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死にたい少女は星を見る

僕の声にふわりと振り返った彼女は、フェンスの向こう側で笑った。
「しょうがないから、最期に話だけ聞いてあげる」
たかがフェンス一枚だけの距離は、あまりにも遠くて。
「僕が……僕が君を描くまで待って!」
必死で捻り出した嗚咽混じりの言葉も、やっぱり彼女には届かなかった。
「そんなに私を描きたいなら、グチャグチャになった死に顔でも描いてちょうだい」
それから、と彼女は続けた。
「好きだったよ、ずっと」
 
伸ばしたはずの手は空を切って
鳥の様に両手を広げた彼女が飛び立つ様は、やっぱり美しかった。
 
涙が追いつくより先に、つま先の下の方からトーンッと音がした。
腕の中に残っているはずの彼女の温もりは、夜風に攫われて冷え切っていた。
 
**
 
乾き切った油絵の具の凹凸に指を這わせながら、7時間前までいた屋上を見上げた。
美術室の備品だからか多少劣化はみられたが、それが逆に彼女の死に様の美しさを際立たせている。感情のままに描いたはずのその絵は、今までで1番綺麗だった。
不思議と全く涙は出てこないまま。
イーゼルに10号のキャンバスを乗せ、頬についた紅色の絵の具を拭う。指先で彼女の唇に触れれば、グロスを塗った様に赤が映えた。
さっき彼女が走った場所を辿る様に、今度は独りで非常階段を登る。足音がひとつ足らないことがどうしようもなく虚しく耳に刻まれた。
 
彼女が掴んでいたのは、こんなに頼りないものだったのか、なんてことをフェンスに足をかけながら思う。
彼女が息をしていないことなんて、もう確認してある。ロミオとジュリエットじゃあるまいし、僕だけ死んで彼女が後を追うなんてことはして欲しくないのだ。
 
「好きだった……か」
やっぱりこの声に答えてくれる人はいなくて。
タンッと右足で蹴る。
 
最期に見えた、まだ太陽の上がらぬ星空は、本当に美しくて。
彼女もこれを見ていたのだろうか。
願わくば、来世は結ばれます様に、なんて柄にもないことを願った。
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