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死にたい少女は星を見る

*
 
「……それで、なんでここなの?」
全力疾走だなんて、運動不足の美術部員にしては過酷すぎた。お陰で上下に揺れる肩が止まる気配は未だない。それでも息切れ切れにそう絞り出した。
「ここなら誰にも聞かれないでしょう……それに、今日は星が綺麗だから」
そんなことを言って夜空を見上げる彼女の横顔には、珍しくも憂いの様な表情が浮かんでいた。彼女が星を好きだなんて、しらなかった。そんなことを思う。だって彼女は夏のあの肌を焦がす様な太陽が似合う人で、いつだって自分自身が輝いている人だから。けれどそれは僕の勝手な押し付けだったのかもしれない。
「……何で、朝は私を避けるの」
ぽつりと出海が切り出す。夜風に揺らるる彼女の髪は、そのまま星空に吸い込まれてしまいそうなほど艶やかな黒色だ。
「別に避けてる、訳じゃなくて」
「嘘。避けてるでしょ?」
あぁ昔ドラマか何かでこんなシーンを見たなぁ、なんて他人事の様に思った。ここで真剣に考えてはいけない。もしボロを出そうものなら彼女は即座に気付いてしまうだろうから……この恋心に。そう思って口を噤む。
「……まあいいや。この話がしたかった訳じゃないから」
この話以外に僕に話すことなんてあるのだろうか……といってもいつもの彼女の話は驚くほどくだらないことばかりだけれど。
 
「あのね」
それは悲痛な叫びのように彼女の唇から溢れ出た。
「私、死ぬから」
 
「……え?」
呆けた様な声を零す。死ぬ?誰が?……彼女が?
「な、んで……」
「何でって……いる意味がないの。わからない?」
急に、彼女との距離が大きくなった気がした。屋上のフェンスに寄りかかって空を見上げる彼女に、どく、どくと心臓がうるさいほどに跳ねる。
「遺書は書いてない。別に私が死んだ後のことはどうでも良いからさ。でも出雲にだけはいっておこうかなって」
淡々と語る彼女は、もう死ぬと決めているのだろう。そこからひょいと飛び降りてしまうかも知れない。それなのに、僕は彼女に近づくことも手を伸ばすことすらも出来なかった。
「だって、誰も”私”を必要としてはくれないでしょ」
きっと彼女の目には、もうあの広大な星空しか映っていない。
それが分かっていながら、僕は彼女を離したくなくて。
 
だから抱き寄せた。
 
「好き、だ」
あれだけ必死で隠してきた、墓場まで持っていくつもりだった恋は、こんなにも簡単に口から転がり出た。けれど、一世一代の僕の告白に対して出海の反応は、至って冷静だった。
「そう……それで?」
細くしなやかな彼女を、失くさないように、手放さない様にと大事な宝物かの如く抱きしめる。
もとより実ることなんて求めていなかった恋なのだから、散っても何とも思わない、はずだった。けれどそれは所詮保身のための祈りであって、現実はもっと非常だった。冷め切った彼女の声に、頬がヒリヒリと痛む。
「だから、死なないで欲しい」
「……嫌。出雲だって、”私自身”じゃなくて、丁度いい”幼馴染”が欲しいだけでしょ。私じゃなくたって、いいじゃない……」
そんな風に大粒の涙を零されたら、僕が彼女の言葉を否定出来るわけがないんだ。

「出海以外でいいなんて誰が言ったんだよ」
それでも、それでも彼女を引き止めておきたくて、必死で言葉を紡ぐ。
「誰もが。結局どんなに私が努力したって、私の代わりなんて、いくらでもいるの」
「そんなこと……」
腕の中で震える彼女があまりにも儚くて、何を言っても、だきしめても、手放しても壊れてしまいそうで。
「私のバイト、モデルなの」
あまりにも不自然な話題の転換に、一瞬腕の力が抜ける。その感覚を掬い上げた彼女が、パシンッと僕の腕を払った。
「ずっとずっと昔から、綺麗だって言われ続けてきたから、それを活かせる場にいようと思って。でもね……」
私、気づいたの。そう言った彼女は、星空を睨みあげた。
「みんなが欲しいのは、私の身体であって、私自身じゃない」
己の身体を掻き抱く彼女の腕は、真珠のように白かった。
「だから……だから捨ててやる。みんなが欲しがる顔をグチャグチャにして死んでやる。この身体は、私だけのものだから」
いやな、予感。
「……じゃあね、出雲」
「待ってっ……!」
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