世界の終演を君に。
夢を見ていた。
それは遠い遠い昔の話。
叶わなかった夢は、微睡の中に溶けて消えた。
*
「っ……凪斗!」
息も整わないままベットに駆け寄る。放り投げたスクールバッグが、床に当たってぐしゃりと悲鳴を上げた。
「凪斗、起きて凪斗!」
学校に、凪斗が意識を失ったという連絡が入ったのは3時……今から約1時間も前の話。
掠れた様な凪斗の呼吸音に重なるように、時計の秒針の音がやけに大きく病室に響き渡る。鮮やかに差し込んだ夕陽が、真っ白な凪斗の頬に紅色の影を落とす。
泣くことしかできない僕が、見守るしか出来ない僕が、手を握ることしか出来ない僕が、ただひたすらに憎たらしかった。
「僕が治すって……それまでは待つって言ったの凪斗だろっ……起きろよ!!」
八つ当たりをする様に駄々をこねる。そうすれば、いつもみたいに困った様に笑って、『ごめんごめん、そうだよな』って言ってくれる気がして。
*
ピッピッピッ__
無機質な機械音が、すっかり暮れ込んだ空に空虚に染み込んでいく。
「ん……」
「凪斗!?」
不意に声を上げた凪斗の手を、反射的にギュ、と握る。
「……斗、羽?」
呼吸器越しの声は、掠れて小さくて……ひどく弱々しかった。
「凪斗っ……目、覚めて……」
「斗羽、手、痛い」
ごめん、と呟いて、そこでようやくどれだけ強い力で握っていたのかに気づいた。
「……ごめんなぁ」
唐突に、凪斗がそう溢す。え、という困惑は声にならずに喉が飲み込んでしまった。
「約束、守れなくて……斗羽には、ずっと笑っていて欲しかったのに、こんな顔させて……」
途切れ途切れに発される言葉はまるで……別れのようで。
「な、に急に……そんなん言わないでよ」
咄嗟に捻り出したのは、そんなありきたりの言葉だけだった。
「死にたくないなぁ……まだ斗羽といたい」
それは、初めて凪斗が僕に言った弱音だった。今まで辛い検査も手術も、『大丈夫』の一言で笑っていた凪斗が、初めて僕に嫌だとこぼしたのだ。
「っ……死なせない、僕が治すまでいてくれるんでしょ」
縋るように、引き留めるように手を握り直す。
「ごめん、ごめんっ……俺も、いたいけど」
声も視線も、だんだんと宙を泳ぎ始めているのが怖くて寂しくて。
「俺のために、頑張ってくれてる、のに」
苦しそうな笑みから、スッと抱えきれなかった涙が滑り落ちる。
「やだ、嫌だっ!置いてくなよ、勝手にいくなよ凪斗!」
「おれ、斗羽の親友で、よかった……」
「なんでそんなこと言うんだよっ、まだ一緒にいるだろ!?」
今にも消えそうな何かを掴むように、離さないように、凪斗を抱きしめる。
「だいすき、だったよ」
最期の言葉は、掠れて小さくて弱々しくて……幸せそうだった。
*
「……凪、斗?」
ずっと遠くを歩く背中に手を伸ばす。
「まって……待って凪斗!!」
走っても走っても彼には近づけなくて。
段々と白い光が、背中もその中に消えてしまいそうなほど強く眩く輝きだす。
不意にその影が振り向いた。
それから、小さな、それでいて悲しげな声で……
「来 ち ゃ 駄 目 だ よ。」
ゆっくりと、彼の姿が光の中に消えていく。
「嫌だ、置いていかないでっ……僕も連れて行って凪斗!」
喉が潰れるほどの叫びも虚しく、視界は一面白に塗りたくられ……
泡沫に、消えた。
それは遠い遠い昔の話。
叶わなかった夢は、微睡の中に溶けて消えた。
*
「っ……凪斗!」
息も整わないままベットに駆け寄る。放り投げたスクールバッグが、床に当たってぐしゃりと悲鳴を上げた。
「凪斗、起きて凪斗!」
学校に、凪斗が意識を失ったという連絡が入ったのは3時……今から約1時間も前の話。
掠れた様な凪斗の呼吸音に重なるように、時計の秒針の音がやけに大きく病室に響き渡る。鮮やかに差し込んだ夕陽が、真っ白な凪斗の頬に紅色の影を落とす。
泣くことしかできない僕が、見守るしか出来ない僕が、手を握ることしか出来ない僕が、ただひたすらに憎たらしかった。
「僕が治すって……それまでは待つって言ったの凪斗だろっ……起きろよ!!」
八つ当たりをする様に駄々をこねる。そうすれば、いつもみたいに困った様に笑って、『ごめんごめん、そうだよな』って言ってくれる気がして。
*
ピッピッピッ__
無機質な機械音が、すっかり暮れ込んだ空に空虚に染み込んでいく。
「ん……」
「凪斗!?」
不意に声を上げた凪斗の手を、反射的にギュ、と握る。
「……斗、羽?」
呼吸器越しの声は、掠れて小さくて……ひどく弱々しかった。
「凪斗っ……目、覚めて……」
「斗羽、手、痛い」
ごめん、と呟いて、そこでようやくどれだけ強い力で握っていたのかに気づいた。
「……ごめんなぁ」
唐突に、凪斗がそう溢す。え、という困惑は声にならずに喉が飲み込んでしまった。
「約束、守れなくて……斗羽には、ずっと笑っていて欲しかったのに、こんな顔させて……」
途切れ途切れに発される言葉はまるで……別れのようで。
「な、に急に……そんなん言わないでよ」
咄嗟に捻り出したのは、そんなありきたりの言葉だけだった。
「死にたくないなぁ……まだ斗羽といたい」
それは、初めて凪斗が僕に言った弱音だった。今まで辛い検査も手術も、『大丈夫』の一言で笑っていた凪斗が、初めて僕に嫌だとこぼしたのだ。
「っ……死なせない、僕が治すまでいてくれるんでしょ」
縋るように、引き留めるように手を握り直す。
「ごめん、ごめんっ……俺も、いたいけど」
声も視線も、だんだんと宙を泳ぎ始めているのが怖くて寂しくて。
「俺のために、頑張ってくれてる、のに」
苦しそうな笑みから、スッと抱えきれなかった涙が滑り落ちる。
「やだ、嫌だっ!置いてくなよ、勝手にいくなよ凪斗!」
「おれ、斗羽の親友で、よかった……」
「なんでそんなこと言うんだよっ、まだ一緒にいるだろ!?」
今にも消えそうな何かを掴むように、離さないように、凪斗を抱きしめる。
「だいすき、だったよ」
最期の言葉は、掠れて小さくて弱々しくて……幸せそうだった。
*
「……凪、斗?」
ずっと遠くを歩く背中に手を伸ばす。
「まって……待って凪斗!!」
走っても走っても彼には近づけなくて。
段々と白い光が、背中もその中に消えてしまいそうなほど強く眩く輝きだす。
不意にその影が振り向いた。
それから、小さな、それでいて悲しげな声で……
「来 ち ゃ 駄 目 だ よ。」
ゆっくりと、彼の姿が光の中に消えていく。
「嫌だ、置いていかないでっ……僕も連れて行って凪斗!」
喉が潰れるほどの叫びも虚しく、視界は一面白に塗りたくられ……
泡沫に、消えた。