを浮かべながら、ゆっくりと視線を船全体に巡らせた。太陽の獅子を戴いた船体は、今のところは変わらず、静かにそこにあった。

「やっぱり、襲撃が頻繁になってるんだ……」
「やっぱりってこたァ」
「僕はだいぶ前に着いたんだけど、その時点であの、サンジくんにそっくりのデュバルさん、覚えてる? あの人はボロボロ。代わりに船守してくれてた彼も……」

 シャッキーの店で聞かされた話を反芻すると、思わず苦いものを食べた時の顔になってしまう。
 とはいえ、今ここにあるサニーは五体満足の安らかな表情である。やはり、あの恐ろしい大男はこの船を守ってくれたのだろう。そう思うと、あのボロボロだった風体に痛みを覚える。

「あのくま……、どうやら」
「うん、守ってくれてたらしいよね。ちょっと怖かったけど」

 アマヤの声には、微かに曇りが差す。

「だが、おれが声をかけたらどこかに行っちまった。──これからはこのおれが責任をもってサニーを守るが……、アマヤ、お前ェ」
「僕だって!」

 フランキーには船のメンテナンスという重要な仕事がある。不埒者たちから船を守るのは船員の立派な使命であることから、アマヤは両手をあげてボディガードならぬシップガードを申し出ようとした。そして、気づく。

「……と思ったんだけど、シ、」

 言葉を張り上げた勢いのままに、拳を小さく握ったものの、アマヤはまた別の仕事も抱えているのだった。背筋に微かな冷や汗が伝った。胸の前で人差し指を絡めて口ごもる。

「し?」
「シフトが……! 入ってて……! あ、あのねちゃんと変装してるからバレてはなくって……!」

 言いながら、恥ずかしさのあまりに肩まですぼまっていく。
 フランキーは、目を見開き、呆れたように眉をひそめた。彼なりに不安を埋めるためにとった行動であろうことは想像がつく。それにしても飲食店でアルバイトとは海賊らしからぬ行為である。しかも、世間を騒がせる麦わらの一味の船員としては殊更に。

「……よし、わかった。じゃあ他のメンツが来たら──」
「ううん。実は、もう居るんだ」
「あ? 誰が」
「ゾ、ロくん……、あはは」

 もちろん行方不明である。

「アイツがァ!?」

 フランキーの声が、甲板に大きく響く。方向音痴の迷子常習犯が一番乗りしているという事実に、飛び上がらんばかりである。と、同時にアマヤのがっかり感から既に島内のどこにいるかは把握できなくなっていることも察したようだ。驚きの後には二人で乾いた笑いを交わす。戦闘面で頼りになるはずなのが一層もったいない。

「僕が空いてるときはもちろん、なるべくここにいるから! ……あと、えーっと、あの人、見つけたら声かけておくね……、期待、しないでねっ」
「こればっかりはアイツも悪気がねェからな、しゃあねえ! ま、ごろつき程度ならメンテナンスの片手間よ」

 質量の増加とともに、頼もしさも増加したらしいサイボーグを前に、アマヤはようやく少しだけ不安を払拭することができたのだった。

***

 陽の差し込む波止場で、アマヤはサニー号の艶やかな船体を見上げていた。コーティングの準備は着々と進み、シャボンディの湿った風の中にも、どこか高揚感が漂っている。

 世話になった職場との引き継ぎを済ませた翌日から、アマヤはサニー号へと居を移していた。船大工のメンテナンスが滞りなく行われるよう、シップガードを務める日々である。酒場の賑やかさとは打って変わって、相手をするのは海風と不埒者だけだが、既に仲間が集まり始めている安心感の中ならばそれはそれで、悪くはなかった。
 時折現れる敵対者たちが面倒を起こしていたが、彼にとっては、もはや手慣れたものだった。船員不在の船だけを狙う程度の実力しかない相手に今更遅れをとるつもりはない。

 その時だった。

「──アマヤ!」

 弾けるような声が、アマヤの心臓を一際大きく跳ねさせる。振り向いた彼の顔に、一瞬で花が咲く。これを待ち焦がれていたのだ。

「会いたかったっ」
「! 私も」

 アマヤが迎えるように開いた腕の中に、元気印の航海士が飛び込んでくる。変わらぬ柑橘の香りが鼻先をかすめた。
 一番乗りの剣士とはああだったし、フランキーはなんだか雰囲気が変わりすぎていてハグをするには躊躇われた。そもそもその二人とそのような間柄ではない。ようやく人と人との交流ができたような気がして、アマヤは胸中に温かいものが溢れるのを感じていた。

「──、僕」

 声を絞り出すように呟いたアマヤの表情に、ナミはすぐさま眉を上げた。

「何よ、泣きそうな顔しちゃって! そんなに寂しかった?」
「うん、うんっ」

 素直すぎる返事に、ナミは肩を揺らして笑う。

「てことは、私が一番乗りってことかしら。まー、そうでしょうね、後の連中は……」
「ううん、サニーの船室部分にはフランキーくんがいるよ」

 ナミは思わず首を傾げる。ならば、すでに旧交を温めていてもおかしくないのでは、そう思ったその直後、アマヤの説明が続く。

「でも、もはや人ではないくらいの改造っぷりで……、ちょっと緊張しちゃって」
「予想の範疇ね」
「ナミさんは、すごく綺麗になったけど、ちゃんとナミさんで……、安心した」

 ナミは笑いを堪えるように口元を押さえた。外見には確かに2年分の変化が見える。それでも、眉を下げて目を細める仕草も、少しだけ肩を縮める癖も、まるで変わっていない。ナミの変わらぬところが安心したと笑って見せるところこそ、それこそ変わらぬ彼の性質を示している。ただ、当人は気づいていないようなのがおかしかった。

「あとね、それより先に──」
「ああもう、ちょっと待ってアマヤ、こんなところで立ちっぱなしで長話なんてイヤ」
「急に韻踏むようになっちゃったの? ナミさん」
「あんたは生意気になったわね。そうじゃなくて! 積もる話はどこか落ち着けるとこ行ってしましょって言ってるの」

 アマヤは小首をかしげた。長旅を終えたばかりのナミの顔には、確かに疲労が滲んでいる。ついでにその足元に積み上がった荷物を一瞥し、なるほど、と頷いた。疲れたレディを立たせっぱなしでは騎士の名折れである。

「OK、じゃ、フランキーくんに一言言ってかなきゃ。メンテナンスの間は僕が露払いをする約束になってるから」
「露?」
「そ、サニー号も有名になっちゃって。あんまり心麗しくない人たちが観光に来ちゃうんだよね。しかも観光ついでにサニーに手を出そうっていうんだから」
「なるほどね。有名税ってやつ」

 ちょうど数日前から、麦わらの一味の再集結を告げる張り紙が島中に出回り始めていた。それが呼び水となったのか、船を狙う不埒者の数は右肩上がりである。もっとも、あの張り紙を貼った本人の思惑が何であるかは、アマヤには分からない。気になるといえば気になるが、今はそれより目の前のことだ。
 ナミは得心したように頷き、改めて甲板を見渡した。懐かしい木の質感が、陽光の中に柔らかく光っている。

「じゃ、荷物置いたらサニーの甲板でモーニングでもいいわね。みかん畑の様子も確かめたいし」

 アマヤはわずかに目を見開いた。この戦闘嫌いの航海士が、自らその可能性がある場に留まると言い出すとは思っていなかったのだ。

「それはフランキーくんも喜ぶよ。……でも、荒事だよ?」
「やーね、私が2年間深窓のお嬢様やってたと思うの?」
「──う」

 すっかり大人っぽくなったナミの口元が弧を描く。

「格好良過ぎてときめいた?」
「うん! じゃ、そんな素敵な海賊女王のために僕がお茶でも淹れてこようかな」
「やめなさい。いいわよ、アマヤに台所立たせたらフランキーの仕事が増えるわ。再会記念に特別、タダでやったげる」
「流石にお茶くらいなら大丈夫かと……」

 ナミが自室へ荷物を運んでいる間、アマヤは鼻息も荒くキッチンに立った。旅疲れの仲間の心と体を癒すためならばなんでもできる所存だ。
 結果から言えば、水を張ったミルクパンが異音とともに弾け飛ぶまでに三分とかからなかった。駆けつけたフランキーに首根っこをつかまれ、アマヤはダイニングの外に丁重に放り出された。

 しばらく後、甲板のベンチには軽食と湯気の立つカップが並んでいた。物音だけで事態を把握したナミが「最初から私に任せておけば」などとぶつぶつぼやきつつ仕上げたものである。

「ふー、やっと人心地」

 その声音にはひどく呆れたものが混ざっていたものだから、アマヤは少しずつ肩を縮めていった。結局ナミの手を煩わせた上、メンテナンスを中断して駆けつけてくれたフランキーのことも重なり、申し訳なさがじわじわと追いかけてくる。

「……お騒がせしました」
「被害があのパン一つでよかったわね。サンジくんに嫌味言われる程度よ」
「コンロを壊さなくて本当によかったな、と思っています」

 幸い、厨房の設備にも人体にも被害はない。アマヤにしては快挙であった。

「にしても、やっぱりしっかりした人間から集まるものよね。アマヤにフランキー、で、私でしょ」
「あー、この話人数分する必要があるのかな。いや、シャッキーさんとこで洗礼浴びてくる人もいるだろしな」
「? なあに」
「僕は3ヶ月ほど前からここで生活しているので除外するとして、一番乗りは、その……」

 アマヤの口から出てきた名前に、ナミはカップを口から離すのが間に合わないかと思われるほどだった。けほけほとむせる彼女の背をさすりつつ、やはりそうなるよな、と苦笑いである。

「嘘でしょ!? 幸先いいのか悪いのか分かんないわ!!」
「そして5日前に姿を消して以降彼は……」
「こんな広いとこで人探しさせる気!?」
「あのね僕ね、ちゃんとビブルカードの使い方とここのマングローブの数字を──」
「それで集合できてれば苦労はないのよねえ」

 アマヤはできる限りの対策をしたのだと言葉を募らせるも、本人すらそれが有効であることを信じきれていない。そんな対策と理屈でどうにかなるものだったなら、今ごろとっくに解決している問題なのだ。それでも、仲間が揃ってくれば、遭遇する確率は自然と上がるはずである。そういうことにしておいた。

「でもまあまだ5日くらいあるわけだし。ナミさんもお買い物とかしてきていいよ」
「えー? 一緒に、……って言いたいとこだけど、あんたのことだから船番の仕事を全うしたいのよね」
「うん、それにここに寄った人に捜索願いを出すっていうミッションもあるし」

 二人は、ほぼ同時に大きくため息をついた。しっかりしている人間が苦労するのは、どの組織においても定めのようなものらしい。
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