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「いらっしゃいませ!」
時刻はお昼時。店は客で賑わう時間帯。名無しとコナンはお目当ての喫茶ポアロにやって来た。
いつも通りドアを開け、いつも通り店員の榎本梓に挨拶をして食事をする予定だった。しかし、梓の姿は見当たらない。彼女の代わりにいたのは褐色肌に金髪の男性だった。名無しは彼の姿を視界に捉えると、大きく目を見開く。そして、周りの人々、喧騒が、時間が、止まったように感じたのだ。
__降谷、零
名無しはそう声に出そうとした。しかし、実際に出たのは音ではなく空気。ぱくぱくと金魚のように口を開閉する。
きゅっと心臓が縮こまる、そんな感覚が名無しを襲う。
何故、ここに降谷零がいる?
名無しは必死に考える。高校卒業以来、彼に一度も会っていない。勇気をだして連絡をしてみたが、彼に通じることは一度もなかった。ひゅっと息が漏れる。そして、微かに震える指先。
"降谷"と名無しがもう一度口を開こうとした。しかし、それは彼によって遮られる。
「やあ、コナンくん。いらっしゃい。隣にいる女性は知り合いかな?」
え、と声が漏れた。
彼は何を言っているのだろうか。名無しには理解できなかった。否、理解したくなかった。
__もしかして、忘れられている?
名無しは拳を握りしめ、視線を床に移動させる。そんな名無しの様子に気づいていないコナンは、彼の言葉に大きく頷いた。
「うん!神々廻名無しさんだよ!最近は忙しくて来れなかったけど、ポアロの常連さんなんだ!」
猫を被ったコナンの声に、名無しは少し正気を取り戻す。彼はというと、コナンの言葉に笑顔を浮かべて名無しに向き直った。
「そうなんですか!僕は安室透といいます!よろしくお願いしますね、名無しさん」
安室透と言う男はふんわりと優しい笑顔を名無しに向けた。名無しは安室の言葉に、更に混乱する。
彼は降谷零ではなく安室透と名乗った。彼は降谷零では無いのか?名無しの勘違いだろうか。世界には自分に似た人間が三人存在するとよく言われているが、それを今、目の当たりしているのだろうか。
いや、ありえない。名無しは強く思った。
顔も声も降谷零である。しかし、実際には彼は降谷零と名乗らず安室透と名乗ったのだ。
「……神々廻名無しです。よろしく」
とりあえず、彼に言葉を返さなければいけないと、名無しは口を開いた。
声が少し震えたのは気の所為だろうか。名無しはぐちゃぐちゃな感情を隠すように笑顔を浮かべる。下手くそな笑顔である。
「……名無しさん、大丈夫?」
さすがに名無しの様子をおかしいと感じたコナンは、名無しの服の裾を掴み引っ張った。名無しはコナンの行動にハッとし、大丈夫だと一言告げる。
「無理したツケが回ってきたみたいだ……さっさと栄養補給して寝ようかな」
「……うん、そうだね」
名無しの言葉に納得は出来なかったが、ここで問い詰めたところで彼女は本当のことを言わないだろう。コナンは大人しく案内された席に着く。
いつも行っている店というのもあり、名無しとコナンは時間をかけることなく、料理を注文した。
注文を取るのは、もちろん安室透である。名無しは考えることを放棄した。そして、笑顔を貼り付ける。普段見ることのない名無しの表情に、コナンはぎょっとした。
膨大の仕事、空腹、そして寝不足。名無しは心身ともに限界を迎えていたのだ。
「名無しさん、本当に大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「大丈夫。心配無用だ」
「……」
全く大丈夫ではない。コナンも面倒臭くなったのか、それ以上追求することはなかった。
数分が経過した時、ポツリと名無しが呟く。久しぶりにまともな食事をとったと疲れた様子で言ったのだ。そんな名無しの言葉にコナンは呆れた様子を見せる。
「お願いだからオレの知らないところで死ぬなよ……名無しさん家行ったら名無しさんは既に死体でしたなんてのはゴメンだからな」
名無しを睨みつければ、先程の気味の悪い笑顔は消えた。生気を失った名無しはジトリとコナンを見つめている。
「……その様子をしっかり想像出来てしまった自分が怖い」
「おい」
「コナンくん養って」
「小学一年生に言う言葉じゃない」
わりと真面目にそのような未来を想像していた名無しに、コナンはツッコミをいれる。
するとその会話が聞こえていたのか、安室透はくすくすと笑い声を漏らした。
「すみません。お二人の会話がコントみたいにテンポが良くて笑ってしまいました」
笑い事じゃありませんねと言いながら、未だに笑っている安室。名無しは構いませんよと素っ気なく返した。
「お仕事、お忙しいのですか?」
「最近はわりと忙しかったですね。でも、それも片付いたので栄養とってさっさと寝ます」
「そうなんですね。いつもお疲れ様です」
「はは、ありがとうございます」
笑顔の安室と笑顔の名無し。コナンはその様子を見て、少し恐怖を感じていた。安室は普段通りに笑顔のを浮かべている。問題は名無しの方だ。新一としてもコナンとしても、名無しと過ごしてきたがこのような満面な笑み、貼り付けたように完璧な笑顔を見たことはなかった。やはり、今日の名無しは変だ。それも、安室透という男と会ったときから……
「ね、ねぇ、名無しさん!」
二つの視線がコナンに集まる。
「ボク寄りたいところあるんだけど付き合ってもらってもいい?」
猫を被ったコナン。コナンが気をつかってくれたことに気付いた名無しはバツが悪そうに安室から顔を背けた。
「お会計いいですか?」
「はい、もちろん」
無表情の名無しと笑顔の安室。コナンはほっとする。
「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております」
「ごちそうさまでした」
ドアのチャイムが鳴り、パタリと音をたて、扉がしまった。数歩、歩いたところでコナンが振り返る。
「ポアロに来てから……いや、安室さんと会ってから名無しさんの様子がおかしくなった」
「……」
「名無しさん、安室さんと何かあったの?」
鋭くも心配そうに名無しを見つめるコナン。名無しは表情を変えないまま、コナンと目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「……音信不通の友人と似ていたんだ」
ポツリと名無しが呟く。
「名前も性格も雰囲気も違うのに似ていると感じてしまった。それに私は動揺してしまった……」
みっともない姿を見せて申し訳ない、と名無しは言う。コナンは名無しの悲しそうな表情を見て、返す言葉も見つからなかった。