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赤い毒

目の前に緑間の顔がある。ずっと綺麗だと思っていた。でも、何かが足りないと感じていた。その何かにやっと気付いた。

五歳くらいの時、母の目を盗んで母の口紅を齧った事があった。幼い俺にとって母の唇を鮮やかな赤に彩るそれは初めて見たときからずっと魅力的なものだった。しっとりと湿ったような塊は、丸く尖っていて、俺にはとても美味しそうに見えた。
チョコレートのように口の中で甘く溶け、それでいて刺激的な味がするんだと思っていた。
そう思っていた俺は、口紅を手にとって迷わず口の中へ入れた。歯を立てれば柔らかく食い込んだ。そして赤い欠片がボロリと舌の上に転がった。
でも、捉えた味覚は不味かった。
チョコレートのような甘さで満たされると思っていたのに、それはまるで、毒のようだった。俺はただ驚いて、赤い塊を吐き出した。それでも口の中に後味は残る。まるで毒に支配されているような感覚に、涙が零れた。
俺の幼い行為を見つけた母は俺を叱った。その後、少し恥ずかしげに笑いながら、母の幼い頃の話を聞かせてくれた。昔、お母さんも口紅を舐めたことがあるの、美味しくなかったね、と。そう言った母は俺にその口紅をくれた。
毒のような味のする歯形のついたそれには、もう魅力を感じなかった。
たぶんそれは、毒のせい。

目を閉じている緑間に、そのまま少し待ってて、と小さく残し、机の一番上の引き出しの奥の方へ手を伸ばした。あの日、母からもらった口紅をおもむろに取り出す。
蓋を取ると、小さな歯形のついた頭が見える。その歪な塊で緑間の唇をなぞる。赤いそれを柔らかな唇に落とすと、緑間はピクリと肩を揺らして目を開けた。一瞬、ギョッとしたが丁寧に口紅を塗る俺を見て、また目を閉じた。
それから赤く綺麗に彩られた唇で、お前にそんな趣味があったのか、と皮肉った。
「いや、昔の事を思い出しただけ」
そう言って、緑間を見た。目の前の緑間は、睫毛は長いし、鼻はすっとしていて、肌は透き通るようで、そして真っ赤な唇は艶っぽく俺を奮わせる。そのまま緑間に口づけた俺は、貪るように舌を這わせた。緑間の唇に、満たされなかった何かが満たされた気がした。

幼い頃、口紅は毒の味がした。
今、口紅は俺を貪欲にさせる。
どうしようもないくらい、毒に犯されている
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