空島あたり

「あ、アマヤ……ご、ごべんな”、おで……!!」
「チョッパーくん、無事?」
 
 声を出すと、自分の喉がひどく乾いていることに気づいた。返事をする代わりに、チョッパーは涙ぐんだまま叫んだ。
 
「おれじゃねェ! アマヤ! まだ起きるなよ!!」
 
 船内がざわざわと賑やかしくなってきていた。断片的な物音が、遠ざかっていた意識を少しずつ現実へと引き戻す。どうやら、あれから幾ばくかの時間が経っているらしい。
 チョッパーとピエールを担いで、川から神殿までどうにか辿り着いた。もう一度潜って戻ろうとしたところで、サウスバードが空の騎士を引き上げたのだ。そのあとの記憶は途切れていた。きっと、そのまま力尽きたのだろう。アマヤはそっと息を吐いた。
 
「もうみんな来たからな! オデだぢ……うゔ!」
「ごめんね、力不足で、怖い思いさせちゃった。……みんなが来たなら安心だね」
 
 泣き止まないチョッパーの頭に手を伸ばそうとして、顔をしかめる。脇腹が思っていた以上に鋭く痛んだ。じっとりと焼けた箇所が、まだ熱を持っている。
 
「……ちょっと肉が削げてんだ。しばらくは化膿止めの軟膏を塗りながら皮膚の再生を待たなきゃな。でも……」
 
 言葉を濁した先で、チョッパーが深く俯く。耳がぴんと張ったまま動かず、小さな肩が震えている。
 
「多分跡が残る。それに、右腕に骨折もあったし、擦過傷だらけだし、……皮膚の移植も考えたけど、範囲が広すぎるのと設備が整ってないから……」
 
 どこか自分に言い聞かせるような口調だった。アマヤは、かすかに笑みを浮かべる。
 
「チョッパーくんは?」
「おれ、全然」
「よし。じゃあ計画通り! ヒーラーを守るのは団体戦のセオリーだからね!」
 
 その言葉に、チョッパーが顔を上げた。心底驚いたような顔で、ぽかんとアマヤを見る。自分を責めず、明るく笑うその姿に、チョッパーは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。あれだけ船を大切にしていたウソップも、真っ先に自分たちの身体を慮ってくれた。冒険組の仲間たちも、戻ってきた自分たちをねぎらい、戦いを労ってくれた。小さな獣は改めてより良い自分への思いを高めたのだった。
 
「おう、アマヤ、珍しく根性入ってたな」
「全然ダメ、メインマスト守りきれなかった。悔しいよ」
 
 扉を押し開けて入ってきたのはサンジだった。片手に冷やした水の入ったボトルと、タオルを提げている。彼にしては珍しく、口調は柔らかい。彼は黙ってアマヤのそばまで来ると、そっと水を手渡した。船室はすっかり臨時の病室と化していた。包帯や薬の匂いが立ちこめ、あちこちに手当て道具が散らばっている。
 
「そうやって包帯巻いてると、なんだ……男前が上がったな」
「でしょ、僕もそう思う。ナミさんもロビンさんも惚れ直してくれるかな」
 
 アマヤは痛みを堪えつつ、わざと軽く返す。
 
「そりゃ厳しいな。元々惚れてねェし」
「サンジくんよりは脈あるもんね」
 
 サンジのひどくわかりにくい心配をケラケラと笑いながら受け流し、アマヤは体を起こす。皮が引き攣れると確かに痛むが、名医の処置後だということもあって、そろそろと動く分には問題はない。下半身に支障がないだけでも御の字だということにする。
 
「みんなは?」
 
 アマヤが水を飲みながら問いかけると、サンジは窓の外をちらりと見た。
 
「外で報告会中だ」
「僕もいこ」
「アマヤ! 無理するなよ!!」
「大丈夫。……なんか焼いてる匂いするし、お腹減ったし」
 
 へら、と笑いながら立ち上がったアマヤに、チョッパーはおろおろとついてまわり、サンジは半ば呆れながらも、念のため斜め後ろに位置取りした。ふらつく足取りに手を伸ばす準備は、いつでも整っている。
 カラス丸に揺られて森へ降り立つと、葉擦れの音と共に、仲間たちの声が聞こえてくる。地面に降り立った瞬間、アマヤを見つけたナミが勢いよく駆け寄ってきた。
 
「……何やってんのよアマヤのくせに」
 
 涙を浮かべかけた瞳で、ナミは一歩踏み出したものの、寸前で手を止める。しばくつもりだった手が、そのまま空中で震えていた。
 
「えへへ、面目ない。……ほら見てサンジくん、ナミさんが僕に好意的」
「遠慮したのよっ!」
 
 叫んだ直後、ナミはもう一度しっかりと手を振り下ろし、アマヤの頭を軽くぺしんと叩いた。痛みよりも、どこか安堵が先に広がる音だった。暴力にたどり着いたナミを、しかしサンジは女神の如き優しさであると賛辞したのであった。
 
***
 
 夜の帳が下り、キャンプファイヤーが乾いた薪を弾けさせながら、大きく揺れていた。その火を囲み、一味は今しがた得た手がかりに胸を躍らせている。黄金という名の夢に、誰もが浮き立ち、憧れを新たにしていた。
 最初こそ難色を示していたナミも、気づけば大笑いで酒を煽り、隣のウソップと肩を組んでいる。炎のそばでは、サンジが串焼きを返し、ルフィが鼻歌まじりに手拍子を打ち、楽しげな踊りが始まっていた。
 
 その輪の少し外側、光と影の境界に佇む数名がいた。踊りには加わらず、離れた場所からその喧噪を眺めている面々。その中に、当然のようにアマヤの姿もあった。
 
「心綱だよ、心綱っ」
 
 半分だけ火に照らされたアマヤの横顔から、不意に大きな声が繰り出される。日中の出来事を改めて話し合っていた相手であるロビンは、彼の突然のその声にきょとんと目を丸くした。
 
「動きの先読みをされるの、辛かった……」
 
 焚き火の明かりが、彼の淡い髪を照らしていた。
 
「先読み」
「そう、能力か技術か、多分微細な視線とか呼吸とかの動きを読んで相手の心を推察するというか」
「技術だとして、相当の鍛錬が必要になりそうね」
「だよね。それで、チョッパーくんに怖い思いさせちゃって……」
 
 悔しさが言葉ににじんでいた。ちらちらと揺れる焚き火の光が、彼の影もまた不規則に踊らせる。
 包帯に包まれた細い腕と脇腹には隠しようもない痛々しさがあり、一見すると庇護欲を掻き立てるような風貌である。しかしその実、アマヤの心は沈んではいなかった。哀愁を纏って見えるそれは、決して敗北に浸る弱さではない。ただ、自分の力が足りなかったことを真摯に認め、次に備えようとする、静かな闘志があった。
 
「ごめんなさいね、船を離れてしまって」
 
 ロビンがふと、視線を焚き火から彼に戻す。
 
「ううん、それも必要なことだったと思うから」
「そうかしら? 話によると襲撃は私達が船を離れたからって……」
「でも、その調査のおかげで黄金への指針が見つかったわけでしょう。どうだった? 他には面白いもの、見つかった?」
「ええ、地上にいては見つからないものが、たくさん」
「素晴らしい成果だね」
 
 前夜祭のざわめきの中で交わされたその会話を、少し離れた場所からゾロが横目に見ていた。会話の内容を探っているわけではない。ただ、その様子を見守るように、警戒と関心の入り混じった視線である。
 
「それに比べて僕は、船を直すどころか壊してしまって」
 
 ぽつりと落とされた言葉に、ロビンが目を細めた。他人には底抜けに優しいアマヤだが、その優しさは、滅多に自分に向けられることがない。根本的に彼は、自分に対する信頼をもっていないのだ。
 
「約束一つ守れない、この弱さが不甲斐ないよ。役に立たなくて、ごめんね」
「占い師さん……、言い過ぎよ」
 
 静かに、けれどはっきりとした声でロビンが諌めた。自分を責めるものであれ、必要以上の言葉は聞いていて胸が痛む。まして、今回は命を懸けて守ろうとしたのだ。責められる道理など、どこにもない。
 
「……ごめん」
 
 かすかな声でアマヤが謝る。だがその重たげな空気も、やがて仲間たちの笑い声や、満身創痍の空の騎士の登場で和らいでいった。
 
「でも、今回ではっきりしたよ。僕は読む側であって、読まれる側なんて真っ平ごめんだってこと」
 
 アマヤは誰にともなく、今後の自分の方針を呟きつつ誓う。今後も憧れの彼らと行動を共にするにあたって、これまでのような受動的な態度では乗り切れないことも出てくるだろう。そうなった場合、同行を諦めるのではなく、自らを高める方へ向かいたいという意思の表れである。
 
 そして、薄い雲なのか霧なのかわからないものにけぶる月明かりの夜が来た。アマヤはそこに星の姿を確認できないことにため息をつき、木の幹に寄りかかったままうつらうつらとしていた。
 
 少し離れたところでウソップがゾロに泣きついている声が聞こえる。ああ、きっとウソップくんは行き倒れるだろうから、介抱しに行かなくては、と微睡の中のアマヤは瞼に力を入れる。けれども、怪我と疲労で休息を求める体からの睡眠欲求に争うことはできなかったのだった。
 
4/7ページ
スキ