〜魚人島
アマヤは、約束の日よりも三ヶ月も早く、シャボンディ諸島に降り立っていた。あの時飛ばされた先の実家はあってはいけないほどにアマヤに優しかったため、それは翻って彼の不安を煽ったのだ。このままではいけない、と約束よりも半年早く故郷を再出発し、その結果目的地にもずっとずっと早く着いたというわけだ。
当然、暇をもて余したアマヤは、シャボンディのとある食堂でウエイターとして雇ってもらうことにした。久しぶりのエプロンは身に馴染む。騒がしく、埃っぽく、だが生きた人と情報に触れられるこの場所は、それこそウォーミングアップに最適なのだった。
「おい新入り! そこの皿ァ全部運んだら、すぐに厨房の床も掃除しとけ。終わったら裏のゴミもまとめて出してこいよ!」
がなり声が飛んで空気がきしむ。だがアマヤは眉一つ動かさず、皿の上の料理を見届けてから、静かに応じた。新人相手に上下関係を叩き込もうというマウントを感じるも、残念ながらこの程度の指示で竦むアマヤではない。
「お料理了解。でもエールが2杯足りないから準備お願いね。ゴミ出しは終わってるし、床掃除は三十分前にやったばかりだよ」
「……さっきのやつらの注文は? グラス拭きもだ。終わったらカウンターの下も全部片付けておけよ」
苛立ちまじりの追撃を、しかしアマヤは静かに受け流した。布巾を手に取りながら、指先だけで伝票の位置を指し示す。
「注文票はそこに貼ってあるし、カウンターの下は指示通りに並べてある。さっきのエール届けたら次の料理できるまでグラス磨きをしようかな」
「……れ、冷蔵庫の整理は」
「リストが古くなってたからある程度書き直しておいたよ。あとはコックたちの領分かなあ」
涼やかな声音に、相手が絶句する。アマヤはその背をすり抜け、皿を軽やかに運びながら、心のうちでひとつ息を吐いた。まだまだ、この程度では元職場の足元にも及ばない。せっかくなので、一つ生意気を言ってみるのもいいだろう。口元にわざとらしい嘲笑を乗せ、一瞬だけ振り返る。
「他にもすること、思いついたら教えてくださいね、先輩?」
シャボンディの片隅にある酒場は、酒と煙草の匂いが染みついた、少々荒くれた空気の漂う場所だった。だが、それでもあの海上レストランに比べれば、幾分か優しい。なんなら品を保つ必要がない分、横柄には横柄を返せる分、のびのびとできるほどだった。アマヤは初日からその空気を読み取り、どこか飄々とした様子でフロアを水を得た魚のように動き回っていたのだった。
手配書と共に顔が知れ渡っていることは自覚していた。だからアマヤは、短い黒髪のウイッグを被り、瓶底のように分厚い眼鏡をかけ、無地のシャツに落ち着いた色味のベストを合わせた。仕草も小さく控えめで、見た目だけには地味で無害なギークといったところだろう。
そこから軽んじられたのか、着任当初はとてつもない量の雑用を押し付けられたものだったが、アマヤがその全てを涼しい顔でこなしていれば、一月もしないうちに試し行動は鳴りを潜めたのだった。
「新入りィ、なんだ、もう片付け終わったのか? 相変わらず早ェな」
厨房から顔を出した男の声は、とうとうマウントを取り外して感心を孕んでいた。アマヤは盆を片手に、くすりと笑いながら応じる。どこであっても、能力を認められるというのは気分が良い。
「今日のお客さんはお行儀良かったからね。皿もコップも一つも割れなかったよ」
瓶底眼鏡の奥の瞳が細くなり、にこにこと微笑む。その表情の下にある柔らかな声色、動作の隙のなさ、人を遠ざけずに懐へ招き入れる空気等々、それらがこの短い間にすっかり店に馴染んでいた。
いかつい風貌の店長が、腕を組みながら目を細める。
「ヒョロヒョロモヤシオタクかと思ったら、こんなに使える男だったとはなァ。……短期で、って言ってたが、無期限で勤めてくれても良いんだぜ」
「それは無理。僕にも予定があるんだ。もう2ヶ月くらいで辞めるよ」
「もう何人か新入り入れるからよー、そいつら教育してから出てってくれや」
その言い草に、アマヤはふと肩を揺らして笑った。バラティエでも、似たようなことが何度もあった。教えては去られ、去られてはまた教えた。もはや風物詩のような繰り返しだ。だとすれば、こちらからの要望は一つである。
「根性ありそうなのを採用してよね」
***
夜が更けると、アマヤはマングローブの根の隙間を縫うようにして、静かな場所を探す。大気に滲む湿気と、どこかで軋む樹の音はそのまま夜の音だ。木々の合間から見上げる空には、島の明かりを逃れてかすかに星が浮かんでいる。折りたたみ望遠鏡を鞄から取り出すと、ゆっくりと目を当てた。空はまだ遠く、約束の日まで先が長い。
ふと胸に穴が開いたような寂しさが忍び寄る。そんなときアマヤは、シャッキーのバーに向かうことにしていた。客の波が引いたころ合いを見計らい、裏口からひょっこり顔を出すと、奥の方から軽やかな声が迎えてくれた。 ここでは皿洗いを対価にジュースを一杯奢ってもらうのが常である。
「──あら、アマヤちゃん。三日ぶりくらいかしら。どう? アルバイト」
短期の働き口を見つけてくれたのは彼女だ。その信頼に応えなくては、と意気込んでいたアマヤは、殊更に自分の仕事に力を入れていた。
「順調です。おかげさまで。正直バラティエでホールワンオペしてたのに比べたら物足りないくらい」
「今日もジュースでいい?」
「うん。ぶどうっ。……あの人は?」
少し声のトーンを落としながら尋ねると、シャッキーは目元を細め、含み笑いを浮かべた。
「今日はお医者さんにお泊まりよ。それを狙ってきたんだと思ってたわ」
図星を突かれたような気まずさに、アマヤはわずかに肩をすくめた。 デュバルのあの突き抜けた陽気さは、少々エネルギーが強すぎてアマヤとは噛み合わない。静かに隅にいたい彼にとっては、正直少しだけ苦手な存在だった。知り合いのよしみ、とばかりに呼吸すら挟まずに話しかけてくるところも、自らの容姿を押し付けてくるところも湿度が高すぎるのだ。 やがて、ぶどうジュースがそっと目の前に置かれる。アマヤはそれに静かに口をつけ、喉を潤す。
「なら良かったあ。悪い人じゃないのはわかってるけど、圧が凄くって」
アマヤはウイッグも瓶底眼鏡も外し、店の奥にある小さな椅子に深く腰掛けていた。変装の必要のない場所では、彼は時折こうして、ありのままの姿に戻る。 大分伸びたラベンダー色の髪は、片側に流すように整えられ、肩の線をなぞるように柔らかく揺れていた。頬の輪郭は以前よりも少し直線を帯び、まなざしにもかすかな影が混じる。少年めいた印象の奥に、静かな輪郭をもった大人の気配が差し始めていた。
「人気者も大変ね」
カウンターの向こうから聞こえたその声に、アマヤは視線だけをそちらへ向けた。シャッキーの顔を一瞥するが、返事はしない。コミュニケーションがお腹いっぱいになっても塩対応に切り替えることができない自分にも非がある。言葉を募らせるとそれを差し置いて向こうを悪し様に言ってしまいそうで口を噤んだ。それだけで、あの男の話題は終わりだった。
続いて貴重な情報源について思いを馳せる。船長が息災であることを知らせてくれた大恩人である。
「レイリーさんは?」
「賭場よ、きっと。あの人もここ数日見かけてないわ」
「じゃあシャッキーさんと二人きりか」
くるりとグラスを指先で回しながら、アマヤは小首を傾げて微笑んだ。意図の見えすぎる仕草。明らかに“狙って”見せたそれに、シャッキーはふふっと喉の奥で笑う。ぶどうジュースをちびちび飲んで喜ぶような子どもに、色気づいた誘いは早すぎる、とばかりの全てを見透かした微笑みだった。
「全然客が来ないんだから、アマヤちゃんの仕事も少ないわよ」
「……はあい。謹んでお皿洗いさせていただきます」
軽く拗ねたような声音のあと、ふうっと唇を尖らせる。本気でないとはいえ、自分の秋波がかすりもしなかったことがつまらないのだった。実家の姉たちに仕込まれた人心掌握術も、百戦錬磨のバーの主には通用しないらしい。
「……ねえ、シャッキーさん、……みんな、ちゃんと集まるかな」
ぽつりと漏らした声は、グラスの縁にかかって淡く揺れた。アマヤのまなざしは遠く、見えない夜の先を探すようだった。 ここから先のことは、彼にとっても未知なのだ。原作の記憶は頂上戦争を最後に途切れていて、それより先の展開は、まったくの空白だった。だからこそ、不安だった。
早くにシャボンディへ来たのも、その不安に由来する。この二年、心身を鍛える傍ら、空を見上げては未来を問う日々を過ごした。もちろん、彼らの行く末は明るいけれど、それだけではアマヤの不安が拭われることはないのだった。
「アマヤちゃん、ここに来るたびそれね」
「だって、こんなに長い2年間は生まれて初めてだよ。怖くてならないんだ。……それだけ居心地が良かったってことなんだろうけど」
言いながら、指先でテーブルの木目をなぞる。温かい時間ほど、失うことが怖くなるものだった。
「いいじゃない。それだけ大事な相手なら信じてあげれば」
「そーだよねえ。打ち切りでも完結でもなかったんだもん。きっとその先はあるはずなんだ」
「? 打ち切り?」
「こっちの話でした」
曖昧に笑いながら言い逃げたあと、ふいに喉奥からため息が漏れた。
「あー、」
思わず出たその声には、少しだけ別の感情が混じっていた。もし、前世でもっと長く生きていられたら。未来の結末も、自分の手で読めたのだろうか。そうしたら、今から彼らが出会う痛みも苦しみも、和らげる術を手に入れられたのだろうか。今さらどうにもならぬ後悔が、思いがけず胸に押し寄せた。
アマヤはそのまま、ふらりと上体を伏せ、テーブルに頬を押しつける。前髪がさらりとこぼれ、片側に流した髪が木の面を滑った。その姿は、どこからどう見ても、愛らしさを極めた美少女なのだった。
当然、暇をもて余したアマヤは、シャボンディのとある食堂でウエイターとして雇ってもらうことにした。久しぶりのエプロンは身に馴染む。騒がしく、埃っぽく、だが生きた人と情報に触れられるこの場所は、それこそウォーミングアップに最適なのだった。
「おい新入り! そこの皿ァ全部運んだら、すぐに厨房の床も掃除しとけ。終わったら裏のゴミもまとめて出してこいよ!」
がなり声が飛んで空気がきしむ。だがアマヤは眉一つ動かさず、皿の上の料理を見届けてから、静かに応じた。新人相手に上下関係を叩き込もうというマウントを感じるも、残念ながらこの程度の指示で竦むアマヤではない。
「お料理了解。でもエールが2杯足りないから準備お願いね。ゴミ出しは終わってるし、床掃除は三十分前にやったばかりだよ」
「……さっきのやつらの注文は? グラス拭きもだ。終わったらカウンターの下も全部片付けておけよ」
苛立ちまじりの追撃を、しかしアマヤは静かに受け流した。布巾を手に取りながら、指先だけで伝票の位置を指し示す。
「注文票はそこに貼ってあるし、カウンターの下は指示通りに並べてある。さっきのエール届けたら次の料理できるまでグラス磨きをしようかな」
「……れ、冷蔵庫の整理は」
「リストが古くなってたからある程度書き直しておいたよ。あとはコックたちの領分かなあ」
涼やかな声音に、相手が絶句する。アマヤはその背をすり抜け、皿を軽やかに運びながら、心のうちでひとつ息を吐いた。まだまだ、この程度では元職場の足元にも及ばない。せっかくなので、一つ生意気を言ってみるのもいいだろう。口元にわざとらしい嘲笑を乗せ、一瞬だけ振り返る。
「他にもすること、思いついたら教えてくださいね、先輩?」
シャボンディの片隅にある酒場は、酒と煙草の匂いが染みついた、少々荒くれた空気の漂う場所だった。だが、それでもあの海上レストランに比べれば、幾分か優しい。なんなら品を保つ必要がない分、横柄には横柄を返せる分、のびのびとできるほどだった。アマヤは初日からその空気を読み取り、どこか飄々とした様子でフロアを水を得た魚のように動き回っていたのだった。
手配書と共に顔が知れ渡っていることは自覚していた。だからアマヤは、短い黒髪のウイッグを被り、瓶底のように分厚い眼鏡をかけ、無地のシャツに落ち着いた色味のベストを合わせた。仕草も小さく控えめで、見た目だけには地味で無害なギークといったところだろう。
そこから軽んじられたのか、着任当初はとてつもない量の雑用を押し付けられたものだったが、アマヤがその全てを涼しい顔でこなしていれば、一月もしないうちに試し行動は鳴りを潜めたのだった。
「新入りィ、なんだ、もう片付け終わったのか? 相変わらず早ェな」
厨房から顔を出した男の声は、とうとうマウントを取り外して感心を孕んでいた。アマヤは盆を片手に、くすりと笑いながら応じる。どこであっても、能力を認められるというのは気分が良い。
「今日のお客さんはお行儀良かったからね。皿もコップも一つも割れなかったよ」
瓶底眼鏡の奥の瞳が細くなり、にこにこと微笑む。その表情の下にある柔らかな声色、動作の隙のなさ、人を遠ざけずに懐へ招き入れる空気等々、それらがこの短い間にすっかり店に馴染んでいた。
いかつい風貌の店長が、腕を組みながら目を細める。
「ヒョロヒョロモヤシオタクかと思ったら、こんなに使える男だったとはなァ。……短期で、って言ってたが、無期限で勤めてくれても良いんだぜ」
「それは無理。僕にも予定があるんだ。もう2ヶ月くらいで辞めるよ」
「もう何人か新入り入れるからよー、そいつら教育してから出てってくれや」
その言い草に、アマヤはふと肩を揺らして笑った。バラティエでも、似たようなことが何度もあった。教えては去られ、去られてはまた教えた。もはや風物詩のような繰り返しだ。だとすれば、こちらからの要望は一つである。
「根性ありそうなのを採用してよね」
***
夜が更けると、アマヤはマングローブの根の隙間を縫うようにして、静かな場所を探す。大気に滲む湿気と、どこかで軋む樹の音はそのまま夜の音だ。木々の合間から見上げる空には、島の明かりを逃れてかすかに星が浮かんでいる。折りたたみ望遠鏡を鞄から取り出すと、ゆっくりと目を当てた。空はまだ遠く、約束の日まで先が長い。
ふと胸に穴が開いたような寂しさが忍び寄る。そんなときアマヤは、シャッキーのバーに向かうことにしていた。客の波が引いたころ合いを見計らい、裏口からひょっこり顔を出すと、奥の方から軽やかな声が迎えてくれた。 ここでは皿洗いを対価にジュースを一杯奢ってもらうのが常である。
「──あら、アマヤちゃん。三日ぶりくらいかしら。どう? アルバイト」
短期の働き口を見つけてくれたのは彼女だ。その信頼に応えなくては、と意気込んでいたアマヤは、殊更に自分の仕事に力を入れていた。
「順調です。おかげさまで。正直バラティエでホールワンオペしてたのに比べたら物足りないくらい」
「今日もジュースでいい?」
「うん。ぶどうっ。……あの人は?」
少し声のトーンを落としながら尋ねると、シャッキーは目元を細め、含み笑いを浮かべた。
「今日はお医者さんにお泊まりよ。それを狙ってきたんだと思ってたわ」
図星を突かれたような気まずさに、アマヤはわずかに肩をすくめた。 デュバルのあの突き抜けた陽気さは、少々エネルギーが強すぎてアマヤとは噛み合わない。静かに隅にいたい彼にとっては、正直少しだけ苦手な存在だった。知り合いのよしみ、とばかりに呼吸すら挟まずに話しかけてくるところも、自らの容姿を押し付けてくるところも湿度が高すぎるのだ。 やがて、ぶどうジュースがそっと目の前に置かれる。アマヤはそれに静かに口をつけ、喉を潤す。
「なら良かったあ。悪い人じゃないのはわかってるけど、圧が凄くって」
アマヤはウイッグも瓶底眼鏡も外し、店の奥にある小さな椅子に深く腰掛けていた。変装の必要のない場所では、彼は時折こうして、ありのままの姿に戻る。 大分伸びたラベンダー色の髪は、片側に流すように整えられ、肩の線をなぞるように柔らかく揺れていた。頬の輪郭は以前よりも少し直線を帯び、まなざしにもかすかな影が混じる。少年めいた印象の奥に、静かな輪郭をもった大人の気配が差し始めていた。
「人気者も大変ね」
カウンターの向こうから聞こえたその声に、アマヤは視線だけをそちらへ向けた。シャッキーの顔を一瞥するが、返事はしない。コミュニケーションがお腹いっぱいになっても塩対応に切り替えることができない自分にも非がある。言葉を募らせるとそれを差し置いて向こうを悪し様に言ってしまいそうで口を噤んだ。それだけで、あの男の話題は終わりだった。
続いて貴重な情報源について思いを馳せる。船長が息災であることを知らせてくれた大恩人である。
「レイリーさんは?」
「賭場よ、きっと。あの人もここ数日見かけてないわ」
「じゃあシャッキーさんと二人きりか」
くるりとグラスを指先で回しながら、アマヤは小首を傾げて微笑んだ。意図の見えすぎる仕草。明らかに“狙って”見せたそれに、シャッキーはふふっと喉の奥で笑う。ぶどうジュースをちびちび飲んで喜ぶような子どもに、色気づいた誘いは早すぎる、とばかりの全てを見透かした微笑みだった。
「全然客が来ないんだから、アマヤちゃんの仕事も少ないわよ」
「……はあい。謹んでお皿洗いさせていただきます」
軽く拗ねたような声音のあと、ふうっと唇を尖らせる。本気でないとはいえ、自分の秋波がかすりもしなかったことがつまらないのだった。実家の姉たちに仕込まれた人心掌握術も、百戦錬磨のバーの主には通用しないらしい。
「……ねえ、シャッキーさん、……みんな、ちゃんと集まるかな」
ぽつりと漏らした声は、グラスの縁にかかって淡く揺れた。アマヤのまなざしは遠く、見えない夜の先を探すようだった。 ここから先のことは、彼にとっても未知なのだ。原作の記憶は頂上戦争を最後に途切れていて、それより先の展開は、まったくの空白だった。だからこそ、不安だった。
早くにシャボンディへ来たのも、その不安に由来する。この二年、心身を鍛える傍ら、空を見上げては未来を問う日々を過ごした。もちろん、彼らの行く末は明るいけれど、それだけではアマヤの不安が拭われることはないのだった。
「アマヤちゃん、ここに来るたびそれね」
「だって、こんなに長い2年間は生まれて初めてだよ。怖くてならないんだ。……それだけ居心地が良かったってことなんだろうけど」
言いながら、指先でテーブルの木目をなぞる。温かい時間ほど、失うことが怖くなるものだった。
「いいじゃない。それだけ大事な相手なら信じてあげれば」
「そーだよねえ。打ち切りでも完結でもなかったんだもん。きっとその先はあるはずなんだ」
「? 打ち切り?」
「こっちの話でした」
曖昧に笑いながら言い逃げたあと、ふいに喉奥からため息が漏れた。
「あー、」
思わず出たその声には、少しだけ別の感情が混じっていた。もし、前世でもっと長く生きていられたら。未来の結末も、自分の手で読めたのだろうか。そうしたら、今から彼らが出会う痛みも苦しみも、和らげる術を手に入れられたのだろうか。今さらどうにもならぬ後悔が、思いがけず胸に押し寄せた。
アマヤはそのまま、ふらりと上体を伏せ、テーブルに頬を押しつける。前髪がさらりとこぼれ、片側に流した髪が木の面を滑った。その姿は、どこからどう見ても、愛らしさを極めた美少女なのだった。
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