空島あたり
その後、集結した仲間と巨大豆蔓を切り倒し、我らが船長へ決着の道を作るなどして、一味は辛くもエネルを退けた。無事に鐘の音を聞くことができた時には、アマヤにはもうひとかけらの体力も残っていなかったのだった。
もちろんその後には大怪我人の分際で無理をしたとチョッパーに叱られることになった。
そして夜。
空島全土を巻き込んだ祝宴は、前日のキャンプファイヤーなど比にもならないほどの盛り上がりを見せていた。地を求めた者、空に住む者、ついでに青い海から来た者。その誰もが区別なく笑い、叫び、杯を掲げていた。
大鍋からは湯気が立ち、楽器が奏でられ、焚き火は高く、そして優しく空を照らしていた。誰もが輪に加わり、踊り、歌い、食べ、笑う。
そんな中、アマヤはゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りのまま、視線の先にいる目的の人物へと近づいた。どうしても今、話をしておかなくてはいけない相手である。
「アイサちゃん、たくさん食べられた?」
「──あ、静かなお姉さん」
「うん、一つお礼を言わないと、って思って」
アマヤは持っていた杯で改めて乾杯し、アイサの顔を覗き込む。激闘の後でも、その麗かな容貌は健在である。
「ほんの短い間だったけど、修行に付き合ってくれてありがとう。おかげで──」
「聞いたよ。エネルとやり合ったって」
「それも、そうなんだけど。それはあくまで副産物で、ううん、それを副産物って言ってしまうのもアレなんだけど」
「どういうこと?」
アイサは影が揺らめくアマヤの顔をお返しに覗き込み、その真意を測ろうとする。エネルとの戦いに有用であったならば、それ以上に望むことなどあるのだろうか、と言わんばかりだ。
「少しだけ、自信がついたんだ。僕でも戦線に立てるっていうのと、あと、ここに存在しててもいいんだって」
「お姉さん、強いのに弱気なんだね」
「あ、あはは、そう言われちゃうとなあ」
自信のなさと、後ろ向きで弱気な精神には自覚がある。アマヤは幼くも鋭い指摘に心を刺され、お返しとばかりにアイサに告げる。せっかくなので、自分の中でも一番可愛らしく見える表情をわざわざ作って。
「もう一個、言いたいことができちゃった」
アイサは続くアマヤの言葉を聞いて、青海とはなんと広く、多様な世界なのだろうと驚いたのだった。
***
空島からの帰還後、アマヤは静かな診療室の片隅で、チョッパーに再び患部を確認してもらっていた。
「なんかこう、もっと治癒に時間がかかるものだと思ってたなあ」
彼の声音には驚きというより、どこか戸惑い混じりの感嘆があった。こんな大怪我をした経験はないが、それにしたって治 癒が早すぎる気がする。
「うん、普通はそうだぞ。幸い、真皮まで焼き切られている部分はそう多くなさそうだ」
アマヤは腕を持ち上げ、その患部を名医へと晒す。チョッパーは低く構えた姿勢のまま、その傷をじっと見つめていた。小さな蹄がアマヤの腕を支え、患部にかかる光の加減を調整する。
「皮下組織まで熱傷が及んだ場合、そこからの細胞分裂は難しくって、瘢痕が残る可能性が高いんだ。一応もうしばらく湿潤療法を試してみよう。……ごめんな」 「やめてって。僕はあの時最善を尽くしたんだ。今でもその判断は間違ってなかったと思うよ」
迷いはなかった。言葉は穏やかで、けれど芯の通った調子だった。彼は自分の行動を悔いてはいない。ただ、残るものを受け入れている。その様子に、チョッパーは少しだけ目を潤ませた。
「次はおれがアマヤを守るからな!」 「うーん、ヒーラーがタンクを兼ねるのはどうなんだろう。非効率的な気がする。僕が避けタンクとして成長する方が現実的かも」 「ひ……? たんく……?」 「う、ごめん、妙な言葉を使っちゃった」
冗談めかして肩をすくめたアマヤだったが、チョッパーの首を傾げる様子に、ほんの少しだけ頬を赤らめる。言い慣れない前世の用語がふと漏れる癖は、今も抜けない。かといってそれをこの世界の人にも通じる言葉になおすための語彙を、しかしアマヤはもち合わせていなかった。
「右腕の方はどうなんだ?」 「それが、全然もう痛くなくって。ほんとに折れてた?」 「ああ、あの時は赤紫になって腫れてたし、若干の変形もあったから間違いないと思う」 「ちょっとアザは残ってるかな〜」 「うん、そっちはそのうち綺麗に治るよ」
右腕の回復に安心したかのように笑うチョッパーだったが、その視線はふと、再び脇腹へと戻った。言葉にはせずとも、目の奥にある憂いは隠しきれない。 アマヤはそれに気づいていた。けれど、自分の身体に宿る痕が、誰かの優しさをこんなにも引き出すのだと思えば、不思議とそれも悪くないと感じてしまうのだった。
「やだなあ。服で隠れる部分だし、いいよ。肌を見せる相手がいるわけでもない。……勲章だから見せつけてもいいんだけど」
アマヤの声音は軽やかだった。ともすれば醜くも感じられる傷跡が、やはり誇らしい。もしかしたら自分を溺愛する家族たちは悲鳴をあげるかもしれないけれど、それでも自分の活躍とともに堂々と報告できる自信があった。
「傷って、勲章なのか!?」 「そう。特に、誰かを守ってできた傷なら勲章でしょう。優しさの痕跡だよ」 「じゃあ……!」
チョッパーの反応は、驚きと尊敬の混じったもので、目を大きく見開いていた。
「ルフィの顔の傷も、ゾロの体の傷も誰かを守った時の勲章なのかな!」
純粋なそのまなざしには、子どものような信頼と憧れが満ちている。その傷の生まれた瞬間、両方を知っているアマヤとしては、彼らが”守った”ものが人ではないこと、それが優しさに起因するものではないことを直接伝えることは躊躇われたのだ。何より、この可愛らしい瞳に溢れる憧れに否定を突きつけたくはなかった。
「チョッパーくん、守るべきものって、人だけなのかな」 「え?」 「自分の住処、財産、行動の自由やプライドだって、守るべきだと思わない?」 「お……おお……!!」
チョッパーの反応は期待をはるかに超え、瞳は星のようにスパークしていた。興奮した耳がぴんと立ち、身体全体が嬉しそうに弾んで見える。まるで今、ひとつの大発見に立ち会ったかのように、感動をその小さな身体いっぱいに広げていた。 アマヤは静かに目を伏せた。心の中で、そっと息を吐く。たしかに、ルフィもゾロもあの傷を、誰かの命と引き換えに背負ったわけではない。けれど、自分の信念や誇りを貫くために選んだ戦いの痕だ。ならば、今の自分の言葉は嘘ではない。むしろそれ以上に、あのふたりらしさを表す答えだとすら思える。チョッパーの無垢なまなざしを守るには、それで充分だった。
「よし、洗浄もできた。ワセリン塗って、被覆して、包帯で固定すれば終わりだぞ」
手際よく処置を終えていくチョッパーの様子を、アマヤは静かに見つめていた。小さな蹄は慣れたもので、動きには迷いがない。その丁寧さの奥にあるのは、知識の豊富さだけでなく、傷に触れることの重みを知る者の、確かな思いやりだった。
「ありがとう。こっちももうほとんど痛くないんだ。名医のおかげだね」 「! 褒められても! 嬉しくねェぞ!!」
照れ隠しに体をくねらせるチョッパーの姿に、アマヤは小さく笑みをこぼした。その仕草はあまりにも愛らしく、無防備で、心がふっと温かくなる。この愛らしい姿と人の心に寄り添う優しさもまた、彼の目指す万能薬の一つであるに違いない。
包帯の端を結び終える直前、不意に木製の扉が大きな音を立てて開いた。
「あ、悪い」
その扉の向こうから、慌ただしく飛び込んできたのはウソップだった。だが彼は状況を一瞥しただけで、目を丸くし、勢いよく扉を閉めた。
「……?」
ぽかんとした顔で、チョッパーは閉じられた扉を見つめていた。
「えーと……、ウソップくーん、入っていいんだよ〜、僕です」 「そうか!! お前男だったわ!!」
バタンと再び開く扉。勢いそのままに、ウソップが飛び込んでくる。
「紛らわしいし時々間違えるんだよなー。あとそろそろおやつの時間だってよ」
やれやれとばかりの口調である。この船のコックほどあからさまではないが、彼もまた十分に紳士であることが、こうやって時折顔を覗かせる。アマヤは好感を湛えてくすくす笑いをした。
どうやらこの狙撃手は部屋の隅にある工具箱に用事があったらしく、手を突っ込んでゴソゴソと音を立てている。彼が工具箱を漁っている間にも、外から足音が近づいてきていた。次の瞬間、勢いよくダイニングの扉が開いた。 どやどやと、賑やかな笑い声とともにルフィを先頭に仲間たちが雪崩れ込んでくる。その流れは、もはや入室というより突撃に近いものだ。もちろん、常の姿である。
その中には、ナミとロビンの姿もあったので、アマヤは背後の椅子に置いていたシャツを掴んだ。白く柔らかい布を肩に引っかけながら、軽やかに両腕を通す。包帯の上からそっとシャツを閉じる動作はどこか優雅で、慌てているようには見えなかったが、内心は冷や汗ものだ。流石に女性陣に肌を晒す気にはなれない。
「なんだァ? ウソップ、さっき開けたり閉めたり」 「見りゃわかンだろルフィ、こいつだよこいつ!」
そういう機微に疎いルフィは困惑しているようだったが、サンジはダイニングの中の様子を見た途端全てを把握したらしく、手を叩いて笑っている。その様子が気に入らなかったのだろう、ウソップの輪ゴムが見事に大笑いするコックの額を打つのだった。
「アマヤー、お前髪切れってマジで」 「やだよ。これが可愛いんだもん。早く慣れてください」
工具箱への用事を終わらせたウソップは椅子の脚を軋ませながら、背中を預けるように体重をかけていた。彼の文句に、しかしアマヤは一切悪びれることなく、首元のラベンダー色の巻き毛を指先でふわりと弾いた。
「そうよ、アマヤはこれが一番似合ってるんだから、これでいいの」
ナミは当然のような顔で隣に立ち、アマヤのふわふわした髪に手を差し入れた。くしゃりと柔らかく撫でるその手には、優しさと肯定が詰まっていたので、アマヤは素直にその視線を上げた。細めた目の奥に、安心と喜びが静かに揺れる。 ところがそれを見咎める男がいる。
「よし」
冷えた表情でサンジが手にしていたのは既に唸りを上げるバリカンだった。
「よくないっ!」 「次の島は夏島かもしれねェ、親切心でやってんだおれは」 「せめて言い訳しないで自分も撫でて欲しいって言って!!」
アマヤは慌ててテーブルの反対側へと逃げ出す。
「ナミさん♡ おれの髪型も褒めて♡♡ そして撫でて♡♡」 「いやよ」 「よし」 「よくないっ!!」
ダイニングの椅子を飛び越え、テーブルの端をすり抜けながら、アマヤは必死にサンジの手から逃れることになるのだった。その騒動の中でも改めて自分の体の治癒力に驚きつつ。
もちろんその後には大怪我人の分際で無理をしたとチョッパーに叱られることになった。
そして夜。
空島全土を巻き込んだ祝宴は、前日のキャンプファイヤーなど比にもならないほどの盛り上がりを見せていた。地を求めた者、空に住む者、ついでに青い海から来た者。その誰もが区別なく笑い、叫び、杯を掲げていた。
大鍋からは湯気が立ち、楽器が奏でられ、焚き火は高く、そして優しく空を照らしていた。誰もが輪に加わり、踊り、歌い、食べ、笑う。
そんな中、アマヤはゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りのまま、視線の先にいる目的の人物へと近づいた。どうしても今、話をしておかなくてはいけない相手である。
「アイサちゃん、たくさん食べられた?」
「──あ、静かなお姉さん」
「うん、一つお礼を言わないと、って思って」
アマヤは持っていた杯で改めて乾杯し、アイサの顔を覗き込む。激闘の後でも、その麗かな容貌は健在である。
「ほんの短い間だったけど、修行に付き合ってくれてありがとう。おかげで──」
「聞いたよ。エネルとやり合ったって」
「それも、そうなんだけど。それはあくまで副産物で、ううん、それを副産物って言ってしまうのもアレなんだけど」
「どういうこと?」
アイサは影が揺らめくアマヤの顔をお返しに覗き込み、その真意を測ろうとする。エネルとの戦いに有用であったならば、それ以上に望むことなどあるのだろうか、と言わんばかりだ。
「少しだけ、自信がついたんだ。僕でも戦線に立てるっていうのと、あと、ここに存在しててもいいんだって」
「お姉さん、強いのに弱気なんだね」
「あ、あはは、そう言われちゃうとなあ」
自信のなさと、後ろ向きで弱気な精神には自覚がある。アマヤは幼くも鋭い指摘に心を刺され、お返しとばかりにアイサに告げる。せっかくなので、自分の中でも一番可愛らしく見える表情をわざわざ作って。
「もう一個、言いたいことができちゃった」
アイサは続くアマヤの言葉を聞いて、青海とはなんと広く、多様な世界なのだろうと驚いたのだった。
***
空島からの帰還後、アマヤは静かな診療室の片隅で、チョッパーに再び患部を確認してもらっていた。
「なんかこう、もっと治癒に時間がかかるものだと思ってたなあ」
彼の声音には驚きというより、どこか戸惑い混じりの感嘆があった。こんな大怪我をした経験はないが、それにしたって治 癒が早すぎる気がする。
「うん、普通はそうだぞ。幸い、真皮まで焼き切られている部分はそう多くなさそうだ」
アマヤは腕を持ち上げ、その患部を名医へと晒す。チョッパーは低く構えた姿勢のまま、その傷をじっと見つめていた。小さな蹄がアマヤの腕を支え、患部にかかる光の加減を調整する。
「皮下組織まで熱傷が及んだ場合、そこからの細胞分裂は難しくって、瘢痕が残る可能性が高いんだ。一応もうしばらく湿潤療法を試してみよう。……ごめんな」 「やめてって。僕はあの時最善を尽くしたんだ。今でもその判断は間違ってなかったと思うよ」
迷いはなかった。言葉は穏やかで、けれど芯の通った調子だった。彼は自分の行動を悔いてはいない。ただ、残るものを受け入れている。その様子に、チョッパーは少しだけ目を潤ませた。
「次はおれがアマヤを守るからな!」 「うーん、ヒーラーがタンクを兼ねるのはどうなんだろう。非効率的な気がする。僕が避けタンクとして成長する方が現実的かも」 「ひ……? たんく……?」 「う、ごめん、妙な言葉を使っちゃった」
冗談めかして肩をすくめたアマヤだったが、チョッパーの首を傾げる様子に、ほんの少しだけ頬を赤らめる。言い慣れない前世の用語がふと漏れる癖は、今も抜けない。かといってそれをこの世界の人にも通じる言葉になおすための語彙を、しかしアマヤはもち合わせていなかった。
「右腕の方はどうなんだ?」 「それが、全然もう痛くなくって。ほんとに折れてた?」 「ああ、あの時は赤紫になって腫れてたし、若干の変形もあったから間違いないと思う」 「ちょっとアザは残ってるかな〜」 「うん、そっちはそのうち綺麗に治るよ」
右腕の回復に安心したかのように笑うチョッパーだったが、その視線はふと、再び脇腹へと戻った。言葉にはせずとも、目の奥にある憂いは隠しきれない。 アマヤはそれに気づいていた。けれど、自分の身体に宿る痕が、誰かの優しさをこんなにも引き出すのだと思えば、不思議とそれも悪くないと感じてしまうのだった。
「やだなあ。服で隠れる部分だし、いいよ。肌を見せる相手がいるわけでもない。……勲章だから見せつけてもいいんだけど」
アマヤの声音は軽やかだった。ともすれば醜くも感じられる傷跡が、やはり誇らしい。もしかしたら自分を溺愛する家族たちは悲鳴をあげるかもしれないけれど、それでも自分の活躍とともに堂々と報告できる自信があった。
「傷って、勲章なのか!?」 「そう。特に、誰かを守ってできた傷なら勲章でしょう。優しさの痕跡だよ」 「じゃあ……!」
チョッパーの反応は、驚きと尊敬の混じったもので、目を大きく見開いていた。
「ルフィの顔の傷も、ゾロの体の傷も誰かを守った時の勲章なのかな!」
純粋なそのまなざしには、子どものような信頼と憧れが満ちている。その傷の生まれた瞬間、両方を知っているアマヤとしては、彼らが”守った”ものが人ではないこと、それが優しさに起因するものではないことを直接伝えることは躊躇われたのだ。何より、この可愛らしい瞳に溢れる憧れに否定を突きつけたくはなかった。
「チョッパーくん、守るべきものって、人だけなのかな」 「え?」 「自分の住処、財産、行動の自由やプライドだって、守るべきだと思わない?」 「お……おお……!!」
チョッパーの反応は期待をはるかに超え、瞳は星のようにスパークしていた。興奮した耳がぴんと立ち、身体全体が嬉しそうに弾んで見える。まるで今、ひとつの大発見に立ち会ったかのように、感動をその小さな身体いっぱいに広げていた。 アマヤは静かに目を伏せた。心の中で、そっと息を吐く。たしかに、ルフィもゾロもあの傷を、誰かの命と引き換えに背負ったわけではない。けれど、自分の信念や誇りを貫くために選んだ戦いの痕だ。ならば、今の自分の言葉は嘘ではない。むしろそれ以上に、あのふたりらしさを表す答えだとすら思える。チョッパーの無垢なまなざしを守るには、それで充分だった。
「よし、洗浄もできた。ワセリン塗って、被覆して、包帯で固定すれば終わりだぞ」
手際よく処置を終えていくチョッパーの様子を、アマヤは静かに見つめていた。小さな蹄は慣れたもので、動きには迷いがない。その丁寧さの奥にあるのは、知識の豊富さだけでなく、傷に触れることの重みを知る者の、確かな思いやりだった。
「ありがとう。こっちももうほとんど痛くないんだ。名医のおかげだね」 「! 褒められても! 嬉しくねェぞ!!」
照れ隠しに体をくねらせるチョッパーの姿に、アマヤは小さく笑みをこぼした。その仕草はあまりにも愛らしく、無防備で、心がふっと温かくなる。この愛らしい姿と人の心に寄り添う優しさもまた、彼の目指す万能薬の一つであるに違いない。
包帯の端を結び終える直前、不意に木製の扉が大きな音を立てて開いた。
「あ、悪い」
その扉の向こうから、慌ただしく飛び込んできたのはウソップだった。だが彼は状況を一瞥しただけで、目を丸くし、勢いよく扉を閉めた。
「……?」
ぽかんとした顔で、チョッパーは閉じられた扉を見つめていた。
「えーと……、ウソップくーん、入っていいんだよ〜、僕です」 「そうか!! お前男だったわ!!」
バタンと再び開く扉。勢いそのままに、ウソップが飛び込んでくる。
「紛らわしいし時々間違えるんだよなー。あとそろそろおやつの時間だってよ」
やれやれとばかりの口調である。この船のコックほどあからさまではないが、彼もまた十分に紳士であることが、こうやって時折顔を覗かせる。アマヤは好感を湛えてくすくす笑いをした。
どうやらこの狙撃手は部屋の隅にある工具箱に用事があったらしく、手を突っ込んでゴソゴソと音を立てている。彼が工具箱を漁っている間にも、外から足音が近づいてきていた。次の瞬間、勢いよくダイニングの扉が開いた。 どやどやと、賑やかな笑い声とともにルフィを先頭に仲間たちが雪崩れ込んでくる。その流れは、もはや入室というより突撃に近いものだ。もちろん、常の姿である。
その中には、ナミとロビンの姿もあったので、アマヤは背後の椅子に置いていたシャツを掴んだ。白く柔らかい布を肩に引っかけながら、軽やかに両腕を通す。包帯の上からそっとシャツを閉じる動作はどこか優雅で、慌てているようには見えなかったが、内心は冷や汗ものだ。流石に女性陣に肌を晒す気にはなれない。
「なんだァ? ウソップ、さっき開けたり閉めたり」 「見りゃわかンだろルフィ、こいつだよこいつ!」
そういう機微に疎いルフィは困惑しているようだったが、サンジはダイニングの中の様子を見た途端全てを把握したらしく、手を叩いて笑っている。その様子が気に入らなかったのだろう、ウソップの輪ゴムが見事に大笑いするコックの額を打つのだった。
「アマヤー、お前髪切れってマジで」 「やだよ。これが可愛いんだもん。早く慣れてください」
工具箱への用事を終わらせたウソップは椅子の脚を軋ませながら、背中を預けるように体重をかけていた。彼の文句に、しかしアマヤは一切悪びれることなく、首元のラベンダー色の巻き毛を指先でふわりと弾いた。
「そうよ、アマヤはこれが一番似合ってるんだから、これでいいの」
ナミは当然のような顔で隣に立ち、アマヤのふわふわした髪に手を差し入れた。くしゃりと柔らかく撫でるその手には、優しさと肯定が詰まっていたので、アマヤは素直にその視線を上げた。細めた目の奥に、安心と喜びが静かに揺れる。 ところがそれを見咎める男がいる。
「よし」
冷えた表情でサンジが手にしていたのは既に唸りを上げるバリカンだった。
「よくないっ!」 「次の島は夏島かもしれねェ、親切心でやってんだおれは」 「せめて言い訳しないで自分も撫でて欲しいって言って!!」
アマヤは慌ててテーブルの反対側へと逃げ出す。
「ナミさん♡ おれの髪型も褒めて♡♡ そして撫でて♡♡」 「いやよ」 「よし」 「よくないっ!!」
ダイニングの椅子を飛び越え、テーブルの端をすり抜けながら、アマヤは必死にサンジの手から逃れることになるのだった。その騒動の中でも改めて自分の体の治癒力に驚きつつ。
