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魔王を滅ぼした人魚のお話

カカカンッ、カカンッ。
鋭くガラスの音が響く。カーテンを開けると、そこには必死な様子で窓を突くリリスの姿。
5mはあろうかという大きな窓を開くと、積もり積もっていた書庫の埃がふわりと舞った。

「どうしたの、リリス」

リリスの慌てた様子を気にも止めないかのように呑気な調子で話しかける男。

「……海?海岸で何かあったのかい?」

その問いに答えずに、ぐい、と鳥が男の背を押す……まるで、話は良いからとにかく行け、とでも言うかのように。

「わかった、分かったからちょっと待ってよ」

そう首元を撫でてやり、男がパチン!と指を鳴らした。すると、先ほどまで柔らかな室内用のローブだった男の服装が、微風さえ拾って優雅に広がるマントに変わる。
東から顔を覗かせ始めた月が、見惚れたかのように男を照らした。

*

「……こっち?こっちなんてほとんど人が来ないはずだけど……本当にこの海岸で合ってるの、リリス?」

段々日が落ちて見えにくいのかフラフラと、それでいてどこか緊迫した雰囲気で男を鳥が導く。岩陰を乗り越えるように飛び上がった彼女の羽が、月光にテラテラと反射した。

「……あ」

岩陰の向こうを覗き込み、思わず男が声を漏らす。それもしょうがない、そこにはあまりにも眩しい程の美しい雰囲気があったのである。

「なんて、綺麗なんだ……」

男の視線の先には、眠るように目を閉じた、それはそれは美しい女性の姿。唯一、彼女が眠っているのではないと分かるものがあるとすれば……苦しげに寄せられた眉だろうか。それもそのはず、彼女の足先は顔と同じ真珠のような肌ではなく、繊細な飴細工の如く目を惹きつける、オパールを嵌め込んだような鱗だったのだ。白く柔らかな布1枚しか纏っていないというのも、彼女の美貌と相まってか扇情的に男の目を惹きつけた。
つまり、簡単に言ってしまえば……そこにいたは気を失ってしまった、美しい人魚だったのである。
男は暫く見惚れていたが、不意に我に返ったように人魚に駆け寄った。

「……起きているか?」

数度呼びかけても揺さぶっても目を覚まさず。ハッとして脇腹を見れば、そこには薄く切り込まれた鰓がふるふると震えていた。

「変身術は得意じゃないが……」

困ったように頬を掻きながらも男が人差し指を振るうと、水掻きが、耳に揺れる鰭が、鱗が輝きながら消え、2本のほっそりとした脚へと変わった。心なしか、苦しげだった眉も緩んだように見える。

「……まだ起きなそう……だな。夜も更けてきたし今夜は屋敷に寝かせるか……ねぇ、リリス?」

男が振り返った先には、リリスの姿はなく。

その代わりに、星空の元目が見えず、海岸の岩にフラフラとぶつかっている小さな影があった。

「全く……締まんないなぁ」

苦笑いした男は、人魚を抱き上げて海に背を向けた。
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