〜シャボンディまで
冒険は海賊の義務である。それは、海軍が正義を義務とするように。
船長が意気揚々とその義務を果たそうとしているので、アマヤも例に漏れず自分の身支度を済ませようとしていた。
「よし! さてお前ら、これより小舟を使って島へと上陸するわけだが、おめェらにまだ見せてねェ、とっておきのものがあるんだ」
船大工の宣言に応え、船体が低く唸りを上げ、サニー号の横腹がガコンと音を立てて開いた。その内部から、滑らかに姿を現すのは、馴染み深いあの船首だった。
「出動!! 買い出し船っ!!」
「ミニメリー2号!!」
「ギャ〜〜メ〜リ〜〜い!!」
船首に羊の顔を持つその小舟は、ひと目でかつての仲間を思い出させる愛らしさだった。非冒険組の3人は我先にとその小舟に試乗する。荷物の準備をしていて出遅れたアマヤは慌てて船縁へと駆け寄る。
「あっ、待って、僕も行かなきゃ!!」
「待て、おれ達はこれから実際に乗るんだ。ひとまずあいつらに──」
フランキーの静止も聞かず、アマヤは海へと飛び降り、振り向きざまに早口で未来予知を伝える。
「禍兆あり! ゾロくん、しっかり刀を押さえて。ロビンさんは誰かのすぐそばにいたほうがいいよ!」
名指しで危険を示された二人は、怪訝な顔をしながらもアマヤの指示に従う。これもきっと、予知夢で得た知識なのだろう、アマヤがわざわざ不利益になることを言い残していくはずがないだろう、との判断だ。
ミニメリーはアマヤの落下の衝撃を受け止めて大きく揺れる。飛沫に襲われたナミが悲鳴を上げた。
「キャア! 何、アマヤ、あんた冒険組じゃなかったの!?」
「うん。僕もどうしてもこれ、乗りたくて」
アマヤは申し訳なさそうに笑いながら、揺れる床にしゃがみ込む。
「よーし、じゃあ、トバすわよ!」
ナミが言うなり、アクセルを勢いよくふかした。小さなエンジンが快音を上げ、ミニメリー号は水面を滑るように加速する。霧に包まれた中ではあったが、4人の頬を撫でる風は心地よいものであった。
ところが、船員が快哉を上げる中、ミニメリーは順調に水面を滑り、そして順調に岸へ乗り上げることになる。底面が鈍い音を立てた次の瞬間、4人の体は空になった堀の中へと一斉に放り出された。
咄嗟に反応したのはチョッパーだった。彼は一瞬で大男の姿に変身し、仲間三人を自分の毛皮の中に包み込むようにして着地する。ずさり、と土煙を上げて堀の底に滑り込んだ身体がしばらく動かない。
「いてててて……!!」
腰を押さえて起き上がったウソップの声に、他の三人もそれぞれ打ち身を庇いながら立ち上がる。幸い、全員目立つ傷はない。
「ここはどこだ!? どうなったんだおれ達……!!』
「痛いハズよ。6、7m……! あんなトコから落ちて来たんだ、私達」
「霧のせいだね。思ったより岸は近かったみたい」
アマヤが霧の密度を見上げながら、落ち着いた声で応じる。
「そう! 全然前が見えないんだもの! ……私がミニメリー号に浮かれすぎてたのもあるけど、」
言いながら、ナミは人差し指を口元に当て、小首を傾げた。
「かわいいから許してね♡」
「うんもちろん」
「ハリ倒すぞてめェ!」
ナミの可愛らしさにアマヤは一も二もなく頷いたが、ウソップはそれほど甘くなかったようだ。気が立っている狙撃手をアマヤが宥めると、彼はようやく落ち着いたようで周囲を見渡した。
「──まァ、まだほんの入り口だ。じっとしてればルフィ達が探してくれる」
ウソップが腰をさすりながら言った。だが、心配そうに辺りを見渡していたチョッパーが、小さく震えながら口を開く。
「でも、ここ海面より下だから、なんかおれ恐いぞ」
能力者の彼にとって、海の匂いがするこの空間は、無意識に本能を刺激するのかもしれない。海抜ゼロメートル以下の地点であることが、じわりとした圧を生んでいる。
「危険には違いないよね。だって、ここにこれだけの人骨がある」
アマヤはため息をつきながら、足元を見下ろした。朽ちた衣服と乾いた白骨が、暗い堀の底に散らばっている。視線を逸らしたくなるほど無惨な景色なのに、すでに風化が進んでいるせいか、それすらも静かな一部になっているのが恐ろしい。
「そうだな、人目にもつかねェし」
「せめて地上の海岸で助けを待ちましょうか」
「どっちへ行けば……? 犬?」
怪しげな気配に4人が首を傾げたその瞬間、堀の暗がりからごとりと音が響いた。それに続いてぬるり、と三つの影が姿を現す。つぎはぎだらけの三頭犬である。この獣と出会ったということは、やはりここから先は地獄に違いない。それに、ここにはその獣を眠らせるだけの音楽も楽器もないのだ。
4人は息もつかず駆け出す。堀の果てには石造りの階段があり、迷うことなく一気に駆け上がった。その先の森の中、大きな木の梢あたりに潜むことで、ようやくその追跡から逃れることができるのだった。
「……!! 犬のクセに鼻は利かねェのか……」
「結構可愛かったけどな」
「無理だ飼うな。ありゃ地獄の番犬だぞ」
「飼いはしないよ。手懐ける選択肢もあったかもって」
そう答えるアマヤの目は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。このあと我らが船長は実際にあの三頭犬を支配下に置く。あの獣を騎馬にするのもまた一興かもしれない、とアマヤは小さく微笑んだ。
木の上に身を潜めたナミは、枝にしがみつきながら震える声であたりを見回した。葉擦れの音もない森の奥、湿った空気が肌にまとわりつくようで、心臓の鼓動がひどく大きく聞こえる。
「どうしよう、だいぶ森に入り込んじゃった……」
「あんなのが歩き回ってるなら、目立つ場所で助けを待つのも大変だぞ」
「まったくでしね」
突然、第三の声が横合いから差し込んだ。見知らぬ人物の登場に、ナミはもちろん、アマヤもびくりと肩を揺らす。そのまま人見知りを発動させたアマヤはめっきり口数を減らしてしまうのだった。
その後、一行はヒルドンと名乗る人物に導かれ、半ば誘われるように馬車に乗ることとなった。しかし森の奥へと進むほどに空気はどんよりと重く、視界は悪くなり、まるで何かに包囲されていくような錯覚を覚える。というより、実際に異形の群れに取り囲まれているのだ。ナミは思わず馬車を転進させることを願い出る。
「……ごめんねチョッパー、せっかくのチャンスを」
ナミが静かに呟くと同時に、馬車はぴたりと動きを止めた。車輪の軋みも、蹄の音も、すべてが途絶える。あたりに漂うのは、異様な沈黙だけだ。
「しょうがねェよ。こんな時ルフィみたいに一人で行動できないおれが未熟なんだ」
「みんな、ちょっと」
沈黙を割るように、アマヤが口を開いた。見知らぬ存在が離れたことで、ようやくほんの少しだけ呼吸が楽になったのだろう。それでも声はまだ慎重で、周囲の空気を探るような響きをしていた。アマヤに促されたウソップは馬車の外を確認する。
「? 変だな、逆戻りするだけ……」
夜気がひやりと肌を撫でる。馬車の外は不気味な静寂だけがあった。
「えーーっ!? 誰もいねェぞーーっ!! 馬までいねェ!!」
「……うん」
「墓地の真ん中に置き去りにされてる!!」
「それどころじゃないかも。みんな、戦闘準備して」
言うや否や、アマヤは靴の内側に隠していた細身のナエシ棒を引き抜いた。なるべくなら使いたくなかった。ゾンビ相手に接近戦などまっぴらごめんだ。それでも、背に腹は変えられない。自分は、彼らを守るために来たのだから。
木製の車輪が不気味な軋みをあげたかと思えば、あっという間に馬車は暗がりの中から現れた無数のゾンビたちに囲まれていた。
「さすがにちょっと気持ち悪いっ……!」
アマヤは迫る死体の腕をかわし、鉄器で胴を払っては蹴り飛ばす。しかし、ひとり吹き飛ばしても、二人三人と寄ってくる。膂力が足りず、徐々にじりじりと押し込まれていく。それでも、ナミの周りだけは死守しようと、身体を滑らせては前に立ち、腐った指先をせっせと追い払っていた。
「ウソップくん! 準備はどう!?」
「準備って何の!!」
「ゾンビの弱点っ」
その一言に、ウソップはハッと目を見開いた。慌てて荷物に手を突っ込み、道具袋を引っ掴む。
「ゾンビの弱点は……!! ”必殺・火炎星”!!」
瞬間、炎が広がり、一帯のゾンビは恐れ慄いて飛び退った。
「想像を絶する程効いた!!」
「でも今のでゾンビ達がキレたぞ!!」
4人は叫びながら、馬車を飛び出し、森を駆け抜ける。足をもつれさせながら、枝を払い、土を蹴って、命からがら屋敷の影の元に辿り着く。
船長が意気揚々とその義務を果たそうとしているので、アマヤも例に漏れず自分の身支度を済ませようとしていた。
「よし! さてお前ら、これより小舟を使って島へと上陸するわけだが、おめェらにまだ見せてねェ、とっておきのものがあるんだ」
船大工の宣言に応え、船体が低く唸りを上げ、サニー号の横腹がガコンと音を立てて開いた。その内部から、滑らかに姿を現すのは、馴染み深いあの船首だった。
「出動!! 買い出し船っ!!」
「ミニメリー2号!!」
「ギャ〜〜メ〜リ〜〜い!!」
船首に羊の顔を持つその小舟は、ひと目でかつての仲間を思い出させる愛らしさだった。非冒険組の3人は我先にとその小舟に試乗する。荷物の準備をしていて出遅れたアマヤは慌てて船縁へと駆け寄る。
「あっ、待って、僕も行かなきゃ!!」
「待て、おれ達はこれから実際に乗るんだ。ひとまずあいつらに──」
フランキーの静止も聞かず、アマヤは海へと飛び降り、振り向きざまに早口で未来予知を伝える。
「禍兆あり! ゾロくん、しっかり刀を押さえて。ロビンさんは誰かのすぐそばにいたほうがいいよ!」
名指しで危険を示された二人は、怪訝な顔をしながらもアマヤの指示に従う。これもきっと、予知夢で得た知識なのだろう、アマヤがわざわざ不利益になることを言い残していくはずがないだろう、との判断だ。
ミニメリーはアマヤの落下の衝撃を受け止めて大きく揺れる。飛沫に襲われたナミが悲鳴を上げた。
「キャア! 何、アマヤ、あんた冒険組じゃなかったの!?」
「うん。僕もどうしてもこれ、乗りたくて」
アマヤは申し訳なさそうに笑いながら、揺れる床にしゃがみ込む。
「よーし、じゃあ、トバすわよ!」
ナミが言うなり、アクセルを勢いよくふかした。小さなエンジンが快音を上げ、ミニメリー号は水面を滑るように加速する。霧に包まれた中ではあったが、4人の頬を撫でる風は心地よいものであった。
ところが、船員が快哉を上げる中、ミニメリーは順調に水面を滑り、そして順調に岸へ乗り上げることになる。底面が鈍い音を立てた次の瞬間、4人の体は空になった堀の中へと一斉に放り出された。
咄嗟に反応したのはチョッパーだった。彼は一瞬で大男の姿に変身し、仲間三人を自分の毛皮の中に包み込むようにして着地する。ずさり、と土煙を上げて堀の底に滑り込んだ身体がしばらく動かない。
「いてててて……!!」
腰を押さえて起き上がったウソップの声に、他の三人もそれぞれ打ち身を庇いながら立ち上がる。幸い、全員目立つ傷はない。
「ここはどこだ!? どうなったんだおれ達……!!』
「痛いハズよ。6、7m……! あんなトコから落ちて来たんだ、私達」
「霧のせいだね。思ったより岸は近かったみたい」
アマヤが霧の密度を見上げながら、落ち着いた声で応じる。
「そう! 全然前が見えないんだもの! ……私がミニメリー号に浮かれすぎてたのもあるけど、」
言いながら、ナミは人差し指を口元に当て、小首を傾げた。
「かわいいから許してね♡」
「うんもちろん」
「ハリ倒すぞてめェ!」
ナミの可愛らしさにアマヤは一も二もなく頷いたが、ウソップはそれほど甘くなかったようだ。気が立っている狙撃手をアマヤが宥めると、彼はようやく落ち着いたようで周囲を見渡した。
「──まァ、まだほんの入り口だ。じっとしてればルフィ達が探してくれる」
ウソップが腰をさすりながら言った。だが、心配そうに辺りを見渡していたチョッパーが、小さく震えながら口を開く。
「でも、ここ海面より下だから、なんかおれ恐いぞ」
能力者の彼にとって、海の匂いがするこの空間は、無意識に本能を刺激するのかもしれない。海抜ゼロメートル以下の地点であることが、じわりとした圧を生んでいる。
「危険には違いないよね。だって、ここにこれだけの人骨がある」
アマヤはため息をつきながら、足元を見下ろした。朽ちた衣服と乾いた白骨が、暗い堀の底に散らばっている。視線を逸らしたくなるほど無惨な景色なのに、すでに風化が進んでいるせいか、それすらも静かな一部になっているのが恐ろしい。
「そうだな、人目にもつかねェし」
「せめて地上の海岸で助けを待ちましょうか」
「どっちへ行けば……? 犬?」
怪しげな気配に4人が首を傾げたその瞬間、堀の暗がりからごとりと音が響いた。それに続いてぬるり、と三つの影が姿を現す。つぎはぎだらけの三頭犬である。この獣と出会ったということは、やはりここから先は地獄に違いない。それに、ここにはその獣を眠らせるだけの音楽も楽器もないのだ。
4人は息もつかず駆け出す。堀の果てには石造りの階段があり、迷うことなく一気に駆け上がった。その先の森の中、大きな木の梢あたりに潜むことで、ようやくその追跡から逃れることができるのだった。
「……!! 犬のクセに鼻は利かねェのか……」
「結構可愛かったけどな」
「無理だ飼うな。ありゃ地獄の番犬だぞ」
「飼いはしないよ。手懐ける選択肢もあったかもって」
そう答えるアマヤの目は、ほんの少しだけ遠くを見ていた。このあと我らが船長は実際にあの三頭犬を支配下に置く。あの獣を騎馬にするのもまた一興かもしれない、とアマヤは小さく微笑んだ。
木の上に身を潜めたナミは、枝にしがみつきながら震える声であたりを見回した。葉擦れの音もない森の奥、湿った空気が肌にまとわりつくようで、心臓の鼓動がひどく大きく聞こえる。
「どうしよう、だいぶ森に入り込んじゃった……」
「あんなのが歩き回ってるなら、目立つ場所で助けを待つのも大変だぞ」
「まったくでしね」
突然、第三の声が横合いから差し込んだ。見知らぬ人物の登場に、ナミはもちろん、アマヤもびくりと肩を揺らす。そのまま人見知りを発動させたアマヤはめっきり口数を減らしてしまうのだった。
その後、一行はヒルドンと名乗る人物に導かれ、半ば誘われるように馬車に乗ることとなった。しかし森の奥へと進むほどに空気はどんよりと重く、視界は悪くなり、まるで何かに包囲されていくような錯覚を覚える。というより、実際に異形の群れに取り囲まれているのだ。ナミは思わず馬車を転進させることを願い出る。
「……ごめんねチョッパー、せっかくのチャンスを」
ナミが静かに呟くと同時に、馬車はぴたりと動きを止めた。車輪の軋みも、蹄の音も、すべてが途絶える。あたりに漂うのは、異様な沈黙だけだ。
「しょうがねェよ。こんな時ルフィみたいに一人で行動できないおれが未熟なんだ」
「みんな、ちょっと」
沈黙を割るように、アマヤが口を開いた。見知らぬ存在が離れたことで、ようやくほんの少しだけ呼吸が楽になったのだろう。それでも声はまだ慎重で、周囲の空気を探るような響きをしていた。アマヤに促されたウソップは馬車の外を確認する。
「? 変だな、逆戻りするだけ……」
夜気がひやりと肌を撫でる。馬車の外は不気味な静寂だけがあった。
「えーーっ!? 誰もいねェぞーーっ!! 馬までいねェ!!」
「……うん」
「墓地の真ん中に置き去りにされてる!!」
「それどころじゃないかも。みんな、戦闘準備して」
言うや否や、アマヤは靴の内側に隠していた細身のナエシ棒を引き抜いた。なるべくなら使いたくなかった。ゾンビ相手に接近戦などまっぴらごめんだ。それでも、背に腹は変えられない。自分は、彼らを守るために来たのだから。
木製の車輪が不気味な軋みをあげたかと思えば、あっという間に馬車は暗がりの中から現れた無数のゾンビたちに囲まれていた。
「さすがにちょっと気持ち悪いっ……!」
アマヤは迫る死体の腕をかわし、鉄器で胴を払っては蹴り飛ばす。しかし、ひとり吹き飛ばしても、二人三人と寄ってくる。膂力が足りず、徐々にじりじりと押し込まれていく。それでも、ナミの周りだけは死守しようと、身体を滑らせては前に立ち、腐った指先をせっせと追い払っていた。
「ウソップくん! 準備はどう!?」
「準備って何の!!」
「ゾンビの弱点っ」
その一言に、ウソップはハッと目を見開いた。慌てて荷物に手を突っ込み、道具袋を引っ掴む。
「ゾンビの弱点は……!! ”必殺・火炎星”!!」
瞬間、炎が広がり、一帯のゾンビは恐れ慄いて飛び退った。
「想像を絶する程効いた!!」
「でも今のでゾンビ達がキレたぞ!!」
4人は叫びながら、馬車を飛び出し、森を駆け抜ける。足をもつれさせながら、枝を払い、土を蹴って、命からがら屋敷の影の元に辿り着く。
