〜シャボンディまで

 人買い会場は、突如として騒然となった。ルフィが天井から彗星のように現れたかと思うと、続いて騒動の中、ハチの正体が知れ渡る。とくれば次は天竜人の無慈悲な弾丸が彼を襲うのだった。
 鮮やかな赤が床に広がる。
 アマヤは心の底から憤った。だが、それでも絶対的な権力と武力に逆らう勇気が自分にあるのかと問われれば、答えはNOだった。この場で拳を振るうことも、害すこともできない。目の前の理不尽に、何もできずに立ち尽くす自分がいる。
 
「目の前で誰かが撃たれても!! 天竜人には逆らわねェって……約束しただろ……」
 
 ハチは、銃創に苦しみながらも、こちらの身を案じている。
 
「ゴメンなァ、ご、ごんなつもりじゃなかったのになあ……!! ナミに……!! ちょっとでも償いをしたくて……」
 
 場内はさらに混乱し、悲鳴の渦が膨れ上がっていく。ルフィは、静かに怒気を高めていた。本当に怒ったとき、この男はもう言葉で語ることをしない。
 
「……結局、迷惑ばかりかけて……、ゴベンなァ〜〜!」
 
 ハチのかすれる声が響いた、その瞬間だった。ルフィはすっくと立ち上がり、一切の躊躇いなく、その拳で世界貴族を殴り抜けた。会場が凍りつく。
 
 よく考えれば、この男はすでに世界政府にもしっかり喧嘩を売っている。率先して権力に逆らう勇気はなくとも、より好ましい方を選び、そこについていくことはできるのだ。頭の奥が静かに熱を帯び、身体の力がふっと抜ける。
 この船長の行うことに間違いはないから、あとは彼に食らいついていくことだけに尽力しよう。アマヤは確信をもってその太陽を眺めた。
 
「悪い、お前ら……コイツ殴ったら海軍の”大将”が軍艦引っぱって来んだって……」
 
 ルフィの静かな報告に、麦わらの一味の誰もが一度は青ざめるかと思えば、けれどその表情には緊張の影はほとんど見えなかった。一度、“大将”青キジによって壊滅寸前まで追い詰められた経験があるはずなのに、不思議なほど気負いがない。
 なにしろこの一味は船長と同じくらいに正義感と血の気に溢れたものばかりなのだ。
 
「お前がぶっ飛ばしたせいで、……切り損ねた……」
「……まー、ルフィだから仕方ないわ!!」
「──じゃ、やる事ァ決まって来たな」
 
 強引な方法でケイミーを助け出す算段は、すでに各々の中で固まりつつあった。
 
「サンジくん、あっち、もう一人撃とうとしてる」
「──おう」
「僕はあっちの衛兵、ナミさん──ハチくんか、あっち行くね」
 
 言葉少なに、アマヤは指先だけで合図を送り、悪友に行動を促す。そのまま通路の反対側でハチを介抱しようとするナミのもとへ急いだ。
 
「おのれ!! 下々の身分でよくも息子に手をかけたな!!」
 
 怒りに顔を歪めた天竜人の父が、銃を乱射しようとする。サンジが素早くその動きを阻み、銃口を叩き落とした。
 会場中の衛兵が、今度は一斉に襲いかかってくる。一行は何人もの衛兵を豪快に、的確に排除していく。混乱の中でも、動きは迷いがなく、彼らはひたすら舞台への道を着実に切り開いていた。
 
 その最中、天井の高い梁からはウソップたちが突然降ってくる。さらに場は騒然となり、混沌が極まった。
 だが、その騒ぎを一瞬で凍らせたのは、舞台上に突如現れた白髪の男の存在だった。彼の放つ覇気は空気を一変させ、会場にいる大半の人々が次々と意識を失い、床に崩れ落ちていく。アマヤの皮膚の上を、目には見えない何かが静かに滑っていった。言葉にならぬ重圧が、身体の芯までしみわたり、呼吸が浅くなる。
 
「おいおい爺さん無茶すんな!! 爆発しちまうよ!!」
「奴隷の首輪が爆発するとこ、おれ達見たんだよ〜〜!!」
 
 舞台の上、白髪の男が無造作にケイミーの首輪へと手を伸ばしていた。あれが安全に外されること自体は分かっている。けれど、アマヤはその仕組みをはっきりと理解はしていなかった。息を潜めてじっと男の動きを注視する。
 
「大丈夫だ、じっとしてなさい」
 
 男の声は落ち着いていた。アマヤは限界までその目を凝らす。首輪が男の指にかかり、まるで発泡スチロールのようにあっさりと潰されていく。放り投げられたそれが、ケイミーの首に傷ひとつ残さず宙を舞った理由は、けれどどれほど凝視しても分からなかった。
 
「……!! 外れた!!」
 
 息を呑む一行のなかで、舞台袖からフランキーが不満げな顔で現れる。
 
「おいおい!! 何だ今の!? もう首輪も手錠もねェじゃねェかよっ!!」
 
 文句を言いつつ、フランキーは壇上に集められていた他の奴隷たちもまとめて解放してしまう。ケイミーを無事取り戻せた今、次なる課題はこの会場からどうやって脱出するかに移っていた。
 
「悪かったなキミら……、見物の海賊だったか……」
 
 白髪の男が、水を向けるように声をかけたのは、麦わらの一味ではない方の、互いに様子を伺っている海賊たちだった。アマヤはその二組を見据えた。ルフィの同期と呼ばれる男たちについてはほとんど知らないが、無用な衝突は避けたいと本能的に思う。自然とサンジの背中を頼るような位置に身を寄せた。
 
「てめ、何隠れてんだ」
「……え、だってよく知らない人だし」
「この距離で人見知りしてんじゃねェ」
 
 サンジが呆れ顔でツッコミを入れる。だがアマヤは半ば納得がいかないまま、そっと背後に回り込んだままである。
 
 一方、その二人の船長らしき人物はなぜか愉快そうな様子で、会場が包囲されていることや、自分たちも共犯扱いになっていることを得意げに語っていた。危機感というより、むしろ面白がっているようなその雰囲気に、アマヤは思わず眉を顰めてしまう。あれは海賊らしい海賊のようだ。
 
「もののついでだ。お前ら助けてやるよ! 表の掃除はしといてやるから安心しな」
 
 特徴的なマントを羽織った男が、鼻で笑いながら軽い足取りで入口へ向かっていく。ルフィともう一人の船長は、苛立ちを隠さず拳を握っている。アマヤは二人の横顔を横目で窺いながら、どこか落ち着かない気持ちで眺めていた。
 
「うーん、いい人なのかも」
 
 ぽつりと漏らした言葉に、隣のゾロが短く返す。
 
「煽ってんだありゃ」
 
 呆れたツッコミを受け流し、アマヤはその人物たちをじっくりと見定める。言い放つ言葉はともかく、縁のない自分たちと共闘するつもりならば、それは悪と断じるには早計な気もする。
 
「それはそうだろうけど、行動自体は都合いいし……」
「おれらも続くぞ! なんにせよ突破しないことには始まらん」
「──ではお前達……、逸れた場合13GRで落ち合うという事に」
「ああ! わかった」
「絶対わかってねーよお前っ!!」
 
 ゾロの返事は力強かったが、ウソップは全く信用していない様子だった。そのやりとりに、一瞬だけ緊張がほぐれる。余裕がある面々はこの一味のファンタジスタの行く末を気にしつつの戦闘となることだろう。
 
 外に出てみれば、やはり大量の海軍がそこを取り囲んでいた。のっぴきならない状況に、すぐに一味は再び動き出す。海軍の群れを強行突破し、トビウオライダーズの助力を得つつ、レイリーの住処を目指して駆け抜けていくのだった。
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