〜W7まで
これからの行動案として、アマヤはふたつを提示していた。サンジが単身海列車に乗り込み、アマヤはW7にいる一向へのメッセンジャー役になるという案、もう一方は隠密行動に長けた自分を連れ合いにして、二人で車両内へ直接潜り込む案だ。
そして選ばれたのは、後者だった。
「……しかしここは、めちゃめちゃ濡れるな……、一服もできやしねェ……!!」
列車の外はひどい荒天だった。もはや雨なのか、海の飛沫なのか、肌に触れる冷たさの出どころさえ曖昧なほどだった。滴る水を拭いながら、サンジがぼやく。湿気で火がつかず、煙草も頼りにならない。こんな状況で気分転換もへったくれもなかった。
そのとき、不意に車両の扉が開く。
「はい、おまたせ」
開いた扉の向こうから、アマヤが顔をのぞかせた。いつも通りの、のんびりとした笑みを浮かべながら。それがかえって、状況の異常さを際立たせている。背後の列車内では、整然と座席に並ぶ護送班が全員きれいに眠っていた。誰も騒ぎ立てず、誰も床に伏せることすらせず。
その下手人がこの花を摘むことすら厭いそうな美少女だというのは、にわかには受け入れ難いだろう。それこそ、この一味以外の人間には。ところが待っていたのは数年来の腐れ縁である。火のつかないタバコをぐしゃ、と握り、憎まれ口で答える。
「おせェよ」
「思ったより人がいたんだもん。でも、静かだったでしょ?」
「あァ、おれだとこうはいかねェな」
しんとしずまった車両内を、アマヤは近所を散歩するかのような気楽さで進む。BGMは護衛班の静かな寝息だ。
「次が貨物車両、とりあえず、えーと、彼がいます」
第六車両の扉の前で、アマヤが肩越しにサンジを振り返る。少し気まずそうに、けれどどこか期待を含んだ微笑が浮かんでいた。その手が鼻を指し、ぐんと伸ばすようなジェスチャーをする。散々な別れをしてしまっている彼らは気まずくてたまらない。
「こちらにも数人見張りが。ちょっと待っててね」
そう言うや否や、アマヤはするりと車両へ飛び込む。そして数十秒後。
「4人しかいなかったっ」
けろっとした笑顔と共に戻ってきた彼の姿に、サンジはもう何も言わなかった。やる気があって大変結構である。
貨物列車の中からは予想通りの声が聞こえてきた。
「サンジ!! アマヤ!! お前らが何で”海列車”にいるんだ!?」
聞き慣れた、しかし不思議と懐かしく感じる声が響いた。昨日も聞いていたはずなのに、まるで一年ぶりに再会したかのような気持ちになるのは、別れの事件があれほどのものだったからだろう。
「そりゃあ……こっちが──」
「助けに来たんだよ」
先に言い切ったのはアマヤだった。縄に縛られたウソップのもとに駆け寄り、その手を解きながら、彼はたたみかけるように問いかける。口調も仕草も柔らかいのに、そこに何かを挟ませる余地を見せない強さがある。その勢いにもう一人の捕虜の男もまた、その成り行きを無言で見守った。
「傷はどう? 痛みは? チョッパーくんから痛み止めを預かってる。どこか必要なところはある?」
「い、いい、いいんだよ。……おれは」
「一味を抜けた身だろうがなんだろうがいいの。僕は友達であれば一味の人じゃなくってもこうするから」
「でも──」
「ああっ、ほら、自分で巻いたんでしょう。緩んで傷に擦れてるところがあるっ。はい、大人しくしてね」
体の傷を検め、包帯を巻き直す指が止まらない。サンジはその様子を背に、無言で車内にあった電伝虫を確保する。
サンジがわざと興味なさそうに振る舞うのに反して、アマヤは変わらずにこやかだった。甲斐甲斐しく世話を焼かれ、ウソップもさすがに反論する余地をなくしていく。
「それでね、今までのこととこれからのことを話したいから、落ち着いて聞いてね」
包帯を巻く手は丁寧で、口調は穏やかだったが、有無を言わせない芯がそこにはあった。
穏やかだが有無を言わせない口調に、聞き手の男3人は黙ってそれを受け入れるのだった。
***
ロビンがなぜ、あの夜、一味を去る選択をしたのか、アマヤはそれを自分の口から語ることは避けた。ただ、当たり障りなく”想像”を伝える。そもそも彼女を疑う余地のなかったサンジにはそれで十分なようだった。
車両の隅、静かな空気の中でアマヤがゆっくりと口を開いた。声は穏やかで、けれど芯の通った響きがあった。まずは自分がこのまま後ろ3車両を引き受ける。主力であるサンジとフランキーが第4車両から順に制圧するとともに、ウソップが最前車両にいるロビンを説得するのが良い、というのが彼の論である。
「いや……、おれなんかよりアマヤ、お前が言って話してやった方が」
「ウソップくんがいいよ」
アマヤは即答した。声の調子は柔らかいが、揺るぎがなかった。
「だっておれはもう一味でもなんでも」
「ウソップくんがいいよ。そもそもあの騒動はロビンさん知らないし」
にっこりと笑いながら言うその様子は、拒絶を許さない強さに満ちている。表情こそ穏やかだが、その奥には確かな意志があった。
「お前、なんか……」
「ウソップくんが、いいよ」
「ダメだ! やっぱりおれはもう一味を抜けた身だ!! 趣旨に賛同はするが協力は、できねェ!」
叫ぶように言い残して、ウソップは後方車両へと姿を消していった。
誰もがしばし沈黙したあと、アマヤはあっさりと口を開いた。
「──ということでロビンさんはウソップくんに任せるのでいいかな?」
「今交渉決裂してたよな!?」
サンジが勢いよく立ち上がる。
「もう、静かにして」
アマヤはけろりとした顔で、サンジの前にすっと人差し指を立てた。聞き分けのない子に対する母のような振る舞いで、コックのこめかみには青筋が立つ。今このような状況でなければ一喧嘩仕立てていたところだ。
「いやまァ雑魚が群れてる車両をお前が引き受けてくれるのはいい。この際、どうやって車両編成と人の配置を知ったかは聞かねェでおく。ただ、あの鼻の長い男にロビンちゃんを任せるってなァ……」
「おい、この小娘一人で海軍が満ちた車掌を制圧するのは──」
「少なくともこの2車両はこいつが制圧してんだ。そこァ心配すんな」
アマヤはと言えば、まったく気にする様子もなく、明るくにっこりとフランキーに笑いかけていた。まるで遠足の班分けでもしているような、そんな穏やかさだった。
そこに見知らぬ仮面の男が音もなく現れる。
「──話は聞かせてもらった」
「うん、じゃあ作戦通りによろしくね」
驚く様子もなく、当然の流れで話を進めるアマヤの落ち着きぶりを見て、仮面の男は狼狽えるし、サンジは思わず眉間に皺を寄せる。なにしろ彼が自然にウソップの変装を受け入れる様子も、先ほど一旦離脱したウソップを当然のように作戦に組み込んでいたところも、あまりにも明確に未来を知っている人間の動きだったからだ。
「じゃあ後続組に連絡とろうか」
アマヤが自然な動作で、サンジが選んでいた電伝虫を手に取る。呼び出し音が鳴るのを待ちながら、穏やかな表情で視線を下げた。
「随分……、段取りがイイんじゃねェの……?」
「……おれも困惑してるとこだ。ま、裏切りゃしねェよ。おれはこいつと数年来の付き合いなんだ」
「5年間潜伏してた政府の奴らを相手どってる今としちゃあ、弱ェ理由だな」
「ウ……、そう言われちまうと」
サンジは思わず目を逸らした。妙にいきいきと立ち回るアマヤを目の端で見ながら、フランキーに強く出るだけの確信も勢いも、どこかへ逃げてしまった気がした。
電伝虫の受話器を握りしめたアマヤは、その応答にじんわりと笑みを浮かべた。懐かしい声が聞こえてくるだけで、胸の奥に柔らかな灯りが灯る。
『もしもしサンジ君!?』
「僕だよー」
『アマヤ!! あんたまで勝手な行動して!! とりあえずロビンの行動の理由と私達の今の状況を全て話すからよく聞いて!!』
「オッケー、サンジくんも聞いてるからね」
ナミの声は怒気混じりだったが、その裏に焦燥と必死さが混ざっているのは分かった。アマヤは穏やかに頷きながら、ひたすら耳を傾ける。
そうして語られた事情はサンジの胸に確かな炎を燃え上がらせるには、十分すぎるほどの材料だった。隣で拳を握りしめる気配が伝わってくる。
一方で、アマヤはその顔を変えることなく聞いていた。おっとりとした表情は崩れず、あえて感情を強く見せようとはしない。なにしろ、これから紆余曲折があったとしても、彼女は、ロビンは、ちゃんと救われることになっているのだから。
『──ってこと。もう迷ったり遠慮したりする必要はないの、分かった?」
ナミの強い締めの言葉に、サンジは小さくうなずく。と同時に、ふと視線を宙に泳がせる。
「ああ、それと……、今そっちに船長はいるかい?」
『代わるわ』
電伝虫の向こうが少し騒がしくなる。ガヤガヤと足音や怒鳴り声が混じり、次に響いたのは聞き慣れたあの声だった。
『サンジーーっ!! そっちどうだ!? ロビンは!?』
「ロビンちゃんは……まだ捕まったままだ」
それを聞いた瞬間、アマヤの呼吸が一瞬止まる。最後に聞いたルフィの声は、あの夜、ウソップとの決闘の直後、責任の重さにひび割れた声だった。それが今、こんなふうに力強く響いてくる。それだけで、胸がいっぱいになり、鼻の奥が熱くなるのを感じた。
『いいぞ、暴れても!!』
『おいルフィ無茶言うな!! コック! 聞こえるか!! その列車にはヤベェ奴らが──』
『いいってゾロ! お前ならどうした。止めたってムダだ』
受話器の向こうで繰り広げられる騒ぎに、アマヤはふっと苦笑する。視線を横にやると、後方にいたウソップ、いや、そげキングが黙って佇んでいる。お面で表情は見えないけれど、何か言いたげな気配は伝わってきた。
「はいちょっとサンジくん交代」
そう言ってアマヤは、軽く手を伸ばしてサンジから受話器を奪い取った。このままでは感情の昂りのままにこれを壊しかねない。
「こっちは今のところ無傷だよ。この後、後ろ3両を切り離して僕が合流するからね。血液沸騰中のサンジくんにはこのまま奪還を狙ってもらうけど、次善の策として司法の島に到着した後のことも考えておこう」
『アマヤ!! お前もそっちいたのか!!』
「うん、元気だよ。僕がこっちで集めた情報そっちにもっていくから。絶対にロビンさんを助けようね。じゃ」
そう言って、アマヤは通話を切った。電伝虫の口がふにゃりと閉じる。
顔を上げると、そげキングと目が合った。ロビンの事情を受け止め、彼は鷹揚に頷いてみせた。
「……ああ、彼からもそのように聞いている。きっと聡明なウソップ君は語られずとも全てを察していたに違いない」
「だよねっ」
アマヤが満面の笑みで、そげキングを全肯定する。その姿に、サンジは横目でじっとりとした視線を送る。こいつはどこまで分かっていてやっているのか、呆れと信頼と、ほんの少しの戦慄が入り混じったような、複雑な眼差しだった。
そして選ばれたのは、後者だった。
「……しかしここは、めちゃめちゃ濡れるな……、一服もできやしねェ……!!」
列車の外はひどい荒天だった。もはや雨なのか、海の飛沫なのか、肌に触れる冷たさの出どころさえ曖昧なほどだった。滴る水を拭いながら、サンジがぼやく。湿気で火がつかず、煙草も頼りにならない。こんな状況で気分転換もへったくれもなかった。
そのとき、不意に車両の扉が開く。
「はい、おまたせ」
開いた扉の向こうから、アマヤが顔をのぞかせた。いつも通りの、のんびりとした笑みを浮かべながら。それがかえって、状況の異常さを際立たせている。背後の列車内では、整然と座席に並ぶ護送班が全員きれいに眠っていた。誰も騒ぎ立てず、誰も床に伏せることすらせず。
その下手人がこの花を摘むことすら厭いそうな美少女だというのは、にわかには受け入れ難いだろう。それこそ、この一味以外の人間には。ところが待っていたのは数年来の腐れ縁である。火のつかないタバコをぐしゃ、と握り、憎まれ口で答える。
「おせェよ」
「思ったより人がいたんだもん。でも、静かだったでしょ?」
「あァ、おれだとこうはいかねェな」
しんとしずまった車両内を、アマヤは近所を散歩するかのような気楽さで進む。BGMは護衛班の静かな寝息だ。
「次が貨物車両、とりあえず、えーと、彼がいます」
第六車両の扉の前で、アマヤが肩越しにサンジを振り返る。少し気まずそうに、けれどどこか期待を含んだ微笑が浮かんでいた。その手が鼻を指し、ぐんと伸ばすようなジェスチャーをする。散々な別れをしてしまっている彼らは気まずくてたまらない。
「こちらにも数人見張りが。ちょっと待っててね」
そう言うや否や、アマヤはするりと車両へ飛び込む。そして数十秒後。
「4人しかいなかったっ」
けろっとした笑顔と共に戻ってきた彼の姿に、サンジはもう何も言わなかった。やる気があって大変結構である。
貨物列車の中からは予想通りの声が聞こえてきた。
「サンジ!! アマヤ!! お前らが何で”海列車”にいるんだ!?」
聞き慣れた、しかし不思議と懐かしく感じる声が響いた。昨日も聞いていたはずなのに、まるで一年ぶりに再会したかのような気持ちになるのは、別れの事件があれほどのものだったからだろう。
「そりゃあ……こっちが──」
「助けに来たんだよ」
先に言い切ったのはアマヤだった。縄に縛られたウソップのもとに駆け寄り、その手を解きながら、彼はたたみかけるように問いかける。口調も仕草も柔らかいのに、そこに何かを挟ませる余地を見せない強さがある。その勢いにもう一人の捕虜の男もまた、その成り行きを無言で見守った。
「傷はどう? 痛みは? チョッパーくんから痛み止めを預かってる。どこか必要なところはある?」
「い、いい、いいんだよ。……おれは」
「一味を抜けた身だろうがなんだろうがいいの。僕は友達であれば一味の人じゃなくってもこうするから」
「でも──」
「ああっ、ほら、自分で巻いたんでしょう。緩んで傷に擦れてるところがあるっ。はい、大人しくしてね」
体の傷を検め、包帯を巻き直す指が止まらない。サンジはその様子を背に、無言で車内にあった電伝虫を確保する。
サンジがわざと興味なさそうに振る舞うのに反して、アマヤは変わらずにこやかだった。甲斐甲斐しく世話を焼かれ、ウソップもさすがに反論する余地をなくしていく。
「それでね、今までのこととこれからのことを話したいから、落ち着いて聞いてね」
包帯を巻く手は丁寧で、口調は穏やかだったが、有無を言わせない芯がそこにはあった。
穏やかだが有無を言わせない口調に、聞き手の男3人は黙ってそれを受け入れるのだった。
***
ロビンがなぜ、あの夜、一味を去る選択をしたのか、アマヤはそれを自分の口から語ることは避けた。ただ、当たり障りなく”想像”を伝える。そもそも彼女を疑う余地のなかったサンジにはそれで十分なようだった。
車両の隅、静かな空気の中でアマヤがゆっくりと口を開いた。声は穏やかで、けれど芯の通った響きがあった。まずは自分がこのまま後ろ3車両を引き受ける。主力であるサンジとフランキーが第4車両から順に制圧するとともに、ウソップが最前車両にいるロビンを説得するのが良い、というのが彼の論である。
「いや……、おれなんかよりアマヤ、お前が言って話してやった方が」
「ウソップくんがいいよ」
アマヤは即答した。声の調子は柔らかいが、揺るぎがなかった。
「だっておれはもう一味でもなんでも」
「ウソップくんがいいよ。そもそもあの騒動はロビンさん知らないし」
にっこりと笑いながら言うその様子は、拒絶を許さない強さに満ちている。表情こそ穏やかだが、その奥には確かな意志があった。
「お前、なんか……」
「ウソップくんが、いいよ」
「ダメだ! やっぱりおれはもう一味を抜けた身だ!! 趣旨に賛同はするが協力は、できねェ!」
叫ぶように言い残して、ウソップは後方車両へと姿を消していった。
誰もがしばし沈黙したあと、アマヤはあっさりと口を開いた。
「──ということでロビンさんはウソップくんに任せるのでいいかな?」
「今交渉決裂してたよな!?」
サンジが勢いよく立ち上がる。
「もう、静かにして」
アマヤはけろりとした顔で、サンジの前にすっと人差し指を立てた。聞き分けのない子に対する母のような振る舞いで、コックのこめかみには青筋が立つ。今このような状況でなければ一喧嘩仕立てていたところだ。
「いやまァ雑魚が群れてる車両をお前が引き受けてくれるのはいい。この際、どうやって車両編成と人の配置を知ったかは聞かねェでおく。ただ、あの鼻の長い男にロビンちゃんを任せるってなァ……」
「おい、この小娘一人で海軍が満ちた車掌を制圧するのは──」
「少なくともこの2車両はこいつが制圧してんだ。そこァ心配すんな」
アマヤはと言えば、まったく気にする様子もなく、明るくにっこりとフランキーに笑いかけていた。まるで遠足の班分けでもしているような、そんな穏やかさだった。
そこに見知らぬ仮面の男が音もなく現れる。
「──話は聞かせてもらった」
「うん、じゃあ作戦通りによろしくね」
驚く様子もなく、当然の流れで話を進めるアマヤの落ち着きぶりを見て、仮面の男は狼狽えるし、サンジは思わず眉間に皺を寄せる。なにしろ彼が自然にウソップの変装を受け入れる様子も、先ほど一旦離脱したウソップを当然のように作戦に組み込んでいたところも、あまりにも明確に未来を知っている人間の動きだったからだ。
「じゃあ後続組に連絡とろうか」
アマヤが自然な動作で、サンジが選んでいた電伝虫を手に取る。呼び出し音が鳴るのを待ちながら、穏やかな表情で視線を下げた。
「随分……、段取りがイイんじゃねェの……?」
「……おれも困惑してるとこだ。ま、裏切りゃしねェよ。おれはこいつと数年来の付き合いなんだ」
「5年間潜伏してた政府の奴らを相手どってる今としちゃあ、弱ェ理由だな」
「ウ……、そう言われちまうと」
サンジは思わず目を逸らした。妙にいきいきと立ち回るアマヤを目の端で見ながら、フランキーに強く出るだけの確信も勢いも、どこかへ逃げてしまった気がした。
電伝虫の受話器を握りしめたアマヤは、その応答にじんわりと笑みを浮かべた。懐かしい声が聞こえてくるだけで、胸の奥に柔らかな灯りが灯る。
『もしもしサンジ君!?』
「僕だよー」
『アマヤ!! あんたまで勝手な行動して!! とりあえずロビンの行動の理由と私達の今の状況を全て話すからよく聞いて!!』
「オッケー、サンジくんも聞いてるからね」
ナミの声は怒気混じりだったが、その裏に焦燥と必死さが混ざっているのは分かった。アマヤは穏やかに頷きながら、ひたすら耳を傾ける。
そうして語られた事情はサンジの胸に確かな炎を燃え上がらせるには、十分すぎるほどの材料だった。隣で拳を握りしめる気配が伝わってくる。
一方で、アマヤはその顔を変えることなく聞いていた。おっとりとした表情は崩れず、あえて感情を強く見せようとはしない。なにしろ、これから紆余曲折があったとしても、彼女は、ロビンは、ちゃんと救われることになっているのだから。
『──ってこと。もう迷ったり遠慮したりする必要はないの、分かった?」
ナミの強い締めの言葉に、サンジは小さくうなずく。と同時に、ふと視線を宙に泳がせる。
「ああ、それと……、今そっちに船長はいるかい?」
『代わるわ』
電伝虫の向こうが少し騒がしくなる。ガヤガヤと足音や怒鳴り声が混じり、次に響いたのは聞き慣れたあの声だった。
『サンジーーっ!! そっちどうだ!? ロビンは!?』
「ロビンちゃんは……まだ捕まったままだ」
それを聞いた瞬間、アマヤの呼吸が一瞬止まる。最後に聞いたルフィの声は、あの夜、ウソップとの決闘の直後、責任の重さにひび割れた声だった。それが今、こんなふうに力強く響いてくる。それだけで、胸がいっぱいになり、鼻の奥が熱くなるのを感じた。
『いいぞ、暴れても!!』
『おいルフィ無茶言うな!! コック! 聞こえるか!! その列車にはヤベェ奴らが──』
『いいってゾロ! お前ならどうした。止めたってムダだ』
受話器の向こうで繰り広げられる騒ぎに、アマヤはふっと苦笑する。視線を横にやると、後方にいたウソップ、いや、そげキングが黙って佇んでいる。お面で表情は見えないけれど、何か言いたげな気配は伝わってきた。
「はいちょっとサンジくん交代」
そう言ってアマヤは、軽く手を伸ばしてサンジから受話器を奪い取った。このままでは感情の昂りのままにこれを壊しかねない。
「こっちは今のところ無傷だよ。この後、後ろ3両を切り離して僕が合流するからね。血液沸騰中のサンジくんにはこのまま奪還を狙ってもらうけど、次善の策として司法の島に到着した後のことも考えておこう」
『アマヤ!! お前もそっちいたのか!!』
「うん、元気だよ。僕がこっちで集めた情報そっちにもっていくから。絶対にロビンさんを助けようね。じゃ」
そう言って、アマヤは通話を切った。電伝虫の口がふにゃりと閉じる。
顔を上げると、そげキングと目が合った。ロビンの事情を受け止め、彼は鷹揚に頷いてみせた。
「……ああ、彼からもそのように聞いている。きっと聡明なウソップ君は語られずとも全てを察していたに違いない」
「だよねっ」
アマヤが満面の笑みで、そげキングを全肯定する。その姿に、サンジは横目でじっとりとした視線を送る。こいつはどこまで分かっていてやっているのか、呆れと信頼と、ほんの少しの戦慄が入り混じったような、複雑な眼差しだった。
