午前零時のロマンチカ
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おうちに帰る時間だよ。そう言おうとすると、ユアの姿は決まって見えなくなる。何で、どうやって察するのかはわからないが、いつのまにかそばから消えていて、帰りたくない、と背中で訴えるのだ。どこにいるのかはその時々で、リビングでココと遊んでいる時もあれば、ヨンジェのベッドに潜り込んでいる時もある。
「今日はどこかな〜?」
口の中で小さく呟きながら椅子から腰をあげる。長時間画面に集中していたために凝った身体をほぐしながらリビングへと続くドアを開けると、香ばしい香りと耳に心地いい音がヨンジェを出迎える。
「…ユア〜?」
「なあに〜」
そうっと声をかけたヨンジェに、壁付きのキッチンと向かい合ったまま返事を返したユアはずっとこの家に住んでいたかのように風景に馴染む。
「なにしてるの?」
「お料理」
「さっき食べたじゃん」
「6時間前にお昼ご飯をね?」
「え、夜も一緒に食べるの?」
「…だめなの?」
ユアの隣に立ったヨンジェは顔を覗き込み思わず怯む。この顔に弱いのだ。拗ねたふりをするユアの顔を見てしまうと、作戦だと分かっていてもなんでも言う事をきいてしまいたくなる。
「だめじゃないけどお〜」
「ユアの作ったご飯食べたくない?」
そしてこれだ。ユアはこういうとき、自分のことを名前で呼ぶ。どの兄よりもユアを甘やかしている自覚はあるが、ユア自身もヨンジェがどうすれば望みを聞いてくれるのか、しっかりとわかっているのである。唇を尖らせ、哀しそうにヨンジェから目を逸らすいじらしいその姿にヨンジェはああ、と声を漏らし、機嫌をとるようにユアを背後から抱きしめる。
「たべたいよたべる〜」
「いやなら無理に食べなくてもいいんですけど」
「ごめんって!食べる!」
「ほんとうに?」
「ほんとに!」
「帰れって言わない?」
「う、う〜〜ん…」
「言うんだ」
「だってユアのこと帰さないと煩い人がいるでしょう?」
「そんなの無視しちゃえばいいじゃん」
「出来たらしたいんですけど」
「じゃあしたら?」
話を聞いているのかいないのか、嬉しそうに振り返ったユアのお腹に腕を回したまま、ヨンジェは身体を少し離す。
「やだよジェボミヒョン怖いもん…」
「大丈夫!ボミオッパにはばれないよ!だってもう宿舎に居ないもん!」
「そういう問題?」
「そういうもんだい」
「あとお前のお母さんも煩いじゃん…」
「お母さん?」
「ジニョンイヒョン」
「ヨンイオッパ?」
「ジェボミヒョンよりも怖いよ、なんなら」
「こわくなーい!ほら、食べよ?」
後ろから抱きつかれているにもかかわらず手を器用に使い作られていく料理にヨンジェは思わず感嘆の声を漏らす。
「…オムライス」
「美味しそうでしょっ?」
「うん」
「お兄さんの分はあとであっためて食べてもらって」
「うん、ありがと」
「何描いてほしい?」
そうだな、と呟いた時には絵心のないユアによって少し歪んだハートが卵の上に描かれていた。最初っから自分の好きなようにするならきかなきゃいいのに。肩に顎を乗せ、くすりと笑うヨンジェにユアは擽ったそうに身をよじる。ユアのそういうところが好きだ。
「写真撮る?」
「撮る!」
ポケットからスマートフォンを取り出したヨンジェに向かって笑顔を向けるユアに頬が緩む。
「かわいいね、似合ってる」
「いいでしょう?オッパが買ってくれたの」
「そうなの?センス良いオッパだね」
「自分で言わないでくださぁい」
頻繁に遊びに来ては食事を提供してくれるユアに、ヨンジェがプレゼントしたエプロンだ。気に入ってくれたのか、プレゼントしてからキッチンに立つ回数が増えた気がして、ヨンジェはくすぐったい気持ちになった。
「お泊まりしても良い?」
「許可取ってないでしょ?」
「取ってきた取ってきた」
「絶対嘘のやつだ」
「電話すれば良いでしょう?」
「だぁめ、俺が怒られる」
「じゃあ無断外泊しよ」
「それこそ殺される」
「かわいい妹をひとり外に放り出すんだ」
「ご飯食べたら一緒に帰るよ」
「え〜〜けちけち!こんなに尽くしてるのに!」
「お、じゃあアイスは食べない?」
「…………ずるい」
「要らないならいいけど?」
「そんなのずるいずる〜い!!!」
空になった皿をキッチンへと持っていくヨンジェは騒ぎながらついてくるユアに目尻を下げる。
「それで?食べるの?食べないの?」
「…………」
「締切るよ〜ご、よん、さん」
「…ッ、ちょっとだけ遠回りしてもいい?」
「ふふ、しょうがないな。いーよ」
「やった!」
「さっさと皿洗ってバスキンロビンスまで行こう」
「ほんとに?!いいの?!だいすき!」
「お腹壊すからダブルまでね」
「キングにしよ」
「それはずるいだろ」
悪戯の成功した子どものような顔をこちらに向けるユアに笑顔を返しながら、過保護な兄たちへどう言い訳をしようか、トークチャットの増えていく数字を頭の片隅に思い浮かべるのだった。
月がまあるくなる前に