Toka Toka
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ソンウは多くのアルバイトを掛け持ちしていた。
その日も例に漏れず単発の仕事が入っていて、事務所に所属していた当時本当の弟のようにソンウによくしてくれていた職員が紹介してくれたものだった。
屋外で行われる音楽番組の運営補助。名目はそんなもので、客席と舞台のほんの少しの隙間に立ち、ファンの動向に目を光らせる、言ってしまえば簡単な仕事だ。
特に好きな歌手がいるわけではないが、興味は人並みにある。今一世を風靡する歌手達が自分のすぐ背後で歌い踊るのだ。気にならないと言う方が無理だ。
仕事中、後ろを振り返ることは禁止されているらしいが、ちょっとくらいならいいだろう。そう、会場に向かいながら気楽に考えていた。
ソンウは寒さにめっぽう弱い。では暑さに強いかと言われればそれもまた否なのだが。
インナーを2枚に首まであるトップス、足首まで隠れるスキニーに靴下も2枚。ペディンを羽織ればいつもの冬はほぼ問題なく過ごせる。はずだった。
その日はとても寒い日だった。
それが寒波だったと、帰ってから見たテレビで知ったのだが。
朝早くから行われるリハーサルにもしっかりと出席しカメラをステージへ向けるファン達に目を向けながら、ソンウは自分の考えの甘さを悔やんでいた。
寒い。とにかく寒い。もう足の感覚はなくなった。ロング丈のペディンを羽織っていても物凄く寒い。
普段テレビでよく流れている歌たちが背後から聴こえてくるが、もう本当にそれどころではないくらい寒い。
インカムから聞こえる現場責任者の声に返事をしながらカチカチとなる歯を必死に抑えつける。
これで大丈夫だと判断した朝の自分を殴り付けたいくらい寒い。帰りたい。冷たい空気を吸い込むのが嫌だ。寒い。
吐いた息が真っ白に染まる。
「大丈夫ですか?」
後ろから突然掛けられた声に驚いて振り返ると、そこには舞台の上にしゃがみ込みソンウを見る女の子。
上着すら羽織らずにいるその女の子の格好は、レザーのショートパンツにシースルー生地のシャツ、首には太めのチョーカーを付けている。黒に統一されたその姿が彼女の白い肌を際立たせる。
タイツを履いていると言えど明らかに季節感を無視したその姿にソンウの目は更に見開く。
「あれ、大丈夫じゃない?」
「……え、と」
「寒いですね、今日」
「あ、はい」
「ふふ、なんで敬語?……オッパですよね?」
「え?っと…」
「あれ、ちがう?私は、97年生!」
「あ、95年生です」
しゃがみ込んだままころころと笑う彼女は自分の膝の上で腕を組み、キラキラとした目でソンウを見つめる。
「だからなんで敬語ですか?」
「う、あ、ごめん」
「とっても寒いでしょう?」
「うん」
「袖からずっと見てたんです、寒そうだなって。だから〜これ!」
そう言って差し出されたのは二つのカイロ。
固まったまま受け取ろうとしないソンウに女の子は眉を下げながら首をかしげる。
「……いらないですか?」
「……貰っていいの?」
「これ、すっごぉくあっつくなるやつなんです!私のお気に入り!」
「…ありがとう」
はい!と手渡されたカイロの温もりにソンウが思わず頬を緩ませると、女の子の顔が僅かに赤くなる。
「やっぱり…ものすっごいかっこいいですね。俳優さんみたい」
「あ、どうも」
「袖からず〜〜っと見てたんだもんな〜」
「ちょ、っと!ビニオッパ!言わないでよ!」
女の子の後ろに立った、これまた首に揃いのチョーカーをつけた長身の男が女の子に向かってニヤニヤと笑う。女の子とは違いペディンを着ているのでそこまで寒くなさそうだ。
「すみません、全然断ってくれていいので」
「ナンパしてなーい!」
「かっこいいからカイロあげたんだろ?」
「う、ちがうし!寒そうだからあげたんだし!」
「面食いめ」
「ちがうってば〜!」
いきなり芸能人に声を掛けられたこと、そして自分を置いてけぼりにして進む2人の会話に呆気にとられたソンウは固まったまま舞台の方に身体を向けていたが、どこから見ていたのか、インカムから前を向けと指示が入る。
慌てて舞台に背を向けたソンウだったが、2人は御構い無しにソンウに話しかける。
「オッパは大学生ですか?」
「……うん」
「ただの?」
「はい」
「どこかの事務所に入ってないの?」
「あ、はい」
「ええ〜〜?じゃあうちの会社に入れちゃいましょうか、オッパ?」
「俳優志望?」
「あ、はい」
「ほら〜ちょうどいい!オッパ〜、お願い!」
「いや、俺採用担当じゃないし」
「俳優志望?とか聞いてたくせに!」
「オーディションは?受けてないんですか?」
「あ〜〜ちょっと、複雑で」
「……なるほど」
ソンウの芳しくない口調で察したのか、それ以上踏み込んでこない二人にソンウも曖昧に返事をする。
「もう!寒くないですか?」
「えッ?」
ソンウが後ろを向いていたことを注意されたことを察したのか、自分からソンウの顔を覗き込もうと舞台から勢いよく飛び降りる。
「おい、飛び降りんの、お前またヒョンに怒られるぞ」
「ビニオッパが黙っててくれればバレないよ」
「僕ここにいるんだけど〜?」
「ごめんなさいヨニオッパ!次から階段使う〜!そんでそんで、もうあったまりました?カイロ」
「え、あ、うん!」
「お喋りしてたら寒さもちょっとは紛れるし!」
「お前はイケメンとお喋りがしたいだけだったけどな」
「いいじゃないですかあ ちょっとくらい下心あっても…」
「や、カイロもらえただけでも有り難いのに、お喋りもしてもらえて、嬉しかったよ」
「……わ、私も好きです」
「告られてないぞ〜」
口を尖らせて男を一瞬見た女の子は視線を戻し、笑顔でソンウの手をとる。
「オンジュロ、157 3の6」
「え?」
「うちの会社の住所です。いつか、また!待ってますね」
「え、っと」
首をこてんと傾けながら満面の笑みを浮かべた女の子は、ソンウの手を離すとそのまま階段を上がって行ってしまう。
「お前本気かよ」
「んふふ〜来てくれたらいいなあ」
背の高い男の人がペディンのポケットから出した手を女の子の肩に回し、舞台袖にはけていく。その姿が消えるまで視線は追おうとするものの、インカムから聞こえたノイズにソンウは肩を跳ねさせ客席に身体を向けた。
オンジュロ、157、3の6。記憶力は決していい方ではないのに。歌を歌うような女の子の喋り口調が、ソンウの頭から離れない。
「あ、なまえ…」
聞きそびれたその一番重要な情報に首を落とし落胆するのだったが、その後、仕事をこなしながら公演を見たソンウは相手がアイドルであることを無事に思い出し、急いでスマホを取り出し名前を明らかにすることに成功した。
チョ・ユア
その名前が大スクリーンに映し出される遠くない未来、芸能人とアルバイターだった二人は、お互い練習生として、再び相見えることになる。
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