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魔王を滅ぼした人魚のお話

「ん、ぅ……」
「おや、目が覚めたのか」

鈴のような女性の声に、深みのある男の声が重なった。

「あっ、わた、し……」

ハッとしたように女性が喉元を押さえる。

「陸の……言葉?」

シンとした大きな客間に沈黙が降りる。
バサリ、と女性が自分の被る布団を捲ると、瞳が溢れそうなほどめいいっぱいに目を見開いた。

「二本足……なの!?」
最初に無視をされてどこか居心地の悪そうな表情だった男が口を開く。

「海岸で倒れていたから、一時的に変身術で人間の身体にしてしまった。だがあのままではお前は死んでいただろうからな」

ゴホゴホと男が咳き込んだ。

「……ありがとう、ございます」

人魚の方はといえば、一度ちらりと男の方を見たきり、ずっと目を伏せて身体を震わせている。

「……何をそんなに怯えておるのだ、娘」

またも男は咳き込んだ。
また2人の間に沈黙が降りる。

「……ひとつ、お伺いしても宜しいでしょうか」
「聞くだけ聞いてやろう」

人魚が居すまいを正し、それに3度目の男の咳が重なる。

「エメラルドの瞳、鴉のような黒髪、麻色の肌……そして何より、その艶やかな角。貴方様は……かの魔王様でございましょうか」

ほんの一瞬、その薄い桜色の唇から紡がれた声が、まるで呪いの歌であるかのように男は酷く怯えた顔を見せた。

「……いかにも」

地から響くような声を持つ男の肩に、どこからともなく”リリス”と呼ばれた鴉がやってきては留まった。部屋に沈黙に、男の咳払いが染み渡る。
先程まで眠っていたソファの上で、人魚はその細い体躯を一層縮こまらせて肩を震わせた。

「……震える程、この俺が恐ろしいか。何故だ、世界を支配しているからか。沢山の鴉を従えているからか。それとも……この肌と角のせいか」

心臓が縮み上がる様な声色とは裏腹に、どこか吐き捨てるように男が言った。

「貴方様が恐ろしい、ふふっ……だなんて、ふ、誰が言いましょうか」

が、そんな声に怯えもせずにくつくつと声を漏らしながら人魚が零す。

「……ほう?聞かせてみろ」
「ですから……んふふっ、先程から無理矢理声を低く出されておられるのがもう……面白くって」

堪えきれなくなったのか、言葉の端々に笑いが滲んでいた。

「ぼ、俺に、面白い、だと……!?俺は世界で恐れられ、街へ降りればたちまち人はいなくなり、花にすら忌み嫌われると謳われた男だぞ……それを、面白いと!」

男は、声を低くするのも忘れて捲し立てた。

「事実、今だって”僕”とおっしゃり掛けたではありませんか」
「あっ、いや…」

最もな人魚の指摘に、ハッとした顔をする男。

「ではお前は……俺が恐ろしくないのだな?」
「無理に声を低くされなくても……ほら、咳き込んでらっしゃるじゃないですか。えぇ、恐ろしくなんかないです」

キリッとした表情で言ってのける人魚に、男が力が抜けたように座り込んだ。

「そっか……僕を怖がらない人、いたんだ」
「……と仰いますと」

すっかり表情の柔らかくなった男が、ソファの端に腰をかける。

「世界を支配する魔王だからな。全ての生き物から恐れられてしまってな。鴉くらいしか友達がいないんだ」

悲しいことだよねぇ、と頬を掻く男に、人魚がふふ、と吹き出した。

「声も話し方も変えたら、やっぱり全然怖くなんかないじゃないですか!」
「……君こそ、綺麗な顔立ちの割に結構言うんだな」

ジトッと人魚を見つめながら言う。

「ふふ、それはお互い様ではなくて?」
「あはは、全くだ」

二人は、初対面でありながらまるで旧友かのように目を合わせては笑った。

「……人魚さんの名前は?」
「私?私はルフレ。魔王様は?」

ルフレか、と頷いた魔王がハッと顔を強張らせた。

「僕は……なんだったかな。ずっと昔の話だから忘れてしまった」

伏し目がちに笑う男に、ルフレがふと考え込むような顔をする。

「じゃあ……マオ。マオと呼びますね。……確か異国の言葉で緑という意味だったと思うのですが。貴方の瞳は美しい緑色なので」

お気に召しました?と顔を覗き込む彼女。

「マオ……マオか。わかった、僕は今日からマオだ」

ありがとう、と言うかのようにフッと笑ったマオに、ずっと置いてけぼりにされていたリリスが不満げに鳴いた。
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