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ナジ主のイベント展示作品達

 私の故郷は、かつて滅びを迎えた。
 故郷は鉱物資源に恵まれた国だった。私はその国の鉱夫で、その日はたまたま親方の命で他国へと採石や加工の指導へと赴いていて。
 ──そこで、故郷がバルディスタの将の手により凄惨な最期を迎えたことを知った。

 それから私は一度だけ故郷の地に足を踏み入れた。鉱山の仲間は。私の愛する家族は。私達が心からの忠誠を誓いし王家の方々は。誰か、誰か一人でいい。生き残ってくれた者はいないのかと。
 鉱夫達の声があたりに気持ちよく響き渡っていたあの青空は、今は夜かと錯覚させるほどに真っ暗で、大地は重く、目にするだけで胸が締め付けられような苦しさを覚える呪われた灰が降り積もっていた。草木は枯れ、教会も、酒場も、周りの住居も見る影もなく壊されていた。妻や娘達と幸せな日々を過ごしていた自宅であった場所もまた破壊の限りを尽くされており、壁に、床に、時が経ち黒くなってしまった血飛沫が広がっていた。壁に何か血文字が書かれているのに気づく。恐る恐る読むとそれは私の今後の平和や健康を願う別れの言葉。これを書いたのは妻か。人伝てに耳にした話では、民の中にはゾブリスの手によって操られ、互いに殺しあいをした者達もいたという。せめて……せめて私の家族達はそういったこと無く逝ったことを願う。ここにたどり着くまでに目にしたもののあまりの状況に、私の心はすでに死んでしまっていたのだろうか。いざこの場を目にしても、涙ひとつ流れてはこなかった。
 かつて汗を流し、仲間達と声をかけあいながらつるはしをふるいネクロダイトを採掘していたその鉱山はトロッコが破壊され、中からは何か魔物のような気配もする。
 私はこの国の鉱夫という仕事に誇りを持っていた。この国の歴史は、とある瀕死の男が助けを求める声に導かれ命を投げうった結果、暗黒鉄ネクロダイトを発見したことがすべての始まりであるとされている。いわばネクロダイトはこの国の命であり、それが眠る鉱山そのものがこの国の神である。そんなネクロダイトをはじめとした鉱物資源を採掘し、国の発展に繋げていくためのこの仕事が本当に好きで、その為に鍛冶技術も会得した。この命が尽きるまで、私はこの国とこの鉱山に命を捧げ生きていく、本気でそう思っていた。だが今となってはもう立ち入ることさえ許されない。そのことにやりきれない気持ちを抱きながらも私は相手に気づかれないようにそっとその場を離れ、私は王都へと足を向けた。
 亡国ネクロデア。あれから人は故郷をそう呼んでいた。その呼び名の通りひとっこひとり、使い魔一匹いない、不気味なほど静まり返った城下町。時折なにか獣か竜か、そんなもののおたけびが遠くから聞こえてくる。城へと続く門も破壊されており、この先に広がる光景はもはや見なくても想像がつく。
 この国は、死んだ。
 王も王妃もまだ幼さの残る世継ぎの王子も、この国の命のなにもかもを奪い、私一人だけを生き残らせて。

 遠くに見える、壊されたかつての城へ祈る。
 もし、もしも。暗鉄神ネクロジームの伝説が真実ならば。
 いつかまたこの国が、我らが神に導かれし何者かの手によって、あの頃のように……慎ましくも強く美しく誇り高き、ネクロデア王国として蘇らんことを。
[newpage]
 あれから、二百年以上の時が過ぎた。
 故郷を失ったあの時から、私はその採掘技術や鍛冶の技術を生かしながら魔界中を渡り歩き、流れの職人として生きてきた。
 生きることはできている。だが心は、すべてを失ったあの時に死に、生きる屍のようになっていた。魔界は新たな大魔王が即位し、各国の魔王達が手を取り合って大魔瘴期というものを乗り越えたようだが、はっきり言ってどうでもよかった。だから大魔王が誰なのか、魔王達がどんな魔族なのか、他にどんな魔族が関わっているかなんて知ろうともしなかった。
 ある時のこと。その日請け負った仕事が偶然にもネクロデア領へ繋がる門扉の修繕作業であった。最初はその仕事は断ろうと考えていた。あの地にもう一度足を踏み入れたら、今度こそ私はもう耐えられないだろうから、と。今さら現実を突きつけられて耐えきれなくて発狂して死ぬくらいなら、このまま心が死んだままの方がマシだ。だが、次第になぜかその仕事は受けなければいけないと思うようになっていた。なぜかは分からない。だが、なぜかかの地にもう一度行けなければ、と。もしそれで私が発狂し、自死を選んだとしても、愛する者達の眠る地で最期を迎えるのは悪くない。そう思って。
 はじめにゲルヘナ幻野に面した側を修繕した。あれから、誰かがこの地を封印しようとしたのだろうか。今は解けているが、なにか結界のような呪術がかかっていた痕跡が、その扉のわずかな変色という形で残されていた。それらの痕跡もうまく消していきながらあの頃の姿を取り戻すための作業を進める。そうしてどのくらいの時間が経っただろうか。あたりはすっかり日も暮れていた。今日はここまでか。仕事道具をしまい、そうして、明日はこちら側まで始められるだろうからと作業の計画をたてるため二百年以上ぶりにその扉を開いた。ギィ……という鈍く重い音に導かれて、私は再びかの地へと足を踏み入れる。
 その世界を見て、私は思わず息を飲んだ。
 かの地は変わらず大地に灰が積もっていたが、その空はあの頃のように澄み渡り、無数の星が輝いていた。これが……あのネクロデアなのか?あの時にすべてが死に絶えた?
 まるで吸い込まれるようにその先にある洞窟を潜り、領土へと踏み入れる。あの頃はまさに『めちゃくちゃ』という表現しかできなかったその地には今は星空の下、誰かが建立しきちんと手入れが行き届いた墓標がそこかしこにたてられていた。所々、小さな花も咲いている。一体誰が。たまたま通りすがった誰かがこの国を訪れて、魂を慰めてくれたのか?こんなに多くの墓標を、言葉は悪いが赤の他人が?
 呆気にとられていると、遠くからなにか煙があがっているのがみえた。あれは高台の方か。誰かいるのか?この地に、生者が?
 ゆっくりと、煙が上がる方に向けて歩みを進める。と、ややしばらくしてぼんやりとふたりの人影が見えてきた。こんなところで何をしてるのか、声をかけてみようとその人影に近づく。ひとりは……これは人間だろうか。角の無い、肌の色も我々とは違う女性。その足元にはかがり火が焚かれ、火の灯りに照らされたその顔はそこへ祈りを捧げていることがうかがえる。その隣には、こちらは魔族であろう大柄の男性の姿。黒いコートに身を包み、右目は戦かなにかで失われたのだろうか黒い眼帯で覆われていた。残されたもう片方の目はかがり火の煙がのぼる先を見つめている。
 ……まさか、と思った。背筋がぞわっとする。それは恐怖ではなく、感動で。
 二百年以上経っているのだ。その姿はもはや子どものそれでは無いのは当たり前だ。けれど、その横顔。この国の王妃であったお方によく似た髪や、そもそもその男性が纏うその実直で、真面目で、何よりもこの国の王も纏っていたその高貴さや強い心の表れた表情。
「ナジーン……王子……なのですか?」
 思わず口をついて出た言葉。それが聞こえたのだろう。祈る女性もそれを止め、空を見上げる男性もその視線を 私の方へと向けた。
「そうだが……君は一体?」
 男性は驚いた表情で私を見た。ああ、まさか、こんなことがあるだなんて。
「私は……かつてこのネクロデアで生まれ育ち、あの日たまたま他国へと赴いていて難を逃れた鉱夫で……」
 無意識に声が涙を含み、掠れていた。それでもそこまで言うやいなや、私の身体は突然強く、力強く抱き締められた。それは亡霊などではない、生者のぬくもり。
「よく……よく生きていてくれた。君だけでもよく……ネクロデアの民よ……」
 その声もまた震えていた。この国を、皆を、私の無力さゆえに守れなくて、辛い思いをさせてしまって申し訳ない、と。その大柄な身体越しに見えた女性もまた、信じられないとばかりに口元を両手に当てて驚きの表情を見せ、そうして涙を流していた。
「ナジーン様のせいではありません……それより、王子だけでもよくぞご無事で……」
 ああ、この国は死んでいなかったのだ。あの日、すべてを失ったと思っていても。この国は生きていた。こうして、ここで、ネクロデアの生き残り……しかも王子と生きて再会することができたのだから。

 それから。
 私達は場所をうつし、小さな小屋の中に備えられた椅子に腰を下ろした。そこはアデロア湖のほとり。かつてはこの方の母君、ルーテア様の別荘が建てられていた場所。聞けばここは、王子とこの女性が元の建物を修繕したものだという。
 先ほど何をしていたのかと問えば、あれはアストルティアという地で本日行われている、死者の霊を一晩だけ呼び戻して、その地を聖なる力で護ってもらえるという伝説にちなんだ儀式であったらしい。まさか、そんな時にたまたま偶然立ちあうことができ、しかも王家の方の生存を知ることができたとは。もしや請け負っている今のこの仕事は、このために神に導かれしものだったのだろうか。
 私達は身分差など無いかのように互いの生存を喜びあい、在りし日のネクロデアを偲んだ。そうして──王子から出た言葉に私は言葉を失った。
「こちらの大魔王殿と、この国を復興させようと思っているのだ」
 ひとつは、この人間が大魔王であるということに。なぜ人間が魔界の統一者となっているのか。驚いた顔で女性を見ると「大魔王っていっても名ばかりなんですけどね」と困った様子で笑っていた。
 もうひとつ。王子は今確かに仰った。この国を復興させると。それは死んだ心の中で、あの日からただひとつの願い。あの時城へ捧げた祈り。ああ、ネクロジームは、神は、この国を護ってくださっていた。いつかくるこの日のために王子を護り、そうしてこの国をもう一度蘇らさんと。
「君は、鉱夫だったと言っていたな。この国は知っての通りかつては鉱物資源により繁栄した地だ。……もし迷惑じゃなければ、君の力を貸して貰えないだろうか」
 王子のその言葉に、私は一も二も無く頷いていた。

 そうしてそれからどれほどの時が経ったであろうか。
「名ばかりの大魔王」と笑っていた女性は当たり前かもしれないが実際には我々には想像もつかないほどにとんでもなく顔が広く、少しずつではあるが魔界の各地からだけではなく異世界だというところからも様々な種族がこの地にやってきた。ナジーン様はどうやらこの国から逃げ延びたあとは今のファラザードの魔王と苦楽という言葉では簡単に済ませられないような日々ををともにし、今はかの国の副官としてのその手腕を発揮しているらしい。そのファラザードからは人手も、物資も、特に手厚い支援が届いていた。
 この地が国として蘇るためには当然ながら住居や店舗や、他にもたくさんの建物が必要である。それらを建築したり、そのための資材を集めるために新しい鉱脈を開拓したり時にはなんと大魔王自らが、曰く「殺しても死なない、この丈夫な身体だけが取り柄だから!」とこの国では笑えない冗談を言い、なんと自分で打ち上げたというつるはしやスコップなどを掲げ率先して皆の先頭に立った。余談だが女性が打ったそれらの品は仕上がりの質が完璧で、この大魔王という方は本当は何者なのだろうという疑問だけが日々増えていく。けれど日々それを見ているナジーン様は実にあっさりしたもので「彼女は止めるだけ無駄だ。大人しくなんて言葉とは対極の女性だ。私の言うことなんてこれっぽっちも聞いてもらえないからな」と主に内政面の整備に取り組まれていた。
 そうして皆で手を取り合い、一から蘇らせたこの国。今は澄んだ青空が広がり、その下では鉱夫達の掛け声や、その周りで遊ぶ子ども達の声が響く。住居エリアではどこからともなく食事のいい香りが鼻をくすぐり、酒場からは軽やかなピアノの音が聞こえてきた。
 そんな様子を高台から幸せそうに見守るのは、今はこの国の魔王となられたナジーン様と、その王妃となられた大魔王様。魔界統一の頂点である大魔王様がこの国では魔王を支える王妃であり、ナジーン様は魔王となられた今も定期的にファラザードと行き来してはそちらでのおつとめも果たされているらしい。色々とツッコミどころはあるが、お二人がそれでいいならいいじゃないかというのが今のネクロデアの民達の総意だ。今の魔界はこの「名ばかりの大魔王」の元で、各国の魔王達がそんな大魔王に心からの忠誠を誓い、その地に生きる全ての者達が手を取り合う世界なのだから。
 ネクロデアの復興にあわせたお二人のご婚礼の報はそれはそれは民達をはじめ魔界中、世界中に祝福されたものであった。今お二人が式典の際にその身を飾る王冠とティアラは先代の魔王夫妻が身に付けていたもので、ついてしまった傷などの修復や打ち直しなどをこの私に一任していただけたのは私の最大の誇りである。あの日この地であのお二人に出会っていなければ、私は今頃どうなっていたのだろうか。
 この国を、私をもう一度蘇らせてくれたお二人へ生涯をかけての忠誠を誓い、そしていつかまた生まれ変わった大切な仲間達や愛する家族達とも、あの日お二人と出会ったようにきっとこの地で再会できると信じて。
 私は今日も仕事道具を持ち、鉱山へと向かったのだった。
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