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死にたい少女は星を見る

*

『メールで話す気がないならいい。今日の夜、うちの前まで来て』
授業中にブーッとスマホが揺れる。ああ見えて、彼女は意外と不真面目なんだ。1番後ろの席だから誰も知らないと思うけど。
『分かった。』
たったそれだけ、送信した。
問い詰められて結局白状させられるんだろうことは十分に分かっている。割と口が堅い方だと自負しているが、そんな僕でさえ口を割ってしまうような引力が彼女にはあるのだからしょうがない。……まぁ最も、僕には口を割る相手さえ満足にいないというのも、自己評価の高さに繋がっているのだが。
なんであれ、従うしかない。それが惚れた弱みというものである。
 
*
 
「……おっそい」
「ごめんごめん」
インターホン越しにも、十分すぎるほど怒気が伝わってくる。そういうところだけ矢鱈真面目なのがたまにキズ。
「……そこで待ってて。上着取ってくるから」
上着を取りに行ったということは、どこかへ連れて行くつもりなんだろうか。あんまり遅くなるのは嫌なんだけどなぁ、と短針が指す8と9の間を見る。
ガチャ、という音と共に彼女が姿を現した。もう風呂に入ったのか、ふわ、と甘い香りがしてそこに否が応でも惹きつけられる。
「……何、その顔。変なの」
よほど呆けた顔をしていたんだろう。ふは、と出海が吹き出す。彼女の体躯が動くごとに甘い香りが漂って、正直溜まったもんじゃなかった。好意を押し留めているっていうのに、そんな努力も水の泡じゃないか、なんて惚れ直してしまったのを彼女のせいにした。
「そんで、どこに行くの?」
「ん〜……ま、いいからついて来てよ」
どこまでも自己中心的に、彼女がそう言った。いつだってそうだ。尊大に、利己的に、女王の様に。これほど我儘な彼女を見れるのは、幼馴染の特権だ、なんて優越感に浸る。
それにしても、白いワンピースと麦わらとソーダ味のアイス、それから唯我独尊の言葉。それら全てが似合うなんてこの世界に彼女しかいないんじゃないか、なんてことを思いながら、僕を置き去りにする様に歩いていく彼女の後を追った。

「い、出海?」
どんどん”知っている”道を歩いていく出海に思わず声をかけた。
「何?」
僕の問いかけにも止まることなく歩く彼女は、ついにそのフェンスに足をかけた。
「いや、僕、夜の学校に侵入するなんて聞いてないんだけど!」
焦って大声を上げた僕の口を出海の手が塞ぐ。
「うるさい。静かにしてよ。……言ってないんだから当然でしょう?」
自己中心主義、ここに極まれり、と言ったところだろうか。
右足を学校を囲うフェンスにかけたまま、彼女がふいっとそっぽを向く。
「そもそも、メールで言わなかった出雲が悪いの。黙ってついてきて」
……ここまで言われてはしょうがない。きっと彼女のことだから、絶対にバレない賞賛でもあるのだろうから。
「早くきて」
「……わかったよ」
カシャンと僕よりひと足先にフェンスから飛び降りて校庭を駆けていく出海。真っ暗な校庭の中を、月明かりの様な真っ白な体躯が駆けていくのは、どこか映画のワンシーンを切り取ったかの如き美しさだった。
「早くしてってば」
背中に目でもついているのだろうか。怒気を含んだ声に呼応する様に僕も飛び降りる。
 
僕が久々に全力疾走をかまして校舎に辿り着いた頃には、非常階段を軽々と跳ぶ彼女の姿があった。屋上にでも行くつもりなのだろうか。
まあどこであれ、僕には出海について行くしかないのだ。
そんなことを思いながら非常階段を二段飛ばしで駆け上がった。
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