〜W7まで

 夜の余韻を帯びた風が、少しだけ白んできた星空の下で二人を迎える。まだ明けきらぬ静けさが、そこには広がっていた。
 
「今、追求しとかねェと機を逃すと思ってな」
「あー、あはは、えっと……ズルの話?」
 
 アマヤは思わず苦笑いを漏らし、額にうっすらと汗が滲むのを感じた。ブルーステーションでの一件、テンションのままに口が滑り、余計なことをぺらぺらと喋ってしまったことが、脳裏に蘇ってくる。
 
「ありゃァ……どういうことだ。別に責めやしねェよ、……聞いといた方がいいかと思っただけで」
「いやあ、優しいねえ」
 
 それは照れ隠しにも近い返しだったが、心から出た言葉でもあった。
 サンジはおそらく、アマヤが時折感情の波に沈み、誰にも内情を発さずに思索に耽る様子を見てとっていたのだろう。今回、ロビンやウソップが一味から離れてしまったのは、彼らも同様にそうやって内に感情や事情を押し殺してしまっていたことに起因する。このばかみたいに親切な男は、二度目三度目があることを厭ったのだろう。
 
「ちょっと待って、整理するから。も〜、今頭回らないんだ」
 
 冗談めかした口ぶりとは裏腹に、声は少しだけ、震えていた。
 
 ここでごまかして笑ってしまうこともできた。いつものように、冗談を織り交ぜてすり抜けようとすれば、それはそれでこの優しい男も受け入れるだろう。けれど、そうするのは、きっとよくない。
 
 アマヤは不自然にならない程度に、少しだけ、ちゃんと、話してみようと覚悟を決めた。というより、もとよりある程度決めていたという方が正しいかもしれない。ずっと秘め事を抱えているのは苦しいし、この付き合いの長い相手にならば少しくらい明かしても許されるのではないかと甘えに似たものも芽生えていた。
 
「夢を見たんだ」
「あァ」
 
 サンジの相槌は気安いものだった。アマヤは組み立てた本音をゆっくり、少しずつ紡いでいく。
 
「僕以外のこの一味が冒険をする夢だ。しかも、それを見たのは物心がつくかつかないかって頃で、でもそれは10年以上後の明確な予知夢だと、僕は確信をもっていた。そして、その続きを見てみたくなった。……サンジくんに出会って、改めてはっきり分かったよ。あれは間違いなく今から起きることだって」
「なんでおれなんだ」
「所在がはっきりしていたから。もし、バラティエなんてなくって、そこにサンジくんが居なかったとしたら、きっと僕はあれがただの夢だったと思って故郷に帰っていたことでしょう。でも、サンジくんは居て、ルフィくんたちは来て、そしてちゃんと冒険が始まった」
 
 サンジはこの壮大な話を飲み込めるような、飲み込めないような気持ちで確認する。
 
「じゃあ、なんだお前、これまで起きることは前から分かってたってのか」
「うん。それが、僕のズル」
「その割にゃ随分と大人しく過ごしてきたもんだ」
「言ったでしょ。僕以外のこの一味が冒険する夢だって。そこに異物である僕がいることで、どんな影響があるか分かったものじゃない。それが、いっとう、怖かった。だって君たちの冒険は僕抜きで完成されていたんだ」
 
 ほんの少しの角度のずれでも、それが長く続けば大きな距離の開きになる。小さな蝶の羽ばたきでも、それは海を超えて大きな竜巻になるかもしれない。未来を見据える一族に生まれたアマヤは、どうしてもそれが恐ろしくてならなかったのだ。
 
「でもやっぱルフィくんはすごいね! 僕みたいな些細な異物、ものともせずに予知夢の通りの行動をするんだもの!」
 
 アマヤは、どこか妙に明るい声で言った。それは努めて作った調子の良さというより、肩の力が抜けた開き直りのようでもあった。
 けれど、サンジの方はまだ何かに引っかかっている様子だった。煙草の火を軽く弾き、顎をしゃくって続きを促す。
 
「んで?」
「え、これで大体終わりだけど」
 
 アマヤが小首を傾げてみせると、サンジは眉をひそめた。
 
「ズルできなくなるってのは」
 
 その言葉に、アマヤは今度はもう、ためらわなかった。
 逃げたりはしないと、すでに決めていた。ここまで来たら、あやふやに濁しても意味がない。だったらむしろ、はっきり伝えてすっきりしてしまえばいい。
 
「僕の予知夢に出てきたのは、次にいく場所までなんだ。どんなことが起きるか、大体わかるのは、もうあと少しの間だけってこと」
「後は自前の占いだけってことか」
「まあまあな精度だと自負してるけどねっ。……とにかく、サンジくんも経験してわかる通り、こんなに胸踊る冒険は他にはないでしょう。だから、僕はこのまま、この一味でこの冒険を見届けたい。これは、一切飾らない僕の本心だ」
 
 特別嘘をついたつもりはない。自分のもっている秘密を、この世界の人間にも伝わるように話すとしたら、この言い方がベストだろうという自負があった。

 アマヤは、勢いよく腕を天に向かって伸ばした。
 可能な限り身体を反らし、目をぎゅっと閉じる。それにしたって、この抱えた罪のような秘密を手放すことはなんと清々しいことだろう。なんだか地に足がついたような気すらする。ぞんざいなようでいてきちんと気の利くこの男ならば、色々を飲み込んでそれなりに接してくれることだろう。
 
「あーあ、こんなこと、誰にも言う予定なかったのに! 他のみんなにはなるべく言わないでおいてよ。嫌われたくないし」

 この先に起きることを知っていて黙っていたとなれば、当然『なぜ先に言わなかった、そうしたら避けられたトラブルもあったのに』と詰られるのが関の山だ。もしかしたらこのおおらかで優しい一味ならば口には出さないかも知れないが、その思いが誰かの心を過ぎることすら恐ろしい。
 
 ところが。
 その言葉に、サンジが視線を逸らしながら、少しばかり言いにくそうに口を開く。
 
「……あー、そりゃ、……難しいかもな」
「──え」
 
 アマヤが顔を引きつらせるのと、サンジが無言で顎を後ろにしゃくるのは同時だった。
 
「悪い。聞いた」
「……ごめんなさいね」
 
 仮設住宅の入り口に寄りかかって佇んでいたのは、ゾロとロビンだった。
 アマヤは慄いてしまって、言葉が出ない。
 
「私、二人が心配で」
 
ロビンがそう言って、唇の端を引き上げる。ぎこちない微笑みは、どうにか場を和らげようとするものに見えた。
 
「この女がまた逃げるんじゃないかと」
 
 ゾロの口調はいつも通りだったが、視線がわずかに泳いでいる。腕を組みながらも、若干バツが悪そうな雰囲気がにじんでいた。
 
「わァ……ぁ……」
 
 アマヤはわずかに口を開いただけで、もう何も言葉を繋ぐことはできなかった。脱力するようにその場に座り込み、肩を揺らすと、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。横で古馴染みがぎょっとしているのを感じるが、揺らいだ感情を立て直すことなどできなかった。
 
 サンジには、多少打ち明けても大丈夫だという自信があった。これまでの付き合いがあるから、きっと嫌われないと思えた。けれど、それ以外の二人、特に警戒心が強そうで、冷静に物を見るロビンとゾロには、自分の話がどれだけ異質に映るか、分からなかった。
 
 知られてしまった今、この人たちは自分をどう思うのだろう。気味悪がるか、距離を置くか、そのどちらかならばまだいいだろう。実際になぜもっと早く言わなかった、と責められたとして、アマヤには返す言葉が思いつかなかった。
 
「お、おい、なにも泣くほどのことじゃ……」
 
 サンジは静かにしゃがみ込み、アマヤの顔を覗き込んだ。長い付き合いになるが、どんな激務でも、理不尽なクレームが来ても、暴力に晒されたって滅多に涙を見せることがなかったこの男が臆面もなく泣きじゃくっている。それがサンジを狼狽えさせるのだった。
 
「……だってえ、絶対、もう……嫌われたぁ……、僕」
 
 声は引き攣り、涙でくぐもっていた。言葉の端々が幼さを帯び、まるで感情を制御する術を忘れてしまった子どものようだった。
 
「──ここに居たいのにぃ……」
 
 男二人は、無言で視線を交わす。なんとか言ってやれ、とでも言いたげに、まるで見えない圧力を押し付け合うような眼差しである。けれども、どちらも口を開こうとはしなかった。
 
 そのときだった。柔らかな気配が、アマヤの横に寄り添った。
 
「一緒に居るわ。大丈夫。次の冒険も、もちろん、最後まで」
 
 その芯の通った優しさに、アマヤの顔がくしゃりと歪む。
 
「た……たかが夢を、未来予知だなんて言ってるやつでも……?」
「ええ」
「あれも、これも、分かってたのに行動しない、臆病者でも……!?」
 
 再び涙が溢れる。自分で口にしたその言葉が、自分自身を追い詰めていくのだった。苦しさが堰を切ったように滲み出て、また彼の頬を濡らした。
 
「ええ。……そうよね?」
 
 そう言ってロビンは、隣にいる二人に視線を投げた。
 
 サンジとゾロは、気まずげに顔を見合わせた。人を慰めるのに慣れているわけではない。けれど、否定などできるはずもなく、ふたりとも黙って小さく首を縦に振った。
 
 その様子を確認すると、ロビンは再びアマヤの背へと手を伸ばす。優しく、そっと、背中を撫でる。心臓の鼓動をなだめるように、涙が落ち着くのを待つように。
 アマヤはぐずぐずと鼻を啜りながら、しばらくの間、嗚咽を繰り返していた。それでも、その呼吸は次第に落ち着きを取り戻し、肩の揺れも小さくなっていく。
 
「あら……寝ちゃったわ」
 
 ロビンの声に、サンジとゾロが顔を見合わせる。そして同時に肩の力を抜いて、ほっと息をついたのだった。
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