暁闇から曙へ

 


「ほら、よッ!」

「ハッ……!」


 崖に位置する暁アジト、その下は森だ。雨の国とはいえ毎日毎日雨が降る訳ではなく、日照率の高いここでは植物がよく育つ。

 ナルトとサソリの二人は、そんな森の鬱蒼と生い茂った木々を薙ぎ倒し戦っていた。片や風遁、片や“三代目風影”の磁遁なので火事になる心配は今のところないが、サソリが本体で戦えばそれも時間の問題だ。

 ただ、余程追い詰められない限りサソリが本体をヒルコから現すことはないだろう。それはプライドの表れであり、また彼の天邪鬼な性分のせいでもあった。ナルトが本体を求めるから、意地でも己の十八番ヒルコで戦おうとしていた。


「チィ……」


 “三代目風影”を操り戦いながら、サソリはヒルコ内で眉を顰めた。三代目の砂鉄や仕込んだ刃物には当然毒を散布してある。数発食らわせている筈なのに、ナルトがまだ死なないのは何故か。


(九尾のせいか……人柱力の治癒力ってのはつくづく……)


 ヒルコの尾を使いクナイを弾き返しながら、サソリは分析しつつ眉間のシワを深くする。


「はは……ッ!」


 一方ナルトはというと、眉を吊り上げながらも浮かべるのは笑みだった。あのS級犯罪者集団“暁”のメンバーだ。舐めていた訳では無いが、ここまでとは思わなかった。

 一瞬たりとも気が抜けない。九喇嘛が居なければ今頃身体は毒に侵され、死んでいただろう。

 矢張り気になる……あの人形の中には何が居るのか。暴いてやりたくなる。

 だが、まずは……この戦いを――。


「そこまで」


 女性の声と共に白い折り紙が幾枚も舞い、螺旋丸を放とうとしていたナルトの右腕と、サソリの両腕を絡め取った。

 拘束され動けなくなる二人の間に降り立つのは――小南。

 天使の呼び名通りの白い羽根を無数の紙片に変えて霧散させ、冷淡な瞳で両名を見据える。


「メンバー同士の私闘は禁止されている……以前も話した筈だ」


 肩で息をするナルト、小南へ無言で圧を向けるサソリ、そして“三代目風影”の遁術が当たらないようにと離れた位置で見物していた外野にも聞かせる為話す小南。


「つまんねーの」

「ですが、本当にやる様ですねェ」


 決着が着かなかった事に飛段がボヤき、鬼鮫は獰猛に笑う。

 暁内でも古株であるサソリの実力は誰もが認めている。そんな彼と対等に渡り合うとは……しかもまだ子供だ。


「あぁ……」

「おや……イタチさんも彼に興味が?」


 肯定を返したイタチに、鬼鮫は珍しいと目を細めるが、それもそうかと思い至る。何しろ数ヶ月前に見たうずまきナルトとは、雰囲気も実力も違いすぎるのだから。

 最もイタチが抱いた“興味”は、鬼鮫のそれとはベクトルが違うが……。

 イタチは、先程ナルトと顔を合わせた時に送られた目配せの事を考えていた。


(矢張り……何かある。状況が変わったのか、それとも……サスケは無事なのか)


 イタチの頭を占めるのは実の弟の事ばかりだった。三代目火影は大蛇丸の手で倒れ、今はに陥っている筈。そのため木ノ葉まで赴き、庇護者の三代目が居ないサスケが万が一にも殺されたり不利益を被らぬよう、上層部に圧力をかける目的で己の存在を知らしめた訳だが……。

 ナルトに詳しく問いたい所だが今は難しいだろう、と早速ナルトに絡み始めたデイダラに視線を飛ばす。


「サソリの旦那といい勝負だったからってチョーシ乗んなよ! うん!」

「そうだそうだ!」

「鬱陶しい、黙れデイダラ」

「そうだそうだ!」

「オ前ハ誰ノ味方ナンダ……」


 己より年若いながら、己のパートナーと拮抗した力を持つ新メンバーの存在に刺激されたようで、ナルトに噛みつくデイダラ。

 そしていきなり地面から生えてきたかと思えば、デイダラに賛同してみたりサソリに賛同してみたりと自由な白ゼツ。黒ゼツも呆れている。

 ナルトは突然現れたゼツに目を見開いたが、それ以上の驚きは見せない。ガキがスカしやがって、益々気に食わねぇ……と苛立つ芸術コンビの二人。


「……下らん」

「オイ待てよ角都!」


 角都はその集団を横目で見るが、既に興味は失せており一人でアジトへと足を進める。それを追いかける飛段。


「サソリ」

「……何だ」


 角都を追う飛段、ナルトに絡むデイダラとゼツ、言葉なく連れ立って歩くイタチと鬼鮫。その集団を悠然と後ろから追うサソリ。隣に立った小南に名前を呼ばれ、低い声で返事をする。

 嫌な予感がした……そしてこういう時のソレは大抵外れない。


「暫く……そうね、ひと月程度でいいかしら。あの子の面倒を見なさい」

「あ? 何でオレが……」

「規律違反の罰よ。但し、その間の任務は減らしてあげる」


 サソリとの付き合いは十年以上になる小南だ。彼が嫌がる事はよく知っていた。

 案の定、サソリは大きく舌打ちをする。ヒルコ内の本体はきっと今、顔を大きく歪めているだろう。


「……デイダラはどうする」

「明日から鬼鮫と任務よ」

「私ですか? しかしイタチさんは……」

「イタチは単独任務。これはリーダーからの指令だ」


 異を唱える事は許さない、と言外に匂わされ、鬼鮫は肩を竦め、イタチは瞬きを一つしたのみだった。

 サソリはというと、下された“指令”を思案顔で噛み砕いていた。

 小南の独断、もしくは本当にリーダーが噛んでいるとして……随分な特別待遇だ。暁に入った年齢が今のナルトと同じぐらいだったデイダラやイタチは否応なくコンビを組まされ、任務に向かわされていた。一体アイツに何があるというのか。

 そこまで考えたが、頭を振る。これが只のオレへの罰(という名の嫌がらせ)の可能性だってある。寧ろ確率としてはそちらの方が高い。


(ついこの間も任務で建造物を壊しすぎて依頼人がお怒りだったからな……いや、でもあれはデイダラの起爆粘土のせいだろ)


 しかし面倒な事になった。兎に角、一ヶ月の我慢だ。それが終わるまで耐えるしかない。イラついてうっかり殺しちまうかもしれねぇが、その時はその時だろう。

 その期間が終わればナルトは、長年単独を貫いている……というより最早二人で一人なゼツ、もしくはトビとかいう自称“暁の見習い小僧”とツーマンセルを組まされるのか……ご苦労な事だ。まあ、オレには関係ない事だが。

 溜め息を隠せぬままアジトへの歩みを速めたサソリ。後に残るは倒木と荒れた土地のみだった。




 
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