〜W7まで
船の完成を待つ、ある穏やかな朝。
今日は朝から船員たちのほとんどが街へ出払っていて、仮設住宅周辺はやけに静かだった。遠くから工事の音が響く以外、波音と風のざわめきだけが耳に残る。
アマヤは、その空き時間をひとり有効に使うことにした。フィットネス用の水着に身を包み、腕を肩の上で交差させながら背筋を伸ばし、ゆっくりと呼吸を整えていく。両足をそろえ軽く跳ねたり、何度か肩を回したり、など、久しぶりの水練に備え、入念な体ほぐしに余念がない。
アマヤが体操していると、外で一服していたらしいサンジがのんびりとした足取りで戻ってくる。
「お、出た。あー……何だったか、ゲリラ体操」
その的外れな言い方に、アマヤはぴたりと動きを止めた。無表情のままサンジに半目を向ける。わざとなのか本気で間違えたのか、判別がつかないから余計に腹立たしい。
「ラジオ体操」
「それだ。プールか? ……おれも行くかな」
サンジはくゆらす煙を遠ざけながら、ふわふわした顔で思案に耽った。その脳裏には明らかに、水面をきらめかせる美女の水着姿でも浮かんでいるのが分かる。
けれども、アマヤは呆れたように小さく首を振った。
「海だよ。久々に遠泳してこようかと。この間濁流に飲まれた時何もできなかったの悔しくて。……お昼までに戻らなかったら探しにきてね」
「おう、ココロさんでも連れていくわ」
「心強〜い♡」
パーカーのジッパーを首元まで引き上げると、アマヤは小さく息を吐いた。動きやすくて水も乾きやすい、オーバーサイズの上着一つあれば日差しも風も怖くないというものだ。
ところが。
「アマヤッ!」
突然響いた鋭い声に、アマヤは反射的に足を止める。濡れた髪をタオルで押さえたまま出てきたナミが、こちらを見て悲鳴じみた声を上げていた。
水着の上に羽織ったパーカーは、丈こそ長いが下はすっかり無防備だった。普段は隠されている太ももから下、まっすぐで白い脚が、今はすっかり露わになっている。見ようによっては下に何も履いていないように見えるその着こなしは、ナミが看過できるものではなかったらしい。
「それ、履き忘れ……てるわけじゃないわよね、流石に」
「水着着てるよ」
アマヤは自分の脚元を一瞥してから、特に動じる様子もなく答える。ここは割と開放的な街であることから、この程度の露出は問題ないと判断していた。
「でも、そのまま町歩くのは」
言いかけたナミの声には、どこか母親めいた必死さが滲んでいた。自分だって似たような格好で町中を闊歩していたはずなのに、なぜかアマヤには妙に過保護になるのが彼女らしい。
「ちょっと、……よくない虫がつくわよ」
「えー、でも水着で歩くのも嫌だし」
言いながら、アマヤはパーカーのジッパーを下へ下ろしてみせた。その下から現れたのは、ぴったりとした半袖トップスとショートパンツという動きやすさ重視の水着スタイルだ。
それはむしろフィットネスウェアのようで、露出こそあるものの整った印象すらある。問題は、上に羽織ったオーバーサイズのパーカーだった。丈が長すぎるせいで、ショートパンツをちょうどすっぽり隠してしまっているのがよろしくない。そして、一度始まったナミの過保護はそう簡単に収まるものでもない。
「私のハーフパンツ貸してあげるから、履いていきなさい」
「えっ、いいよそれはっ。……わかった、自分の履く。履くってば」
慌てて荷物の中から、自前のハーフパンツを引っ張り出す。ようやく普段の姿に近づいたアマヤを見て、ナミは満足げに息をつく。
「プールに行くなら私も行くけど」
「え!? じゃあおれも♡♡」
「お風呂入ったばっかりなのに? 僕は海だよ。ちょっと遠泳」
「そ、じゃあ留守番してるわ」
「え……、じゃあおれも……」
ナミはあっさりと言い残し、再びタオルで髪を拭きながら自分のスペースへ戻っていった。一切の反応を貰えなかったサンジに対し、アマヤは少しだけ気の毒そうに笑いかけておくのだった。
***
海沿いの道を抜け、岬のようになっている海岸線に半壊したカフェを見つけたアマヤは、そこを拠点とすることにした。
屋根の一部が剥がれ、外壁には修繕途中の板が打ち付けられているが、営業中の札はかかっている。ほとんど海の上に突き出すような構造で、桟橋のようなテラスに潮風が通りすがっていく。ちらほらと朝食をとる客の姿も見えた。
アマヤは店主に荷物を仮置きさせてもらう旨を告げると、早速海へと飛び込んだ。
冷たい水が全身を包み込み、束の間の無音の後、飛沫に混ざりながら体を進めていく。あの時の濁流と比べたら、今の波は微風もいいところだった。黙々と泳ぎ、疲れたら浮かび、波の呼吸に合わせてただ漂う。そうして数十分、時間の感覚が溶けかけたころ、アマヤは岸に戻ってきた。
そして、予想外の光景が目に飛び込んでくる。
「あれ!? 何でっ!?」
濡れた髪から滴を落としながら、アマヤは慌てて桟橋を駆け上がった。荷物を置いた場所には、我らが船長が何やらご機嫌な顔で座り込んでいた。カウンター脇に体を預け、ポテトを摘まみながら、まるで忠犬のようにアマヤのリュックの前に鎮座している。
「あのおっちゃんな、そろそろ戻ってくるだろうから荷物見てやっててくれって、なんか呼ばれてどっか行った」
ルフィの説明は、ざっくりとしていて要領を得ない。だが、どうやら本当に店主に代わって荷物を見ていてくれたらしい。アマヤの顔から血の気が引いた。
彼とこれだけの時間を共に過ごしてきたとはいえ、やはり彼は、“主人公”なのだ。ともに行動する隣人、家族というよりは、憧れ、尊敬、畏怖、そして”推し”としか言いようのない感情を向けてしまう。そんな相手にあろうことが荷物番をさせてしまうとは、とアマヤは動転した。
「わ〜っ、ごめんね! 僕のためにっ」
「いいよ、タダでポテト貰ったし」
テーブルの上には山盛りのポテトが5皿、空になった皿が5皿。おそらく10皿分を報酬として受け取っているらしい。荷物番の報酬としては破格だが、彼はある意味この街の英雄だ。どちらかというとそちらの意味合いのほうが大きいだろう。
アマヤは慌てて髪にタオルをあて、上から順番に水分を落としていく。
「僕も何か奢るよ。店長さんが戻ってきたら何注文するか考えておいて」
アマヤがそう言うと、ルフィは一瞬考えるような顔をして、しかしすぐに不満そうに眉を寄せた。
「ん〜、ここ肉ないんだよなァ」
「じゃあ、それ食べ終わったら屋台のところまで行こうか」
その提案に、ルフィはぱっと顔を明るくした。どこか子どもみたいな、その笑顔を真正面から向けられると、見ているこちらの胸が熱くなる。カメラのフラッシュでも焚かれた時のように、目元を手の甲で押さえてしまうのも仕方がないだろう。
こんなものを、こんな距離で浴びていいのだろうか、とアマヤは心の中で密かに呻いた。贅沢が過ぎる。
そうこうしているうちに、用事を済ませた店長が戻ってくる。アマヤはすぐさま頭を下げ、場所を借りた礼とポテトの代金を払おうとしたが、恩人達からそれは受け取れない、と固辞されるのだった。
身なりを整えたアマヤと、ポテトを平らげたルフィの二人は街へ向かって歩き出す。陽光は高く、道の先には活気ある屋台の煙がゆらいでいた。
「なァ、泳ぐのってどんな感じだ?」
ルフィが、通りの段差を飛び越えながらふと問いかけてきた。
「結構不自由だよ。僕たち普段は空気の中で生きてるから。体が重たくなる感じ」
「なんだ。能力者じゃなくっても重くなるのか。なのに泳ぐんだな。そりゃ楽しいのか?」
「えーっと、鍛錬みたいなものだよ。ルフィくんが溺れた時に助けに行けるように」
「あ、それはわざわざすみません」
ルフィは歩きながら、身体ごと器用にぺこりとお辞儀してみせた。その様子にアマヤはくすくすと笑う。
「深ーく沈んで水面を見上げるのは結構綺麗で好きかな。太陽の光が少しだけまろやかになって、揺らいで、拡散する感じ」
アマヤはゆっくりと言葉を選びながら、目の前の空を指さした。水中から見上げた太陽は、直に見るよりも優しく、それでいて神秘的だ。そう語る彼の声には、どこか夢見心地な余韻があった。
「ほーん」
「直視すると眩しすぎるんだよ」
アマヤは続けて、少しだけ目を細めながらそう呟く。それは水面の太陽のことを語っていながら、実のところ、ルフィ自身のことでもある。まっすぐすぎて、まばゆくて、見つめようとすると目が焼けそうになる。
「お前、そういうのぼーっと見るの好きだよな」
「そういうの?」
「キラキラしたの? 星空とかも見てるだろ。あの丸い回るやつもよく眺めてるし、夜明けの海見るのも」
ルフィは指を折りながら数え上げる。それを聞いたアマヤは、目に見えてびくりと肩を揺らした。
「な、んでっ、知ってるの?」
「そりゃお前、同じ船にいたら目に入るだろ」
「そうですが、それはそうですが……」
アマヤは俯きかけた顔をほんの少しだけ上げた。自分なんかの些細な行動が、あのルフィの記憶に残っていたという事実は、まるで、アイドルにファンレターの中身を覚えられていたような、そんな現実味のない出来事だった。
「ルフィくんもねっ、よく船首で遠く眺めてるよね!」
「最初に島見つけるのはおれがいいもんなー」
「僕よりアグレッシブな理由みたいだけど。──でも、言われてみれば、確かにきらきらしたもの、好きなのかも」
アマヤは足元を見ながらぽつりと呟き、それから何気なく隣を見た。陽を受けたルフィの横顔が、笑っているわけでもないのに光を帯びていた。
「うん、やっぱり、ルフィくんもきらきらしてるよ」
「そうか! 好きなだけ見ていいぞ!」
「──ゔっ」
ルフィの首が、にょんと突然目の前に伸びてきた。あまりに急接近した顔面に、アマヤは反射的に胸元を押さえた。急に至近距離からカメラのフラッシュを焚かれた気分である。
その後、街の屋台をいくつもはしごした。肉、魚、果物とルフィの胃袋は底がなく、目についたものを片っ端から味わっていく。アマヤの財布は、すっかり空になってしまったけれど、推しに貢げることがどれほどの満足感を与えてくれるかを心の底から実感することができたのだった。
今日は朝から船員たちのほとんどが街へ出払っていて、仮設住宅周辺はやけに静かだった。遠くから工事の音が響く以外、波音と風のざわめきだけが耳に残る。
アマヤは、その空き時間をひとり有効に使うことにした。フィットネス用の水着に身を包み、腕を肩の上で交差させながら背筋を伸ばし、ゆっくりと呼吸を整えていく。両足をそろえ軽く跳ねたり、何度か肩を回したり、など、久しぶりの水練に備え、入念な体ほぐしに余念がない。
アマヤが体操していると、外で一服していたらしいサンジがのんびりとした足取りで戻ってくる。
「お、出た。あー……何だったか、ゲリラ体操」
その的外れな言い方に、アマヤはぴたりと動きを止めた。無表情のままサンジに半目を向ける。わざとなのか本気で間違えたのか、判別がつかないから余計に腹立たしい。
「ラジオ体操」
「それだ。プールか? ……おれも行くかな」
サンジはくゆらす煙を遠ざけながら、ふわふわした顔で思案に耽った。その脳裏には明らかに、水面をきらめかせる美女の水着姿でも浮かんでいるのが分かる。
けれども、アマヤは呆れたように小さく首を振った。
「海だよ。久々に遠泳してこようかと。この間濁流に飲まれた時何もできなかったの悔しくて。……お昼までに戻らなかったら探しにきてね」
「おう、ココロさんでも連れていくわ」
「心強〜い♡」
パーカーのジッパーを首元まで引き上げると、アマヤは小さく息を吐いた。動きやすくて水も乾きやすい、オーバーサイズの上着一つあれば日差しも風も怖くないというものだ。
ところが。
「アマヤッ!」
突然響いた鋭い声に、アマヤは反射的に足を止める。濡れた髪をタオルで押さえたまま出てきたナミが、こちらを見て悲鳴じみた声を上げていた。
水着の上に羽織ったパーカーは、丈こそ長いが下はすっかり無防備だった。普段は隠されている太ももから下、まっすぐで白い脚が、今はすっかり露わになっている。見ようによっては下に何も履いていないように見えるその着こなしは、ナミが看過できるものではなかったらしい。
「それ、履き忘れ……てるわけじゃないわよね、流石に」
「水着着てるよ」
アマヤは自分の脚元を一瞥してから、特に動じる様子もなく答える。ここは割と開放的な街であることから、この程度の露出は問題ないと判断していた。
「でも、そのまま町歩くのは」
言いかけたナミの声には、どこか母親めいた必死さが滲んでいた。自分だって似たような格好で町中を闊歩していたはずなのに、なぜかアマヤには妙に過保護になるのが彼女らしい。
「ちょっと、……よくない虫がつくわよ」
「えー、でも水着で歩くのも嫌だし」
言いながら、アマヤはパーカーのジッパーを下へ下ろしてみせた。その下から現れたのは、ぴったりとした半袖トップスとショートパンツという動きやすさ重視の水着スタイルだ。
それはむしろフィットネスウェアのようで、露出こそあるものの整った印象すらある。問題は、上に羽織ったオーバーサイズのパーカーだった。丈が長すぎるせいで、ショートパンツをちょうどすっぽり隠してしまっているのがよろしくない。そして、一度始まったナミの過保護はそう簡単に収まるものでもない。
「私のハーフパンツ貸してあげるから、履いていきなさい」
「えっ、いいよそれはっ。……わかった、自分の履く。履くってば」
慌てて荷物の中から、自前のハーフパンツを引っ張り出す。ようやく普段の姿に近づいたアマヤを見て、ナミは満足げに息をつく。
「プールに行くなら私も行くけど」
「え!? じゃあおれも♡♡」
「お風呂入ったばっかりなのに? 僕は海だよ。ちょっと遠泳」
「そ、じゃあ留守番してるわ」
「え……、じゃあおれも……」
ナミはあっさりと言い残し、再びタオルで髪を拭きながら自分のスペースへ戻っていった。一切の反応を貰えなかったサンジに対し、アマヤは少しだけ気の毒そうに笑いかけておくのだった。
***
海沿いの道を抜け、岬のようになっている海岸線に半壊したカフェを見つけたアマヤは、そこを拠点とすることにした。
屋根の一部が剥がれ、外壁には修繕途中の板が打ち付けられているが、営業中の札はかかっている。ほとんど海の上に突き出すような構造で、桟橋のようなテラスに潮風が通りすがっていく。ちらほらと朝食をとる客の姿も見えた。
アマヤは店主に荷物を仮置きさせてもらう旨を告げると、早速海へと飛び込んだ。
冷たい水が全身を包み込み、束の間の無音の後、飛沫に混ざりながら体を進めていく。あの時の濁流と比べたら、今の波は微風もいいところだった。黙々と泳ぎ、疲れたら浮かび、波の呼吸に合わせてただ漂う。そうして数十分、時間の感覚が溶けかけたころ、アマヤは岸に戻ってきた。
そして、予想外の光景が目に飛び込んでくる。
「あれ!? 何でっ!?」
濡れた髪から滴を落としながら、アマヤは慌てて桟橋を駆け上がった。荷物を置いた場所には、我らが船長が何やらご機嫌な顔で座り込んでいた。カウンター脇に体を預け、ポテトを摘まみながら、まるで忠犬のようにアマヤのリュックの前に鎮座している。
「あのおっちゃんな、そろそろ戻ってくるだろうから荷物見てやっててくれって、なんか呼ばれてどっか行った」
ルフィの説明は、ざっくりとしていて要領を得ない。だが、どうやら本当に店主に代わって荷物を見ていてくれたらしい。アマヤの顔から血の気が引いた。
彼とこれだけの時間を共に過ごしてきたとはいえ、やはり彼は、“主人公”なのだ。ともに行動する隣人、家族というよりは、憧れ、尊敬、畏怖、そして”推し”としか言いようのない感情を向けてしまう。そんな相手にあろうことが荷物番をさせてしまうとは、とアマヤは動転した。
「わ〜っ、ごめんね! 僕のためにっ」
「いいよ、タダでポテト貰ったし」
テーブルの上には山盛りのポテトが5皿、空になった皿が5皿。おそらく10皿分を報酬として受け取っているらしい。荷物番の報酬としては破格だが、彼はある意味この街の英雄だ。どちらかというとそちらの意味合いのほうが大きいだろう。
アマヤは慌てて髪にタオルをあて、上から順番に水分を落としていく。
「僕も何か奢るよ。店長さんが戻ってきたら何注文するか考えておいて」
アマヤがそう言うと、ルフィは一瞬考えるような顔をして、しかしすぐに不満そうに眉を寄せた。
「ん〜、ここ肉ないんだよなァ」
「じゃあ、それ食べ終わったら屋台のところまで行こうか」
その提案に、ルフィはぱっと顔を明るくした。どこか子どもみたいな、その笑顔を真正面から向けられると、見ているこちらの胸が熱くなる。カメラのフラッシュでも焚かれた時のように、目元を手の甲で押さえてしまうのも仕方がないだろう。
こんなものを、こんな距離で浴びていいのだろうか、とアマヤは心の中で密かに呻いた。贅沢が過ぎる。
そうこうしているうちに、用事を済ませた店長が戻ってくる。アマヤはすぐさま頭を下げ、場所を借りた礼とポテトの代金を払おうとしたが、恩人達からそれは受け取れない、と固辞されるのだった。
身なりを整えたアマヤと、ポテトを平らげたルフィの二人は街へ向かって歩き出す。陽光は高く、道の先には活気ある屋台の煙がゆらいでいた。
「なァ、泳ぐのってどんな感じだ?」
ルフィが、通りの段差を飛び越えながらふと問いかけてきた。
「結構不自由だよ。僕たち普段は空気の中で生きてるから。体が重たくなる感じ」
「なんだ。能力者じゃなくっても重くなるのか。なのに泳ぐんだな。そりゃ楽しいのか?」
「えーっと、鍛錬みたいなものだよ。ルフィくんが溺れた時に助けに行けるように」
「あ、それはわざわざすみません」
ルフィは歩きながら、身体ごと器用にぺこりとお辞儀してみせた。その様子にアマヤはくすくすと笑う。
「深ーく沈んで水面を見上げるのは結構綺麗で好きかな。太陽の光が少しだけまろやかになって、揺らいで、拡散する感じ」
アマヤはゆっくりと言葉を選びながら、目の前の空を指さした。水中から見上げた太陽は、直に見るよりも優しく、それでいて神秘的だ。そう語る彼の声には、どこか夢見心地な余韻があった。
「ほーん」
「直視すると眩しすぎるんだよ」
アマヤは続けて、少しだけ目を細めながらそう呟く。それは水面の太陽のことを語っていながら、実のところ、ルフィ自身のことでもある。まっすぐすぎて、まばゆくて、見つめようとすると目が焼けそうになる。
「お前、そういうのぼーっと見るの好きだよな」
「そういうの?」
「キラキラしたの? 星空とかも見てるだろ。あの丸い回るやつもよく眺めてるし、夜明けの海見るのも」
ルフィは指を折りながら数え上げる。それを聞いたアマヤは、目に見えてびくりと肩を揺らした。
「な、んでっ、知ってるの?」
「そりゃお前、同じ船にいたら目に入るだろ」
「そうですが、それはそうですが……」
アマヤは俯きかけた顔をほんの少しだけ上げた。自分なんかの些細な行動が、あのルフィの記憶に残っていたという事実は、まるで、アイドルにファンレターの中身を覚えられていたような、そんな現実味のない出来事だった。
「ルフィくんもねっ、よく船首で遠く眺めてるよね!」
「最初に島見つけるのはおれがいいもんなー」
「僕よりアグレッシブな理由みたいだけど。──でも、言われてみれば、確かにきらきらしたもの、好きなのかも」
アマヤは足元を見ながらぽつりと呟き、それから何気なく隣を見た。陽を受けたルフィの横顔が、笑っているわけでもないのに光を帯びていた。
「うん、やっぱり、ルフィくんもきらきらしてるよ」
「そうか! 好きなだけ見ていいぞ!」
「──ゔっ」
ルフィの首が、にょんと突然目の前に伸びてきた。あまりに急接近した顔面に、アマヤは反射的に胸元を押さえた。急に至近距離からカメラのフラッシュを焚かれた気分である。
その後、街の屋台をいくつもはしごした。肉、魚、果物とルフィの胃袋は底がなく、目についたものを片っ端から味わっていく。アマヤの財布は、すっかり空になってしまったけれど、推しに貢げることがどれほどの満足感を与えてくれるかを心の底から実感することができたのだった。
