短編集
「サソリ? それは……一体」
「……イタチか」
本体の姿で暁アジトの廊下を歩いていたサソリと鉢合わせた。それだけならわざわざ声をかけたりしない。するとしても挨拶程度で終わっていただろう。
だが今のサソリには、普段と違うおかしなところがあった。
仏頂面のサソリを見下ろす。視界に入るのは、頭部に生えている……一対の猫のような耳。髪と同じ赤い毛色のそれは、音に合わせてぴくぴく動く。
「何でもねぇよ」
「いや、何でもなくはないだろう」
今にも逃げ出しそうなサソリの行く手を塞ぐ。抗議するようにこちらを睨み付けるサソリだが、そのような姿で睨まれても猫が背中の毛を逆立てて怒っているようなものだ。全く怖くはない。
「これは……本物なのか?」
「おいっ、や……っ」
手を伸ばし、その耳に触れてみる。びくん、と震えたそれは温かく柔らかい。まるで本物の猫の耳のようだ。
「さわ、んな……っう」
確かこうだったか、と遠い昔の記憶を思い起こし、耳の付け根を優しく揉み込むように触れる。猫を撫でるのは随分と久しぶりだ。たまにはいいものだな……と考えたところではたと気付く。
これは猫ではない、何故か猫耳を付けたサソリだということに。
「い、イタチ……っ♡」
「っ!?」
どこか甘い声に呼ばれ、我に返ってサソリの顔を確認したオレは固まった。
赤く染まった頬に半開きの口。いつも余裕げな光を宿した目は今や蕩けきっている。
頬に冷や汗が伝った。まずい……やりすぎてしまった、かもしれない。
「わ、悪い」
慌てて手を離すが、直ぐ様サソリによって手首を捕まえられる。平素の彼からは考えられないほど、熱い手の平だった。
「っ、やめるな……もっと、♡」
潤んだ瞳に、上目遣いで強請るような台詞。オレの背筋にゾクリと、電流に似た衝撃が走る。
「続きはオレの部屋でしよう」
気付けばオレは、両手でサソリを抱え上げていた。廊下では落ち着かないだろうし、こんなサソリを他のメンバーに見られるわけにはいかない、と誰にともなく言い訳しながら。
サソリは嫌がらないどころか、甘えた様子でこちらの胸元に頭を擦り寄せてくる。普段からこれぐらい素直なら可愛げもあるのに。……いや、こんな可愛いところを他人に見せて欲しくはないな。オレの前だけで十分だ。
「イタチ……?♡」
「……あぁ、すまない」
急かすようにオレの名前を呼ぶサソリの額にキスを落とし、足早にその場を後にする。
さて……部屋に着いたら、この可愛らしい猫をたっぷり可愛がり、堪能するとしようか。
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