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悦びの球体

ここは白くて広いところだ。歩いても歩いても何処に着くでもなく、誰に会うでもない。そんなところ。いつものようにお菓子を食べる。そんなお菓子ももう無くなるなーと思った頃、背中の方から硝子が割れるような音がした。

黒ちんがいた。
白いところと異なって、黒ちんがいるそこは真っ黒。こっちとは一線を画すようにくっきりと分けられていた。ただ黒ちんの周りには、飴細工のように綺麗な色をした丸いものがあった。しかし、黄色は割れて砕けていた。
壊れた黄色を黒ちんはじっと見ていたが、そのうち破片の一つを手に取った。それをどうするでもなく、今度はこちらに視線をよこした。
「どうしたんですか、紫原くん」
「うん、お菓子がなくなりそうなの」
黒ちん持ってる?と聞けば、持っていないと首を振って返される。困ったなあ。と思いつつ、またお菓子の袋を開ける。バリバリとスナック菓子が口の中で鳴る。
黒ちんも手に持っていたものを口に入れた。バリン、バリン。
「それ食べ物?おいしいの?」
「厳密に言うと違いますが、美味しいです」
「食べ物じゃないのに?」
「僕にとっては食材です」
そう言った黒ちんの口に黄色いそれはどんどん入っていく。黒ちんの言葉の意味がよくわからないまま、ふーん、と知ったかのようにその様子を見ていた。
黒ちんがぺろりとたいらげた後、次は緑色の丸いものに手を伸ばした。すぐ傍にあったオレンジを身体の前に置いて、上から緑を落としてやれば、二つが割れて弾ける。黒ちんは目の前に広がるそれを見て、呟いた。
「少し量が多いですね」
「俺が食べてあげようか?」
おいしいんでしょ?と首を傾げて見せるが、駄目です、と笑顔で返された。

白いところからずっと黒ちんを見ていたら、なんだか黒い方にも行ってみたくなった。緑とオレンジをゆっくりと食す黒ちんに聞いた。
「黒ちん、そっち側行きたい」
「紫原くんは無理ですよ。こちら側ではないので」
「じゃあ黒ちんがこっち来ればいいじゃん」
「出来ません、僕もまたそちら側ではないので」
つまらない。仕方ないから、試しに黒い方へ足を進めてみた。しかし、色の境でダンッと見えない壁のようなものにぶつかった。ぐぇ、と唸れば向こう側で黒ちんが小さく笑う。
「まだ時期じゃないんですよ」
そう言った黒ちんは何処かへ行ってしまった。
しばらくして黒ちんが戻ってきた。その手には青い丸が抱えられていた。黒ちんは青いそれを大事そうに撫でながら、もう何処にも行かないで、と言っていた。黒ちんは泣きそうな顔をしていた。

なくなると思っていたお菓子は案の定なくならなかった。お菓子を一つ食べればポケットからまた一つ出てくるのだ。いつもは買わなきゃいけないのに、と不思議に思ったが如何せんポケットから食べた分だけお菓子が出てくるのが嬉しかった。だから境界線を黒ちんと挟んで、ずっとそこにいた。
黒ちんが青い丸を持ってきてからどれくらい経っただろう。黒ちんはまたそれを大事そうに抱き締めた。きゅっと腕に力が入ったのが分かる。そして、小さい声で峰ちんを呼んでいた。
「青峰くん、青峰くん」
峰ちんを呼びながら黒ちんはどんどん腕をきつく絞めていった。ギリギリと軋む音がする。そして、青い丸は黒ちんの腕の中で割れた。

黄色い丸を食べているときも、緑の丸とオレンジの丸を砕いた時も黒ちんは同じ顔をしていたのに、黒ちんの腕の中のそれを見る黒ちんは泣いていた。ボロボロと涙を溢していた。
バラバラの青を濡らす黒ちんをずっと見ていたら、突然目が合った。気付いたら、周りは真っ黒だった。

「次は紫原くんです。君は僕に泣いてほしいですか?」
「…笑っててほしい」
黒ちんは小さい手で抱き締めて、頭を撫でてくれた。そして、涙の跡を残した顔で黒ちんは微笑んでくれた。
「ありがとうございます」
硝子の弾ける音が真っ暗な世界に響く。
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