〜シャボンディまで

 広場に駆けつけたアマヤは、目の前の巨体、オーズに向かって仲間たちが放つ攻撃の波に息を切らしつつ加勢した。だが、流れ弾のような一撃が、思わぬ方向から味方へ向かった瞬間だった。アマヤは、ほとんど無意識にその軌道に身を滑り込ませる。巨人の腕が振り下ろされる。空が揺れ、骨が軋む音とともに、アマヤの小さな身体は弾かれるように吹き飛んだ。
 
 次にアマヤが意識を取り戻す頃には、大量の影を取り込んだルフィが到着し、活躍した後のようだった。それでも、痛覚をもたない怪物は無慈悲なまでに起き上がってくる。
 
「痛くもカユくもねェ……!!」
 
 肉体的にも精神的にもタフなルフィの化け物が敵に回ると本当に恐ろしい。アマヤは改めて幾度折られてもこれに立ち向かえる仲間たちを尊敬するのだった。自分だったら、その先の確信もなく、こうも前向きでいられるとは思えない。もちろん、その仲間の中にいる間だけは、アマヤにだってその勇気を振るうことができるのだ。
 
「諦めよう!! ここに居たって死ぬだけだ……!!」
「急いで……森へ帰ろう!!」
 
 誰かが叫ぶ。周囲がざわつき始める。その混乱の中で、アマヤは上体をわずかに起こし、戦場を見回した。決着はまだ先だ。果たして、この怪物を倒したとしても、そのまた先にある。
 
「……オッケー、次に僕にできること、何かな」
 
 静かに息を吐く。焦りはあるが、まだ動ける。すぐ近くで、仲間たちも立ち上がっていた。
 
「……ルフィに何が起きたかしらねェが……、十分な追い込みだ」
「……もうちょっと……足りなかったか……!! あと一撃入りゃ……!!」
 
 誰もが迎撃の構えを取る中、アマヤは音もなく駆け、オーズの足元からその体を登っていった。崩れかけた肩口へ、跳ねるように身を投じる。
 もっと早くに何かできていたなら。こんなにも仲間が傷つく前に、何か一つでも違う選択ができていたならよかったけれど、自分にそこまでの力はなかった。無力であることを噛みしめながら、それでもなお、自分の手足を動かそうとするこの意志だけは、確かに自分のものだ。
 
「ロビン!!」
「ええ、いるわよ」
「上へ飛びてェんだ!」
「じゃ、足場を作るわ」
「私にも……できる事があるならば……!!」
 
 地上では続々と仲間達が次の算段を立てている。執念じみた勝利への邁進は、それこそ自分たちのリーダーがそう振る舞うところに由来するのだろう。アマヤもまた、オーズの肩からさらに高所へと駆け上がっていた。もともと触覚のない怪物は、アマヤが自分の顔の周りに存在していることなど気づきもしない。アマヤは滑るような足取りで凹凸を辿りながら、自分の役割を模索する。
 
「よし……ブルック、頼みがあるっ!!」
「そう来ると思った! もう全員サポート態勢に入ってるわ!!」
 
 アマヤは巨体の顔付近、目元の陰になる位置へ身を伏せた。布が風にふわりと揺れるも、彼の存在は空気に溶けるように消えていた。息すらも制限し、まるでそこにいないかのような気配のなさである。
 
「見てろ」
 
 ルフィが動き出そうとしたのを合図に、仲間達が一斉に行動を開始する。
 その瞬間、アマヤもまた身を起こす。ねらうは撹乱だ。アマヤはわざわざ自身を怪物の視界に晒し、匕首をもってその顔面を切り付ける。痛みもダメージも通らないことはもちろん、至近距離での妨害は向こうからの反撃を呼ぶだろうということも覚悟の上だ。
 
「!? 何だコリャ! ……テメェ!!」
 
 アマヤは間一髪でその場を離れ、巨体の後頭部へとすべり込むように回り込む。我らが船長の攻撃準備の邪魔をさせはしない。
 
「天候は「雨」、”冷気泡”!」
 
 やがて、オーズの足元が白く凍りついた。そこにタイミングを合わせるように鎖が絡まり、巨体は自らの動きを封じられたことに気付かぬまま、ぎこちなくうろたえる。その様子を見下ろしながら、アマヤはそっと咳払いをした。真似たくはない相手だが、作戦の成功こそが本懐である。
 
「……キシシ、オーズ!! 上だ!」
「モリア様!?」
「急げ! 真上に向かってバズーカを撃て!!」
 
 アマヤの虚言はあまりにも自然に通じてしまった。オーズは動かない腕に気づかぬまま、指示通りに顔を天へ向ける。その隙を逃さず、サンジが一気に巻き上げた鎖がオーズの体勢を縛り、姿勢をそのまま固定した。
 
「いいぞ二人とも! オーズの背骨は今まっすぐだ!!」
 
 チョッパーの歓声が上がる中、ルフィの放った一撃が天から降る。凄まじい勢いで打ち下ろされた拳が、巨体の中心を貫き、そのまま、オーズの身体を地に沈めた。

 続いて意識を取り戻し、島中の影を飲み込んだモリアもまた、主人公自らが討ち取るのだった。
 やがてすべてが静まり返り、朝日が海と大地をゆっくりと染めていく中、アマヤは空を見上げながら小さく息を吐き出し、けれど胸の奥にはなお拭いきれないざらつきが、夜の影のように残っていた。
 
***
 
 奪われていた影が戻ったのは、本当に間一髪のことだった。体の半分が吹き飛び、塵となる様子は、この後彼らが助かると分かっていてもなお、恐ろしいものだった。
 けれども朝日はその憂いを晴らすように黄金に輝き、その胸の内にまで染み渡るようである。
 
「生きてたな、見事に」
「一瞬、天にも昇る気持ちだったわ」
「それもいいな、ロビンちゃんとなら一緒に天に昇りたいぜ!!」
 
 冗談めかしたやり取りがあちこちから聞こえてくる。笑えることが、今は何よりも嬉しい。その片隅で、アマヤはぐったりと倒れ込んでいたナミとチョッパーのそばに膝をつき、先ほどまでの恐怖の余韻に震える彼らを慰めることにする。
 
「恐いものみた……」
「みんな生きててよかった。……大丈夫だって分かってたけど。死相は出てなかったもの」
「頭がない仲間の体なんて、もう二度とみたくないわ。こっちの寿命が縮みそう」
「あっちもみんな、無事みたいだ」
 
 チョッパーが遠くを見つめながら、安堵の声を漏らす。視線の先では、影を取り戻した被害者の会の人々が、互いを抱き合って喜びを爆発させていた。
 
「もう一生、影が体から離れるなんて面白ェ事件は起きねェよ」
「とにかく、誰も消えずに済んでよかった」
 
 喜びあい、陽の光に体を晒し合う面々から少しだけ距離を取り、アマヤは難しい顔で目をふせる。それに気づいて近寄ってきたのは、お祭り騒ぎの中でも冷静さを欠くことのない人物だった。
 
「どうしたの? 何か気掛かり?」
「……そう、見えた?」
 
 アマヤが小さく首を傾げると、ロビンはにっこりと笑って、彼の隣にすとんと腰を下ろした。
 その柔らかな仕草に、アマヤもまた困ったように笑みを浮かべる。見透かされたことへの戸惑いと、それでも心がほぐれるような安心とが、同時に胸を満たしていた。
 
「敵わないなあ。……僕、すっかりロビンさんに甘えてる。そうだね、気掛かりはあるよ」
 
 言いながら、彼の視線はふと遠くへ向かう。このあと、もう一人の王下七武海が現れる。その者が動けば、いまのこの、疲れ切った一味は歯が立たない。そして、たった一人が危険と痛みを背負うことになる、アマヤにとっては耐えられない展開だ。
 ではここからこのくたびれ切った脆弱な体と能力で何ができるのかもわからない。アマヤはこの後の展開にすっかり参ってしまっていたのだった。
 
「私に、何かできるかしら」
「それがねえ、難しいんだ。……僕も今からの身の振り方について、悩んでるし、折衷案が見つからない」
「世の中、割り切れないことばかり。でも、アマヤも私も、一人じゃないわ」
「そー、なんだけど……。ううん、ちょっとだけ、一人で考えさせて」
 
 そう言って、アマヤはそっと頭を抱えた。ロビンはそれ以上何も言わず、ただ黙って彼の隣に座り続けた。見守るような眼差しが、そっとその横顔に注がれる。
 あのゾンビに詳らかにされたように、アマヤには観測者的な精神が根ざしている。そちらと自分は違う存在だ、と線引きしてしまう考え方だ。けれど、こうやって行動を共にしている中で、彼らの一員であるという所属意識も育ってきているのだ。
 たとえ、何もしなくても未来はなんとかなると知っていたとしても。それは、何もしないための理由にはならない。未来を知る者としてではなく、いまを生きる者として、可能な道を模索したいと感じているのだった。
 
「せめて、半分こ、とかどうかな」
 
 静かな声だった。朝日を浴びながら、アマヤはその言葉をどこか空に向けるように放つ。
 
「……何を?」
「苦痛」
「優しいのね」
 
 アマヤの話はあまりに抽象的だったので、聡いロビンにすら十分理解できなかった。けれど、痛いのも苦しいのも分かち合いたいというアマヤらしい言い分は好意的に受け止めることにしたのだった。
 
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