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ナジ主のイベント展示作品達

 『それ』に込められた意味なんて考えたこともなかった。そんなことも知らなかった私は、やっぱり人より圧倒的に恋愛経験値が足りていないのだろうか。
 あ、でももしかしたらナジーンにもそんな気はないのかもしれないし。うん、きっと考えすぎだと信じたい。けどどうしよう。そんな話を聞いちゃったら恥ずかしさや照れで頭がいっぱいになって、今からでもそれを落とそうかななんて考えてしまう。でもせっかくもらったものだし、約束もしてるし、何より時間がもう……

 ファラザードの客間。そこでアワアワと慌てふためく私を見て、ここでの私の専属侍女になってくれているウテンちゃんが呆れ1割、からかい9割といった様子で楽しそうに笑っていた。
「本当に知らなかったんですかぁ?まあ、それも大魔王様らしいですけどねっ!」
 でももうそんなことでいちいち恥ずかしがるような関係でもないでしょうにと言われ、私は思わずウテンちゃん!と彼女を睨む。そんな私をみて彼女はまたケラケラと笑い出した。
 今の私の服装は、普段の旅の時には確実に身に纏わないであろうパレオ風のワンピース。ウェディの女性達が好みそうなそれは、ヴェリナードと深い交流があるアスバルの案でアストルティアから魔界へと持ち込まれたもののゼクレスでは不評で(そりゃそうだろうな、と思ったのはアスバルには内緒)、代わりに今はここファラザードで大人気のファッションとなっているらしい。たしかに城に来るまでにもバザールなんかで似たようなワンピースを着た女性達を何人もみたし、開放的なイメージのあるこのデザインは砂漠の国によく合っていると思う。ただ、それがアストルティアのものより色も派手で全面に柄がついていたりとアレンジされているあたりは、どんちゃん騒ぎが大好き……もとい、砂漠の不夜城たるこの国らしいと思う。もっとも、ド派手なものだと絶対着ない!となる私の性格を知っている彼女が選んだものはそういった類いではなく黒がベースで、スカート部分に白とグレーの花柄があしらわれた、モノトーンの割と落ち着いたデザインのものだったのだけど。
 抱えていた依頼も片付いて数日ぶりにファラザードへ戻った。曰く、「嬉しさを隠しきれてないんだけどどこかそわそわしてて落ち着きがなくて、要するに挙動不審でした!」という私を見つけたウテンちゃんはそれでなにかを察したらしく、玉座の間に挨拶にいこうとした私を半分拉致のように客間に呼び込むと、そのまま半強制的に湯浴みをさせて(もちろん依頼明けで多少身体も土ぼこりなどで汚れていたし、落ち着いたら汗を流したいなとは思っていたのだけど)、そうして「ナジーン様の元へ向かわれるときにはこれをお召しになってくださいねっ!」とそのワンピースを持ち出してきたのだ。そうしてイエスもノーもないままそれを着せられて。旅の時は邪魔になるからとひとまとめにしてる髪には「ちゃんと旅先でもお手入れしてくださいよ……」と呆れられながら何かオイルのようなものをつけられた。あ、いい香り、と思っているうちにあれよあれよと髪を梳かれ、気づいたときにはこれは誰の髪?と思うほどサラサラになっていて。更にはこれまたファラザードで今流行りらしい小さな髪飾りをつけられていた。
「これでよし、っと」
 私を着せかえ人形にしたウテンちゃんは完成したその姿に満足そうに頷いて。
「これはきっとナジーン様も大魔王様に惚れ直しちゃいますねっ♪」
とそう言った。
「ウテンちゃん!!」
 その言葉に急激に恥ずかしさが込み上げてきた私は思わずそう声をあげて。鏡を見なくても真っ赤だろうと分かる熱くてたまらないその顔をパタパタと手で仰いでおちつけ、おちつけ、と自分に言い聞かせた。
 そうしてパタパタしたり用意してくれていたレモン水を飲んだりスーハースーハーと大きく深呼吸を繰り返したりして、ようやくなんとか落ち着きを取り戻してきた頃。私はふと先日交わしたナジーンとの約束を思い出した。
「これから私と会うときは、これをつけてきてほしい」
 そう言われて渡されたのは、小さな貝殻で作られたコンパクトケース。私は大事なものをあれこれといれてある道具袋の中から、一際大事にしまっておいたそれをそっと取り出した。
「あれ?大魔王様、それ、なんですかぁ?」
 それに気づいたウテンちゃんがそう尋ねてきた。
「これ?リップケースだけど?」
 興味津々、と言ったように覗き込むウテンちゃんにそれを開けて中を見せる。そこには綺麗な色のついたリップと小さな筆が納められていた。
「え、大魔王様が色つきのリップをお持ちなんですか?」
 普段の私を知るウテンちゃんは驚いてそう聞き返してくる。 
「いや、気持ちは分かるけどそんなに驚かなくても。この前交易所に来てた行商人さんに見せてもらったときにこのケースが気に入っちゃって……」
 その言葉になるほどー、とウテンちゃんは納得の表情を見せて。けれどその表情が、なにかに気づいたときのものだということまでは私の方は気づけなかった。
「確かに綺麗な貝殻ですもんねぇ」
「でしょ?」
「はい!……でも、珍しいですねぇ、大魔王様、普段あまりメイクとかなさらないのに」
 そういえば先日、ナジーン様とディンガ交易所まで行かれたんでしたっけ?そこまで言ったウテンちゃんは心なしかニヤニヤしているように見える。逆に私は痛いところを突かれたと思わず慌ててしまった。そんな私を見てやっぱりね!というウテンちゃんの嬉しそうなその様子に、うう……と思わず唸り声をあげてしまう。そうなのだ。私は普段ほとんどメイクというものをしない。本当は私くらいの年頃の女性はメイクとかも気をつかっているのが普通なんだろうけど、悲しいかな、私の日々の生活の中ではメイクはかなり優先度が低くなってしまう。元々どこの世界にいてもこき使わ……頼りにされやすいタイプらしく、私自身もノーと言えない性格ゆえに常に何かに追われている毎日である。せっかく綺麗にメイクをしても、世界中あちこち、なんなら時空まで飛び回っているうちに汗だくになってすっかり落ちてしまうのだ。落ちてしまえばいいけど、中途半端に崩れた状態の時の自分をたまたま宿の鏡で見てしまったときにはあまりのあまりに泣きたくなった。なので、普段は滅多にメイクをしないのだけど……
「その、これ、前に、買ってもらって……」
 答えてたらなんだかまた恥ずかしくなってきて、最後はもごもごと消え入りそうな声になってしまった。ウテンちゃんはやっぱりー!!と嬉しそうだ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。もうナジーンとの関係なんてとっくにウテンちゃんにはバレてるし、なんなら多分この国中どころか魔界中にバレてる節さえある。なのにどうしても慣れなくて、ナジーンとの事を口にするのは照れが先行してしまう。

 そう、それは彼に買ってもらった貝殻製のコンパクトケース。以前アストルティアからの行商人達がこぞってディンガ交易所にやってきた時にたまたま私もファラザードに来ていて。聞けばナジーンはこのあと視察と今後の交易の打ち合わせもかねてそこへ向かうらしい。私自身はその後すぐまた旅立たなければいけなかったのだけど、少しだけでも一緒にいたいという気持ちと、それ以上に、魔界を訪れたアストルティアの人達がこの世界をどう思うかが気になって仕方なくて「警護係をします!」と宣言して一緒について行ったのだ。最初にそれを聞いた時ナジーンは本当に大きな呆れたようなため息をついた。
「大魔王殿が私や行商人達の警護をするのはおかしいと思いませんか?普通逆でしょう。それに、私情を挟まれるのはあまり誉められたことではありませんが」
 お小言モード突入である。こうなったときのナジーンはお説教が長くなるし色々と面倒くさい。うわ、やっちゃったかなとちょっと後悔したけれど、今回はユシュカから助け船が出た。
「まあいいじゃないか。我らが大魔王様はアストルティアに造詣が深くていらっしゃるからな。お前だけじゃなくてアストルティアの者達のことも魔界でうまく過ごせているか心配で仕方ないんだろう」
 私の方を見てウインクしながらもう言ったユシュカにナジーンはもう一度大きなため息をついた。けれど最終的には「確認が終わったらすぐに次の目的地に向かってくださいよ?」という約束をさせられた上で、無事に一緒に来ることができたのだ。
 ナジーンは行商隊のリーダー達と何やら話をしたり積み荷を確認したりと忙しそうにしていた。さて、私はどうしようかな。そう思ってふらふらと歩いてたとき、たまたま近くに設置された露店を見つけた。どれどれ、とその品揃えを覗いてみる。と、その時目に飛び込んできた、この淡いピンクの貝殻を加工したコンパクトケースが綺麗でそれに見入ってしまったのだ。
「うわぁ、綺麗!」
 思わず感嘆の声をあげてしまう。
「これが欲しいのか?」
 と、突然背後から聞き慣れた声がした。私の声が聞こえたのだろう。ようやく手すきになったらしいナジーンが隣にやってきたのだ。
「君が何かを欲しそうにしているなんて珍しいな」
 そう言いながら腰に手を回し少しだけ私を抱き寄せてきた。体温が一気に上がってドキドキする。さっきまであんなにお前は来るな的なオーラを出していたのにキャラが変わりすぎじゃないだろうか。実はナジーンはプライベートの時間には割とこういうところがある。だけどこちらとしてはいきなり人前でそうされることにいつまでも慣れないし、なんなら恥ずか死にそうになるのでできればちょっと遠慮願いたい私をよそに、ナジーンはそのまま私が見入っていたそれにそっと手を伸ばしてきた。
「それで、これはどういうものだ?」
「き、綺麗だよね。何かを入れるコンパクトケースみたいだけど……」
「こちらは、主に女性が口紅やリップクリームを入れるものなんですよ」
 私達の会話を聞いていたらしいその店の女性露店商が、その隣にあった同じようなものを手にとって中を開けて見せてくれた。
「これは、アストルティアの海岸で手に入る貝殻を加工したものでしてね。あちらでは女性がお気に入りの口紅を入れて持ち歩くものですが、こちらではこの中に先日こちらの国のジルガモット様達と私どもサロン・フェリシアの専属スタッフ達が共同で作り上げたリップを入れたらどうかなと思い持ってきてみたんです」
「サロン・フェリシア!?」
「ええ、左様でございますわ。大魔王様にもアストルティアではご贔屓にしていただいておりますね」
 まさかの名前に驚いていると、こちらがそのリップですよと女性がサンプルを見せてくれた。綺麗な発色の並ぶそれは確かに私がアストルティアで新色開発の度にお手伝いをしてきた色味そのもので。確かにあそこの美容室では髪をいじってもらうときに簡単なメイクもしてくれていたなと思い出した。なるほど、サロン・フェリシアならオーナーが魔界との交流に協力的なのも頷ける。思わぬところで耳にした馴染みのある名前。へええ、とそれに興味を示した私に気づいた露店商が言う。ここはとても乾燥する気候ですからね。このあたりに自生しているビックサボテンが強い保湿力を持っていたので、私達はそれを利用した女性向けの保湿ケア商品の開発に今は力を入れているんです。たとえば、ほら。これは湯浴みのあとのお肌の保湿に。こちらは髪のお手入れなどに。先ほどのリップもお化粧品というよりは唇の乾燥を防ぐための用途が主ですが、ちょっとしたメイクの時などにどなたでも使いやすい色味を揃えておりますの。そう言うと女性はそのサンプルから一色を選び筆にのせ、失礼しますねと私の手をとってスッと一筋の線を引いた。そこに彩られたのはピンク混じりの綺麗な薄い赤。たしかこれは……さんごっていう色だった気がする。
「いい色だな」
 君の肌によく合っている。ナジーンはその線が残る私の手を取って。
「この色をもらおうか。彼女に贈りたい」
 彼はその女性にそう告げた。
「えぇ!?」
「たまにはいいだろう?恐らく君はこういうものは持っていないだろうし、それどころか大して興味も無かったのだろうから」
 図星だろう?と少しばかり悪戯心の見える笑いを含んだ顔で私にそう言った。
 この人はいったい何者なんだろう。そりゃあ確かに、その、お付き合いというものをはじめてからそれなりに一緒にいる時間は増えたけど。ナジーンのその言葉が私の心をまるっと読んだのかと思うくらいに図星過ぎて言い返す言葉も思い浮かばない。ぽかん、としてるうちに彼はそのお代を支払い、女性は彼に可愛らしくラッピングしたそれを手渡していた。
「今まで君に贈り物らしい贈り物もしたことが無かったしな。よければこれを貰って欲しい。そして、これからは共に過ごすときはこれをつけてきてくれ。たまには……私とふたりでいるときくらいは、君も私の愛するただひとりの女性に戻ったって良いだろう?」
 お世辞抜きで、君によく似合っていた。普段の素のままの君も愛おしいが、きっとこれをつけた君はさらに綺麗だろうな。ナジーンはそう言うと私の手をとってその手のひらにぽん、とそれを置いた。
「あ、ありがとう」
 顔が熱いのはここが炎天下の砂漠の太陽の下だからだけではないだろう。どうしよう。なんだこの人。すごく照れることをさらっと言った。ここに来る前もそうだったし、さっきまではついてくるのも渋ったじゃないかと抗議したくなる。けど……なんだかすごく嬉しい。そもそも男の人からプレゼントをもらったことなんてお兄ちゃんからくらいしかなくて、それがいきなり、その、好きな人からそんな事を言われてプレゼントをもらうだなんて。
「さあ、名残惜しいがそろそろ時間だろう?約束だけはきちんと守らなくてはな」
 ナジーンは頭をぽんぽんと撫でてくれながらそう言った。そうだった忘れてた。うわぁ、離れたくないなぁ。けど、そこはちゃんとしなくちゃダメだよね。でも……そんな思いがぐるぐるしているのを見抜いている彼は、次に会えるときはこれで彩られた君を見るのが楽しみだな、そう言ってさりげなく私を促す。仕方ない。ちゃちゃっと用件を済ませてまた戻ってこよう。
「うん、分かった。約束するね」
 決心してそう言い、もらったそれをしまって代わりにアビスジュエルを取り出した私に、ナジーンも約束だな、と満足そうに笑った。

 それが数日前のこと。
 その用事がすんで、ファラザードに戻って。また少しここで過ごせる!と思った矢先の出来事がこれである。
「へええ、これ、ナジーン様からのプレゼントなんですねぇ?」
 うふふ、ナジーン様もそんなところがあるんですねぇ。そう言ってなんだかとても嬉しそうに笑うウテンちゃん。
「そんなところ?」
 そんなところってなんだろう。あんなに色恋沙汰には無縁に見えるお堅い副官殿にも実はプレゼントを贈ったりする一面があるってことかな。私はそんなようなことを考えながら小指の先でそっとリップを撫で、そこについていた鏡を見ながら唇にそれを塗った。それはあのときと同じ、ナジーンがいい色だと気に入っていたさんご色。こんな感じかな?と色が置かれた唇をあちこちいろんな角度から見ていると、ウテンちゃんがやっぱり知らなかったかと言わんばかりに大きな爆弾を落としてきた。
「えー?大魔王様、まさかご存じ無かったんですかあ?」
 
 男性が女性にリップを贈るのは、それをつけた貴女にキスをしたい。そういう意味なんですよ♪

と。
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