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魔王を滅ぼした人魚のお話

「いつ来ても、ここの水平線だけは美しいよな……」

マオはしみじみとそう呟いた。

「もう帰れなくても……故郷を褒められるというのは嬉しいものですね」

それに照れたようにルフレが笑う。真珠色に輝くセミロングの髪が、それはそれは美しく潮風に靡く。思わず見惚れていたマオが、ハッとしたように目を逸らした。

「それで、泣いてくれるんだろ?」

夕焼けに立つ人魚のあまりの儚さに、直視できないのか、水平線を見つめたままマオが言った。


「その前に、ひとつよろしいですか」

ずっと波打ち際を見るようにめを伏せていたルフレが、不意に振り返った。

「魔王ごっこ、やめません?」

その言葉に、ハッとマオが息を呑む。

「別に、ごっこじゃない……から」
「嘘、ですよね」

怯んだように声の揺れるマオに、ピンと一本芯の張った声が覆い被さる。

「口調も声もそうですけど……本当はその髪も、違うでしょう。あなたの髪は……」
「やめろ!」

鋭い声が反響した。

「ダメだ、それ以上言わないでくれ…」
「……どうして。だって貴方は、本当は」
「言うなってば!!!」

唐突なマオの渾身の大声に、リリスが驚いて飛び立った。

「どうしてそこまで……貴方は、魔王ではないのに!」
「違う、違う!俺は魔王だ!」

泣きそうな顔でルフレが言うのにもかまわず、マオは頭を掻きむしった。

「だって黒い霧だって、作物が育たないのだって、貴方のせいじゃない!貴方は悪くないでしょう!?」

世界一美しいと言われる人魚の声が、掠れて海岸線に響く。

「そうじゃない……そうじゃない!俺が、俺が魔王じゃないと……俺が憎まれないと、ニンゲン達はお互いを殺し合うじゃないか!」

取り乱したようにマオが叫んだ。

「俺が……俺さえ嫌われていれば平和なんだ……誰も死ななくてすむ!もう……もうこれ以上、ニンゲンを失いたくない…!」
「で、でも!……それでは貴方が……!」

これでいいんだ、と続けたマオの声は弱々しく、いつしか嗚咽に変わり始める。

「貴方だけが悪者だなんて……貴方は何も悪くないのに。貴方だけが傷つくなんて、見ていられない……彼らのために、貴方が犠牲になってしまうだなんて耐えられない」

噛み締めた唇が切れたのか、ルフレの純白の頬を紅が伝う。



「……だから、私が滅します。……魔王を」



海岸線には、マオの嗚咽とルフレの決意だけが響いていた。
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