死にたい少女は星を見る
間一髪。必死で伸ばした腕は、すんでのところでフェンスに乗り上がった彼女の手首を掴んだ。
「だから嫌だってさっきから……」
「違う!」
彼女の見開かれた目から、ボロボロと涙が零れ落ちる。あぁ、僕が彼女を泣かせてしまったのは、いつぶりだろうか。
「僕が……僕が欲しいのは君の顔じゃない。幼馴染だからじゃない。出海だから好きになったんだよ」
手首を思いきり引いて、もう一度抱きしめる。
「お願い……不幸なまま死なないで」
ハッと出海が身体を固くするのがわかった。
「不幸じゃない……私は不幸じゃない。何もしなくっても、ただそこにいるだけで美しいって評価される。どうしようもなくやるせないけれど、これは確かに幸せなことなの……他者の力で輝くのは、幸せだよ」
必死で嗚咽を噛み殺す彼女に、残酷だと知りつつもギュッと一層強く抱きしめる。
「僕は違うと思う……ヒトに生まれた以上、この手と足と目と心臓と頭と……全部使って全部掴み取りたいじゃないか」
フルフルと出海の頭が揺れた。
「いいの!幸せだって、私は恵まれてるんだって、最期くらい思わせてよ……!」
僕の胸板を叩く彼女は、小さい子のように泣き、月の光を一心に受け止めた涙は、流星のように頬を伝った。
「だから、最期じゃない。君には死んで欲しくないんだ……お願い、僕が描くまで待って」
「描くまで……って」
彼女の指先を手に取る。
「ずっと……ずっと昔から、出海のことが描きたかった。僕に、君を描かせてください」
それはまるで告白のようで。
「なに、それ……プロポーズみたい」
耐えきれずに笑った彼女は、やっぱり美しかった。
〜1ヶ月後〜
僕らはまた、夜の学校に忍び込んで屋上から星を見上げていた。
「……それで、描けたの?」
そう言った彼女に、勢いよく頭を下げる。
「ごめん!」
「……は?」
あの次の日、「死のうとしてたのに出雲のせいで気がそがれた」と言った彼女は、日の光の様に柔らかく笑った。
それで気づいたんだ。
もう僕が見ていた、”星の様な彼女”ではないことに。
どんなに観察しても、彼女でありながら彼女でない様な感覚に筆が追いつかず、結局今日に至るというわけだ。
「まだ……まだ、描けないんだ」
「……なんで」
不機嫌さを滲ませる彼女の声に、君こそもう死ぬ気なんて薄れただろうに、と心の中で茶々を入れる。結局彼女は必要とされたかっただけのはずだから、僕のこの描きたいという欲は彼女を引き留めていられるはずなんだ。
「僕が見ていたのは、星の様な出海で……今は、出海は太陽だ。星のイメージで太陽を描くことなんて、僕には出来ない」
だから、と言葉を続ける。
「だから、もう少しだけ待って欲しい」
「待って欲しいっていうのは、どのくらい……なの」
夜風に流される黒髪は、あの日から1cmくらい伸びたはずだ。
「今の出海を僕が知り尽くすくらいまで……かな」
こんなことを言ったら怒られるだろうか、なんて思いながらも、これで引き留めていられるならと思ってしまう自分がいる。
「それじゃああまりかからなそうね」
「えっ」
予想外の彼女の答えに、思わず顔をあげると、右手を握られる感覚。
「これからはずっと一緒にいるから」
遠回しなその物言いに含まれた真意を汲もうとして……ハタと気がつく。
「それって……」
「私のこと好きなんでしょう、死んで欲しくないんでしょう。なら精一杯楽しませて、離さないでいて」
実らないはずの恋は、
「いつか……いつか絶対描いて。……太陽の様な私を」
なんだかあまりにもあっさり、叶ってしまったみたいだ。
「だから嫌だってさっきから……」
「違う!」
彼女の見開かれた目から、ボロボロと涙が零れ落ちる。あぁ、僕が彼女を泣かせてしまったのは、いつぶりだろうか。
「僕が……僕が欲しいのは君の顔じゃない。幼馴染だからじゃない。出海だから好きになったんだよ」
手首を思いきり引いて、もう一度抱きしめる。
「お願い……不幸なまま死なないで」
ハッと出海が身体を固くするのがわかった。
「不幸じゃない……私は不幸じゃない。何もしなくっても、ただそこにいるだけで美しいって評価される。どうしようもなくやるせないけれど、これは確かに幸せなことなの……他者の力で輝くのは、幸せだよ」
必死で嗚咽を噛み殺す彼女に、残酷だと知りつつもギュッと一層強く抱きしめる。
「僕は違うと思う……ヒトに生まれた以上、この手と足と目と心臓と頭と……全部使って全部掴み取りたいじゃないか」
フルフルと出海の頭が揺れた。
「いいの!幸せだって、私は恵まれてるんだって、最期くらい思わせてよ……!」
僕の胸板を叩く彼女は、小さい子のように泣き、月の光を一心に受け止めた涙は、流星のように頬を伝った。
「だから、最期じゃない。君には死んで欲しくないんだ……お願い、僕が描くまで待って」
「描くまで……って」
彼女の指先を手に取る。
「ずっと……ずっと昔から、出海のことが描きたかった。僕に、君を描かせてください」
それはまるで告白のようで。
「なに、それ……プロポーズみたい」
耐えきれずに笑った彼女は、やっぱり美しかった。
〜1ヶ月後〜
僕らはまた、夜の学校に忍び込んで屋上から星を見上げていた。
「……それで、描けたの?」
そう言った彼女に、勢いよく頭を下げる。
「ごめん!」
「……は?」
あの次の日、「死のうとしてたのに出雲のせいで気がそがれた」と言った彼女は、日の光の様に柔らかく笑った。
それで気づいたんだ。
もう僕が見ていた、”星の様な彼女”ではないことに。
どんなに観察しても、彼女でありながら彼女でない様な感覚に筆が追いつかず、結局今日に至るというわけだ。
「まだ……まだ、描けないんだ」
「……なんで」
不機嫌さを滲ませる彼女の声に、君こそもう死ぬ気なんて薄れただろうに、と心の中で茶々を入れる。結局彼女は必要とされたかっただけのはずだから、僕のこの描きたいという欲は彼女を引き留めていられるはずなんだ。
「僕が見ていたのは、星の様な出海で……今は、出海は太陽だ。星のイメージで太陽を描くことなんて、僕には出来ない」
だから、と言葉を続ける。
「だから、もう少しだけ待って欲しい」
「待って欲しいっていうのは、どのくらい……なの」
夜風に流される黒髪は、あの日から1cmくらい伸びたはずだ。
「今の出海を僕が知り尽くすくらいまで……かな」
こんなことを言ったら怒られるだろうか、なんて思いながらも、これで引き留めていられるならと思ってしまう自分がいる。
「それじゃああまりかからなそうね」
「えっ」
予想外の彼女の答えに、思わず顔をあげると、右手を握られる感覚。
「これからはずっと一緒にいるから」
遠回しなその物言いに含まれた真意を汲もうとして……ハタと気がつく。
「それって……」
「私のこと好きなんでしょう、死んで欲しくないんでしょう。なら精一杯楽しませて、離さないでいて」
実らないはずの恋は、
「いつか……いつか絶対描いて。……太陽の様な私を」
なんだかあまりにもあっさり、叶ってしまったみたいだ。