〜W7まで
船が無事に港に着いたとたん、仲間たちは勢いよく甲板を降り、色とりどりの建物が並ぶ街へと駆けていった。目的は先に示されたばかりの船大工の探索ではあるが、そこに抱える黄金と、街の活気の様子に否応なく気分が上がっているらしい。海上での長旅を終えたばかりの彼らにとって、新たな島の賑わいはまた格別なのだろう。
活気と喧騒が遠ざかっていく中、船に残されたのは三人だけだった。ゾロ、サンジ、そしてアマヤである。そこに男性陣しか存在しないことを認め、サンジはぶつくさ言いながらやはり船を後にする。
「……お前はいかねェのか」
甲板に取り残されたまま、アマヤが船縁にもたれてぼんやりとしているのを、ゾロが不意に見やった。その声は低く、無造作だが、妙にこちらの内側を刺すような温度を孕んでいた。
ロングリングロングランドでの出来事、そして青キジとの遭遇。あれ以来、アマヤはどこか表情の奥に影を残したままだった。昵懇とはいえないゾロであっても、その瞳に浮かぶ静かな濁りがあからさまであるほどには。
「少し、悩み中」
いつもならへらへらとした態度で濁すところを、今日は素直に応じる。正直なところ、こうして誰かに問われたのはありがたかった。言葉にしてしまえば、少しだけ心が軽くなる気がした。
「悩んでねェときのが少なくねェか」
「……うう、暗くてごめんね」
「うじうじすんなら一人でやってろ。気持ちよく寝れねェだろうが」
ゾロの言葉は相変わらずだった。棘があり、情け容赦がない。聞きようによっては喧嘩腰にも思えるその物言いに、最初の頃のアマヤなら面食らい、怯えていただろう。だが今では、そこに含まれる意味を少しずつ読み取れるようになっていた。
表面の言葉だけを拾えば、とても他人に向ける態度とは思えない。けれど、彼はいつも、誰よりも周囲を観ている。ぶっきらぼうな人当たりに反して、仲間思いで気のいい男だということは、アマヤはよく知っているはずだった。それこそ、彼に出会う前から。
「だって」
その言い方には、少しだけ開き直るような響きがあった。口をついて出たのは、自嘲に似た吐露である。突き放されることに慣れてきたからこそ、ほんの少し愚痴のようなものも口にできるようになったのだ。弱音とまでは言えないけれど、以前の彼なら飲み込んでいたはずの言葉だった。
「星々の運行、北辰の鈍り、空の翳、全てが凶相を呈しているっていうのに、打つべき手立てが見つからないんだ」
「あ? なんだって?」
「ごめん、なんか恥ずかしくてわざと分かんないこと言っちゃった」
そう言った直後、アマヤは荒っぽく頭をがりがりとかいた。めったに見せない乱暴な動きだった。自分の振る舞いに恥を感じ、それをごまかそうとしているのだ。先に見えている凶事を相談することもできず、さりとて来るに任せて放置する気にもなれず、ポエティックな言葉で有耶無耶にしてみようとしても、それもうまくはいかないのだ。
「天気予報っ」
わざとらしいほど明るい声色で言い切ったその瞬間、ゾロの目元がぴくりと動いた。黙ったまま、苦々しげに眉を顰める。
「まもなく襲撃が降ってくるでしょう」
アマヤが占い師らしい声音で告げる。先ほどとは打って変わって、奇妙な確信に満ちた言い方だった。その一言で、ゾロはしばし黙りこみ、そしてあからさまなため息をつく。
わざと大げさに見せた部分と、逆に本当のところを隠した部分が混ざり合い、アマヤの言葉はどこまでが冗談で、どこからが予言なのかわからなくなる。けれど今のは”当たる”方の部類だと判断できてしまった。
間も無く、アマヤは静かに船室へと引き下がった。ゾロはその後ろ姿をちらりと見送っただけで、特に声をかけることもない。ただ、ようやく一人になれたとばかりに、船縁を枕にして横になろうとした、そのときだった。
甲板を打つ足音、そして水飛沫と怒声。まさに予報通りの襲撃が始まったのだった。
甲板に上がってきた複数の気配が、風の音に紛れて一瞬遅れてゾロの耳に届いた。半ば目を閉じかけていた身体が反射で動く。剣に手をかけたときには、すでに一団が乗り込んできていた。
「……!! 寝込みを襲ったつもりだったが……」
「誰だてめェら……、名乗れ」
一対多の有利を笠に着ているのだろう。乗り込んできた連中は剣士の威圧を受けてもなお、平然として宣う。
「名乗れって? えェ……? ”海賊狩りのゾロ”……! おれ達ァ賞金稼ぎ」
「泣く子も黙る!! ”フランキー一家だ!! やっちめェ!!」
怒声が上がり、足音が一気に迫る──が、騒ぎは長くは続かなかった。
ほんの数十秒。まるで潮が一気に引くような静けさが訪れる。剣の音が収まったころ、甲板には襲撃者の姿はなく、その中心に立つゾロの影だけがあった。
遅れて船室からひょっこりと顔を覗かせたアマヤに、ゾロが忌々しげに声を投げる。
「てめェ、分かってたんならくる前に始末すりゃいいだろ」
「……ゾロくんの格好いいところが見たくって?」
そう返すアマヤは、両手を胸の前で合わせて小首を傾げる。わざとらしく甘ったるい声音に、しかし返ってきたのは鋭い舌打ち一つだった。一挙手一投足に怯えるような素振りが減ったのはともかく、こうやっていいように使われるのもそれはそれで腹が立つというものなのだ。とはいえ、うじうじとカビが生えたようなのよりは、この小生意気な振る舞いの方がよほどよかった。
「にしてもお見事。惚れ惚れしちゃうなあ。僕だとこうはいかないから」
武士、剣士と名のつくものは、どうしたって一対一の決闘シーンのイメージがついて回るものだが、ここの大剣豪ときたら一対多も苦としない。それどころか雑兵をかき散らしながら、獰猛な笑みを浮かべている時すらあるときたものだ。
アマヤは手元でくるくると巻き毛を弄び、あの程度では物足りないであろう戦闘員に向けて至極明るくおかわりの提案をしてみることにした。
「今のは襲撃ってほどの襲撃じゃなかったよね。もう一ついっとく?」
「お前が呼んでんのか!!」
「次のは、でも……、」
言いかけて、言い淀む。口元に影を落としながら、ほんの一瞬ためらった末に、低く付け足した。
「精神にくるタイプのやつだ」
活気と喧騒が遠ざかっていく中、船に残されたのは三人だけだった。ゾロ、サンジ、そしてアマヤである。そこに男性陣しか存在しないことを認め、サンジはぶつくさ言いながらやはり船を後にする。
「……お前はいかねェのか」
甲板に取り残されたまま、アマヤが船縁にもたれてぼんやりとしているのを、ゾロが不意に見やった。その声は低く、無造作だが、妙にこちらの内側を刺すような温度を孕んでいた。
ロングリングロングランドでの出来事、そして青キジとの遭遇。あれ以来、アマヤはどこか表情の奥に影を残したままだった。昵懇とはいえないゾロであっても、その瞳に浮かぶ静かな濁りがあからさまであるほどには。
「少し、悩み中」
いつもならへらへらとした態度で濁すところを、今日は素直に応じる。正直なところ、こうして誰かに問われたのはありがたかった。言葉にしてしまえば、少しだけ心が軽くなる気がした。
「悩んでねェときのが少なくねェか」
「……うう、暗くてごめんね」
「うじうじすんなら一人でやってろ。気持ちよく寝れねェだろうが」
ゾロの言葉は相変わらずだった。棘があり、情け容赦がない。聞きようによっては喧嘩腰にも思えるその物言いに、最初の頃のアマヤなら面食らい、怯えていただろう。だが今では、そこに含まれる意味を少しずつ読み取れるようになっていた。
表面の言葉だけを拾えば、とても他人に向ける態度とは思えない。けれど、彼はいつも、誰よりも周囲を観ている。ぶっきらぼうな人当たりに反して、仲間思いで気のいい男だということは、アマヤはよく知っているはずだった。それこそ、彼に出会う前から。
「だって」
その言い方には、少しだけ開き直るような響きがあった。口をついて出たのは、自嘲に似た吐露である。突き放されることに慣れてきたからこそ、ほんの少し愚痴のようなものも口にできるようになったのだ。弱音とまでは言えないけれど、以前の彼なら飲み込んでいたはずの言葉だった。
「星々の運行、北辰の鈍り、空の翳、全てが凶相を呈しているっていうのに、打つべき手立てが見つからないんだ」
「あ? なんだって?」
「ごめん、なんか恥ずかしくてわざと分かんないこと言っちゃった」
そう言った直後、アマヤは荒っぽく頭をがりがりとかいた。めったに見せない乱暴な動きだった。自分の振る舞いに恥を感じ、それをごまかそうとしているのだ。先に見えている凶事を相談することもできず、さりとて来るに任せて放置する気にもなれず、ポエティックな言葉で有耶無耶にしてみようとしても、それもうまくはいかないのだ。
「天気予報っ」
わざとらしいほど明るい声色で言い切ったその瞬間、ゾロの目元がぴくりと動いた。黙ったまま、苦々しげに眉を顰める。
「まもなく襲撃が降ってくるでしょう」
アマヤが占い師らしい声音で告げる。先ほどとは打って変わって、奇妙な確信に満ちた言い方だった。その一言で、ゾロはしばし黙りこみ、そしてあからさまなため息をつく。
わざと大げさに見せた部分と、逆に本当のところを隠した部分が混ざり合い、アマヤの言葉はどこまでが冗談で、どこからが予言なのかわからなくなる。けれど今のは”当たる”方の部類だと判断できてしまった。
間も無く、アマヤは静かに船室へと引き下がった。ゾロはその後ろ姿をちらりと見送っただけで、特に声をかけることもない。ただ、ようやく一人になれたとばかりに、船縁を枕にして横になろうとした、そのときだった。
甲板を打つ足音、そして水飛沫と怒声。まさに予報通りの襲撃が始まったのだった。
甲板に上がってきた複数の気配が、風の音に紛れて一瞬遅れてゾロの耳に届いた。半ば目を閉じかけていた身体が反射で動く。剣に手をかけたときには、すでに一団が乗り込んできていた。
「……!! 寝込みを襲ったつもりだったが……」
「誰だてめェら……、名乗れ」
一対多の有利を笠に着ているのだろう。乗り込んできた連中は剣士の威圧を受けてもなお、平然として宣う。
「名乗れって? えェ……? ”海賊狩りのゾロ”……! おれ達ァ賞金稼ぎ」
「泣く子も黙る!! ”フランキー一家だ!! やっちめェ!!」
怒声が上がり、足音が一気に迫る──が、騒ぎは長くは続かなかった。
ほんの数十秒。まるで潮が一気に引くような静けさが訪れる。剣の音が収まったころ、甲板には襲撃者の姿はなく、その中心に立つゾロの影だけがあった。
遅れて船室からひょっこりと顔を覗かせたアマヤに、ゾロが忌々しげに声を投げる。
「てめェ、分かってたんならくる前に始末すりゃいいだろ」
「……ゾロくんの格好いいところが見たくって?」
そう返すアマヤは、両手を胸の前で合わせて小首を傾げる。わざとらしく甘ったるい声音に、しかし返ってきたのは鋭い舌打ち一つだった。一挙手一投足に怯えるような素振りが減ったのはともかく、こうやっていいように使われるのもそれはそれで腹が立つというものなのだ。とはいえ、うじうじとカビが生えたようなのよりは、この小生意気な振る舞いの方がよほどよかった。
「にしてもお見事。惚れ惚れしちゃうなあ。僕だとこうはいかないから」
武士、剣士と名のつくものは、どうしたって一対一の決闘シーンのイメージがついて回るものだが、ここの大剣豪ときたら一対多も苦としない。それどころか雑兵をかき散らしながら、獰猛な笑みを浮かべている時すらあるときたものだ。
アマヤは手元でくるくると巻き毛を弄び、あの程度では物足りないであろう戦闘員に向けて至極明るくおかわりの提案をしてみることにした。
「今のは襲撃ってほどの襲撃じゃなかったよね。もう一ついっとく?」
「お前が呼んでんのか!!」
「次のは、でも……、」
言いかけて、言い淀む。口元に影を落としながら、ほんの一瞬ためらった末に、低く付け足した。
「精神にくるタイプのやつだ」
