〜シャボンディまで
墓地の奥に聳えるその屋敷は、もはや「館」と呼ぶには無理があった。天を衝くような尖塔に、重々しい石造りの外壁など、それはまるで、戦時に人を寄せつけぬため建てられた古城のようだった。灯り一つない窓辺が、不気味に沈黙を守っている。
「ごめんくださーーい」
「留守なんじゃねェか……?」
「それも困る。引き返したらゾンビよ!」
その後、シンドリーと称される女性と、チョッパーが待望するホグバックとの邂逅を果たす。一行は屋敷に招待されるも、その屋敷の奇妙な雰囲気にひどく閉口した。喜んでいるのは尊敬する医師と出会えたチョッパーだけである。
やがて、皿に乗っていないプリンが振る舞われ、汚れた体を清めるための風呂を勧められる。とはいえ、この屋敷で安らぐことなどできないだろう。それでも、ナミはゾンビに塗れた体を洗い流したいという欲求には抗えないのだった。
「あ!!」
ナミが脱衣所でバスタオルを手に取った瞬間、アマヤは思わず大きな声を上げる。大量のゾンビの襲撃やよく知らない相手との会食で失念気味だったが、アマヤはここで起きる出来事を妨害しについてきたことを思い出したのだ。いくらなんでも、外部の男に、ナミの同意もなしに、彼女の肢体を晒すことなど容認できない。
アマヤは弾かれたようにナミへ近づき、その腕を掴む。
「ダメ、ナミさん」
「何よ。一緒に入りたいの? 気持ち悪かったもんね、ゾンビ」
ナミは半分からかうように言ったが、アマヤは僅かに頬を赤らめつつ、目を逸らして呟いた。
「いやそれもダメなんだけど……」
「そうだぞナミ。こいつはこう見えて男だからな」
ウソップが妙に真剣な顔で口を挟み、それから自分の言葉にひとり吹き出していた。もう、皆そのことはとっくに知っている。冗談を言っている場合ではないというのに。
「そうじゃなくって、ここ、ちょっと危険で」
アマヤの視線は扉の向こう、浴室の奥へと注がれていた。
「分かってるわよ。あとで言おうと思ってたけど、夜になったら──」
「チョッパーくん、一緒に中、入ってくれる?」
抱き上げられたチョッパーが慌てふためくその横で、ナミはぽかんと口を開けている。彼女の言葉より先に、アマヤはすっと浴室の中へと足を踏み入れた。
「ここ、どうかな」
「? どういうことだ?」
アマヤは浴室の中に満ちる湯気を、じっと睥睨していた。湯の香りと湿気の重みの裏に、どうしようもなく不自然な気配が漂っている。相手に気取られないよう、チョッパーの耳の近くでごく小さく問いかける。
「ここに、誰かいない……?」
「ホントだ、匂うっ!! アマヤ、右奥の浴槽の辺り!」
「……く……!!」
耳元で囁かれた声にすぐさま鼻をひくつかせ、チョッパーが低く応じる。アマヤは返事の代わりに息を詰め、その場を蹴った。霧のような湯気を切り裂き、目が捉えるよりも早く、右奥の揺らぐ気配へ向かって寸鉄を突き出す。
しかし、手応えはない。次の瞬間、浴室と脱衣所の間の扉が、風もないのに全開になった。
「ナミさんっ!」
「この女……、なぜこうもオイラのことが」
脱衣所では、ナミが目に見えない何かに拘束されていた。腕も、腰も、何か冷たく、重たいものに抱きつかれている。ウソップはオロオロとしながらも、震える手でパチンコを構えていたが、狙いようがない。なにしろ見えないのだ。
「こっちの女の方がいい……! 気は強そうだが、弱くて好みだ……」
低くくぐもった唸り声のような呟きに、アマヤはかっとなる。覗きを試みるような狼藉者がナミに触れていることが不快だ。
「ナミさんに触らないでっ」
彼は寸分の迷いもなく、ナミの体勢を一瞬で把握すると、その肩越しに寸鉄を握った拳を何もない空間へ向かって振り抜いた。風を裂く音と共に、拳が何か“重たくて固いもの”に当たった感覚が走る。けれども、それを貫いたり、切り裂いたりするには至らない。
見えない敵が呻くような気配とともに、ナミの体を縛っていた圧力が解かれる。
「窓から逃げる!!」
「なんで窓が勝手に……!? 一体何が逃げるんだよ!!」
困惑しながらも、ウソップは振り返って叫び、すぐに「何か」を止めるため、火薬星を撃ち放った。弾けた火薬が壁に炸裂し、大きな穴を穿つ。湯気が一瞬、何かの形をとったようにも見えたが、それもすぐに消えてしまう。
「……何なのよ、あれ」
ナミの声はかすかに震えていた。まだ体の芯に残る恐怖が、静かな語調に滲んでいる。
「ナミさん! 怪我は」
「ないわ。……でも、何も知らずに入ったら、無防備に一人になったところを襲われてたってことね」
そう言って、ナミは肩を強ばらせた。
「アマヤ、あんたなんで分かったの」
「……えっと」
ナミの裸が変態に晒される可能性を回避するために強引についてきたのは事実だが、肝心の口実を準備していなかったことに、今さら気づく。一拍置いて、彼は少しだけ視線を逸らしながら、仮面を被るように微笑んだ。
「ナミさんに、……水難の相が出てたから、きっとここが危険だと思って」
「そういえば占い師だったわ、アマヤって」
その言葉に、ナミはふっと息を吐いた。冷たくなった手で髪をかきあげ、ため息まじりにアマヤの肩へおでこを預ける。
「ありがと。急いで汗だけ流させて。それから脱出しましょう。──一緒に入る?」
「それはダメ」
あの悪友だったら問われる前にYESを答えそうな魅力的な誘いに、しかしアマヤは両手を胸の前で振って断った。アマヤには自分が理性的な人間である自負があった。
***
その後、屋敷内を彷徨う中で、まるでパニックホラーの登場人物のような混乱を味わいながらも、ついに4人はホグバックの研究室へとたどり着いた。それが望まぬものであったにしろ、ここで味わっている違和感の正体が探れるかもしれない。
部屋の扉の隙間から漏れる薄明かりに、緊張が高まる。中を覗き込んだチョッパーの目が真剣な色に変わる。
「墓にいたゾンビと同じように……番号がついてる」
「それをもうすぐ完成だと言ってた──これで決定的ね」
一体、何体の死体があるのか。室内の空気は生温かく、血と薬品が混じったような匂いが漂っていた。
「アレこそ今まさに生み出されようとしてるゾンビよ……!!」
驚きと怒りと恐怖が入り混じる視線を室内に向ける3人の後ろで、アマヤは一歩引いていた。
そっと懐に指を伸ばす。柔らかな布を押しのけると、そこには手のひらに収まる小さな匕首がある。鉄の冷たさを確かめながら、アマヤは静かに構えた。
「ヨホホホホホ! ごきげんよう!! 中の様子が見たければ中に入ればよろしいのに!!」
「……!?」
次の瞬間、空気を切り裂く音がした。
アマヤの視線が鋭くなる。即座に身を翻し、その身ひとつで、仲間をかばうように前へ出る。1つ、2つ、鋭く迫る斬撃を、匕首の軌道で逸らしてゆくも、幾重にも重なる斬撃はあまりにも速く、広くアマヤたちを捉えていた。
全ては受け流せないと判断したアマヤは、その余りを自分の体で受け止めることとする。衣が裂け、熱いものが肌をなぞるのを感じた。
「……は、やいっ」
扉の残骸と共に一行は室内に転がり込む。
「足止めくらいは僕が、って思ってたけど……」
息を浅く整え、アマヤは改めて匕首を握り直す。湿り気を帯びた手のひらに、刃の冷たさが痛いほど染み込んだ。
扉の外からは場違いなほどに軽快な下駄の音だ。石造りの床を鳴らすその音は、この場でなければ懐かしく思うものだっただろう。
「オヤオヤ、よく見ればそちら実に麗しきお嬢さん、んビューーティフォー!!」
現れたのは、がっしりとした肉体に、落ち窪んだ眼窩をもつ異形の男だ。だがその口から発せられる声は、先ほどの骨、ブルックのものと酷似していた。そして、その内容も。
「パンツ見せて貰ってもよろしいですか?」
「見せるか!!」
即座に飛んだナミの怒鳴り声に、感情を向ける余裕もなく、アマヤはその男の足元に意識を据える。わずかな体重移動、重心の傾き、袖口の揺れなど、刃を抜く前に、きっと兆しはある。少しでも早く動きを読むために、彼は低く身構えた。
背後のホグバックにけしかけられたそのサムライゾンビは、ゆらりと前に傾くように移動を始める。
「3人とも、逃げる準備を!!」
アマヤは反射的に、その腕の動きと連動するように匕首を差し出した。
「──おや」
ゾンビの声と同時に、金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。受け止めた方の華奢な体が、大きく宙を舞った。
視界がぶれる。床と壁が反転し、何か硬いものに背中を打ちつける感覚が一瞬遅れてやってくる。反射的に受け身を取ろうとしたが、間に合わなかった。部屋の端、埃の積もった戸棚の脚にぶつかって止まった彼の体が、床に沈む。肺の空気が全て潰されたせいで呻き声すら出ない。
「アマヤ!!」
耳に届いたのは、チョッパーの悲痛な叫びだった。けれどアマヤは、それに反応するよりも先に体を転がし、再び立ち上がっていた。膝を折り、肩を落とし、すぐに動ける構えを取る。まだ、終わってなどいない。なんとかこの3人をここから逃してしまわなくてはいけない。この些細な時間稼ぎが、より良い結末に向かうことを期待しつつ。
「この居合を受けられたのは……、随分久しぶりです」
「まだまだ……っ」
吐き出す息と共に、彼は再び前へ出た。目で、呼吸で、足運びで太刀筋を読む。
そうしていくつかの斬撃をいなしていると、異形の男はアマヤに特段の興味を抱いたらしい。
「いい腕です、お嬢さん。どこで剣技を習いました?」
息を切らしながらも、アマヤは短く答える。
「剣技は習ってない。得物の扱いは叔父から」
「にしても太刀筋を読むのが上手すぎる」
「うちの一味には世界一の大剣豪予定者がいるんだよ。それに比べたら、まだまだ」
「それは、その方とも刃を交えてみたいものです」
「──負けるのに?」
皮肉げに笑みを浮かべながら言った瞬間、また鋭い衝撃が襲い、アマヤの身体が弧を描いて吹き飛ぶ。
胸が詰まるような音とともに背中が壁に打ちつけられ、息が一瞬抜けた。それでも彼は、無理やりに体を起こそうとする。暗躍するには適したこの小さくて軽い体が恨めしい。
「ところで、今お嬢さんは一体何を守っているので?」
ふいに問われた声に、アマヤの動きが止まった。
「……え」
はたと振り返ったそこには、空虚な床だけが広がっていた。庇護対象の3人どころか、ホグバックとシンドリーすら姿を消している。
「だって、あれ? そっちには誰も」
「惜しい」
その瞬間だった。わずかに気を逸らした隙を逃さず、振り抜かれた一閃。鋭さを帯びたその峰打ちは、アマヤの脇腹を打ち抜き、彼の意識を容赦なく刈り取った。
「ごめんくださーーい」
「留守なんじゃねェか……?」
「それも困る。引き返したらゾンビよ!」
その後、シンドリーと称される女性と、チョッパーが待望するホグバックとの邂逅を果たす。一行は屋敷に招待されるも、その屋敷の奇妙な雰囲気にひどく閉口した。喜んでいるのは尊敬する医師と出会えたチョッパーだけである。
やがて、皿に乗っていないプリンが振る舞われ、汚れた体を清めるための風呂を勧められる。とはいえ、この屋敷で安らぐことなどできないだろう。それでも、ナミはゾンビに塗れた体を洗い流したいという欲求には抗えないのだった。
「あ!!」
ナミが脱衣所でバスタオルを手に取った瞬間、アマヤは思わず大きな声を上げる。大量のゾンビの襲撃やよく知らない相手との会食で失念気味だったが、アマヤはここで起きる出来事を妨害しについてきたことを思い出したのだ。いくらなんでも、外部の男に、ナミの同意もなしに、彼女の肢体を晒すことなど容認できない。
アマヤは弾かれたようにナミへ近づき、その腕を掴む。
「ダメ、ナミさん」
「何よ。一緒に入りたいの? 気持ち悪かったもんね、ゾンビ」
ナミは半分からかうように言ったが、アマヤは僅かに頬を赤らめつつ、目を逸らして呟いた。
「いやそれもダメなんだけど……」
「そうだぞナミ。こいつはこう見えて男だからな」
ウソップが妙に真剣な顔で口を挟み、それから自分の言葉にひとり吹き出していた。もう、皆そのことはとっくに知っている。冗談を言っている場合ではないというのに。
「そうじゃなくって、ここ、ちょっと危険で」
アマヤの視線は扉の向こう、浴室の奥へと注がれていた。
「分かってるわよ。あとで言おうと思ってたけど、夜になったら──」
「チョッパーくん、一緒に中、入ってくれる?」
抱き上げられたチョッパーが慌てふためくその横で、ナミはぽかんと口を開けている。彼女の言葉より先に、アマヤはすっと浴室の中へと足を踏み入れた。
「ここ、どうかな」
「? どういうことだ?」
アマヤは浴室の中に満ちる湯気を、じっと睥睨していた。湯の香りと湿気の重みの裏に、どうしようもなく不自然な気配が漂っている。相手に気取られないよう、チョッパーの耳の近くでごく小さく問いかける。
「ここに、誰かいない……?」
「ホントだ、匂うっ!! アマヤ、右奥の浴槽の辺り!」
「……く……!!」
耳元で囁かれた声にすぐさま鼻をひくつかせ、チョッパーが低く応じる。アマヤは返事の代わりに息を詰め、その場を蹴った。霧のような湯気を切り裂き、目が捉えるよりも早く、右奥の揺らぐ気配へ向かって寸鉄を突き出す。
しかし、手応えはない。次の瞬間、浴室と脱衣所の間の扉が、風もないのに全開になった。
「ナミさんっ!」
「この女……、なぜこうもオイラのことが」
脱衣所では、ナミが目に見えない何かに拘束されていた。腕も、腰も、何か冷たく、重たいものに抱きつかれている。ウソップはオロオロとしながらも、震える手でパチンコを構えていたが、狙いようがない。なにしろ見えないのだ。
「こっちの女の方がいい……! 気は強そうだが、弱くて好みだ……」
低くくぐもった唸り声のような呟きに、アマヤはかっとなる。覗きを試みるような狼藉者がナミに触れていることが不快だ。
「ナミさんに触らないでっ」
彼は寸分の迷いもなく、ナミの体勢を一瞬で把握すると、その肩越しに寸鉄を握った拳を何もない空間へ向かって振り抜いた。風を裂く音と共に、拳が何か“重たくて固いもの”に当たった感覚が走る。けれども、それを貫いたり、切り裂いたりするには至らない。
見えない敵が呻くような気配とともに、ナミの体を縛っていた圧力が解かれる。
「窓から逃げる!!」
「なんで窓が勝手に……!? 一体何が逃げるんだよ!!」
困惑しながらも、ウソップは振り返って叫び、すぐに「何か」を止めるため、火薬星を撃ち放った。弾けた火薬が壁に炸裂し、大きな穴を穿つ。湯気が一瞬、何かの形をとったようにも見えたが、それもすぐに消えてしまう。
「……何なのよ、あれ」
ナミの声はかすかに震えていた。まだ体の芯に残る恐怖が、静かな語調に滲んでいる。
「ナミさん! 怪我は」
「ないわ。……でも、何も知らずに入ったら、無防備に一人になったところを襲われてたってことね」
そう言って、ナミは肩を強ばらせた。
「アマヤ、あんたなんで分かったの」
「……えっと」
ナミの裸が変態に晒される可能性を回避するために強引についてきたのは事実だが、肝心の口実を準備していなかったことに、今さら気づく。一拍置いて、彼は少しだけ視線を逸らしながら、仮面を被るように微笑んだ。
「ナミさんに、……水難の相が出てたから、きっとここが危険だと思って」
「そういえば占い師だったわ、アマヤって」
その言葉に、ナミはふっと息を吐いた。冷たくなった手で髪をかきあげ、ため息まじりにアマヤの肩へおでこを預ける。
「ありがと。急いで汗だけ流させて。それから脱出しましょう。──一緒に入る?」
「それはダメ」
あの悪友だったら問われる前にYESを答えそうな魅力的な誘いに、しかしアマヤは両手を胸の前で振って断った。アマヤには自分が理性的な人間である自負があった。
***
その後、屋敷内を彷徨う中で、まるでパニックホラーの登場人物のような混乱を味わいながらも、ついに4人はホグバックの研究室へとたどり着いた。それが望まぬものであったにしろ、ここで味わっている違和感の正体が探れるかもしれない。
部屋の扉の隙間から漏れる薄明かりに、緊張が高まる。中を覗き込んだチョッパーの目が真剣な色に変わる。
「墓にいたゾンビと同じように……番号がついてる」
「それをもうすぐ完成だと言ってた──これで決定的ね」
一体、何体の死体があるのか。室内の空気は生温かく、血と薬品が混じったような匂いが漂っていた。
「アレこそ今まさに生み出されようとしてるゾンビよ……!!」
驚きと怒りと恐怖が入り混じる視線を室内に向ける3人の後ろで、アマヤは一歩引いていた。
そっと懐に指を伸ばす。柔らかな布を押しのけると、そこには手のひらに収まる小さな匕首がある。鉄の冷たさを確かめながら、アマヤは静かに構えた。
「ヨホホホホホ! ごきげんよう!! 中の様子が見たければ中に入ればよろしいのに!!」
「……!?」
次の瞬間、空気を切り裂く音がした。
アマヤの視線が鋭くなる。即座に身を翻し、その身ひとつで、仲間をかばうように前へ出る。1つ、2つ、鋭く迫る斬撃を、匕首の軌道で逸らしてゆくも、幾重にも重なる斬撃はあまりにも速く、広くアマヤたちを捉えていた。
全ては受け流せないと判断したアマヤは、その余りを自分の体で受け止めることとする。衣が裂け、熱いものが肌をなぞるのを感じた。
「……は、やいっ」
扉の残骸と共に一行は室内に転がり込む。
「足止めくらいは僕が、って思ってたけど……」
息を浅く整え、アマヤは改めて匕首を握り直す。湿り気を帯びた手のひらに、刃の冷たさが痛いほど染み込んだ。
扉の外からは場違いなほどに軽快な下駄の音だ。石造りの床を鳴らすその音は、この場でなければ懐かしく思うものだっただろう。
「オヤオヤ、よく見ればそちら実に麗しきお嬢さん、んビューーティフォー!!」
現れたのは、がっしりとした肉体に、落ち窪んだ眼窩をもつ異形の男だ。だがその口から発せられる声は、先ほどの骨、ブルックのものと酷似していた。そして、その内容も。
「パンツ見せて貰ってもよろしいですか?」
「見せるか!!」
即座に飛んだナミの怒鳴り声に、感情を向ける余裕もなく、アマヤはその男の足元に意識を据える。わずかな体重移動、重心の傾き、袖口の揺れなど、刃を抜く前に、きっと兆しはある。少しでも早く動きを読むために、彼は低く身構えた。
背後のホグバックにけしかけられたそのサムライゾンビは、ゆらりと前に傾くように移動を始める。
「3人とも、逃げる準備を!!」
アマヤは反射的に、その腕の動きと連動するように匕首を差し出した。
「──おや」
ゾンビの声と同時に、金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。受け止めた方の華奢な体が、大きく宙を舞った。
視界がぶれる。床と壁が反転し、何か硬いものに背中を打ちつける感覚が一瞬遅れてやってくる。反射的に受け身を取ろうとしたが、間に合わなかった。部屋の端、埃の積もった戸棚の脚にぶつかって止まった彼の体が、床に沈む。肺の空気が全て潰されたせいで呻き声すら出ない。
「アマヤ!!」
耳に届いたのは、チョッパーの悲痛な叫びだった。けれどアマヤは、それに反応するよりも先に体を転がし、再び立ち上がっていた。膝を折り、肩を落とし、すぐに動ける構えを取る。まだ、終わってなどいない。なんとかこの3人をここから逃してしまわなくてはいけない。この些細な時間稼ぎが、より良い結末に向かうことを期待しつつ。
「この居合を受けられたのは……、随分久しぶりです」
「まだまだ……っ」
吐き出す息と共に、彼は再び前へ出た。目で、呼吸で、足運びで太刀筋を読む。
そうしていくつかの斬撃をいなしていると、異形の男はアマヤに特段の興味を抱いたらしい。
「いい腕です、お嬢さん。どこで剣技を習いました?」
息を切らしながらも、アマヤは短く答える。
「剣技は習ってない。得物の扱いは叔父から」
「にしても太刀筋を読むのが上手すぎる」
「うちの一味には世界一の大剣豪予定者がいるんだよ。それに比べたら、まだまだ」
「それは、その方とも刃を交えてみたいものです」
「──負けるのに?」
皮肉げに笑みを浮かべながら言った瞬間、また鋭い衝撃が襲い、アマヤの身体が弧を描いて吹き飛ぶ。
胸が詰まるような音とともに背中が壁に打ちつけられ、息が一瞬抜けた。それでも彼は、無理やりに体を起こそうとする。暗躍するには適したこの小さくて軽い体が恨めしい。
「ところで、今お嬢さんは一体何を守っているので?」
ふいに問われた声に、アマヤの動きが止まった。
「……え」
はたと振り返ったそこには、空虚な床だけが広がっていた。庇護対象の3人どころか、ホグバックとシンドリーすら姿を消している。
「だって、あれ? そっちには誰も」
「惜しい」
その瞬間だった。わずかに気を逸らした隙を逃さず、振り抜かれた一閃。鋭さを帯びたその峰打ちは、アマヤの脇腹を打ち抜き、彼の意識を容赦なく刈り取った。
