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ナジ主のイベント展示作品達

 魔界の南西部に位置する領土。豊富な鉱物資源に恵まれ鉱夫達の活気ある声が響き渡るその地の奥に、色とりどりの花が咲き乱れる都があった。
 その都は大きく四の区画から成り立っており、それぞれが住宅や商業のエリアなどに区分けされている。
 その区画が交わりあう中心部は人々の憩いの場となる公園だ。ここには魔界はおろか全ての世界を探してみても他には類を見ない、世にも不思議な喋る石碑が置かれている。その見た目の何とも言えぬ不気味さと、その見た目からは想像もできないほどに陽気でおしゃべりな性格のそのギャップを持つこの石碑は、もう何百年もこの地を見守ってきた者の魂が今もなお成仏すること無く宿っているものだ。そして今ではその石碑はこの国の歴史の語りべとして都の観光名所のひとつとなっており、その言い様のない雰囲気が人気を博してレプリカが土産物として売り出されるほどであった。
  よくよくこの都を観察すると、公園とそれぞれの区画では異なった木々や植物が植えられていることに気がつくだろう。それはこの国の現在の大公妃である人間の女性がアストルティアから持ち込んだもので、五種族と呼ばれる種族がそれぞれ生活する大陸のものを区画ごとに植えたものらしい。それは当然ながら魔界では大変珍しい景色であり、ネクロデアが誇る自慢の景勝だ。時々白いドラキーが興味深そうにその景色を観察にきていることもある。
 今はこのような美しい景色が広がるこの都だが、遡ることそれは二百年と少し前。この地に王国として君臨していたネクロデアは、敵国からの侵略と残虐な殺戮により一度滅びた。侵略者はこの国で生まれた魔剣アストロンとこの国に縁のある宝石商の息子ユシュカの手によって、最後まで生き残った王子であるナジーン一人だけは屠りきれぬまま魔剣と共に封印されたが、その大地には殺された者達の恨みや憎しみによる悲憤の灰が降り積もり、空は重く光も届かないような呪われた地となった。それから二百年。今から数年前のことだ。現時点では魔界の歴史上最後の大戦争が勃発した際に、その争いを終わらせるべくナジーンと当代の大魔王の手によって魔剣の封印は解き放たれ、それと同時に封印を解くこととなってしまったその仇敵を討ち取った。それによりこの地に縛りついていた呪われし時は終止符をが打たれたのだ。その後大戦は終わりを迎え、それから魔界の国々は大魔王のもとで協力し合い、アストルティアの当代の勇者やその仲間達とも協調の名の元に手を取り合って遂には異界滅神をも討ちとったのだ。こうして世界には平和がもたらされ、魔界の国々もその後は争いを起こすことが無くなった。また同時に魔界や大魔王によるアストルティアへの侵攻の歴史にも幕が下ろされることとなったのだ。それから二つの世界は手を取り合い、互いの世界の行き来が始まった。アストルティアから人間達が魔界を訪れることもあれば、時に魔界の某国の魔王がお忍びでアストルティアを旅行しては財布の中身をすっからかんにすることもある。そんな風に魔王がアストルティアに侵入しているにも関わらず当代の勇者も剣を取ることも無ければ警戒令を出すこともない。人間が魔界にいても一部のモンスターを除いて彼らを襲う者はいない。もはや魔族も人間も、同じ世界に生きる仲間なのだから。
 それから少しして、各国が負った先の大戦の傷も癒えてきた頃。この地はある時を境に急激に復興を遂げた。
 かの地の復興。それは普通に考えれば、ネクロデアの唯一の生き残りであるナジーンがそれを先導するところであろう。だが彼はバカ真面目というか頭が固いというか、大魔王や自身が今副官として生きるファラザードの魔王が復興を進言しても
「私には亡国の復興よりも他に優先すべき事が山ほどあるので」
とそれを固辞し続けていた。誰よりもこの国を想っているのが他ならぬ彼本人だというのは周りの目から見ても明らかだというのに、だ。周りは皆、そんな彼の性格を知っていたのでこれ以上は言っても無駄だと諦め半分でその固い意思を受け入れていた。

 ……ただひとりを除いては。

 それから大魔王は毎日のようにこの地を訪れては死者の魂を慰め、ナジーンがかつて建てた墓標達を手入れし、それと同時にひとりでこの国を一から復興させようと奮闘した。当時のネクロデアを知る者達のもとをまわっては情報を集め、魔界のことをよく知る錬金術師の兄に頼み込んでネクロデアの地でも育ちやすい植物を作り出してもらった。それにより荒れ果てた大地に少しずつ緑を蘇らせ、職人で培った鍛冶技術を応用して破壊された建物を一軒ずつ当時に近い姿に修繕していく。そのうちに大魔王のそのはたらきは魔界中に噂話として広まっていき、それを耳にした魔族達は誰からの命というわけでもなく自らの意思でネクロデアの地を訪れてはそんな大魔王に力を貸していった。そうしてしばらくの後、その地に再び小さな集落のようなものが生まれた頃。
 また勝手なことを……とぼやきながらもその様子を静観していた彼が、ついに根負けした。自らの口で伝えたいことがある、と主に頭を下げて他国の魔王達や権力者と大魔王本人とを大魔王城へと呼び集めてもらうことにしたのだ。
 それから数日後のことである。大魔王城・玉座の間。そこには玉座に腰を下ろした大魔王とその脇には大魔王の従者であるカーロウが控えていた。玉座へと続く赤い絨毯に沿って並ぶのは魔界を代表する三国の魔王達とゴーラの次期魔王候補であるペペロゴーラ、それと魔瘴の巫女であるイルーシャだ。錚々たる面々が見守る中、大魔王の前へと歩みを進めた彼はその前に跪き、「恐れながら」と前置きをした上でその想いを述べた。
 
 私は私の信念により、ファラザードという国を離れることはどうしてもできない。だが、一個人としてネクロデアを復興させたいという気持ちもあるし、先代の魔王も、ここにお集まりいただいた皆様方も、そして大魔王本人も彼の地の復興を望んでいることも充分承知している。それならば……ネクロデアをファラザードの領土の一部とし、自身がその地の大公となって統治することをどうか御了承いただけないか、と。

 正直、その場にいたもの達は皆揃って「やっとか」と思ったという。
 彼が仕えるファラザードの魔王ユシュカは元々誰よりも復興に乗り気であったし、ナジーンの想いも、彼こそが魔王の器を持つものである者だということも充分すぎるほど分かっていた。なんならファラザード領ってなんだよ当時のネクロデアの方がよっぽど大国だっだろうがと過去のその国を知るものとしてそこは不満にさえ思っているようだ。バルディスタの魔王ヴァレリアは、その程度で貴殿の国を滅ぼしたことへの詫びになるとは到底言えないが……と主に軍事や国防面での積極的な支援を約束した。かつてこの地を滅ぼしたのが、彼女の知らぬ間に独断で動いていたとはいえまさにそのバルディスタの将であったからだ。それはゼクレスの魔王アスバルも同様であった。彼は操られていたとはいえ先の大戦でナジーン本人にその命を奪うことと同様の攻撃を行った経緯がある。彼の命が戻り、そうして色々あって今の姿に戻ったときに一番安心したのは、実はアスバルだったのではないかという説さえある。そんな彼の頼みであれば喜んでと、ナジーンと彼が治めるネクロデアへの全面的な協力を約束した。ペペロゴーラとイルーシャは、もしも城などが必要になる場合、デザインや壁画などは全て任せてほしいと告げた。すでにこういう建物にしてこういう壁画を飾って玉座は……とノリノリだ。この二人に全てを任せたらさぞかし斬新で前衛的な城が生まれてしまうと皆が思ったであろう。そして大魔王は言わずもがな。彼のその言葉と他国の前向きな反応に満面の笑みを浮かべ、
「これでようやくナジーンに隠れずに堂々と作業が出来るね!」
とはしゃいだ。これまでさんざん好き勝手に復興作業を進めていたくせに、バレていないと本気で思っていた様子に彼は思わず大きなため息をつく。そんな彼には目もくれず、じゃあ次はあそこをこうして……あ、先にこっちを……と楽しそうに自分の考えを伝え、他の魔王達に意見を求める大魔王。だがそんな大魔王はその後、彼の落とした特大の爆弾に固まることとなる。

 それとあわせて、一国の副官という立場では身分不相応を承知で、ここに介する皆様方にお許しをいただきたいことがある。
 ……大魔王を我が伴侶とし、ネクロデア大公妃として迎え入れることをお許しいただきたい、と。

 つまりそれは突然のプロポーズであった。しかも魔界の権力者達が集う場でだ。この状況でごめんなさい、と言える者など世界に存在するのだろうか。
 だいまおうをはんりょ……?って、え?ええぇぇぇぇ!?と素っ頓狂な声をあげた大魔王の頭は一転大混乱だ。それを口にした本人はそんな大混乱の大魔王に背を向けユシュカ達に頭を下げてそう乞うた。お堅く真面目でそんなサプライズとは無縁に思われる彼にとって、大魔王にこんな大事なことを事前の相談もなく投下してきたその発言。それは『これまで祖国を好き勝手にしてきてくれたのだから、こっちも君を娶るために好きにさせてもらう』という彼の意志の表れであった。
 そしてそれは大魔王以外にとっては本日二度目の「やっとか」であった。むしろ二度目のそれは全員音となって声に出てしまい、その状況に大魔王は「なんで私たちのこと知ってるの!?」と驚愕した。
 ここに集う者達はそれはもうずいぶんと前から二人の関係には気づいていた。表だって交際報告を受けていたわけではないし、だからといって本人達が隠していたわけでもない。だがなぜか大魔王本人は、二人の関係は別にバレてもいないだろうなと謎の思いでいたのだ。
 そうそう、大事なことを忘れていた。大魔王と聞くとどうしても男性のイメージが強くなるが、ここまでの流れでお察しの通り当代の大魔王とは実はアティという女性である。しかも魔族ではない、人間の女性だ。ただし人間とはいってもそんじょそこらの魔族など話にならないほど強く、そして信じられないほどお人好しで、何より出会った全ての者達を惹き付けてやまない不思議な魅力に溢れた女性だ。
 そんな人間の女性であるアティと魔族であるナジーンが恋仲となったきっかけは些細なことからだった。大魔王となってからもまるでパシr……彼女を頼る者達から日課のように色々な依頼を受ける毎日。その一環でファラザードを訪れると彼は彼女を大魔王として、さらには良き友人として歓迎した。そのうちふたりは、彼女が依頼対応のためにファラザードを動き回るときは彼も自国で起きている問題をこの目で確認したいという名目でともに行動をするようになり、それから互いの労をねぎらうという名目で食事をしたりするようになっていった。そうしていくうちにふたりの仲は近づいていっていつしかお互い恋愛対象として惹かれあい、ある日とうとうその気持ちを伝え合ったのだ。普通の男女のあれこれと何ら変わりはないはじまり。それからも互いに多忙な毎日のなかでそれでもたまにデートをしたり、ファラザードに滞在できる時にはこっそりお泊まりをしたりと年相応の男女の普通のお付き合いをしていたのだ。
 だからといって彼女はファラザードだけを特別視したりは決してしない。他の国にも平等に接するし、それは国のみならず今は王が不在となっているゴーラであっても同じことだ。なにかあれば皆から意見を聞いて回るし、頼まれ事があればホイホイそれを聞き入れて協力もする。彼女は根っから度を超えたレベルのお人好しだし、魔界という世界とそこに生きる魔族達が大好きなのだ。それを分かっているからこそ周りの国々も二人の関係に苦言を呈することもないし、なにより魔王達もペペロゴーラもイルーシャも彼女のことが大好きで、魔界を、自分達を、全ての世界を守り助けてくれた分、頼むから次は自分の幸せを考えてくれと望んでいた。自国を訪ねてくれた際に本人の近況を尋ねると、
「あのね、ナジーンがね」
「そういえばナジーンが」
「ナジーンとそこに行ってみたんだけど」
だらけの彼女には早く彼と幸せになってくれというのが魔界全体の願いであったのだ。ただ、互いに自分の事は二の次三の次で他人や自国のことにばかり力を入れる二人である。そこからの進展がないまま時だけが流れヤキモキしていた中での今回の公開プロポーズは、祝福の気持ちはもちろんあるもののようやく落ち着くのかという気持ちも強くなってしまうのは最早仕方がないことであったのだ。どうでもいいが、なぜこの状況で彼女は二人の関係がバレていないと思っていたのか、それは本当に謎である。
 とまあそんなことがあり、その後二人はめでたく結ばれネクロデアの大公夫妻となった。大公はファラザードの副官との二足のわらじ、大公妃に至っては大魔王と勇者の盟友とあれこれと、ゲノミー並の脚がないと履ききれないのではというほどのわらじを履く超多忙夫妻である。ファラザード領としたのは二人を比べればまだ背負うものが少ない大公がどちらにいても、ファラザードとネクロデアの二か所の政務を同時に出来て利にかなっているなと周りが気づいたのは、それからすぐのことであった。

 そしてそれから数年後。すっかりと緑が戻り、人々の営みが戻り、ネクロデアがひとつの小国と同等の規模となって平和な時が流れていたある日のことであった。
 その日、公園一帯は甘い香りで包まれ、ネクロデアに暮らす若い女性達の歓声が響いていた。みればそこには赤やピンク・オレンジなどの可愛らしい色の屋台が並んでいて、どうやら今日はなにやらマルシェが開催されるらしい。
「どれにしようかなぁ……どれも美味しそう……あ、これ、オルフェアのお菓子の詰め合わせだ!」
 その若者達の中に混ざりそう言って屋台を楽しそうに見て回る一人の女性がいた。少し癖のある黒髪をひとつに束ね、身軽な旅装束を纏ったその女性は熱心にそれぞれの商品を見て回る。そんな彼女に店員達はあれそれと商品を勧め、その度に女性はどうしよう……と頭を悩ませていた。見ればその風貌に魔族特有の角はない。一見するとそれはアストルティアからの旅行者に見えるだろう。
 と、そんな時。悩めるその女性に声をかける若者達がいた。
「アティ様ー!こんにちは!」
 その声に女性は振り向き、こんにちは!と手を振った。若者達はそんな女性の気さくな反応にまたきゃあきゃあと嬉しそうな声を上げる。そう、その女性こそ今もなお世界中を飛び回る超多忙生活を送っている大公妃その人であった。その姿をみるに、今もどこかから戻ったばかりなのだろう。余談だがこの国の民は目上の身分の者達にも割とフレンドリーに接する傾向がある。そこはさすがファラザード領といったところであり、それが目下の大公の悩みの種のひとつでもある。自身もファラザード色に染まっている部分があるとはいえ、元々の在りし日のネクロデアの民にはそういう者はいなかったのだから。だがここをファラザード領とすると決めたのは他ならぬ自分である。長期計画として改善をはかるには、民をしつけるよりもまずはそのファラザードの魔王とついでに大魔王にもそれ相応の所作や上に立つ者の威厳というものを叩き込み直すことの方が先だと自らに言い聞かせていた。
「アティ様もお菓子を買いに来たんですかぁ?」
「うん、そうなんだけど目移りしちゃって……」
「そうですよね!こんなに美味しそうなお菓子ばっかりでなににしようか迷っちゃう」
 せっかくのバレンタインですもんね。彼氏にもあげたいけどせっかくだから自分にも……などと楽しそうに話しかけてくる若者の表情は幸せそうで、彼女は改めてこの地を蘇らせてよかったと心から感じた。
 この地は大公妃の影響により他国よりもアストルティアの様々な文化が浸透していた。それこそアストルティアオタクのどこかの魔王が羨ましがるほどに。先述した白いドラキーもその魔王本人で、自身も頻繁にかの地に赴いているというのにこの国にも足繁く通ってきているのだ。今日のこのマルシェもそんなアストルティアの文化であるバレンタインに合わせたものである。
「ところで、アティ様はナジーン様に何か差し上げるんですかぁ?」
「え?」
「え?じゃないですよぅ。ナジーン様、きっと楽しみにされてますよ!」
 あんなに普段からアティ様のこと溺愛していらっしゃいますもんねぇ。アティ様からもらうものならなんでも喜んでくれそう!いいなぁ、私もそんな旦那様と結ばれたいなぁ。若者達が無邪気にはしゃぐその声に彼女は顔を真っ赤に染めた。
 そうなのだ。夫婦となってから彼に遠慮というものはなくなった。もちろん時と場所は弁えているし小言だって相変わらず飛んでくるが、変わった事といえば彼は人前でも彼女を平気で抱き寄せたり、時にその手をとり口づけを落とす。それはまるでどこかの世界のおとぎ話か恋愛小説か。そんな様子を日常的に目にするネクロデアの民達にとってはそんな二人の仲睦まじさは羨望を通り越してもはやからかいの対象でもあった。主にそういうことへの耐性が圧倒的に低いらしくそのたびに顔を真っ赤にして恥ずかしがる大公妃に対しての。おそらく今この瞬間に生きている全ての世界の者の中でもっとも強い存在である彼女は、こと恋愛に関してはいつまでたっても弱いままであった。

「まったく……いつまでも戻らないと思ったらここにいたのか」
 と、賑やかなその場に呆れたようなため息混じりの声が聞こえてきた。
「あ、ナジーン様!ごきげんよう!」
 若者達はその声の主に気づくとそちらに駆け寄り、スカートの片裾を軽くつまんで会釈をした。それはかつてこの国で使われていた挨拶のしぐさ。空気の読める若者達は、お堅い大公の前でだけはきちんとそれなりの振る舞いをするのだった。彼は、
「君達も元気そうで何よりだ」
とやや表情を柔らげて彼女達に応える。そんな彼にまたきゃあきゃあとはしゃぐ若者達を左目を細めて苦笑したあと、彼はいまだ顔を赤らめたままの彼女に向き合った。
「アティ、君はどうやら私よりもお菓子の方が好きなようだな?」
 彼の背はとても高い。五種族で一番近い体格はオーガになるのだろうが、人間の女性としては決して小さい方ではない彼女でも並ぶと彼の肩にもまったく届かないくらいの身長差だ。そんな彼が腕を組み呆れたような目で彼女を見下ろしてきた。
「昼には戻ると自分から手紙を送ってきておいて……いつも天真爛漫なところは君の長所だが、自分で連絡してきたことくらいは守ってもらいたいものだな」
「ご、ごめんなさい……」
 そうなのだ。彼女は旅先から今日の昼には戻ると彼に手紙を送っていた。そして彼はそれを受けとると彼女を出迎えるためにと、午前の予定を調整して待っていたのだ。それがいつまでたっても戻らず何かあったのかと心配し始めた矢先、都の巡回に出ていた兵から彼女を公園で見かけたとの報を受け迎えに来たのだった。
「ナジーン様、アティ様をそんなに怒らないでくださいな」
「そうですよ。アティ様はナジーン様へのバレンタインの贈り物を選んでいらっしゃったのですから。ナジーン様が一番喜ぶものを、と」
 そんな二人を見ていた若者達がアティの加勢に入る。その二人の言葉にキョトンとして、そして我に返った彼女がそう、そうなの!ナジーン、どれが好きかなって迷ってたらつい、ほら!と笑顔を作って頷いてきた。……若者達のその言葉と彼女のその可愛らしい反応が、彼の中の溺愛スイッチを押してしまったとはこれっぽっちも思わずに。
「そうか。ならば、私が一番喜ぶ贈り物をこの場で彼女へ教え、直接頂くとしよう」
 彼はそう言うや否や組んでいた手を解くと片手で彼女を抱き寄せて。そして空いた片手で彼女の顎をくい、とあげさせるとその唇に軽く口づけを落とした。途端、あたりに広がる若者達となんなら店員達のそれも混ざりあった黄色い歓声。そんな中で彼女は彼の突然のその行為にキャパオーバーを起こしてしまったらしく、ぽかんと立ち尽くしてしまった。そんな彼女の手を取り、彼は戻るぞと彼女を引き摺るようにして城へと向かって歩きだして──ふと立ち止まって振り向くとその場にいた者達に言ったのだった。
「君たちも覚えておくと良い。私が一番望むのは物でも巨万の富でもない。平和なこの地で大切な民が皆幸せに暮らし、そして彼女が私の元にいてくれることなのだ」
と。





~前日譚~

「じゃあちょっといってきまーす!」
 今夜はまたファラザードに戻ってくるね!彼女はそう言って元気良く手をふり、そうしてアビスジュエルを掲げてその姿を消した。
 私はそんな彼女に気を付けて、と声をかけて。だが彼女の姿が消えたのを確認して、思わず大きなため息をこぼした。

 彼女はバレていないと思っているのだろうが、バレバレだ。

 最近彼女がどこかへと消えたあと、戻ってくる頃にはその旅装束には肩にうっすらと灰がついており、ところどころ汚れていることが多い。
 それと……私がひとりで祖国を訪れる度、少しずつではあるが崩壊した建物が修繕されていたり、緑が戻りつつある光景を頻繁に目にするのだ。
 そして極めつけは以前聞いた母上のひとことである。
「今日はね、素敵な植物をみせてもらったの。アストルティアでも希少な、命の象徴ともいえる花なんですって」
 ふふ、この国もいつかまたそんな花や緑で溢れるかしら。楽しみね。あなたの無事も確認できて思い残すことはない今、本当は現世に留まっているのは良くないのだろうけれど……でもごめんなさい、私はもう少しこの地に留まらせてもらうわ。この国の新しい姿を見てみたいの。きっとそれはあの人も同じだと思うから……。母上は確かにそう言った。あの人とは我が父、ネクロデアの最後の魔王であるモルゼヌだ。この地の復興を後回しにしてまでファラザードや魔界がアストルティアとともに歩む未来を実現させるためにと動く私を、おのれの信ずるまま突き進むがよいと言ってくれていた父上。けれど本心ではこの地の復興を誰よりも強く願い、その目で見届けたいと強く願っているのは充分すぎるほど分かっている。そんな中でのこれである。日に日にこの国に命が戻りつつあるこのような状況を目の当たりにしてしまっては、両親が安息の地へと導かれるのはまだまだ先のことになるであろう。

 頭が痛い。まったく、好き勝手にしてくれる。私とて叶うならばかの地を蘇らせたいと思ってはいる。だが現実問題としてこうして祖国の復興を後回しにしてでもやることが山積みである以上に、君は背負うものも、抱えた問題も多いはずだというのに。君はまたそのお人好しさを遺憾なく発揮して、ひとりで滅びの地を蘇らせようとしているのだから。
 ……。仕方がない。君がそのつもりであるならば、私も近い未来、色々な意味でけりををつけねばならぬだろうな。
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