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魔王を滅ぼした人魚のお話

「う〜ん……やっぱりアレかなぁ……」

広く暖かい書庫には、ページを捲る紙と衣ずれの音だけが響いている。
それも、あの60人に声をかけてからすぐここへ向かい、かれこれもう3時間が経とうかという頃。

「あの光は赤黒い色だったから……禁書の方を見るしかない、か」

禁書なんか、もう300年は読んでないんだけど……と呟きながら、黒く高い本棚の隙間に男は姿を消した。

*

「あった、これだ」

日が傾いてきた頃に漸く、男が口を開いた。その手には、分厚く黄ばんでよれた、魔導書のような本。

「ふーん……人魚の涙……再生の力、ねぇ……もう人魚なんてそうそういないけれど」

開いてあるのは、”封印の魔術による昏倒の蘇生術”と書かれたページ。細かく蘇生の方法が記載されているが……つまりそれは、あの60人が擬似的に死んでいる状態にあることも示唆していて。

「急がないと危ない……かな」

そう呟いた男の声は、あまりにものんびりと響いた。

**

昔々あるところに、小さいけれど暖かい雰囲気の村がありました。
その村に、ある朝小さな泣き声が響きました。
村の人々が泣き声の方へ行ってみると……そこには生まれて間もない、赤子の姿が。
初めは、誰もその赤子に近づこうとしませんでした。何故なら、その子は村の誰とも違う肌の色で、さらには小さいけれど立派なツノが生えていたからです。見てわかる通り、人間の子供ではなかったのです。
けれども、ある女性がその子に歩み寄り、ゆっくりと抱き上げました。そしてあやし始めたのです。
それを皮切りに、あちこちから声が上がりました。

「この子は親がいないんだ」
「種族なんて関係ない」
「この村みんなでこの子を育てていこう」

と。
勿論反対する者など一人もいませんでした。

心優しい人々に囲まれて育った少年は、ヒトを思いやれる暖かい心を持っていました。
ツノが生えていても、肌の色が違くても、他の子となんら変わらずに育ててもらえたのは、そういう人々の村に居られたのは、少年の最初の幸せだったのかもしれません。
優しかった村の人々と少年では、生きる時間があまりにも違いすぎました。一人、また一人と村の人が旅立つ中、自分だけが歳を取らずに若々しいことを、少年は憎みました。共に歳を重ねるというのも、一つの幸せの形だったからです。
それを知ることが出来なかったのは、少年の一つの不幸ですが、ヒトを失う痛みを知れたというのはまた一つ、幸せな事でした。ヒトを愛し、ヒトに愛される。それこそが、少年が身をもって感じたヒトへの愛情の形だったのです。

これはずっとずっと昔のお話。もうあの村の面影はなく、少年がその後どうなったのかを知る人はいません。
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